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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
10/47

堕落(☆)

「夏時間、君と」内の「溝」の二人の話です。

 人を駄目にする事なんて簡単なんだよ、と、いい人の顔をした恋人が笑いながら、云う。


 一〇月に入って最低気温が二〇度を切ると、日本一寒さに弱い私の恋人は「過酷で長い冬がもうそこまでやってきてるよ……」と、誰よりも早く絶望的な顔をする。私には、秋って過ごしやすい快適な季節なんだけどな。

「知ってる? 暑い季節より寒い季節の方が長いんだよ」とか、「何枚着てみたってカイロを貼ったって芯が温まらなければちっとも効かないんだよ」とか、聞いてるだけでこっちまで思わずつられてめげそうな超絶冷え性あるあるも披露されたり。ソファの上で毛布を被っている淳朗(あつろう)に「アレを召喚すればいいじゃない」と私がうんざり顔で提言すると、その目が光った、ような気がした。


 そして、次の週末。

 ほんのり肌寒い中、金曜日の夜に彼の部屋へ遊びに行くと、まんまと召喚されたこたつがソファの真ん前にでんと据えられていた。しかも上掛けだけでなく、ちゃんとこたつ掛けもセットで、しっかり電気も入れられていて、床なんかホットカーペットも敷かれている。さすがにこちらはまだ温まってはいないけど。

「これで冬支度はカンペキだね」と半分呆れて云うと、「いや、石油ストーブも出さないと完璧とは云えないな」と淳朗が、こたつに入ってぬくぬくしながら大真面目な顔で断言した。

 普段はまあまあまっとうな人である彼でも、こたつには勝てないらしい。すぐにごろっと丸くなって、幸せそうな顔をして、「俺が知る限り、こたつは人を駄目にするアイテムナンバーワンだね」とゆったり溶けるような口調でしゃべった。

「やりたい事とか、どうでもよくなるなあ」

 たしかに、メイク落とさなくちゃとか、お風呂入らなくちゃとかそう云うの、うっちゃってそのまま転寝したくなる。そして転寝のつもりががっつり寝てしまって、翌日後悔するパターン。

「ただこいつにも一つ欠点があってさ」

「何」

志保(しほ)ちゃんといちゃいちゃしにくい」

 そんな事をごろごろしたままで語るな。

「こういう正方形じゃなくって、横に長いテーブルみたいなこたつにして、一緒に並んで入ればいいんじゃないのー?」とテキトーに云ったら「志保ちゃんは天才だな! さっそくボーナスが出たらそれ買おう」とかうきうきされてしまった。――まぁ、幸せそうでなにより。


 いつもなら『こんなとこで寝ないの』とか口うるさい淳朗が率先してダメ人間になってる。にこにこしながらこたつの愉悦に浸ってる。そんな人の横にいて、駄目が感染しない訳ないよね。元々私は快楽に弱い人間なんだし。

 目を閉じて横になって、淳朗と同じようにぬくぬくと身を委ねる。あったかくて気持ちいいなんて、まるでいたしたあとの二人寝みたい。

 角を挟んで隣で寝てるつめたい足先が、私の脛に触れる。ごめんねと離れようとしたら追尾してきやがった。わざとか。目を閉じて知らんふりしてたら、ごろっとこっちを向いて身を乗り出して、さらに侵攻してきた。

 同じくつめたい手が、頬を擽る。鼻先に触れる。それからこたつ掛けの上に出してた手を取られた。

 融ける。

 私の熱が淳朗に奪われて、淳朗のつめたさが、私を覆い付くして。

 安心していくらでも奪うといいよ、私が淳朗の温度になる事はないから。そう思いながら、何度も啄むキスをした。そうして、間近で互いを見つめ合う。 

「ねえ志保ちゃん」と呼びかける声とその目は、もう熱を孕んでた。

「なんでしょう」

「寝室行こうよ」

「こたつで温まってると、なにもかもどうでもよくなるんじゃなかったの?」

「どうにもならない事だってあるよ」

 しれっと前言撤回したな。でもまあ、いいか。私も火が付いちゃった事だし。

「ちょっと待ってね」と、いそいそ寝室のセッティングに行く淳朗。あったかいシーツを掛けてたら普通のにしてよ。二人で汗かくんだし。エアコン設定温度が南国なのは我慢してあげるから。

 準備万端整えてきた淳朗が、こたつに入っていた時とは打って変わってしゃきしゃきと私のところまでやって来て膝を付いて、「早く」と囁く。

「はいはい」と苦笑しながらゆっくりとこたつから這い出ると、待てないと云わんばかりに強く手を引かれた。


 ――暑い。

 一軒家ならいざ知らず、集合住宅で夜になってもまだお部屋の中は温い上に、事後改めて敷かれたあったかいシーツと羽毛布団でベッドの中は過剰に温まっている。二人分の熱がまだ残っていたからそれだけで充分なのに。

