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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
19/47

小動物と俺(☆)

会社員×会社員

「夏時間、君と」内の「クールビズと、その功罪」に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 自分の見た目がヤンキー漫画の悪役に似ている事は、中学の時点で分かってた。

 睨むなと難癖を付けられたり、何か聞かれた事について黙って考えていれば凄んでいると逆切れされたり、トラブルになった事は一度や二度ではない。顔に感情が出にくいのも、きっとよくなかったのだろう。

 社会に出ると嫌でも愛想笑いが板に付いて、酔っぱらいや本物のヤンキーに絡まれる事もだいぶ減ったは減ったけれど、それでも相変わらず女性には顔つきの悪さとガタイの良さのコンボで怖がられる事が多い。犬猫には好かれるんだけどな。


「おはようございます」

 朝八時ジャスト、社員専用の駐車場の自分に割り振られた番号八番へいつものように車を停めて鍵を掛ければ、同じタイミングで出社して隣のラッキーセブンにピンクの軽自動車を停めてた先輩の原田(はらだ)さんが定刻どおりちょうど車から出てきた。

 ドアを閉めるその背中が、俺が声を掛けるタイミングでびくつくのもいつもの事。――そんな反応には慣れてるけど、傷付かない訳じゃない。いちいち地味に、心がこそげられる瞬間だ。でもそんなネガティブな気持ちも、きっと表層には現れないで『ちょいコワ顔』でごまけているんだろう。

「おはよう、村上(むらかみ)君」

 蚊の鳴くような声ってこんなだよな。まあ、無視されないだけましなんだろう、きっと。そう思う事にしている。

 囁いては俺の横をそそくさと文字通り逃げるように早足で駆け抜けて、事務所のある建物の中へと消えていく。ふわりと甘い花の香りを残すのも、いつもどおり。俺の顔を見ないのも。

 ただの先輩後輩なら、それでもまだ、よかった。

 片思いの相手に毎朝されるには、ちょっと辛い仕打ちだ。にもかかわらず原田さんの出社時間に合わせて俺も出社するのは、びくつかれても目を逸らされても好きな人に少しでも多く会いたいからだ。彼女が会社で一日の最初に会う人間でいたいからだ。でもなー……。


 毎日律儀にびくっとされて、週末にもなるとそこいらのポイントカードになんか負けないくらい、凹みポイントがだいぶ貯まる。

「俺、原田さんに嫌われてんな……」

 同じ支社の同僚の北条(ほうじょう)――こちらは絵にかいたような優男――に愚痴ると、こちらを慮ってか「そんな事ないと思うけどな」という返事が返ってきた。

「でも朝駐車場で会うといつもびくっとされるし、無視はされないけど目は逸らされるし、事務所の中でもいつも遠くからじーっと俺の動向伺ってるし」

 その様子は突如現れた肉食獣からいかにして逃げ切るか必死に算段する小動物のそれだ。

 黒目がちな目をうるっとさせて見つめられていると、まるで自分が好かれているかのような錯覚に陥ってしまう。ただし、目が合うと――逃げる。確実に距離を取って。

「気のせいじゃないのか?」

「お前、他人事だと思って」

 ジョッキに数センチ残っていたビールを煽る俺とは対称的に北条はサイドカーを飲みながら、支社の女子のハートを一時攫いまくった笑顔を惜しみなく俺に振る舞う。無駄遣い甚だしい。

「そうだなあ、不毛な村上に付き合ってるよりは、早くあいつの部屋に行きたいね」

 あいつというのは北条の彼女で、俺とも同期の岡野(おかの)だ。

 よくあんな気の強いのと、だの、どこに惚れた、だの頭をよぎらない事もないが、それは当人同士しかあずかり知らぬ何かがあるのだろうと思う。

「……ああ、悪い」

「冗談だよ、向こうも今日は飲み会だって云ってたから」

 ごめんごめんからかいすぎたと笑う顔は、男から見ても艶っぽいものだ。人を羨んでみても仕方がないけど、もし原田さんにもこの悪人顔で逃げられているんだとしたら、北条のその優しげな顔を分けて欲しいとも思う。――原田さん、そんな人じゃないんだけどなあ。


