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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第四章 【世界樹】と魔法とドラゴン
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第四章:5 『猫の家族』

 暑い……。

 蒸し暑いここは天国か地獄か。


 ……いや、お風呂だ。

 上は大火事、下は大洪水という、災害的大事件の場である。もちろん嘘です。


 お風呂は嫌いではない。でも、温度の高い密室に閉じ込められて不快だし、着替えたりするのめんどいし、万が一覗かれたりなんかしたら……ていっても、今日もアスタの腕の中で眠っていたから今更感があるなぁ。


 浴室はやはり広い。そこに真っ白な湯気が立ちこもっている。体中に張り付くような湯気の中を少し歩くと、水路が流れている。水路の中身はもちろんお湯だ。水路は緩く曲線を描いて壁の穴から壁の穴へ抜けていく構造をしている。その水路の前には竹で作られた桶が置かれており、それでお湯をすくって身体に浴びせるのだ。


 あたしは水路の前にゆっくりと膝を立て、水路のお湯をすくった。桶に半分ほど入ったものを頭からかぶると、顔を左右に振った。ぴょんぴょん跳ねている髪は、お湯をかけても元気いっぱいだ! Hey Meeeee !! っていう感じ。見知らぬ外国人にそう叫ばれながら追いかけられた人を、あたしはなぜか知っている。


 ゆっくりと目を開けると、桶を置き、反対側に振り返った。


 水路の反対側には、穴のような窪みがあった。お湯が溜まっていて、水路から流れてきたお湯が永続的に入れ替わっている。溢れたお湯は床に穿たれた小さな穴に吸い込まれていく。なので窪みの中のお湯は常に新鮮なものだった。


 窪みに近づくと、そこには猫のような耳のある白髪の少女が浸かっているのが見えた。少女は頬をほんのり赤く染めて髪をかきあげた。色っぽい動きに、顔が熱くなる。もうのぼせちゃったのかな?


 窪みの縁に腰をおろして足だけを付けると、ぶらぶらと波を起こさせながら少女の名前を呼んだ。


「歌音」


 少女の名前を呼ぶと、彼女はこちらを見た。その顔はいつも通りの無表情。

 その様子に、少し安堵する自分がいた。


 さっきまで鬼気迫るというか……何というか……まあ、そんな感じだった。


 歌音に誘われるがままに一緒にお風呂に入ることをよしとしたはいいが、まだ彼女からの用件を聞いていない。けれど……さっきキ、キスされたし……。


 湯気のせいではない頬の熱さに気付き、首を振って片足ずつ窪みに足を沈めていった。この窪みの深さがあたしの胸くらいまであるので、底に足を付くには足を伸ばさなければならない。ぎりぎりついたところで、歌音の正面に移動する。歌音は上気した頬をぷにぷにと両手で撫でて遊んでいた。

 あたしは彼女の体面にあった段差に腰かけて、話を始めようとする。


「……で、歌お――」

「……可愛い子……」


 しかし歌音はあたしの台詞を遮った。赤の瞳に見られると、ドキドキしながら次の言葉を待った。


「……魔法づくり……うまく……できてる……?」

「え……あ、いや……あんまりうまくできてないかも」


 そう答えると、歌音の耳がピクッと動いた。魔法がうまくできていないことを気にしているみたいだ。

 歌音はあたしを見た後、俯いて呟いた。


「……私……何を守れば……いいの、かな……」

「?」

「……ぶくぶく」


 顔を半分お湯につけて泡を吹く。


 今思えば、歌音の様子がここ最近、ずっとおかしかった。

 必要以上にあたしから距離を置こうとしていたし――その証拠に、先日エルミニと子どもたちとニボシと一緒に湖へ行った時も、歌音はエルミニの犬と化してあたしの相手をしなかった――それに、今もなんだか絡みづらい雰囲気がある。


 さっきあたしにキスをしたのは久々のスキンシップと言ったところだろうか。しかし彼女の変態性からして、それだけではまだ足りないと思う。彼女ならもっと……前にしていたみたいに、あたしの胸を触ったり揉んだり舐めたりして……って、マジで変態だ!!


