幕間 『 【ナツメグサ】 』
歓喜の声を上げる。
大人たちは、あの目障りだった【鳥籠】を倒して、歓喜した。どうせ金のためだけに飼っているガキだ。しょうもない意見など、聞くわけもないし、あんな耳障りな声を聞きたくもなかった。
大人達は喜ぶ。
自分たちは、落ちていく【鳥籠】を傍観しているだけだった。そこにいた大人は、集落のなかでもそれなりに階級の高いくらいにいるものばかりだった。といっても、街やら何やらに比べれば、本当に大したことはない。二十人ほどの大人が、へしゃげた【鳥籠】に群がって歓声を上げる。それは、どれほど奇妙な光景なのだろうか。
「案外、魔法作るって割には楽勝だったな」
一人の、禿頭の男が、その頭を撫でながら言った。
「魔法作るなら、自分を守るような魔法を作ってもいいのに……」
それを一番権力が高そうな顔をした、顔に深いしわの入った老人が頷く。
「ああ。あの【鳥籠】には変な魔法が掛かっていたらしいし……当然と言えば当然だ」
「でも、これで奴らとの約束も果たせた」
「ええ。ちゃんと約束を守っていただき……そうですねぇ、ミジンコほどの感謝はしておきましょう」
と、そんな声がして、禿頭の男が顔を歪ませる。
「くそっ……脳みそのイカレた小僧が……」
大人達は呻き、声のしたほうを見た。
そこには青年が立っていた。年の瀬は二十代前半といったところだろうか。整った顔立ちに、くすみのないきれいな肌。長身なので、集落の大人たちは見下ろされていた。
それが気に食わなかった。まるで、本当に見下されているかのように感じたから。
「偉そうに命令しやがって! まだ若ぇくせに、俺たちに刃向かうなんざ……」
「ははは。いい加減にしてくださいよぉ。僕は別に争いをするために来たわけじゃないんですから。それに、あなた方ほど僕はイカレていない、と思っていたのですが……」
「なんだとッ!?」
青年は笑う。
その笑いは、自分たちを貶されているかのようにしか思えなかった。
だから、大人達は青年を睨みつけ、各々持った棍棒やスコップなどの武器を構えた。恐怖に歪む青年の顔を想像していた大人たちは、しかし、笑っている青年をみて、自分たちが顔を歪ませた。
「あはは。なんのマネですか?」
「貴様を殺す――ッ! 魔法技術士を失うわけにはいかないからなっ!!」
「必死ですね。その言葉では、自分たちの力ではあの化物を奪われる……奪われなくとも、自分たちごときでは扱えないと言っているようなものですよ?」
「この……ガキがぁ……」
「ガキ? ガキ、ですかぁ……」
大人共のセリフに、やはり小馬鹿にしたように、青年は笑う。
笑って、一言。
「――歌音」
と、言った。
「がっ……ぁ……」
次の瞬間、風が吹き、さっきの禿頭の男が呻きながら倒れた。その男に、全員の注目が集まる。
その首が、なかった。
「な……がッ……」
そんな現象が、次々に起こった。風が起こるたびに、まともに声を発することができず、倒れていく。ばたり、ばたりと……病気でも感染したかのように倒れていく。
その全員に、首はない。
しばらくして、
「わ……分かった……だから、やめてくれ……」
そう、深いしわが刻まれた老人が言ったときにはもう、その場にいた大人の七割が殺されていた。それを理解した残りの大人達は、まともに声を発することができなくなる。
その声は恐怖でかすれて空気に溶け込むのみ。
殺した者の姿は一切見えなかった。
それほどに早く、首が刈られていった。
「……魔法技術士のクソガキを連れていけ……それで俺たちが救われるのなら、あんなものはいらない。どうせ次が手に入る」
「あはは。見捨てるときは、やっぱりあっさりとしていますね。さすがクズどもだ。生きる価値も、死ぬ価値もない……なんでこの世に生まれてきたのですか?」
「……」
しかし、青年の台詞に反抗できる者などもういなかった。
