第四章:16 『真実』
てっきりあたしは、真実をつきつめられた犯人は慌てて否定するものだと思っていた。
しかし、目の前の少女は否定しない。罪を認めているのだ。
「……騙した犯人ってどういうこと?」
アスタの疑問に、あたしは答える。
「……あたしが【鳥籠】を落とされてこの国に来た。この国に来たあたしは【世界樹】を倒すように頼まれてガスタウィルを疑った。【鳥籠】を落としたのはガスタウィルのせいだってね」
あの時、集落の大人共は何かを焦っているようだった。
そしてそれは、おそらくガスタウィルが何か圧力をかけていたからだと思っていた。
でも違う。
「……確かあの時、一通の怪しい手紙が届いてたよね」
アスタは思い出すように顎に手を当てた。やがてうんと頷くと、
「……確か、差出人はL・E……つまりルルーベント・エルミニっていうことか」
「そ。それに、書いてあった内容もおかしかった」
そう言って、取り出したのは、一通の手紙……【鳥籠】に届いた手紙だった。それを見たエルミニは絶句している。
「何で……それを持っているのですか?」
「……魔導書に挟まってた別の手紙を見て、何か忘れてるような気がしたんだ。でも何も思い出せなかった。まるで、その記憶だけが消されたかのように……だから探してみたんだよ。あの城中をね。そしたらごみ箱の奥に埋まってたんだよ」
嘘だけど。
実際には、その失くした記憶を思い出す魔法を自分にかけて書き写しただけ。でもそれを言いたくなかった。なんだか卑怯者っぽくて嫌だし……。
「でも……その手紙はわたくしがずっと持っていて、二つはないはずですよ?」
「ゴメンナサイ、嘘つきました!!」
「うわっ、変わり身早っ!」
五月蠅いよ、セピア。
気を取り直すように咳払いをすると、続きを話し始める。
「この手紙には、エルミニが『第八皇女』っていうことになってる。でも、実際にエルミニには姉妹もいなければ家族もいないよね?」
ガスタウィルがさっき消えたのを見れば、彼女に家族がいないことは明白。第八皇女ということは、ほかにも第一から第七の皇女が少なくともいたことになる。しかし、彼女以外に王族を名乗った女性は見たことがない。
「……はい、いません。わたくしの家族は……みんな死んでしまいましたから」
「……そう」
不躾なことを聞いてしまったのかもしれないが、謝罪しないままにあたしは続ける。
「エルミニはそのころからあたしに目を付けて、わざわざ手紙を送ってきた。じゃあ、そうする理由は何か」
「そういえば、ナルちゃん。あの時変なこと言ってたね。『手紙に血がついてた』とか何とか……」
「うん。それがエルミニの目的だったんだよ」
アスタに頷きかけると、エルミニを指さした。エルミニは黙ったまま、頬笑みさえ浮かべて静かに聞いている。
「あの手紙自体、魔法だったんだよ。あの手紙を開けた瞬間から、城で目を覚ますまでの間ね。効果は『幻惑』……つまりあたしたちは【鳥籠】が落とされたのだと勘違いしていただけだよ」
その証拠に、あたしは【鳥籠】にかけられていた魔法――魔法技術士が触れた瞬間、電流が流れる――にぶつかったはずなのに無事だった。あの魔法は集落の大人共があたしを外へ出させないように仕組んだもの……だから殺すつもりで仕掛けていたはずなのに、だ。
しかしエルミニは首を振った。
「少し違います。あの魔法の効果は、『幻惑』ではなく『鈍麻』。【鳥籠】に仕掛けられていた魔法を効きにくくさせただけです」
「それに、実際に【鳥籠】は倒しました。その時は、歌音も一緒に……」
「……うん……」
大人しく事の成り行きを窺っていた様子だった歌音が、そこで初めて反応を見せた。歌音が見たというなら、それは本当のことなのだろう。
エルミニはふっと微笑んで「間違ったので、1点マイナスですね」と言った。満点は何点なのだろうか。
あたしははぁとため息を吐くと、「あの血は本当にびっくりしたんだからね」と呟いた。
「……っていうか、歌音いたんだね」
「……うん……でも……ガスタウィル、様も……いた……」
「その時にはもう偽物が出来ていたってわけか……」
「……偽物?」
アスタの問いに答えるように、
「ガスタウィルっていう名前は実際にあるのよ。でも、あたしたちが会った時にはすでに偽物だった。だから本物がいるはずなんだけど……」
「はい。でももういませんよ。なぜなら――」
「――本物こそ『吊るされた男』だから」