 このままのほうが平和かも、というバカな思考が浮かぶが首を振って考えないようにした。


 前の歌音のほうが元気があってよかった。だからといって今の歌音の元気がないとは言わないが……それでも、今の歌音は歌音じゃない。


 泡を作りだす機械こと歌音は、上目づかいにこちらを見ていた。


「……可愛い子……【世界樹】……倒す、の……?」

「え……そう、だけど?」


 悲しそうな顔。

 どうしてそんな顔をするのか、聞こうとして、またも歌音に遮られる。


「……やだよ……」

「え……なんでさ」

「……だって……だって……私……」


「――可愛い子に……死んでほしくないっ!」


「え……?」


 歌音の慟哭。初めて聞いた歌音の怒声が、頭の中でぐるぐると渦巻いた。


 どういうことだ?

 死ぬって……歌音は何を言っている?


「歌音、どういうこと? あたしが死ぬって……歌音は何を知っているの!?」

「……【世界樹】……」


 それだけ呟いて、歌音は顔をこちらに向かせた。あたしを見つめる視線に、憐れみの情が入っているように感じられた。耳も垂れてしまっている。


「……やだよ……」

「待ってよ……歌音は、一体何を知っているの!?」

「……だって……だって……」 


「……【世界樹】は……人、を……おかしく……するから……」


「そ、それは……」


 絶対にない、と言いきれないことが悔しい。あたしは唇を噛んで、部屋にあった魔導書を思い出す。


 それに書かれた魔法技術士(ウィザードリィ)……全員が【世界樹】に屈し、そして狂った。もともと狂うほどに魔法の研究をしていたのに、努力しても結果が出なかったことを悔やんで、もしくは【世界樹】に恐れを抱き、最期には狂って逝った。その最期はとてつもなく悲惨なものらしい。


 家族の名を忘れ、言葉を忘れ……

 志を捨て、己を捨て……

 友を殺し、独りぼっちになって……

 不幸を嗤い、自分を嗤った……


 誰もが魔法に執心していたのに、【世界樹】のせいでその心すらもなくなった。精神が犯された人間……それは人間とはいえないものになってしまった。


 あたしだって、そうなる可能性は0ではない。


 歌音は、それを気にしているのか……。


――いや、違う。


 それを心配するなら、あたしが『死ぬ』とは言わない。

 歌音はあたしが『死ぬ』と言った。

 ならば違う。


 じゃあ、歌音は何を心配しているのだろうか……。


 色々と考えていると、歌音はあたしを抱き寄せた。女の子の細い腕なのに力強く、豊満な胸が押し当てられた。

 耳元で、歌音の息が当たった。こそばゆくて、あたしは身じろぎした。


「歌音……?」

「……可愛い子……死んじゃ、うの……嫌だよぉ……」

「……やっぱり、この前奇襲をかけてきたのは歌音だったんだね」

「……こくり」


 頷く歌音。無表情の顔に、罪悪感が差していた。


 奇襲……あたしとアスタの部屋で宙づりになったあれだ。あの時、仕掛けられた罠は歌音がやったものだ。

 あたしはそれをその場で分かっていた。だってアスタの速さを追いつけるような人間は、歌音しかいなかったから。


 ニボシとアスタが剣闘場で喧嘩になった時、彼らの動きは、周りが入っていけないほどだった。しかし、彼らを止めたのは、あたしを抱いてる猫人族(ケットシ―)の少女だった。


 湯気のせいか、瞬きが多くなる歌音の目じりに、うっすら涙が浮かんでいた。無表情なのに、涙が零れ落ちてあたしの肩を張って湯に落ちた。とても冷たい涙だった。


 歌音を泣かせたのは誰だ? 答えは歌音の台詞にあった。


「……【世界樹】の……せいで……可愛い、子……が死んじゃう……私分かるの……勘だけど……でも……死んじゃうの……私は……可愛い子を……守りたい……でも……出来ない……可愛い子の……夢……壊せない……それに……ガスタウィル様……裏切られない……」

「ま……待って! 何言ってるの!?」


 死ぬとか、ガスタウィルを裏切れないとか……歌音は一体、なんの話をしているのだ!?

