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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
16/47

こわがりメモリーズ(下)(☆)

 佳乃が店を出てから程なくしてナオさんが帰ってきた。

「おかえりなさい」

 そう云った俺の顔をざっと見て『大丈夫』だと判断したのだろう、ナオさんはアレコレと詳細を聞きだそうとはせず、「ただいま」とだけ云って、優しく笑った。


 その後は、ナオさんが大急ぎで作ってくれた賄い飯を戴いて(やっぱチャーハンはスピードが命だよね)、夜の打ち合わせと開店準備をして、五時に再びお店を開いてやって来たお客様にナオさんと俺の出来うる限りのおもてなしをして。

 そうして、閉店時間を迎えた。


「ナオさん織枝(おりえ)さんお疲れ様でしたー」

「じゃあまた火曜に。よいお休みを」

「お疲れ様、大矢君」

 九時過ぎにお店に現れたシェフの新妻である織枝さんとナオさんが、仲睦まじく恋人繋ぎして愛の巣の方へと歩いて帰っていくのを心底いいなぁと思いつつ――いい年してお外で恋人繋ぎとかほんと新婚爆発しろとも思いつつ、さて俺もと、お店の外に立ったままぽちぽち携帯を操作し始めたら。

「お疲れ様」って、今一番聞きたい声の主、マナミンが数歩先に立っていた。顔が自然とゆるんでしまう。

「マナミンも、お疲れ様」

 携帯をジーンズの尻ポケにしまいつつそう答えると、マナミンがホッとしたような顔をした。


「少し話せる?」と請われ、既に真っ暗な商店街を抜けて駅前のシアトル系のコーヒーショップへと移動した。飲み屋さんもあるけど、今日はお酒って感じじゃないかと思ってこっち。お店の中は全面禁煙なので、仕事の後の一服はとりあえずの我慢。

 レジ前で二人して暫し悩んで選んだのは、マナミンがハニーなラテ、俺はカフェモカ。

 ふっかふかのソファ席に向かい合えば、もうそれだけで幸せ。――いけないいけない。お話があるんだったね。

 溶けた生クリームだけを飲んでしまわぬようにふうふうして少しどかしてから、その下に潜む熱い甘い飲み物を口に含んだ。ハニーな色艶した石のピアスしてるマナミンも、一口飲んでふわっと笑う。

 ことりとカップをソーサーに戻すと、マナミンが「今日、本当にびっくりしたでしょう、黙って急に、ごめんね」と謝ってきた。

「や、びっくりはしたけどそんなに気にしないでだいじょぶだよー」

「本当に? 無理してない?」

「してない」

「……なら、よかった」

 その気遣いで、じわっとカフェモカに浸されたみたいに心が温かくなる。

 気にしてくれたんだ、俺が佳乃と会ったらまた傷付くんじゃないかって。

「こんな風にこんな時間まで気になって会いに来るくらいなら、最初から会わせなければよかったのかもしれないけど」とマナミンがため息を吐く。

 違うよ、そうしてもらってよかったよって俺が慌てて云うその前に、「それでもね」ってマナミンが言葉を繋いだ。

「会って欲しかった。二人に、二人でした恋とちゃんとさよならして欲しいって、そう思ったの」

 お式されたお二人に感動して泣いたまま、大矢君と会った事があるでしょうと水を向けられて、ああ少し前にそんなのあったなって思い出した。

「それが、古内様」

 すごく似合いの二人なのに、式の直前まで、佳乃は時折ため息を吐いていたらしい。

 心配したマナミンが打ち合わせの合間にさりげなく聞くと、『お式する前に、会ってお礼とお詫びを云いたい人がいるんですけど、連絡先消してしまったせいもあって、探せなくて。それだけが心残りなんです。――でもそんなの、私の我儘で一方的に別れたのに今更だし、万一会えたとしてもそれって自己満足ですよね』と自嘲したと云う。

「でも会わなければ、それこそ一生その気持ちを抱えたままでしょう? せっかく結婚されるなら、上手に手放せたらいいのにって、そう思った」

 それでも結局は俺の消息は掴めずじまいのまま、式当日を迎えたらしい。

 そんな佳乃に、旦那さんは披露宴の最後に読んだ手紙の中で、『悔やむ事があるなら、一生悔やんでいていい。俺にもそれを一緒に背負わせて下さい』って、そう云ってくれたんだって。さすが頼れる旦那だ。

「それ聞いて古内様はぼろ泣きしちゃうし、忘れさせるんじゃなくて支え合うのっていいなあって私ももらい泣きしちゃうし、参ったよ」

 結局、ハネムーンのお土産をマナミンの会社に持ってきた佳乃と交わした雑談の中で、その元彼ってどんな人なんですかって話になって、どうもそれはマナミンの『知り合い』に似てるぞってぴんときたところで名前を挙げてみたら、ビンゴだったと云う訳だ。

「すっごい偶然に、ドラマみたいだ! って二人して興奮しちゃった」とはにかむマナミン。

「世間は狭いって事かねえ」なんてすっとぼけながら、俺は偶然に感謝する。

 マナミンが、佳乃たちの担当じゃなかったら。

 マナミンがあの日、合コンメンバーじゃなかったら。色んな偶然が、全部今日に繋がってる。

 つうかもうこれ、運命じゃない?

