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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第二章 ガスタウィル皇国という国
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第二章:1 『謎の部屋』


 復活の呪文『ベホマ〇ン』を唱えた!



ゆっくりと、重い瞼を開けた。

寝起きの目に強烈な光の刺激が与えられ、あたしはうっと唸った。徐々にその光に慣れてきたので、少し手を動かそうとしてみる……が、


「……んあれッ!?」


手は動かなかった。

それどころか、全身が痺れていて全く力が入らなかった。まばたきをしたり、声は出せるのだけれど……。

むしろ動くのが目と口だけで、それ以外の器官はうまく働いているとは思えなかった。

そんな状態でできることは、目だけで状況を把握することである。範囲は限られるが、多少の情報は得られるだろう。


 しかし、目に映ったのは大理石の白色と、天井から垂れ下がったこれまた白色のレースのみ。それだけでは、自分がどこにいるか分からないが、少なくとも【鳥籠】ではないことは理解した。


 だとすれば、やはり謎は深まるばかりだった。


と、そこで。


「……」


 目覚める前の記憶を探ってみる。

それはすぐに思い出せた。


たしか……


「あたしは……猿と河童と豚と一緒にありがたい御紅茶を授かりに……て、違う違う」


なによ、ありがたい御紅茶って……

 そうじゃなくて……


「……あたし、【鳥籠】ごと落とされて……」


そうだ。


あたしは、集落の大人共に【鳥籠】ごと落とされて……感電か潰されたか、されたはずなのだ。

実際に、今全身が痺れていたりするのだ。

だとしたら……あたしはもう……


「死んじゃったのかな?」


生きているのか死んでいるのか……それは分からない。

まあ、動けないし、この痺れが完全に取れてから状況を見てみよう。現状を察するに、今は危険そうじゃなさそうだし……もう一度寝ることにしよう。


そう考え、あたしは瞼を閉じた。



「ん……まぁ、大丈夫かぁ」


そう呟くように言って、アスタは上半身を起こした。

身体を見てみると、服はボロボロに破れ、そこから痛ましい打撲痕や擦過傷が見えた。すでに血は止まっているが、傷の痛みまでは治っていない。

ということは、


「まだ【鳥籠】を倒されてからそう時間は経ってないな〜あはは」


それを確認し、ニヤニヤと笑いながら部屋を見渡した。


そこは、【鳥籠】よりも広い部屋だった。壁や床の全てが大理石の白で輝き、大きな窓から入ってくる陽光をキラキラと反射する。天井から伸びた鎖に燭台が煌々と灯されていた。その天井もかなり高い。

アスタが座っているのは病院にあるような白いベッドだが、それすらもかなり大きい。


まるで、自分が小人になっておもちゃの家に入れられているようだった。この部屋の全てが、一人で使うには大きすぎる物ばかり。


ナルちゃんもこんなものを一人で使っていたのか、と気楽に思いながら、


「さーて……ナルちゃんはどこにかくれんぼしてるかな?」


ナルティスが生きているかは分からない。アスタ自身だって生きているのが不思議なくらいで、でもナルティスの場合は、アスタよりもかなり状況が悪いに違いない……。その根拠は、あの【鳥籠】だ。