それほどにこの青年は恐ろしく、強いものだった。
深いしわの老人が、あたりに倒れている首のない死体を見渡す。
どれも無残に首が千切られている……血が出ないほどすばやく、そして鮮やかに千切られている。もし、その中の一人に自分がいたのならと想像して、身を震わせた。同時に、自分が無事だったことに安堵していた。自分の命第一だ。他の奴らの屍なんて、自分が生きるために必要だった犠牲にすぎない。
「ダメな考え方をしていますね。その顔は」
「……あ?」
「あはは。睨みつけても、結果は同じですよ。死んでみます? 僕の力で、あなたを殺すことなど造作もな……」
「黙れ。俺は生きる。こいつらは弱かったから死んだのだ。そして、俺はこいつらの犠牲で生き続ける。これからもだ」
老人は、至って真面目だった。そして、その場に生き残った大人たちも同様に、自分が生き残ってよかったと、安堵していた。
「……いいから、早く連れて行け! 貴様の顔も、魔法技術士の魔法も、何もかも見たくない!!」
「あはは。それでもあなたは【ナツメグサ】なのですか?」
青年の言った単語に、深いしわの老人はピクリと眉を動かす。なんで、こいつがそんなことを知っている、と。
「図星をつかれたようですね。いやぁ、本当に【ナツメグサ】らしくない。それじゃあただの独裁者だ。【ナツメグサ】は、そんな組織ではないのでしょう?」
「貴様が、我ら【ナツメグサ】のことを語るなど……はっ、それほどおかしなことはないわ!」
しわの深い老人が叫ぶように言った。青年への恐れで、声を出せるのが、老人しかいなかった。その老人を、青年は嘲笑って。
「あはは、泣き叫んでいるように聞こえるのですが……まぁ、いいです。もう、あなたたちとはかかわりたくもないですしね。さてと。そろそろ魔法技術士の回収を済ませましょう。それこそが、僕たちの目的でしたし」
「関わりたくない……そういう割には魔法技術士が欲しいと? あんなものを所有したら……」
それを遮り、
「ご心配、痛み入ります。ですが、僕にはあれがないと少し困るのですよ。だから、あれは頂いていきます。もちろん、これからあなたたち【ナツメグサ】に狙われることも覚悟しております。まぁ、絶対に追い返しますが」
「くっ……」
悔しさに拳を握りしめる老人。彼を嗤って、青年が踵を返した。
「……歌音、行くぞ」
と、青年が呟くと、
「……はい……」
老人の後ろで声がした。
気配を完全に断たれ、自分の発言一つ間違っていればこの首はなかった――そう思い、冷や汗を流す。
それは周りの大人達も同じだった。恐怖に身を震わせながら、青年の後へ続いて歩く少女へ目を向けた。
真っ白な髪を腰まで伸ばした少女だった。体つきも華奢で、得物の一つも持っていない。彼女の両手両足からは血が滴り、手には誰かの首が捕まれていた。まるで、素手で首を刈っていたかのように。
「……猫人族か……」
頭に生えていた猫のような耳を見て、誰かが呟いた。
猫人族。絶滅寸前の種族であり、他種族よりも秀でた戦闘力を持つとされる種族だ。華奢な体つきに似合わず、人の首を刈れる力を持つことにも頷けた。
凛々しく、青年の後ろを歩く少女。猫の尻尾を左右に揺らしながら、血にまみれた顔を服の袖で拭っている。しかし、その表情はとても人を殺したとは思えないほどに無表情。
ただでさえ少ない種族が、こんな青年一人に、なぜ付き従っているのだろうか。疑問が浮かび上がるが、それもすぐに霧散する。青年は、ただの人間ではないのだ。
ガスタウィル皇国・国王……ルルーベント・ガスタウィル。
青年は、一国を担う、正真正銘の王。
だから、彼女は青年に従う。どれだけ嫌でも拒否権を認められず、うんと頷くことしか許されないのだろう。そのことに、さらに苛立ちを募らせた。
「覚えてろぉ……『ナツメグサ』は、こんなところで終わらねぇ」
そう、小さく呟くのが精一杯だった。