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第一章:4 『【鳥籠】は小さな世界』

 なんだかふわふわしてぇ、とっても愉快な気分です♪

 それと同時にぃ、すっごく疲れています……。

 それは、いつすることになるかわからないし、しない人だっているかもしれない……


 例えば、残業に追われたサラリーマンのように、

 例えば、手編みのマフラーを編む母の最期のように、

 例えば、テスト前の学生のように……。


 必然とは言い難いが、それでもほとんどの人が経験するであろうイベント。


「ぐわぁぁぁ……眠い……」


 そう、徹夜です!


「くぅ……よく、考えて……みれば……こんなこと……になるな……ん……て……」


 分かっただろうに、と言う前に、あたしは力尽きた。

 そうなってしまった原因は、八時間ほど前に遡る。


===============================


 それは、【世界樹】の話をした後のことである。


 二人でひとしきり笑った後、あたしは椅子に座ったままどんな魔法を作ろうかと、簡単に考えてみた。

 まぁ、そんなことを今考えても仕方のないことだと思う。実物を見なければ、どれくらい強力な魔法で、どれくらいの規模が必要なのか……とかとか。まあ、面倒なことを考えなくてはならないので。

 だから、別に今考える必要は……。


「……あれ?」


 と、ひとつの疑問が脳裏を横切った。

 いや、些細なことだ。むしろ、何で今まで気づかなかったと、過去の自分に問いただしたいほどに……些細で、とても重要なこと。


 魔法の作り方は以前に話しただろう。

 魔法陣を描き、

 魔力種を練成し、

 魔法式を計算し、

 それらを封じる……たったこれだけの作業……なのだが。

 【世界樹】に挑むうえで、必ず必要なことがある。


「……どうやって【世界樹】までいくの……?」


 魔力種の練成時、触媒が必要なことは話しただろう。

 しかし、どんな魔法も、武力も通じないような硬皮の【世界樹】に、どんな魔法が通じるだろうか。それを考える上で、【世界樹】に実際に触ることは重要だった。触ることで、【世界樹】の質が計れる。あとは、【世界樹】に関する文献も欲しいところだ。

 だが、箱入り娘ならぬ【鳥籠】入り娘のあたしは、どうやって【世界樹】まで行けばいいのだろうか。

 【鳥籠】から出る? まぁ、まず無理だろう。

 この【鳥籠】には奇妙な魔法が掛かっているのだ。


 その魔法の効果は二つ。


 一つ、あたしの監視。あたしが魔法を使って、【鳥籠】を破壊しようとしたりすると、集落の人間がやってくる仕掛けになっている。


 二つ、【鳥籠】の床以外を触らせない。【鳥籠】を触れば、高圧電流が流れるようになっていて、安易に触れないのだ。


 だから、ここから逃れることはまず不可能なのだ。それを知っているはずのアスタが、一体どうやって、あたしを【世界樹】まで連れていくというのだろうか。


「ねぇ、アスタ」


「ん? 何?」


 笑顔のアスタが、台所から出てきた。アスタは夕食後の片づけをしていた。皿を持ったまま、洗剤を床に落としながら、彼は近づいてくる。


「あ、そういえばだけどナルちゃん」


「いや、こっちの話が先でしょ?」


「いや、ナルちゃんの話はいつでもできるでしょ?でも俺は今忙しいから」


「悪かったわね。家事もなにも出来なくて。どうせニートですよ!」


「いや、一応仕事はしてるから……ひきこもりフリーター?」


「家族が迷惑しているけど、一応仕事しているから何も言えない情景が思い浮かぶよ!」


 働け、ともいえない状況にある家族……それなりに迷惑な子どもを持って、さぞ苦労しているであろう。がんばれフリーター。負けるな家族。

 そんなことを想像していると、アスタが言った。


「まぁまぁ、とりあえず俺の話なんだけど……」


「もういいわ……なに?」


 諦め混じりに返すと、アスタは笑いながら、


「そこにある依頼書、三日以内に全部終わらしといてね!」


「……………は?」


 アスタはなんと言っただろうか。


『そこにある依頼書、三日以内に全部終わらしといてね!』


 すこし、頭の中を整理して。


「無理に決まってんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 あたしは悲痛の叫びをあげた。


 そこにある依頼書……つまりは、机の上にある、ものすっごい高く積まれた依頼書と、床に散らばっている、ものすっごく多い依頼書。その全てを、たった三日以内に終わらせろ。この万年笑顔(以下略)ヤローは確かにそう言ったのだ。

