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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
2/47

オマエって呼んで(☆)

「夏時間、君と」内の「オマエって云わないで」「オマエって呼びたい」の二人の話です。

 あんなに忌み嫌っていた『オマエ』って云う呼び方が、今では飛び切りのお気に入りだなんて伝えたら、高地は『単純』って笑うのかな。


 付き合うきっかけだった夏祭りには男バスも女バスも来ていなかったのに、どこから話が漏れたのやら。翌日の部活のミーティングでは、開口一番「河野(こうの)高地(たかち)と付き合ってるってほんと?」と女バスの(はやし)部長から鋭い突っ込みを頂戴した。ちらりとネット越しに男子の方の輪を見れば、同じように行われているミーティングで男バスの(もり)先輩が高地に同様の質問をしているのが分かった。

「はい」

 高地の声が、体育館の中でしっかりと響く。「おおお~」とテノールで揃った感嘆の声を聞いたら、こっちの顔が赤くなるっつうの。

「で?」

 林先輩がさらに追い打ちを掛ける。

「……今の、聞こえましたよね?」

「私は・河野に・聞いてるの。河野の口からちゃんと云って」

 気が強い事で有名な女バスの頂点に立っている林先輩から下されたそのコマンドに、ノーとか云える訳もない。結局、「……ハイ」とこちらは蚊の鳴くような声での返答になった。テノールがソプラノになって「おおお~」と再び感嘆の声が上がる。

「ん、そうだとは思ったけどね、昨日のお祭り二人で行ったんだって? 手繋いで」

 ちょっと待ってくださいなんでそんなに詳しいんですか先輩。

 びっくりし過ぎて口を金魚みたくパクパクしてたら、先輩は「河野と同じクラスの子と今バイト先一緒なんだけど、その子が昨日通りかかったお祭りであんた達を発見した後バイトに来た時、二人を撮った写メを『見て下さいよー』って見せてくれた」

 なんと!

「よかったじゃん」

 色ボケしてるヒマがあったらレギュラー目指して練習しろって怒られるかと思ってたので祝福の言葉に驚いた。

「高地の気持ちに気付いてないのは河野だけだったんじゃないかな」

 ねえ、と同意を求められた部員が、皆うんうんと縦に頷いている。なんですか、人の事鈍感みたいに云うだなんて。

「あいつに色々教えてもらえば、もっとうまくなると思うよ」

 シュートみたいにね、とは云われなかったけれどきっと朝練で教えてもらったの、ばれてるな。


「密告者がいた」と、部活の帰り、公園で高地に告げたら奴はポカリを噴き出しそうになっていた。何とか飲み下した後に咳をして、ようやく収まると猫背の涙目でこちらを恨めしそうに見上げてくる。かわいいっつうの。

「人が飲み物口に入れてる時に笑かすなよ」

「別に笑かすつもりはなかったんだけど」

「でもいーじゃん、皆に『付き合ってます』って云って歩く手間が省けた」

「……確かに」

 しかもそれを云うたびにニヤニヤされたり鈍感扱いされたりきっとあったと思うと、一度で済んでよかったかも。

「ま、そう云う事なんで、これからもヨロシク」

「何だそれ」

 わざと顰め面して、赤くなりそうな顔を何とかごまかした。

 ヨロシクの言葉と同時に差し出された手を、叩き落としてやろうか握りつぶしてやろうか一瞬悩んで潰すコースを選択して握った瞬間、きゅっと優しく包まれて驚いてたら、うっかり潰し損ねてしまった。ち。

「オマエの行動なら読み切ってる」と、高地が嬉しそうに笑いながら手をするりと放すとまたポカリを口にしたので、腹いせに脇腹をこちょっとしてやったら今度こそ豪快に噴いてた。

 そのやり取りの時にやたらと汗をかいてたのは、暑かったからだ。それだけだ。



 付き合う前は『野犬(あたし)VSゴールデン・レトリーバー(高地)』なんて云われてたから、バスケ部以外の人たちにはそりゃあもう驚かれた。『野犬が懐いた……!』と『クララが立った』的に云われた時には、発言した男子の頭を黙って現社の教科書の角でどついてやった。おかげで『野犬は健在』とか云われたけど。

 からかわれるのはそれだけじゃない。少々柄のお悪い向きの男子女子の間では、『高地と河野が何日で別れるか』なんて賭けられてるらしい。『河野が高地に三行半を突き付けるのは○日後』とか、『耐え切れなくなった高地が他の女子に靡くのは(以下略)』なんていう派生バージョンもある。付き合い始めてもう三ヶ月が経とうとしているのに、未だにその手のうわさは絶えない。

「そう云われると意地でも別れたくないね!」と、あたしが高校から近いコンビニで高地に奢ってもらったチキンにかじり付いて憤慨すると、「瑠璃(るり)らしい」と下の名前をさらっと呼ばれて、心臓が跳ねる。