 健やかに眠る淳朗とは対照的に、暑がりの私は汗びしょびしょになって風邪引いちゃいそうで、こたつのある方へと早々に避難した。

 シャワーを浴びてさっぱりして、置いてある自分のパジャマを着て。

 スイッチを入れてないこたつをお布団代わりにして寝てやる。まったくもう、寒がりと暑がりが付き合うのは大変だ。温度差と云うトラップが、いつでも虎視眈々と二人の不和を狙っているから。でもおあいにく様。けんかだらけの去年と違って、今年はそれを踏まえて付き合っているんだ。


 一二月を迎えるとさすがの私にも寒さが辛くなってくるので、ここのおうちの暖房も少し暑いけど許容範囲になるけど、寒くなりはじめと暖かくなりはじめは、私にはちょっと淳朗モードだとトゥーマッチだったりする。でもまあこんなのも楽しいよ、自分の部屋にはこたつはないしね。今度来る時には蜜柑を買ってから来ないと。こたつにはマストアイテムだもん。


 それにしても、彼はもういっそハワイアンズだとかバナナワニ園だとか、あったかそうなとこに転職したほうがいいんじゃないかと思う。もしくは、赤道直下の国に住むだとか。前にそう冗談交じりで提案したら、『ハワイアンズもバナナワニ園も赤道直下の国も、志保ちゃんと会えなくなるので却下』だなんて、かわいい理由を教えてくれた。

 まだ秋口だというのに、既に初冬の装いの彼。取り外しできる筈のライナーが外された事のないモッズコート、遠赤外線の靴下、革靴の中にはあったか中敷。ちなみに真冬は登山仕様の肌着の上下やらウールのベストやらが前述の装備に更にプラスされる。

 淳朗との新婚旅行先はきっと、間違いなくハワイだ。

 なんて、そんな話がちらりとも出てないのにフライングで想像しちゃってる自分が笑える。


 そんな事を一人考えてニヤニヤしながら寝て、体がバッキバキになって目が覚めた翌朝、こたつ掛けから出ていた肩に淳朗のフリースの上着が掛けてあった。こうやって私の心を的確にきゅっとわしづかむから、淳朗とのお付き合いはやめられない。

 裸足で、さすがに冷えてるフローリングの上をこっそりこっそり歩く。そして、朝寝を決め込んでいる淳朗にダイブした。

「な、なに!?」と、状況が分かっていなくて眠たい顔のまま慌ててる淳朗がかわいくて、思わず朝からディープなキスをしてしまった。

 すっかり目が覚めた様子の淳朗に、馬乗りのまま至近距離で「おはよ」と囁くと、「お願いだからもっと普通に起こして……」とお願いされてしまう。

「ごめん、我慢出来なくて。あと、フリースありがとう」

「こちらこそ、ベッドから出させちゃってごめんね。風邪ひいてない?」

「ひいてないよ」

「よかった」

 そんな事云いながら着替えじゃない目的の為に、パジャマのボタンを一つひとつ外された。


 ほんとにどうしてこんなに好きなんだろ。男らしく厚手のスウェットをバッと脱いだはいいけど、その途端に寒さで粟立つ淳朗のへなちょこボディをうっとりと眺める。余分な肉どころか多分必要な肉さえ備わっていない薄い体の重さは、憎らしい事に私と五キロほどしか変わらない。身長はそれなりに差があると云うのに。


 なんで好きか、その答えを探すみたいに互いの体を弄りあった。

 上がる息と堪える声にほくそ笑む。

 快感と熱とつめたさと愛情を、互いの体から発信して、受け止めて、また返して、受け止められて。その繰り返しのような行為。

 すきだよ。何でかなんてほんとはどうだっていい。淳朗がそこにいれば。


 朝も昼もずーっとだらだら、いちゃいちゃして過ごして、さすがに夜になっておなかもすいたのでコンビニへ食材を調達しに行く事になった。その途中、星が瞬く夜空を見上げると。

「……あ、オリオン」

 東の空で横倒しになってる星座を見つけて私が呟くと、淳朗は「うわ、終わった……」と冬の気配に一人絶望していた。思わず吹き出すと、「何で笑うの」とぷいとそっぽを向いてしまう。ご機嫌を損ねちゃったらしい。