 どれだけ早くやっても、机の上に積まれたものだけで二年分はありそうだ。しかも、毎日百通以上の依頼があたしの元へ舞い込んでいくる。まず、今のペースでは到底終わらないだろう。そうだとすれば、あたしはちょいとばかり本気を出さなければならなくなる……だれがやるかそんな面倒なこと。


「な、んで、たった三日でこの量を終わらせないといけないの!? 絶対無理でしょ!?」


 嘆き、叫ぶが、この万年笑顔悪魔奇怪少年を前にしては、やはり無意味。


「あはは~でもさ、よく考えてみてよ。この量の依頼、放っておいて【鳥籠】から出るなんて無理だよぉ」


「いや、でも【鳥籠】から出るなら別に放っておいても……ん? 【鳥籠】から出る?」


「うん」


 とても、信じられることではなかった。

 だって、アスタもこの【鳥籠】のことは知っているんだ。アスタのほうが詳しいまである。明らかにあの大人共との接点は、アスタのほうが多いしね。


 だから何か知っているのかもしれない。 


 でも、さすがにこの【鳥籠】にかかっている魔法の解除の仕方は分からないだろう。魔法技術士(ウィザードリィ)のあたしでも、この鳥籠にかけられた魔法の構造を読み解くことができないのだ。魔法に関して素人のアスタが、魔法の解除の仕方なんてわかるわけもない。

 だとすれば……。


「……アスタってバカだったよね」


「何それ? すごく不名誉」


 とか言いながら、アスタは笑っている。やっぱりバカっぽい。


「だってさ、この【鳥籠】から出る魔法なんて、作れないよ。作ったところで、集落の奴らにバレちゃうだけ。状況がさらに悪くなるわ」


「うん。だから、ナルちゃんは何もしなくていいよ。あ、でも一つだけ、魔法を作ってほしいんだ」


 アスタの言っていることが理解できず、あたしは首を傾げた。


「……アスタが、この複雑怪奇の魔法を解くつもり?」


「いやいや、さすがに無理だよ、あはは」


 アスタが愉快そうに笑った。アスタのことだから、ついに気に障って『魔法を作ってみるわ、あははっ!』とか、そういうことなのかと思った。


 ひとまず安堵。


 魔法技術士(ウィザードリィ)でないものが魔法を扱う……それは知識のない赤子が濃硫酸をもつようなもの。一歩間違えれば、どころではないのである。

 ……まぁ、アスタが魔法を作られるわけもないか。


「じゃあ、どうするっていうの? 何度も言うけど、この【鳥籠】は……」


「魔法がかけられていて、魔法の知識もない奴が触ったら危ない……でしょ?」


 あたしの言葉を遮り言った、アスタの言葉に頷く。しかし、分かっているのなら、どうやってここから出るというのだろうか。

 と、 


 ふいにアスタは皿を手に持ったまま、【鳥籠】の金格子に近づいて手を伸ばす。


「ちょっ……危ないよ!」


 先述した通り、【鳥籠】には魔法が掛けられている。金格子に触れれば、途端に高圧電流が流れて、アスタが灰燼と化すだろう。


「あはは。ナルちゃんの慌てる姿も可愛いねぇ。あ、俺の心配をしてくれているのか……それはそれでなかなか……」


「死にさらせ!」


 急いで引き出しから巻物を取り出して、アスタに投げつける。しかし、アスタはそれをよけ、代わりに巻物が金格子にぶつかる。その瞬間。


――ゴオオォォォォッ!!!


 巻物が激しい渦を巻いて燃え盛った。一瞬で巻物は燃え尽き、灰すらも残らなかった。


 その光景を見て、


「ぁぅ……」


 あたしは何も言えなくなる。

 思った以上に【鳥籠】にかかった魔法は強力のようだった。よかった。アスタがこの金格子に触れる前に巻物が燃え尽きてくれて。


 ありがとう巻物!