 何年か前、原田さんが新人研修で大勢の前で講師役を務めた時、マイクを握る手は細かく震えていたのが助手を務めてた俺にも見て取れた(ついでに云えば、この日は緊張からか声を掛ければその都度もれなくびくっと驚かれた)。けれど、時間ぎりぎりまで一人一人の質問に真摯に答えたり、今の部署でもびしっと云うべき場面では相手が誰だとしても躊躇しない(でも声小さい)ところに、惚れた。

 そろそろどっちが他の支社に異動になってもおかしくはない。この秋にいよいよか、と覚悟は決めてはいたけど結局どちらもそのままで拍子抜けして、でもすごくホッとした。


「原田さんもねえ、もうちょっと分かりやすくお前にアプローチすればいいのにね」

「え? 悪い、聞こえなかった」

 ちょうど北条の声にかぶさるタイミングで、他のテーブルでキャーッという歓声が上がっていたのでその言葉はまるまる聞き逃した。

「んー? 何でもないよ」

 そのあと何度聞いても笑顔で躱され続けて、北条が何を話したのかはとうとう分からずじまいだった。



 一〇月は仕事絡みの用事が土日に多く存在する。会社の運動会への参加(有志と云う名の強制)だとか、産業博覧会への出展ブースに参加(強制)だとか。貴重な休みを会社関連で潰されるのは正直痛い。しかも、産博はともかく運動会は無給だし。

 誰得イベントよ、と思いつつも、若手は出ないとその後の社内での社交に大いに支障が出るとの事なので、運動会ごときで怪我をしないようにと入念に準備運動をして臨んだ。元々体を動かすのは好きで、時間があれば走ってるのでいつもの感覚でぐいぐい柔軟ストレッチをしていたら。

「体、柔らかいね」って、ちーっちゃい声と甘い花の香りが上から降ってきた。

 振り仰ぐと、原田さんが俺の近くに立っていた。――その人が、いつも朝見るのと違ってびくびくしていない。そんな事が、むちゃくちゃ嬉しい。

「硬いと怪我しやすいんで、いつも体動かす前にストレッチするんで、それでですかね」

 しどろもどろになりながら云えば、原田さんはくすっと笑う。

「緊張してるの?」

「……そうですね」

 だって今あなた、フツーに俺と話してくれてるから。

「頑張って、応援してるから。でも、怪我しないように気を付けてね」

 それだけ云うと、そそくさと応援席の方に小走りで行ってしまった。やっぱり小動物は逃げ足が早い。お礼くらい、云わせてほしかったな。

 いつもの服と違って、ジャージ上下な原田さん。他の女子社員さんたちがピンクだったり黒だったり、ジャージズボンの上に共布のミニスカートを合わせてたり、膝丈のジャージズボンだったりとおしゃれでスポーティな格好をしている中、原田さんときたら高校の時着てたジャージ(ま緑)だ。三-三原田、なんて記名してあって、元々お化粧も薄いし小っちゃいしそんな恰好でいられるとなんだか高校生の原田さんに会ったような、妙な気分になる。それだと好きになって手出したら犯罪者だから、今の原田さんを好きでよかった、なんて浮かれてた。

 浮かれてるうちに、元々出る予定だった一〇〇メートル走の他に、部署対抗リレーの第一走者とアンカー、棒取りにも勝手にエントリーされてた。でもいいや。だって。

『頑張って。応援してるから』って、云われちゃったもんな。

 月曜からはまた逆戻りかもしれないけど、とりあえず今日の原田さんにはびくってされなかったし、声までかけてもらったし、もう有頂天だ。

 小学生男子が早く走れる靴を履いた時みたいな気分で、走って走って走りまくった。


 そして、夕方。

 呆れた顔の北条と泣きそうな顔で怒っている原田さんと、デッカイ体を出来るだけ縮めて神妙にしている俺――左足首と左の二の腕に包帯ぐるぐる――が、ブルーシートの上に座っていた。

「だから云ったじゃない、気を付けてって」

「……すいません」

 調子こいたまま競技に出てたら、最後の棒取りで足を挫いて相手の陣地まで引きずられた。しかもなかなか棒を手放さないでいたので、下になってた側の左腕は打ち身に加えて肘から上を豪快に擦り剥いてしまってもいた。