「ごめん、怒んないで。何でも買ってあげるから」と手を繋ごうとしても、頑なな淳朗の指はモッズコートの袖の中でぎゅっと固く結ばれている。

「俺にあったかいもん飲み食いさせとけば簡単に機嫌直ると思ってんだろ」

「簡単に、とは思ってないけど直ってくれたら嬉しい。おでんなんてどう?」

 袖口から見え隠れする手の甲に指先でそっと触れれば、「……それより、今はコーンスープ気分」と少し軟化したお返事が返ってきた。

「中華まんも買ってあげるよ」

「じゃあ、ごま入りのあんまんがいい」

「いいね。あとそこのコンビニは熱々で中身とろーりのブリトーもあるよ」とこちらからさらに振れば、「ハム&チーズもいいけど、タコスミートも捨てがたいんだよな」なんて本気で悩んでいる。

「両方いっちゃいなよ」

「豪気だなあ、志保ちゃん」

 淳朗の顔がふっと緩んだ。よかった。機嫌、直してくれた。

 いつのまにやら袖から出されてた手が、私の手をひんやりと包んでいるのを幸せだなあと感じながら、「レモネードと甘酒とココア、どれが一番好き?」と聞く。

「ココア。ちょっと塩が入ってるやつ」

「ん、じゃあそれは帰ったら作るよ」

「うん」

 寒いから一人で行くよと云っても、『女の子が夜一人で歩いちゃ駄目だ』と重装備で付いてきては必ず車道側を歩いてくれる人に、何でもしてあげたい気持ちでいっぱい。

 なのに笑っちゃってごめんね。あれは不意打ちだったから、と言い訳。次からは気を付けるよ。

 ぎゅっと腕にしがみ付いたら、「ほら、寒いんだったら上着の前あけないの」なんて頓珍漢に叱られてしまった。

「んーん、寒くないよ。くっつきたくてそうしてただけ」

「そっか」

 なんて云ってる間にコンビニに着く。有言実行の私は約束通り淳朗の望むあったかフードを望まれただけ買ってさしあげた。


 帰り道、缶のコーンスープを飲んで、中華まんを食べながら歩いた。歩きながら、『寒い夜に欲しくなるものグランプリ』を開催して、互いがこれだと思う物を挙げまくる。

「湯豆腐」

「葛湯」

「ポトフ」

「シチュー」

「きりたんぽ鍋」

「グラタン」

「クラムチャウダー」

「半纏」

「湯たんぽ」

「電気毛布」

「志保ちゃん」

 突如あげられた、私の名前。

「私?」

「暖かい食べ物と飲み物とグッズを全部合わせたより、大好きだよ」

 ――なんて云う告白だろう。しかも淳朗だけに有効な、その表現。他の人じゃここまで熱烈にはなりえない。うっとり言葉の余韻に浸っていると、「俺を駄目にする事なんて簡単なんだよ」と、淳朗が真顔で、云う。

「俺から志保ちゃんを取り上げたら、一発だから。覚えておいて」

 それだけ告げると、「帰ろ。志保ちゃんの作ってくれるココア、早く飲みたい」と大股で歩く。暗くて顔色までは分からないけど、どうやら照れているらしい。

 わはは、こたつに勝ってしまった。あいつは寒いシーズンしか活躍できない上に私は淳朗の傍に一年中いられるから、そもそも負けてすらいなかったけどね。

 それにしてもバカだなあ、淳朗君よ。手を離したら駄目になるのはこちらも同じだと云うのに、あっさりと心の内を明かして、優位性を手放して。そんなに私が好きか。

 まあでも私も、淳朗が私を思う気持ちに負けないくらい淳朗の事が好きだよ。でなきゃこんなめんどくさい男と誰が付き合うもんか。


 もうすぐ、秘密で編んでるミトンとマフラーと帽子が出来上がるから、寒い夜のお出掛けにはそれを身に付けて。直に淳朗の手に触れられないのは少し寂しいけど、そんなのは互いの家までの我慢だ。着いたとたんに脱がしちゃう、色々と。

 冬になったら、雪深い温泉宿にお泊りにも行こう。スキーもスノボもナシでいい。ゆっくりお部屋で雪見をしながら愛し合いましょうよ。


 夏には夏の、冬には冬の二人の温度差。それを一緒に楽しめるのはきっとこの人だけ。

 ゆるゆると淳朗に堕ち続ける。一生、嵌ったままでいい。抜け出せないままで。


 こたつとエアコンとブリトー二種とあんまんとホットココアですっかり温まったのか、「今度はアイスを食べる」と淳朗が云う。そんなのここんちにないじゃんと思ってたら別会計でしっかりピノなんか買ってた。私の分まで。

 私が食べ終わってもまだちみちみちみちみ食べ進めているその姿は、小動物みたいでやっぱりかわいくてたまらない。

 ようやく箱を空にした淳朗を「襲っちゃうぞ」と半分本気で脅かすと、「望むところだよ」と、自らカーディガンとシャツのボタンを外し始めた。寝室に行くんじゃないの? って思っていたら「向こうまで待てないから、ここで」と、こたつを足でどかした淳朗に手を引かれて、まだ熱が残るラグの上で始まった。

 


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