対ナルティス用の魔法がかけられた金格子……もし、【鳥籠】が落ちたときに触れていたなら……。


そこまで考えて、不謹慎にもアスタは笑った。

 そして虚空を睨み、


「あの大人共が……余計なことをして……」


と、呻きながら笑った。


こうやって笑うことしかできなくなったのも、きっとあの大人共の影響だ。だって、こうして笑いつづけていないと、あの集落で生きていけないから。


それほどに、イジメや差別、侮蔑がヒドい世界だった。


そして、そいつらのせいでナルティスが側にいないことも許せなかった。


自分がいま、どこにいるのかは分からないが、少なくともあの集落から離れた場所であるのは確実だった。あの集落にはこんな広い場所はなかったはずだ。


そして、【ナツメグサ】の下っ端ごときがこんな広い部屋を持てるはずもなかった。


「……」


再びアスタは虚空を見つめ、呟いた。


「ナルちゃん……大丈夫かな?」



あたしは目覚めた。


なにやら、アスタに起こされたような……そんな気がして、でもその場にアスタが居なかったので「夢かぁ」と、小さく笑った。


手を握ったり開いたりして、痺れがもう無いことを確認すると安堵の息をついた。


一眠りすると、いつの間にか部屋が翡翠色に照らされていた。

もう夕方なのだ。


一眠りして、どれほど時間が経ったかは分からないが、眠る前は明るかった部屋がこんななので、かなりの時間が経っているのが予想できた。

あたしはやっと動くようになった身体を起こした。すると、全身が痛みだした。どうやら痛覚も麻痺していたらしい。


 うっと呻きながら身体を見てみると、あちこちに擦過傷や魔傷痕――魔法のせいでできた傷――が残っていた。その痛みに耐えながら、ゆっくりと半身を起こすと、部屋を見渡した。


 そこはやはり真っ白な部屋だった。それも、かなり大きい。【鳥籠】よりも大きいそれに、机とベッド、クローゼットだけが置いてある。それ以外の家具類はなく、とても質素な印象を与えた。

天井から伸びた半透明のレースも質素な部屋に栄えることなく、むしろ同化している。


本当に、なんでこんなところにいるのだろうと思う。


そして、それを考えるにはあまりにも知識がなかった。

あたしは七年間も閉じこめられていたから、外のことなんて知らないし……というか、ここが天国なのか地獄なのか、それともまだ生きているのかさえも分からなかった。


生きているのだとすれば、まずはこの世界のことを勉強しなきゃなーっと、あたしはウンザリする。

7年という月日は、あまりにも長すぎた。そのせいで、あたしは無知蒙昧……できることといえば魔法を作ることだけ。


「でも、魔法で世界を救うんだ」


これからは、己の不幸を呪うのではなく、他人の幸せを……子どもの幸せを護るのだ。

 魔法を作って【世界樹】を倒すのだ。


 それは、例えようもなく……


「……超カッコイーじゃんっ!」


今までずっと、あたしは独りだった。いや、独りだと思っていた。

 だって、あたしにはアスタがいたから。彼に支えられて生きてきたようなものだから。


ずっと護られてばかりだったけれど、

 ずっと支えられてばかりだったけれど、


――今は違う。


今度はあたしがみんなを守る番。

あたしがみんなを支える番だ。


きっとそれはどうしようもなく面倒なことだろう。

【鳥籠】の中にいたあたしは、世界のことなんてどうでもよかったし。

 日がな一日中、ぐうたらするだけでよかったし。

紅茶を飲んで、アスタに迷惑をかけて、笑いあって……それが永遠に続くと思っていた。


でも、つい最近気づいたのだ。


人は自分だけがつらい思いをして生きているのではない。

一人の辛さを、みんなで分け合って生きているのだ。

そして、その人間の中の一人であるあたしは、みんなを辛さから解放する役目。


 そのための魔法だ。


そのために魔法技術士になったのかもしれない。

もちろん、七歳以前の記憶がないから、本当のことは分からない。


それでも……


「……あたしが、みんなを救うために魔法を作ることに変わりはない」


でもその前に、


「ここから出なきゃね!」


独り呟いて、立ち上がる。痺れはもうない。傷は痛むが、もう慣れてしまった。

裸足で立つと、大理石の床が冷たくて気持ちよかった。大きな窓から射した西日の眩しさに、あたしは目を凝らした。


「……そっか、もう夕方かぁ……」


そう呟き、【鳥籠】が落とされたときはまだ夜だったのに、と思う。


それと同時に、妙な恐怖心に襲われる。


よくよく考えれば、自分は今、生きているのかさえ分からない上に、どこしれずの場所にいるのだ。


もし生きていたのだとしても、ここが集落のどこかなら、このあとあたしはどうなってしまうのだろう。

集落でなかったとしても、じゃあ結局ここはどこで、あたしは何をさせられるのだろうか。

いくつもの不安要素が出てきても、それを解決できないもどかしさや恐怖に、あたしは身震いした。


そういえばアスタはどうした?