 君の雄姿は脳裏に焼き付いて離れないよ! トラウマレベルだけど、どう責任とってくれるのよ!? きっと金格子が恐ろしくて夜も寝られなくなるよ!

 とまあ、脳内悲劇は置いといて。


「よかったね。触ってたらアスタも消し炭……どころか姿形も残らなかったね」


 しかしアスタは自分の手を見つめ……。


 ――金格子を握った。


「ちょっ!アスタ!……て、あれ?」


 電流が、起こらない……?

 別段、アスタが何かをしているわけではない。ただ普通に金格子を触っているだけ、なのに、電流は流れない。


「……魔法は……確かにそこにあるのに……なんで?」


 するとアスタは笑ってこちらを向き、


「俺が一般人だから」


 とだけ言った。


「……魔法技術士(ウィザードリィ)のあたしじゃ、触れない、って言いたいの?」


 それにアスタは首肯した。


「つまり、この魔法は、その人の持つ魔力に反応して、その効果を示す。だから、魔力の持たない一般人のアスタが触っても、この魔法は反応しないってこと?」


 巻物が燃えたのも、巻物自身に、ほんの僅かな魔力を宿しているからだ。しかしそれだと、結局あたしはここから出られないんじゃ……。

 疑惑の視線を向けると、アスタはこちらの思考を読んだように頷いて、


「うん。魔法技術士(ウィザードリィ)のナルちゃんは触れないから、ここから出られない。でもそれは、この金格子があるからだ」


 と言って、アスタは手に持った皿を金格子に投げつけた。しかし、電流は起こらない。皿が魔力を持っていない証拠だ。


「……つまり、アスタが三日以内に金格子を壊すから、その間で依頼を全部やっておいてくれってこと? ……それは分かったわ。でも、こんなモノ、放っておけばいいじゃない。どうせ、ここにある魔法は殺戮魔法よ。人が殺されちゃう魔法……そんなもの、生みださないほうがいいわ」


「そう、なんだけどね。でも、君がここらにある依頼書を放って逃げたら、依頼者から追手が手配されちゃうかもしれない。ナルちゃんは聞きたくないかもしれないけれど、君は、この世界の戦争で、なくちゃいけない存在になりつつあるんだ。追手が手配された分だけ、俺たちが見つかる可能性が上がってしまう。すぐに【鳥籠】に返品されちゃうか、もっと悪い状況になり得ない。だから」


 戦局を左右させるやもしれない魔法。その魔法を作った魔法技術士がいなくなれば、追手が出て、その力を独り占めしようと考えるのは当然といえる。


「……分かったわ。でも、アスタも絶対、成功させてよね」


 アスタはニコッと笑うと、確かに頷いた。


=============================


 そして現在に至るわけだ。


 わー……河の向こうで妖精さんが手を振っているよーあはは、あはは、はは……は……


「ハァァァァァァァァ……」


 盛大なため息一つ。


「うー……いくらなんでも無茶苦茶だよぉ……」


 確かに、七年も見ていない世界に出て行くのは、とても楽しみなのだ。


 【鳥籠】の外で生活していた七年前の記憶はない。だから、あたしにとって初めての世界も同然である。あたしの世界はこの狭い【鳥籠】だけだったから、そんな大きなところへ行くことができて、とても楽しみ。わくわく。


 しかし、逆にいえば『七年間行方をくらました少女』だ。気味悪がられて当然だろう。そんな世界に、自分から踏み入るのは、とても勇気がいることだ。


 例えば、入学式当日の小学生だとか、ひきこもりニートの初めてのお使い。そういった『初めて』のものに足を踏み入れることは、とても恐ろしく感じるものだ。それらを同列視できる自分にも、ある意味恐ろしくて戦慄する。 


 だけど、それじゃあ世界は進まない。


 それじゃあ、世界は小さなまま。なら、僅かながらにも勇気を持って、世界を飛び出そう!

 たとえ、気味悪がられたっていい。


 あたしは外の世界が見たいだけなのだ。


 だから。だから……。


「だからって、仕事ガンバローっていう気にはならないけどね」


 ぼやきながら、僅かに勇気を振り絞って、羽ペンを動かした。


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