 歌音は俯かせた顔を半分お湯につけた。


「ぶくぶく……私……守りたいもの……守れない……」

「守りたいもの?」


 歌音の守りたいものって……。

 そう聞く前に、歌音は一つ頷くと、小さな唇で話し始めた。


「……私は……七年前……ガスタウィル様に……助けら、れた……いや、違う……私は……駒……兵士……近衛……」

「駒? 兵士?」


 なんの話をしているのか分からないという顔をすると、歌音はシュンと顔を俯かせて、声をさらに小さくした。


「……私……約束した……ガスタウィル様……守る、代わりに……パパと……ママ……解放する……って……」

「え……」

「……記憶ない……パパと……ママの……こと……私……顔、知らない……でも……この国の……どこかに、いる……なのに……救えない……守りたいのに……守れない……」


 救いを求めるかのような瞳から涙がとめどなく溢れだす。歌音があたしの両手を握りしめて自分の胸へ引き寄せた。そこから歌音の心臓の鼓動が感じ取れた。


      ―――ドクン…………ドクン………ドクン………


 一定のリズムを刻んでいる歌音の心臓。


 ああ、歌音の音はどうしてこんなに心地いいのだろうか……。


 綺麗なリズムを刻む歌音の心――しかし、そこに色々な感情が渦巻いているのが耳で分かった。耳がピクリと動いて垂れる。


「……歌音?」

「……可愛い子……あのね……」


 意を決したように、歌音がはっきり言った。


「……私の……家族……人質なの……」


「……え?」

「………私……上がる……」

「歌音!!」


 歌音は一足飛びでお風呂の出入り口へと跳んで行った。そのまま外へ出ていく。それを追いかけるために、あたしはお湯から飛び出し、走って歌音を追いかけた。しかし出入り口手前でこけてしまう。

 ピシャリと閉まった扉を前に、あたしは動けなかった。歌音を止めることができなかったことが悔しくて、拳を握って床を叩きつけた。


 ゆっくり立ち上がりつつ、歌音の台詞を反芻(はんすう)してみる。


    『……私の……家族……人質なの……っ!!』


 歌音の言った人質という言葉。

 そこに何かの思いがあって、そう比喩したのか、もしくは、事実か――。


 身体に水滴が這って床に落ちる。髪から(したた)る湯が、とても冷たいものに感じた。


「もどかしい気分になります。あなたたちを見ていると」

「うわお!? え……なんであんたがここにいるのさ……」


 あたしたちがさっきまで浸かっていたお湯に、メイドさんがいた。メイド服の上からも分かったが、プロポーションがとてもいい。歌音と同じかそれ以上の胸があたしの目についた。く、これが胸囲の格差社会というものか……。


「って、そんな冗談考えてる場合じゃない。ねえ、メイドさん、あなたなら何か知ってるんじゃないの?」

「歌音のことですか? それとも胸を大きくする方法ですか? ええとですね、とにかく胸を揉めば――」

「そうじゃなくて、歌音の両親のことっ!」

「ええ、もちろん知っていますよ? ですが、部外者のナルティス様に教えることはできませんね。聞くならガスタウィル様に聞いてください。ま、聞いてもどうせ答えてくれないでしょうけど。うぷぷぷ」