結局……自分だけでなく、アスタの生死さえも分かっていないのだ。

そしてあたしには、それを解決させる柔軟な頭も知識もないときた。

これは……確実に絶望的。


今はどんな情報でも欲しかった。

やっと【鳥籠】から出られると思った矢先にこれでは……


「何もかも無意味みたいじゃん……」


絶望でうなだれてしまいそうな頭を起こし、あたしは部屋を散策し始めた。


ここで止まってはいけない、という決意と共に。


まずは机から探ってみることにする。

机の上には白紙の巻物と羽根付きペンが置いてあった。その机には引き出しが無かったので、それ以外はない。しかし、そのペンはどういうわけか、


「……これ、あたしのだ!」


そう。


それは間違いなく、ナルティスの物だった。

あたしはそのインクで汚れてしまったペンを手に取った。

やはり、長年使っている物は歯車のようにがっちりと噛み合うらしい。


そしてあたしはあることを思いつき、イスに座り、巻物を開いた。ここで作られる、簡易的な魔法を作るのだ。


魔法陣を描き……

魔力種を生成……

魔法式を計算……

それらを封印……


すると、分子を触媒とした、簡素な魔法が出来上がった。


 巻物の中心にかかれた魔法陣。その魔法陣は円形で、真ん中には魔力種を入れたときにできる文字が描かれている。それ以外の白紙の部分には数字が埋め尽くされている。この数字が魔法式だ。

 その巻物をいったん閉じ、空中に放り投げるように開いた。


「出口を探せ! マーナ・ガルムよ!」


と、大声で言うと、巻物が青色の狼のようなものに変わった。狼には足枷があり、少し居心地悪そうにしているが、問題はない。


 この魔法は軍事的な魔法の応用だ。元は、敵の魔導具や魔法罠などを見つけ、無力化する魔法……それを簡易的なものにして、出口……つまり空間を探す魔法へと変質させた。


 青色の狼は一度クゥゥ、と鳴くと、空気に溶けるように消えた。しかしそれは、消えたように見えるだけで、実際には粒子となり、出口を探しているのだ。

 数秒後に現れた狼は、その身体が赤色になっていた。赤くなった狼は再びクゥゥ、と甲高く鳴いた。すると、全身が燃え始め、やがて真っ白な灰になった。灰になった狼はフワフワと浮き、見つけてきた出口まで飛んでいった。


そんな魔法を直ぐに作れるあたしって……やっぱり天才? とか冗談を思い浮かべつつ、笑った。

 そうこうしている間にも白い灰は真っ直ぐ、ベットの頭側の向こうまで飛んでいった。


 ここから出て、アスタと一緒に世界救わないといけない。

 もしも……あたしが死んじゃっているのだとしたら諦めはつくかもしれない。


 でも……また【鳥籠】にいた時みたいに、ここから出ることができなかったら……きっとあたしは狂乱してしまう。今だって、怖いのだ。だから……


「早く……ここから出たい」


 そう呟いてから、しっかりと前を向いて、灰を追いかけた。

 しかし、その時にはもう灰はどこか遠くまで飛んで行ってしまっていた。 


 あたしが追いつくと、灰は空気に溶けて消えた。この魔法は一度使うだけで消えてしまうタイプなのだ。


行き着いた先の正面には、赤と黄色のラインの入った、黒い壁が立ちふさがっていた。

 横幅は列車一両分くらい、縦は見えなくなるほど高い天井と同じくらいはある。その部分だけがぽっかりと入れ替わったかのように、色が変わっていた。

しかし、変わっていたのは色だけではない。

あたしはおそるおそる、その壁に触ってみた。表面は滑らかで、氷のように冷たい……。

そして、それはまさしく『鉄』だった。


「ここだけ……なんでだろ?」


しかし、この先に空間があることは間違いないはずだ。さっきの魔法が失敗しているとは思えないし。


だとしたら……この壁は一体何……?