「悪い、俺この後用事あって病院まで送れないわ」と北条が申し訳なさそうに謝ってきた。借りてた運動場の駐車スペースには限りがあるため、なるべく相乗りで来るようにという総務からのお達しにより、今日はここまで北条の車に乗せてもらって来ていたのだ。

「いや、応急処置してくれただけでありがたいし、病院行くほどじゃないだろこれくらい」と軽口を叩いていたら。

「だめ!」

 鋭い高音の声が、原田さんの口から上がった。

「ただの打撲と捻挫だと思ってたら実は骨折でしたとかあるかもしれないでしょ? 病院行くよ」

「え」

「軽だからから村上君は乗りにくいと思うけど、私の車で連れてく」

 きっぱりと宣言されてしまうと、断る事も出来ない。

「じゃあ、こいつお願いします」

「うん、任せて」

 声は小さいけど、意志ははっきりしてた。上役に意見する時みたく。


「すいません、俺デカくて重いから」

「謝るのはそこじゃないでしょ?」

 俺より三〇センチは優に小さい原田さんに、肩を借りて駐車場まで歩いた。そこまでは北条に助けてもらおうと思っていたのに『これもチャンスだ、頑張れ』と甘言を囁かれてその気になって。――すぐに後悔した。小学校から高校まで野球をしていた俺は、骨太の筋肉質だ。こんな小っちゃな女の人に肩借りるとか、ありえないだろ。最初に気が付けよ。

 そんな訳で、なるべく体重を掛けないようにしてひょこひょこ歩いていたら、「いいから、無理しないの!」と怒られた。迷惑かけちゃって申し訳ないのに、そんなのも嬉しい。

 俺を助手席に押し込んで、自らも運転席に『三-三原田』なジャージ姿のまま乗り込む原田さん。

「あの、原田さん、着替えとかは……」

「いいから。病院行くのが先」

 そう云いながら、土曜の午後に診療を行っている病院へと車を向けた。ドアを閉めた途端、甘い花の香りが鼻をくすぐる。――原田さんの、匂いだ。そう気付いて、今二人きりだという事を続いて思い出して妙に焦ってしまった。落ち着かずに体をもぞもぞさせては痛めた手足に響いて、それでまた「じっとしてなさい!」って怒られて。

 原田さんはずっとぷりぷりしている。初めて見るな、この人がここまで怒りを露わにするの。やばい、嬉しい。俺の事怒ってくれてるなんて。怒られているのに、原田さんの声があくまで優しいせいか、俺はなんだかまた浮かれてしまう。 

「もう! 君はこんな無茶しない人だと思ってたのに」

「すいません」

「いつもの冷静さはどこにやったのよ!」

「好きな人にいいとこ見せたくて、どっかにやっちゃいました」

 そう云ったら、「……そう」とそれきり、黙り込んでしまった。北条には何やってんだ! ってめちゃくちゃ怒られそうだけど、『原田さんに』って云えなかった。気持ちを伝えて『ええー……』って涙目でドン引かれたら俺だって涙目だ。


 病院に着くとまた肩を借りて、待合スペースへと移動した。受付終了が間近の時間だったせいか思いのほか空いていて、診察と治療をスムーズに受けられた。数日はお風呂に浸かるのとアルコールは禁止と言い渡される。

「絶対ダメだからね」

「……はい」

 念押しで怒られてるのに、やっぱりそんなのがすごく嬉しい。


 帰りも原田さんの車で家まで送ってもらえるという話になった。足首はテーピングで固定されたので、もう俺よりうんと華奢な人に体重掛けなくても不格好ながらなんとか原田さんの車まで自力で歩く事が出来た。


「ありがとうございました、治ったらお礼させて下さい」

「いいよ別に、運んだだけだし私は」

「でも」

 告白はアウトでもそれくらいは許されるかと思い、お礼という名目で何とか食事かお茶にでも誘おうとこっちも必死でいたのだけど、原田さんはやっぱり逃げてしまう。――そうだ、俺この人に怖がられてたんだった。そう思い出した途端、北条の『チャンスだ!』って言葉が、エコーを響かせながらすーっと遠のいていく。