 口に手をやって笑うメイドさんに、ほんの少しの殺意が混ざったあたしの視線が突き刺さった。

 しかし彼女はそれを気にしないかのように、こほんと咳払いをする。お湯から出て、立ったままのあたしの隣へとやってきた。


「ナルティス様、聞かないほうが身のためになることもございます。聞いて後悔するのは、あなただけではないということをお忘れなく」

「そんなに聞かれちゃまずいことなの?」

「ふふふ……まずいことでなければ、すでに教えているとでも答えましょうか。それはともかく、私からもお話があります」

「……歌音より大事な話なんてないよ」


 あたしは出入り口に足を向けた。メイドさんのほうに振り向かないまま、歩みを進めると、背後から綺麗に透き通った声がした。


「魔法づくり、難航しているそうですね」

「そんなこと、今はどうでもいい!」出入り口の扉に手をかける。「それよりも歌お――」


「古書庫に『連立式』という魔法があります。鍵はかかっていません」


「……!」

「歌音様をどうにかする前に、まずは元凶をどうにかしないといけませんよ」


 それきり、声は聞こえなくなる。その変わりにぴちゃんという水を弾く音が聞こえた。どうやら言い終えたメイドさんは、再び湯に身体を浸したようだ。

あたしは目の前の扉に手をかけ「……ありがと」開け放ち「でも、魔法よりも大事なことが――」その先の更衣室に入る。「……はぁ」


――そこに歌音の姿はなかった。



========================


 机に置かれた魔法を見つめて、少年は考える。


 部屋にあった魔導書は、あらかた読んだ。昨日、ナルティスが眠っている間に抜け出し、一時間で全部読み終えてしまっていた。とはいっても数は50冊くらいあるし、それなりに分厚い。それでも頭の中に内容がちゃんと入っている。我ながら俺SUGEEEEE 状態に陥ったのは別の話である。


 だから魔法のことは少し分かった。ナルティスが『ダメな魔法』と言ったもの、その理由が分かったくらいなのだから、思ったより魔法を作るのは簡単なのかもしれない。


 もちろん、机の上に置かれた巻物――そこに描かれている魔法が何を意味して、どういった構造をしているのか、その威力から範囲まで、色々なことを総合的に考える。


 確かに、今のままじゃ【世界樹】なんて倒せない。擬似的とはいえ、あの恐ろしさは、一度体験すると、それが迷路のように抜け出さないでいる。


「このままじゃ……あんな化けものなんて倒せねぇぞ……」

「ふぅん、セピアもだんだん分かってきたね。あはは」


 と、セピアの後ろに立ったまま無言でいたアスタが言った。彼はいつも通りの奇怪な笑みを浮かべてこちらを見ている。しかし、彼が魔法を作られない役立たずなのは知っていた。敬う必要性はないが、その奇怪な笑みを浮かべられると、どうも背筋が凍る。なにか悪いことをしたわけではないはずなのに……どうしてそんな表情ができるのだろうか。


 セピアは割とよく泣く。それも、自分が中傷されたからではないのだから、とてもいい子である。人の悲しみや喜びを知って泣くのがセピア。しかし、妹がああなった時だけ、セピアは心の底から自分のために泣いた。

だからある意味でアスタに憧れをもっていたのも事実。


 どんな状況でも、アスタは笑っている。周りの雰囲気に呑まれることなく、いつも笑っている。きっと、彼は

幸せ者なのだ。


 セピアの格付けはそんなところだった。つまり、外側ではどう思っていても、本心から嫌いだとか、そういうことではない。どこかで買っているのだ。


 そしてそれはナルティスも同じだ。


 彼女は世界を変える魔法を作られる――そういう意味で、セピアはナルティスを買っていた。だから彼女に師範してもらおうとしたのだが、結果はこの通り、却下された。

 しかしそれで引きさがるにはいかないセピアは、勝手に彼女らの部屋に押し掛けている。もちろん、勝手に部屋を漁るし、作りかけの魔法だって盗み見る。


 机の上に無造作に置かれた魔法。

 セピアはそれを見て、構造を記憶した。そして、そこから発せられる魔法の威力を計算すると、途中で頭がパンクした。例えるなら、5ケタの数字三つの掛け算の暗算。人間業でないことは、魔法初心者のセピアにも分かった。


 それを軽くしてのけるナルティスは、やはりすごいのだと感心した。

 そして、魔法づくりが簡単という考えを改めた。


 魔法……簡単に作れねえぞ。


「……こりゃ大変だなぁ」


 セピアがそう呟いたのと同時に、部屋に誰かが入ってきた。

 青色の髪をぼさぼさに撥ねさせた、ちっこい女の子。


「ちょっと、勝手に魔法見んな」


 ナルティスはそう怒鳴りながら困ったように笑っていた。

 その傍らに、一冊の本を携えて――。



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