エルミニが驚喜したように口角を上げた。
それは、ガスタウィル皇国の建国神話のことである。
『 天上から授かりし七番目の少女
月の女神、これを産み落とさん
七番目の少女、地に立つころ
月の女神は天上に召されたし
七番目の少女、言葉を失うころ
吊るされた男、運命を知る女と
吊るされた男、雷鳴の巨人とともに、
国を作り、
神話をここに記す―――。 』
これが建国神話の内容だ。
建国神話はガスタウィル皇国のことを示し、そしてこの国で実際に起こったことを表現しているのである。
「……正解です。じゃあ、その意味を問いましょうか」
「うん。『吊るされた男』……よくタロットで使われるけど、ここじゃそういう意味じゃない」
吊るされた男――大アルカナ12番目の英和、慎重、試練、直感の象徴である。
しかし、ここでは『吊るされた男』はタロットのことではない。
それは、北欧神話の――
「――世界樹に吊るされた北欧神話の最高神『オーディン』のことだよね」
エルミニは頷いて再び笑った。
オーディンは『ギュルヴィのたぶらかし』という物語で『吊るされた神』という異名が掲げられていた。というのも、オーディンは9日間世界樹に身を吊るし、ルーン文字を読み取ったとされるからである。
そして、オーディンは北欧神話の最高神……つまり王だ。
だから、この国の建国神話……それの意味する『吊るされた男』はガスタウィルを指す。
「ガスタウィルは、『運命を知る女』とともに、そして『雷鳴の巨人』とともに……この二つはそれぞれエルミニとニボシだよね?」
雷鳴の巨人とは、北欧神話最強の神『トール』のこと。トールという名前は「雷鳴」を意味し、かつてオーディンと並ぶほど信仰を集めていた神だ。最終戦争を防ぐために巨人を倒して回っていたが、最終決戦が始まった後、ヨルムンガンドの毒で死んだ。
運命を知る女は、北欧神話でいうところの『フリッグ』。アースガルズの中でも最高の存在であり、子どもに深い愛情を注ぐ女神である。その様はまるで湖にいたときのエルミニのように。
そしてフリッグは――オーディンの正妻だ。
「エルミニ、本当はガスタウィルの妻なんだよね……」
「……正解です」
「なら、本物のガスタウィルって、どうしたの……?」
「…………」
「エルミニとニボシが生き残って……じゃあガスタウィルは……?」
その時、エルミニの目じりから一筋の涙が流れた。
その反応を見て、あたしは自分が失言したのだと思い知った。
だって、ガスタウィルはもう――
「……死にましたよ。夢半ばで、ね」
「……そう」
ガスタウィルは――
エルミニとニボシと一緒に国を作り、建国神話を書き残して……この世から去った。
何があったのか、それは分からない。
でも確かなことは、ガスタウィルは……本物のガスタウィルは、こんなことを願っていなかったことだ。
ふと、街を見下ろしてみる。火に焼かれたせいで、黒煙が立ち上るそこに人はいない。
ガスタウィルはこうなることを望んでいなかったはずだ。エルミニがこんなところにいることさえも、彼は許せないはず……。
「――でも、少し違います」
「……え?」
エルミニの突然の否定の言葉に、あたしは何も返せない。
「ミーちゃんが考えていること、少し違います」
「何が違うの? ガスタウィルはこんなこと望んでなかったはずだよ!?」
「……いえ、そうではありません。確かに彼は望んではいないでしょう。でも、違うんですよ」
「じゃあ……何?」
しかしエルミニは首を振るだけで答えなかった。
「ミーちゃん、まだ答え合わせの途中です。建国神話はそれだけじゃなかったはずでしょ?」
そう。
建国神話には、まだ二つのキーワードがあった。しかし――
「……それは……エルミニが本人に言いなさいよ。あたしが言うことじゃない」
「いいえ。わたくしにはそれを言う資格なんてありませんよ。とても無責任なことをした自覚はあるんです……でも、それをわたくしが果たして言っていいものなのでしょうか」
「……」
エルミニが困ったように、哀しそうに、優しく微笑んでいた。もう彼女はボロボロなんだ。
何もかもを我慢し続けて、一人で何もかもを抱えて、持ちきれなくなって……今は精神をなんとか保っているのだろう。エルミニはいつ壊れてもおかしくない。
あたしは頷く。
視線を動かし、歌音のほうへ向く。
相変わらず無表情の彼女に、少し動揺が見られた。それもそうだろう。なぜなら彼女は、建国神話を知らないはずなのだから――。