 黙って炭酸をぐびぐび飲んでたら、「なんだよ、いちいち照れんな」と頭を乱暴に撫でられた。

「うるさい!」とそのおっきな手を払う。

「オマエそういうとこほんっとかわいいよなー」と追い打ちを掛けられて、「うるさい! うるさい! うるさい!」と三回も云ってしまう。……ワタシ動揺してますって云ってるも同然じゃん。ち。

 付き合うまでは、あたしの方にアドバンテージがあるように思ってた。

 付き合い始めてみたら、高地の方がなんだか余裕だった。

 あたしが恥ずかしいの分かってるから、皆の前では名字呼びして、二人きりになると当り前の様に下の名前で呼んで。

 でもあたしは未だに高地の事を(まもる)と呼べていない。付き合う直前、高地から告白された時にはすぐに出来ると思ってた。そんなの簡単だって。なのに、云えない。そのかわり口から飛び出すのはどうでもいい、しかも攻撃的な言葉ばっかり。ちゃんと時間を守れないなら最初っからデートの約束なんかするな、とか。コドモじゃないんだから食事する時いちいちグリンピースもピーマンも避けるな、とか。

 名前を呼びたい気持ちは、ある。さりげなく呼ぶ練習を、家に帰って自室にこもってちゃんと何度もしてみた。でも駄目。あたし本番に弱すぎ。

 ――あのさ、と話し掛けて言葉を切って、高地を見る。高地も、んー? なんて気のなさそうな返事を返しつつ、じっとこっちを見る。すると、頭の中が瞬間沸騰して失敗してしまう。いつも。

 きっと、すごく心待ちにされてると思う。付き合う前にフライングで呼ばせようとしてたくらいだもん。でも、アイツは『なんで呼ばないんだよ』なんて一ッ言も云わない。男の子のプライド? やせがまん? そんなモノに、甘え倒してる。


 この間、初めてキスした。

 テスト前で部活のない土曜日。県立図書館でテスト範囲を勉強して家へ帰る前、気分転換にと公園を二人で歩いた。

「なんでわざわざ女のふりして日記書くんだよ」と高地がご立腹のご様子で紀貫之をディスったので笑えた。

 いつまでも笑ってたら、顰め面した高地に「こら」と手を絡め取られた。

「!」

「いちいちもう手―繋いだくらいで動揺すんなよ」と、あっという間に余裕を奪還した高地が、今度はあたしを笑う。前だったら、本気でむかついてた。でも、今はもうあんまりむかつかない。笑ってる顔が、「あざ笑う」じゃなく、「あたしを見て優しく笑う」だから。

 その笑顔、結構嫌いじゃない。なんて、いつかちゃんと云えるだろうか。


 黙り込まれるのは嫌いだった。男子でも女子でも、こっちに向かって来る人と口げんかになれば女バス魂で言い負かして、相手が口ごもれば『云いたい事あるならちゃんと云ったら!』って突っかかって。

 でも、恋して分かってしまった。云いたくても、云えない時って結構あるって事。

 恥ずかしくて云えなかったり、なんて云ったらいいのか、言葉になる前のモヤモヤで胸がいっぱいになったり。

 最近のあたしは、高地の前でそんなんなっちゃうのが多くて困る。牙の抜けた野犬なんて、一体これからどうしたらいいのさ。


 二人で公園の中をぐるぐる歩く。手を繋いで、他愛のない事を話して。でもそれがすごく楽しいから不思議だ。

 公園内に設置されている灯りが、一斉にぽぽぽぽって瞬いて点いた瞬間を見た。それで高地が「本格的に暗くなる前に帰んないとだな」って、独り言のような、こっちに投げかけた風なような事を云う。あたしも「そうだね」ってフラットに云うけど。

 もう少し、一緒にいたい。

 そんな事、多分一生云えない。

 あたしが素直になれるポイントは、いったいどこなんだろう。


 帰りたくない足どりがどんどん遅くなって、涙ながらに見つめたりしたらかわいいのに、あたしときたらかえって大股でぐんぐん歩いて、むすっとした顔をする始末だ。

 そんなあたしに、高地はムッとする事なく「オマエは素直なんだかあまのじゃくなんだかわかんね―な」って苦笑する。その事にひどくホッとする。

 嫌いにならないで。でもどんどん先に行っちゃって、あたしを置いてひとりで上手に恋しないで。すぐそこにいてよね。


 いっこだけ灯りが切れてる街灯の下で「瑠璃」って呼ばれて、うっかり足を止める。高地があっという間にあたしの目の前に立って、ダンク決めるみたいに、真上からキスを落としてきた。

 触れるだけのキス。ごつい男なのに、唇はやっぱり柔らかいんだ、なんて感心してた。そうでもしてないと心臓が破れそうだったから。

 離れ際に、名残を惜しむように息が掛かった。でもその熱もすぐに消えてしまう。

「行くぞ」と手を繋いだままの高地がぐっと一歩を踏み出して、あたしの前を歩く。だからあたしはそっぽ向かないでよかったし、赤い顔を笑われる事も逆ギレする事もなかった。


 あれから、真面目にテスト勉強してテスト受けて、それが終われば部活解禁で真面目に部活して、週末には練習試合もしてた。デートらしいデートはほとんどなくて、あってもバッシュ買いに行ったりだとかそんな程度。