 どんな状況だったとしても、結局俺はマナミンに出会って、恋してる。なあモンスター、そうだよな?

 そっと問いかけてみれば、弱虫な筈のそいつも全力で同意してきた。


 マナミンが幸せそうにハニーラテを堪能しているのを、ずっと眺めてたい。でももう、それだけじゃ満足出来ない。

 エスパーに心を覗き見されたら鼻血出して卒倒されそうに甘くて不健全な妄想を繰り広げてたのがまさかバレちゃあいないとは思うけど、急に目が合ってドキッとする。マナミンはそんな俺を見て心配そうな顔をした。

「大矢君も、手放せた?」

 ――ほらあ、またそうやって人の心配ばっかりして。調子に乗っちゃうじゃないか。

「うん」

「新しい恋、出来そう?」

「うん、マナミンとしたいなあ」

 悪い魔法が解ければ、さらっと口に出来た。

 もうね、マナミンのお返事が『ごめんなさい』でもいいやって思う。

 だって、そう云われたって好きなもんは好きだ。

 付き合って駄目になったら、とか、そういうネガティブなのは散々考えちゃったからもうこの先はそう云うの、必要ない。

 この子が好き。それだけでいい。


 固まっちゃってるマナミンに、ああこれは駄目パターンかもなって思いながら、それでも口は勝手におしゃべりしちゃってる。

「急にごめん、でも俺は夏からずっとそう思ってた。マナミンが、お友達がいいならお友達でいい。でも、それでも俺はマナミンが好きだよ。……今日佳乃と会ってなかったら、まだ告白しようって思えなかったかもしんない。だから、会わせてくれてありがとう」

 未だ固まったままのマナミンに苦笑しながら、「俺、お先に退散した方がいい感じ?」って聞きつつ腰を上げかけたら、「待って、いかないで」とテーブル越しにジャケットの端を掴まれた。俺が今日、したくて出来なかったそれ。

 もちろん、大好きな人のお願いを聞かない訳、ない。

「分かった」と元通りに座れば、マナミンの手は服から離れてしまって、そんなのがもう寂しい。

 マナミンは、「はあ、びっくりした」と胸をおさえて、顔を真っ赤にしている。

「今までちーっともそんなそぶり見せなかったくせに」

「ごめん、色々怖くて必死に隠してた」

「誘えばホイホイ乗って来るくせに絶対手出してこなかった」

「付き合ってないで言葉も伝えてないのに手なんか出せないでしょ」

「古内様のお話聞いたら、――まだ、大矢君も忘れられてないのかなって、思った」

「ちゃんといい思い出に、マナミンがしてくれた」

 テーブルの上の手に、そろそろと手を伸ばす。近付く俺の手を見てもマナミンの手は逃げない。握り拳をえいっと覆いかぶさるみたいにして繋いだ。いいのかな。俺の判断基準がものすごい誤作動を起こしていなければ、マナミンが望んでいるのは『お友達』じゃない、筈。

 赤い顔は、俯いても隠し切れてない。わ、かわいー。

 見つめていたら、艶やかな唇が、動いた。

「TDLに、連れて行ってくれる?」

「ん、明日行こうか」

「ごめんね、明日は私が仕事」

「じゃあ、そのうち。お揃いで、カチューシャしよう」

「ええ!? あれ本気だったの???」

「もちろん本気だよー。でも今まで一度もした事なくってさ俺」

「……なら、いいよ」

「へ?」

 俺がぽかんとしていると、マナミンは少しむうっと口をとんがらせて、大人美人なくせに子供みたいな顔をする。

「古内様とか、その前の彼女さんとしてたら絶対ヤだったけど」

「うわやべー、マナミンかわいい超かわいい!」

 駄目だ。もうモンスターの暴走を俺とめらんない。こないだまで云えなかった事が、ぽろっぽろ素直に言葉になっちゃう。なのにマナミンはニヤケ顔の俺とは反対にますます機嫌が急降下してるみたいだ。