「……残ったキーワードのうち一つ、『七番目の少女』……それは歌音のことよ」
「……え……?」
「これはちょっと無理があるんだけどね。ちょっと不思議だったんだ。何で『七番目』なのか……それじゃあ一番目から六番目があるはず……じゃあ、それは何だと思う?」
「……一番目……から……六番目……意味が……あるの……?」
「ないよ」
そう答えると、歌音とアスタ、セピアが首を傾げた。ニボシとエルミニはその答えを知っているのだろう、疲れた表情でこちらを見ているだけだった。
「普通、こんなオカルトチックな話なら『7番目の少女』じゃなくて『6の少女』か『13の少女』にでもするはず。でもそうしなかった。なせなら、この『七番目』は数えるものだから……」
「ええと……つまり?」
「その数字は『ヨハネの黙示録』に書かれた『獣666』というキリストの敵の魔獣の数……サタンより授かった七匹の獣のことよ」
獣=猫=歌音という、ちょっと無理がある理論だが、合っているだろう。
七匹の獣は現実ではない異世界から来たもの。そして、猫人族……彼女たちは、この世界では異端とされるべきなのである。なぜなら、【世界樹】もオーディンもトールもフリッグも……みんな『北欧神話』だから。
そして猫人族は――『ケルト神話』。
あたしたちとは生きる世界が違うはずの、異端の種族。もしかすると、七匹の獣も猫人族だったのかもしれない。
「……残った『月の女神』……それは『母』って意味」
「母……って、それって……!!」
建国神話に隠された、哀しき現実――
「『母は歌音をこの世界に産み落とし、天に召された』……つまり、歌音のお母さんはもう死んでるってこと」
「……っ!」
神から授かった母はその命をこの世界に産み落とし、歌音が立つようになったころ死んでしまった。そして歌音はうまく言葉を話せなくなり、ガスタウィルに拾われる。ガスタウィルはそのころ国を作っていて、エルミニとニボシと建国した後、建国神話を記して死んでしまった――それがこの建国神話が語る真実だ。
歌音は何も言わない。多分、歌音自身も覚悟していたことだったのだろう。
ガスタウィルに人質として囚われていたと思っていた両親は、実はすでにいなかった。歌音は物心つくまえから独りだったのだ。それをいまさらのように実感して、歌音は胸を押さえて蹲ってしまった。
それを見つめる一同。やがて歌音の頬に涙が流れた時、エルミニが口を開いた。
「……お見事です。ミーちゃん。でも、少し違うところがありますね」
エルミニは手を叩こうと腕を上げようとした。しかし、彼女の腕は動かない。肩がぴくぴく動いただけだった。
「それでも、罪は変わらないよ。あたしを騙して、歌音を騙して、子どもたちを騙して……それでエルミニは大丈夫なの?」
「……」
「答えが違ったってよかった! ううん。違って欲しかった。ただ、だれも悲しんでほしくなかった!!」
あたしはエルミニに対峙するように身体を向けた。
「あたしは【世界樹】を倒した! でも、それはみんなを悲しませないためだった……なのに、結果はこれって……じゃあ、あたしがしたことの意味って? 答え合わせって……この国の真実をつきつめてまでして、なんで誰かを悲しませなきゃいけなかったのさ!!」
「……わたくしだって、こんなこと望んでいませんよ。できることなら……あの日に戻りたいのです」
「あの日……?」
「……はい。あの日――」
「――ガスタウィル様が死んだその日に……」
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それは八年前のこと――
長身の男が、働く人々を見下ろすように丘陵に立っていた。彼は出来上がっていく自分の国を見て満足そうに微笑んでいる。
「あと少し……やっと夢が叶うな、エルミニ」
「はい。ガスタウィル様」
彼――ガスタウィルの傍らに立っていたエルミニは、そう答えた。しかしガスタウィルは不満そうに口をとがらせた。
「エルミニ、そんな敬称つけなくてもいいじゃないか……」
「ふふっ。でも、あと少しであなたの国になるのです。慣れておかなくちゃね」
「はぁ、俺、そう呼ばれるの苦手なのにな」
人々を見下ろしながら、ガスタウィルは呟くように愚痴た。彼の傍らで、エルミニは口に手を当てながら笑っている。彼女は幸せそうに彼の隣で立っていた。