 キスしたのがマボロシかなって思うくらい、そんな事から遠ざかっていた。

 だから、多分そこを付けこまれた。


 テスト期間以外の学校側の都合で、ひっさしぶりに部活がなかった平日の放課後。

 一緒に帰ろって誘うタイミングを何となく逃して、だからと云って誰かを誘ってお茶する事も何となく億劫で、結局一人で帰る事にした。

 下校ラッシュの昇降口が落ち着いてから自転車置き場まで行って、曲がっちゃってて回しにくいカギを何とか開けて、スタンドを跳ねあげて前を向いた瞬間。

 高地が、見えた。……あ、でもこっからだとだいぶ遠い。自転車をすぐ横に立てて、校門に凭れて誰かと話してる。

 話してる誰かが女子で、しかもあたしが苦手な女子女子した女子で、その子が高地の腕にぺたぺた触ってるの見た瞬間、ブチ切れた。――女バスの女なめんな!

 ノー部活デーで一斉に皆が下校した中、あたしはたらたら歩いてたから人の波は大分引けてる。自転車置き場から校門まで、だらーっと続く上り坂を一気に自転車で駆け上がった。勢いを殺さずに向かったので、二人とも途中で気が付いてたっぽい。

 ぎりっぎりまでペダル漕いで、直前でブレーキを掛けた。でも勢いがあるまま自転車のタイヤは高地と、大きく下がったその女子との間にキキーッ! と耳をつんざくような音を立てて割り込んだ。

「ちょっと何すんのよ! 危ないでしょ、信じらんない!」

「どっちがよ」

「はあ?」

「勝手に人のもんに手ぇ出さないでくれる?」

「何云っちゃってんの? ただフツーにおしゃべりしてただけなんだけど。こんな野蛮な子と付き合ってたらシュミ悪いって云われちゃうね、高地君」

 鼻で嗤われた。くっそ、こっちを攻撃するんじゃなく高地経由で来るとか、ほんとむかつく。

 云われた側の高地は、あたしとは対照的に冷静だ。さすがゴールデン・レトリーバーだけあって無駄吠えなんてしない。今すぐ噛みつきたいあたしを軽く手で制して、高地はにやりと笑った。

「こいつの気ぃ強ええとこはチャームポイントだろ? 俺、『あたすぃ~』みたいなのダメなんだわ」

 その口調は明らかにその子の真似で、あたしは怒ってたのも忘れて思わず「ぶ」と吹きだしてしまった。するとその子はおっかない顔になって「ばっかみたい!」と云い捨てると早足で歩いて行ってしまった。風が吹いたらパンツが見えそうな丈のスカートの裾を二人して見送る。

 それから、今さっきここであった事なんてどこ吹く風で、高地が「茶―でもしようぜ」って云う。ひとしきり応戦して気が済んだあたしも「うん」と落ち着いて答える。

「おし、じゃ、駅前行くか」

 高地が門に立てかけてあった自分の自転車に手を掛けてサドルにまたがるその前に、あたしは口を開く。

「護」

 ――手だけでなく、高地全体が止まった。

「好きだよ」

 云えないまま溜まりに溜まってた気持ちはとうとう心を飛び出して、たったヒトコト、言葉になった。そうか。云おう云おうとしてたから無理だった。云いたくなる気持ちは、勝手に生まれてくるんだ。


 リップサービスだったとしても、高地に『チャームポイント』って云ってもらったのは嬉しかった。それだけで、抜けてた牙がまた生えそろって、野犬復活。敵が来たって何度でも闘ってやる。それだけじゃない。

 突然のあたしの言葉ですっかり固まってしまった高地に自転車に乗ったまま近付いて、背伸びしてほっぺたにキスしてやった。これからもこんな風に、急にしたくなった時にこっちからキスしてやる。いつまでも余裕かましてんなよ。

 初めてでもないのに、高地は赤くなって固まったままだ。はは、かーわーいいー。笑ったらようやく小さく「……笑うな」と返ってきた。

「ほら、いつまでもこうしてないで行くよ」と背中を叩くと、「俺も」と焦ったように云う。

「俺も好きだから、瑠璃の事、ちゃんと」

 知ってるっつーの。とは云え、知ってても云われたら嬉しい。でもやっぱり、「あたしも」と返せるような素直さはないらしい。

「だったらモスで高地がゴチしてね!」と云い逃げして思いっきりペダルを漕いだら、後ろから「待てって! ったく……」とぶつぶつ文句を云いながら、自転車に乗って追いかけてきたのが分かった。

 大して息も乱さずにすぐに追いついて横に並んで、「何食うの」と声を掛ける高地は、もう余裕を取り戻してる。ち。

「スパイシーモスチーズバーガーとポテトLセット、ドリンクはメロンソーダで」

「じゃーポテト分けて」

「よろしい」

 尊大に言い放ったら、「俺のおごりなのになんでそんなに偉そうなのオマエ」と高地が笑った。


「ゆるり秋宵」内27話に二人がちょこっと登場してます

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