 ひたひたと、沈黙が小さな原田さんの小さな車の中に押し寄せる。こんな時にどうしたら弾むまで行かなくともさりげなく会話を繋げるかなんて、野球漬けで寂しい青春を送った俺にはさっぱり分からん。酔っぱらいと本物のヤンキーに絡まれた時の逃げ方なら上手なのに。女子が好きそうなアロマもホットヨガも皇居ランも名前しか知らないしそもそも原田さんがそれを好きかも知らないし。――ああ、自分で凹みポイント増やしてどうするんだ。

 好きな人が何を好きか知らない。だから知りたい。でも、会話する前にあなたはいつも逃げてしまう。

 逃げないで下さい。顔が怖かったら、そっぽ向いてていいから。何なら俺、北条の実物大の顔写真でお面作って被るから。声が低くてガサガサなのが怖いのなら、喋んないでいるから。

 そうお願いしても、盛大にびくつかれて泣かれてしまうだろうか。


 互いに沈黙しながらも、原田さんの運転する車はスムーズに進む。傷に触らないようにだろうか、走る車の流れから著しく逸脱しないものの走行車線をゆっくりめに走らせて、ブレーキングはあくまでも優しい。――俺の為じゃなくて、普段からもそうなのかも。いちいち自惚れんな。


 そうやって沈黙しつつも、受け身を取る気持ちの準備だけは万端にしていた。


 長い事で有名な赤信号で止まってハンドブレーキを引くと、突然原田さんは俺に話し掛けてきた。

「ヘンなこと聞いてもいい?」

「何でもどうぞ」

「好きな人が、社内にいるの?」

「……はい」

 協力してあげるよ、なんて云われるのか。それはそれで言外に『対象外だ』と云われてる訳で、凹むよな。

 そう思ってたのに、原田さんは「そうか」って一言だけ小さく呟いた。そして。

「……村上君はとっても優しい人だから、その人もきっと村上君を好きになるよ」

 再び訪れた沈黙のあとに小さく小さくそう云って、ようやく青に変わった信号でハンドブレーキを解除する。って、

 ―――――――――――――――――え?

 聞いた言葉を脳みそが拒否してる。思わず運転中の原田さんを見ると、きりりとした顔で前を見ていた。

「い、いま、俺の事優しいって云いました?」

「云ったよ」

「あのでも俺見た目こんなで怖がられたりとか、」

「それは最初だけだよ、でももうみんなそうじゃないって知ってるよ? 道歩いてると犬も猫も村上君目掛けて寄って来るし」

「で、でも声とか低いしダミだし」

「低くて渋くていい声だって評判だよ」

「でも」

 嬉しくて、でもなぜかあわあわして云われた事をいちいち否定してしまう。だっておかしいだろ、いつも逃げてるくせにこれは何だ?

「逆に聞くけど、どうしてそんなに自信がないの?」

「……好きな人に、いつも逃げられてるからです」

「え?」

 膝の上で拳をぐっと固めると、途端に打ち身&すり身の左腕に響いた。

「目が合うと涙目になって、すっごい逃げられます。事務所では遠くからじーっと見られてます。朝、駐車場で声掛けると毎回びくつかれます」

 分かるだろうか。これがあなたの事だと。

「村上君、」

「原田さん」

 名前を呼ばれて、ごめんなさいと続けられるのが怖くて遮った。

「俺が優しいから、俺の好きな人もきっと俺を好きになってくれるって云ってくれましたよね? なら、好きになってください、俺の事」

「……無理だよ……」

 ――あー、やっぱり困らせたか。予想はしてたけどそれでも凹むもんは凹む。そんな自分は横に置いとくとして、好きな人には困ったり泣いたりして欲しくないな出来れば。だから、俺の進撃はそこまででおしまい。あとは、勇気ある撤退のみだ。

「うん、分かってました無理なのは。でもどうしても云いたくて。迷惑かける気ないんで、もうこれ以上云いませんから。それと、今日怪我したのはある意味原田さんのせいです」

「私の?」

「はい、いつも俺から逃げてるあなたが俺に頑張れって云ってくれたから、すっげー浮かれました。でもこうやって送ってもらったし、怪我した事をタテにしてしつこくとか、ほんとないんで」

 そう云ったら安心してくれるかと思ったけど、また沈黙だ。もう俺沈黙嫌いになってもいい?