しばらく人々の動向を見ていたガスタウィルだったが、そういった自由な時間も少ししかない。まだ小さい自分の城の王室に戻ると、黙々と仕事を進め始めた。
王室といったのものの、部屋自体は質素なもので、机といすしかない。壁は白の古びていたレンガでできており、そこには亀裂が走っている。城自体が丘の上にレンガを積み上げただけのような安い作りであったが、ガスタウィルはそれで満足していた。
エルミニの部屋はその王室の隣にある。そこも質素で小さい。しかし、王室と違うのは、そこに羽毛の布団が置かれていたことだった。布団の上ではエルミニと、赤子が眠っている。
ガスタウィルとエルミニの間の子だった。
建国をする傍らで結婚の約束もしていたが、彼らは正式な夫婦ではない。それでもエルミニはよかった。彼女は幸せだった。
赤子を寝かしつけている間に自分も眠ってしまったらしいエルミニは、扉がノックされる音で起きた。
「……誰、ですかぁ……」
「私です」
「……詐欺?」
「寝ぼけていないで、早く開けてくださいっ」
眠気眼を擦りながら扉を開けると、その向こうに壁があった。いや、これは人だ。
二メートルはある大きな男が立っていた。白銀の甲冑を身につけ、腰には大きな両手剣を下げている。彼は扉が開くと、すぐに肩膝をついて忠誠のポーズをとった。
「エルミニ様。お眠りのところ申し訳ございません」
「ほんとよ、ニボシ。ダシとって干すわよ?」
「是非やめていただきたいですね、それは」
ニボシは苦笑しながら立ち上がった。二メートルはある彼の巨体では今の城の天井は低すぎる。そのため、背を丸めて窮屈そうにしていた。
「そろそろ夕刻です」
「……ふーん……で?」
「……え? この時間に起こしに来るように言ったのはエルミニ様ですよ!?」
「冗談よ、冗談」
楽しそうに笑ったエルミニは、部屋で眠っている赤子を抱いた。母親に抱かれた赤子は、気持ちよさそうに眠ったままだ。
「……ルルー様もよく眠っておられますね」
「うん。ホントに可愛い」
赤子の名はルルーといった。頬を指でつつくとエルミニの指をその小さく愛らしい手で握った。エルミニは微笑み、ルルーの額にキスをすると廊下へと出て行った。
廊下に壁はなく、柱が建っているだけだった。そのため風通しがよく、外の様子もよく見えた。夕日が山の稜線に差し掛かろうとしていて、街はそれを反射するように綺麗に輝いていた。そこでは今も人がせわしなく動き回っている。
その様子を目を細めて見つめたエルミニは、ふっと笑った。
「うん。今日も平和だね」
「はい」
「しかし、平和な街には、まだ必要なものがそろっていません」
「……はい」
「それを作ることが出来るのは魔法技術士だけなのです」
「……は、はい」
まるで教師のように人差し指を立てて話すエルミニを、ニボシは訝しげな目で見た。にやりと笑った彼女は、いたずらをする無邪気な子どものようだった。
「そこで、わたくしは命令するのです!」
「……」
「ニボシ、街に水を循環する魔法を作るのです。それだけではありません。電気も、食料も、明るさや暖かさも……全部、この街に、この国に満たすのです。なぜならこの国は彼のものですから。彼が作りたい国は、みんなが幸せになる国ですから……」
「……その命令、さっきガスタウィル様から承りましたよ」
「あ、あれ? ……そうなの?」
先を越された! と悔しがるエルミニに、ニボシは笑った。エルミニとガスタウィルは、同じことを考えていて、それを競っていて、それがとてもほほえましいと彼は思っていた。だから彼は――
「分かりました、エルミニ様。ガスタウィル様にもあとで報告させていただきますね」
「や、やめてよ……ガスタウィルと同じ考えだったなんて……その……は、恥ずかしい」
「何言ってるのですか。あなたたちは夫婦――」
「きゃぁ――――――――――――ッ!」
エルミニは奇声を発すると顔を真っ赤にして走っていった。そんな彼女の後姿を見て、
「本当に、この国は大丈夫なんでしょうか。あっはは」
と、ニボシは大声で笑った。
――しかし、楽しい日々はそう長く続かない。
「……ぅあ……」
その日の夜、できかけていた街が――
「……あ……あぁ……」
――劫火に舐められていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁ――――――――ッッ!!」