「かわいくないよー、ヤな女だよ、だって早く前向きになってこっち見て欲しくて、古内様連れてきたんだもん。てか、」

 一息にそこまで云うと、急に立ち止まるマナミンのトーク。

「何? どうしたの?」

 俺が覗き込むと、マナミンはむむうっと怒った顔してる。繋いだ手がそのままなら、怒っていてもかわいいばかりだ。

「なんで古内様が『佳乃』で私は『マナミン』なのよ! むかっ腹立った!」

「やべー、真奈美に萌え殺される……」

 俺が手を繋いだままテーブルにふにゃーってなったら、俯いてたマナミン改め真奈美とも目が合う。

「べったべたに甘やかしたいなあ、駄目?」

「もうたくさん、甘やかされてるよ」

「それは『知り合い』としてでしょー?」と、こちらも云われてムッと来てた言葉をわざわざ使ってみる。

「今日からは恋人として、真奈美の事甘やかしたい」

「……うん」

 俺の手の下で、くるりと返された真奈美の手。指先だけを電車の連結部分みたいにぎゅって繋いだ。

 もっともっともっと、繋がりたい。離れたくないよ。

「あ、でも俺、きっと真奈美よりお給料とか低いけど、それってどう?」

 見習いだけど、ナオさんは定期的にお給料を上げてくれている。でも多分、収入格差はあると思うから。カッコ悪いけどドキドキしながら聞いてみた。

「もしそうだとしても、別に気にしないなあ」

 それが理由でお断りのルートも想定していたので、そうならなくなった事にホッとする。

 繋いだ真奈美の指を、口元に押し当てた。

「朝から晩まで、メールしてもいい?」

「私から全部は返せなくてもよければ、嬉しいな」

「人前でいちゃいちゃしてもいい?」

「手を繋いで歩くのって好きだよ」

「キスは?」

「それは、駄目」

「今は?」

「お店だから、駄目」

 そう云われてよっぽど残念な顔してたんだろうか、ぷっと笑われてしまった。

「そんなにしたいなら私の部屋においでよ」

「……駄目。明日仕事なんでしょ? それくらい、我慢出来るよ俺」

「して欲しくないから、誘ったんだけどな」

「お願いします」

 ころっと態度を変えて、また笑われた。


 コーヒーショップを出て、通りに人がいないのを理由に「どーしても我慢できないから、キスさせて」っておねだりして「堪え性のない人だなー」ってまた笑われて。

「いいよ」って云ってもらえて即座にキスした。調子に乗って何度も啄んでいたら、「こら」って掌で遮断されてしまった。

 やばいやばい。幸せ過ぎて泣きそう。


 真奈美のお部屋で、「夢じゃないよねコレ」って何度も聞いて、何度も「夢じゃないよ、大丈夫だよ」って返事してもらった。眠る時にも、「大矢君がまた怖くならないように」って手を繋いだまま寝てくれた。

 幸せで、でもたった一つだけ不満がある。


 俺にはマナミン呼びをやめさせたくせに、相変わらず『大矢君』、じゃん。俺の事も下の名前で呼んでよ。

 明日起きたら真っ先に直してもらおう。あ、でもやっぱキスするのが先。


 すっかり眠り込んでしまった人とその手を後ろからすっぽりと覆うように横向きに寝て、俺も目を閉じる。

 マダムに出すお手紙に、真奈美の事を書くよ。『大事な人』と『恋人』と『結婚したい人』と、どれがいいかな。全部書いちゃうか。お返事はまた、!!!!!!!!!エクスクラメーションマークだらけかな。あ、でもとりあえずこの二年と少し、ずっと俺を気に掛けてくれてたナオさんに明後日出勤したらまずはご報告、だ。うわ、照れるわあ。


 いつか、ナオさんと織枝さんみたいに、新婚旅行でマダムのところへ行けたらいいな。

 その頃には怖がりなモンスターもきっと、男らしく勇敢な生き物になっている……といいけどどうだろう。今日は幸せ過ぎて無敵だけど、少ししたらきっと幸せ過ぎて怖いとか思うかも。

 そしたらまた、真奈美に『大丈夫だよ』って云ってもらおう。

 真奈美の声で掛けられた言葉はそのまま魔法になって俺の心に留まって、何者からも守ってくれる。俺より細っこくて小さいのに俺に力をくれる女の人。食べる時も笑う時も泣く時も全力のこいびと。甘やかすつもりなのに、今のところ俺の方がうんと甘えてる。せめてものお返しに、明日お仕事の真奈美にナオさん直伝の朝ごはんを作ろう。オムレツの真ん中にケチャップでハートを書いてそれで、こう云うんだ。


 真奈美と恋するために、俺、この世界に生まれて来たんだよ。



 翌朝、ほんとに云ったら真奈美が「朝から何を云ってくれちゃうのよ」って顔を真っ赤にして悶えて、でもごちそうさまを云った後に、「私も」って返してくれた。


ナオさんと大矢君ちょこっと登場→ https://ncode.syosetu.com/n0063cq/50/

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