 あと五秒黙ってられたらこの車から降りて一人で泣きながら帰るとそう心に誓った時。

「……もう、私のこと好きじゃないってこと?」と、俺の心情とは裏腹にようやく原田さんが一際小さく呟く。

「そんな訳ないじゃないですか」

「でも、そう聞こえたけど」

「だって俺にしつこくされたら原田さん嫌でしょう?」

 撤退しようと勇ましく出した足が、今更躊躇するような事云うのやめてくれ。

「嫌じゃないよ」

 はい?

「だって村上君しつこくないし、あの、お茶とか食事とかそういうのも、今日のこのお礼じゃなくだったら嬉しいよ」

 ――はい?

「……あのね、無理って云ったのは、気持ちに応えられないとかじゃなくて」

 なら、なんですか。そう聞きたい気持ちをぐっと堪えて、続きを待った。

「もうとっくに好きだから、今から好きになるのは無理、ってこと」

「……えっ、な、えええ?!」

 俺が再びあわあわすると、ようやく原田さんがくすりと笑った。


 どこかの公園の駐車場に車を停めて原田さんがエンジンを切ると、途端に車内は静かになる。

 でも俺の心臓はとんでもない事になってる。怪我に響くんじゃないかと心配になるくらい。

「なんかさ、お互いすごーく誤解があるみたいなんだけど」

「――そうですね」

 だって俺は嫌われてるんだとばかり。

「あの、私は、村上君のことが好き、なんだけど」

「俺もです」

 即答したら原田さんの頬がぽっと染まったのが駐車場の灯りのおかげで分かった。

「あの、俺の事、事務所とかですっごい見られてたのって……」

「逃げる為とかじゃなく、好きな人がそこにいたら見るでしょう普通」

「でも、よく目を逸らしますよね?」

「ごめん、村上君と目が合うとすぐ私顔赤くなっちゃうから、それで」

「目がうるってしてるの、俺が怖いから涙目だったんじゃ」

「目が悪いからうるっとして見えるだけだよ」

「……まじすか」

「うん……」

 見事なまでのすれ違いっぷりに、二人して呆然としてしまう。そして嫌われてなかったという安堵から深く息を吐いて脱力すると、ダッシュボードにおでこが当たった。そのまま原田さんの方を向けば、また目を逸らされそうになる。

「逸らさないでください」

「ご、ごめんなんか癖になっちゃってて」

「凹みますよ」

 そういじけて見せると、ようやくこっちを向いてくれた。

「手を、繋いでもいいですか」

 いい気になって手を差し伸べると、ちょんとお手みたいに乗せてくれた。

 俺より全然ちっこい手。大人なのにぽこんとえくぼがあってかわいい、真白な手。

 原田さんの言葉を裏付けるように、その手は俺から逃げなかった。犬猫には好かれる男、小動物の手懐けに成功。

「好きです」

「私も」

 凹みポイントが、全部喜びに還元された瞬間だった。


「帰らなくっちゃね」と名残惜しく俺の手を離れた原田さんの左手が、レバーを握る。その上からふんわりと覆うように手を重ねて、なるべく運転の邪魔にならないようにと思っている間に、車は再びエンジンを掛けられて出発した。

「いっこだけ、まだ気になってるんですけど、なんで朝、いっつも……」

 びくりと慄く背中は、気のせいなんかじゃない。なのに彼女は俺の事を好きだと云ってくれた。その二つの事が、俺の中でまだ結びつかない。

 原田さんは少し恥ずかしそうに、一際小さく教えてくれた。

「私ね、ものすごい静電気体質なの」

 はい?

「一年中悩まされてて、夏でも車降りる時バチッてなっちゃって。痛くて全然慣れないのあれ」

「…………なんだよー!」

 さっきとは逆に、むずかる子供のように助手席で仰け反った。

 ごめんね、と謝る彼女の目はやっぱり少し潤んでいて、まだ慣れないせいか合ったと思った次の瞬間にはパッといつものように反らされた。でも、もう凹んだりはしない。

「足と手治ったら、デートして下さい」

 俺のそんな図々しいお願いも、「うん」って小さく、でもあっさりと受理される関係になれたから。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n0063cq/9/

ちょこっと登場→ https://ncode.syosetu.com/n0063cq/4/

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