 もう一度、壁に触ってみる。

 やはりそれは鉄……少なくとも金属類であることは確か。さて、どうするか。


壁を伝って、端から端まで調べてみる。しかし、何もない。

もし本当にここが出口なら、ドアノブの一つでも付いていないかと思ったのだが……それすらも見あたらなかった。


 叩いてみてもびくともしないし……本当はここから出られないのかもしれない……。


 【鳥籠】から外へ出られただけで、運命は変わらないのかもしれない。一生箱入り娘のままで……感謝もない奴らのために魔法を作らなければならないのかもしれない……。


 こんなことなら、あたしは死んでいるほうがましかもしれない……。

 そのほうが……夢を見なくてもいいから。


 でも生きているのだとしたら……?


 生きたままなにもできず、世界を変えられないまま人生を閉じてしまうのなら……?


 そんな辛い世界……

 そんな哀しい世界……

 そんな虚しい世界……


「……や……だ……」


 気がつくと、あたしは涙を流していた。


 ……ああ、そうか……


「あたしは……自由になりたかったんだ」


 【鳥籠】から出て、自由に羽ばたきたかったんだ……。

 自由を奪われた鳥になんてなりたくなかったのに……雛のころから飼いならされていたから鳴くこともできなかった。その鳴き声さえも、あの大人共には届かなかった。


 【鳥籠】から出れば、その声がどこかの誰かに届くかもしれない……とか思ったのに!


「結果がこれじゃあ……意味ないじゃんかぁ……。ここから出て、世界を……子どもたちを救うって決意したのに……また大人共に邪魔されちゃうわけ?」


 どこまで報われないんだ、と小さく呟いて、涙をぬぐった。でも、涙は止まらない。


「どこまであたしは自由になれないんだ……あたしと同じように、誰からの目にもとまらないまま死んでいくような子どもだっているはずなのに。なんで大人はいつも、欲望だけで動くんだ!! なんで何も見えてない!? あたしは世界を救いたいだけなのに、なんでそれを大人共に邪魔されなきゃいけないの!?」


 叫びながら、あたしは壁を殴った。


「みんな自由に生きたいって叫んでる!! それをなんで分かってくれないの!? 欲望に肥えた豚どもに、なんであたしたちは縛られなきゃいけないの!? あたしたちが……子どもたちが弱いからいけないの!? 強い人間が、弱い人間の自由を侵していいって言うの!? 自由になりたいだけなのに、なんで邪魔されなきゃいけないの!? 大人に、なんの権利があってそんなことを言えるんだッッ!!」


 壁を、ひたすら殴り続ける。

 血が滲んでこぶしが痛い。でもそんなことはお構いなしに壁を殴り続けた。


「あたしは外に出なきゃいけないんだ!! もう、子どもたちが自由を奪われないように、大人共を変えるように、あたしは【世界樹】を倒して世界を救わなきゃいけないんだ!! 変えなきゃいけないんだ!!」


 ――このくそったれた世界をッ!!


「だから出してよ!! だれかそこにいるなら……あたしを出してよ……」


 壁にもたれかかるようにして倒れこんだ。涙が零れ、よだれが垂れ……どんどん身だしなみが崩れてくる。


「ここから……出して……」


 目を瞑って、弱弱しく壁を叩いた。


「アスタに、会わせて……」


 もう一度、壁を叩く。


「みんなを、自由にさせて……」


 壁を叩く。


「あたしを……大空へ飛び立たせて……」


 そして。


「――――ッ!」


 壁が開いた。

 そして、その向こうには。


「……え?」


 巨大な男が立っていた――



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