第四章:2 『魔法を作りたい!!』
「俺も魔法作りたい。だから作り方教えてくれ」
「はい?」
ん~、よく聞こえなかったなぁ?
「だーかーらー、俺も魔法を作りたいんだってさ!」
「あー、あー、ぎごえなーい!!」
「聞く気ないだろ、それ!?」
何を失敬な……聞く気がないんじゃない、教えるつもりがないって言っているのだ!!
「……可愛い子……ふみゅぅ……」
「だあぁ、くっつくなぁぁ」
背中に乗っかってきた歌音を受け流すと、そのまま地面に激突して、鼻血が出てしまった。自業自得なので、救いの視線を送ってくる猫ちゃんを放ってセピアを見た。
ヒナの病状はひとまず落ち着いた。面会謝絶というわけでもない(どちらにせよこの病気――【鬼血症】に悪影響はない)ので、ヒナの病室はずいぶんと賑やかだった。そのほうがいいのかもしれないという見解もある(あたし談)。
病室にはベッドとイス以外には何もない。あたしが使った魔法を使うまで吹き出ていた血がベッドの周りに散らかっており、それもメイドさんが今掃除している。血の匂いも換気をすればさほど気にならないくらいに希釈されている。
外は暗い。冷たい夜風が首筋を抜けていった。身震いすると、寒さに堪えるように肩をさすった。
セピアはあたしの前で必死に頭を下げてきていたが、魔法を教えることを断ると、ひるんで上目遣いに瞳を潤ませた。ぐっ……男のくせになんでこんなに可愛いんだ……。
どうやらセピアは女顔らしい。まあ、年齢も9歳とまだ幼いので、可愛いのは当然のことだろう。それじゃああたしがショタコンみたいじゃんか。
「……可愛い子……仲間……」
「あはは、ナカーマ」
「変態とひとくくりにするなぁぁぁぁぁ!!」
叫ぶも虚しく、変態は変態で楽しそうにしていた。くっ、あたしも変態なら……いや、そうじゃない落ちつけあたし。
深呼吸して落ち着きを取り戻すと、セピアに身体を向けた。
「うむむ……とりあえず動機とか――」
「俺も人を救いたい」
即答だった。
それに感心したのはあたしだけではない。セピアを苛めていたメイドさんさえほう、と呟いていた。
「俺だって、ヒナのために色々してきたんだ。でも俺は、ヒナがこうなった時に何もできなかった……もう、こんな気持ち嫌なんだ。ヒナを救ったのは魔法だし、なら俺も魔法を作りたい。誰かを救う魔法を作って、俺と同じように後悔するやつらを助けてやる。大人は嫌いだけど、まぁ、笑顔になれたら気持ちいいじゃねえか。だから――」
「嫌だよ、あたしは魔法を誰かに教えようとか……そんな野望もってないから」
顔をそらすと、あたしはヒナを見た。
この子を救うために、人は動いた。路地裏の子どもたちはもちろん、兄のセピアも、ガスタウィルに仕えるメイドさん(まだ名前知らない)も、アスタも……あたしも。
一つの命を救うためにみんな動いた。けれど、いまだにヒナは目を覚まさないし、命の危機が去ったわけでもない。早く起きてくれと、誰もが不安に思っている。
セピアは誰よりもそれを願っているだろう。
だから魔法を作るとか言いだしたんじゃないのか……ってあたしは思う。
そんなやわい思いで魔法を教えられるほど、あたしは責任感のある人間ではない。
――しかし、
「俺は本気だ!」
セピアの思いはひたむきで、目を向けられない。ホントに、これじゃああたしが悪いみたいじゃん。あたしが意地悪しているみたいじゃんか。そんな目で見ないで……眩しすぎる!
「良いじゃん、教えてあげれば」
「だったらあんたが教えればいいでしょ、アスタ」
「ん? あんたも魔法作れるのか?」
「無理だよ。俺は一般市民だ」
アスタが困ったように笑った。あたしは責任感から逃れたいので、部屋から出ることにした。後ろから「待てよ! まだ話は終わってねぇ!」という叫びにも似た声が聞こえたが、あたしは耳をふさいで無視をした。
廊下はいつも通り薄暗かった。壁の蝋燭が煌々と照らされているのみ。それ以外に光源はなく、どこからか吹いてきた風があたしの髪を揺らしていた。
セピアの思いから逃れるためだけに部屋を出たわけではない。あたしには目的があった。
廊下を歩いていると、待ち合わせ相手が壁を背にして立っていた。
目的の人物――ニボシがのったりと壁から身を離して歩き始めた。会話はない。ただ、目的は伝えているので、ニボシの後ろに付いていけばいいのだ。あたしはニボシの後に続いて歩いた。
少しして、目的の場所に着いた。そこはとある部屋だった。廊下は質素なものだったが、そこだけ別空間のように、輝かしいほどの宝石がちりばめられた扉が閉まっていた。ニボシはあたしを一瞥してから頷くと、その扉を開いた。唾を飲み込み、緊張を押さえこむと同時に、部屋の主の声が聞こえた。
「やあ、久しぶりですね、ナルティス様」
「ええ、そうですね。ガスタック王」
「私の名前はガスタウィルです」
あたしたちは王室へ入った。
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セピアは天井を仰ぎ見ていた。
「くそっ……俺だって魔法作りたいのに……」
彼はあまりにも無力だった。最愛の妹を救えなかったし、大人どもにはいつもびくびくしながら生きている。あまりの弱さに吐き気がする。
その弱い気持ちを呑みこむと、セピアはヒナを見た。
ナルティスの魔法がかけられた身体はまだ半裸の状態。そこへ包帯がぐるぐる巻きにされている。血こそ出ていないが、彼女の寝息を聞くだけでなんだか胸を締め付けられているような錯覚がした。
そうだ。錯覚だ。
ヒナが俺を恨んでいるわけがない……。
もちろん、彼にそんなことを言う権利はなかった。あの時――ヒナが【鬼血症】を発症したとき――セピアは自害しようとした。妹を助けることを諦めて、自分の罪を浄化させようとしたのだ。だから絶対に『恨まれて』いないとは一概に言えなかった。そう明言できないことが悔しくて、セピアは下唇を噛んだ。血の味がしたが、それは気にしない。
悔しい。
妹を助けられなかったことが、こんなに苦しいのか……本当の家族……たった一人の家族さえも救えなかったのが、こんなにも苦しいのか……。
「悔しいですか?」
葛藤するセピアに声をかけたのはメイドさんだった。掃除が終わったらしい。
「妹を救えなかったことが悔しいですか?」
「……あぁ、悔しいよ。だからこんなにも悩んでるんだよ。悪いか?」
メイドさんは答えるつもりがないらしく、身体をヒナに向けたまま口を噤ませた。
その態度に腹が立ったらしいセピアは青筋を立てて怒った。
「何だよ……何が言いたいんだよ!!」
「別に私はないも言いたくありません。ただ……いえ、やっぱりいいです」
「ふざけんなっ!」
「何がです? 私には、あなたが言いたいことのほうがよく分かりませんね?」
メイドさんは冷静な顔で、セピアを見据えた。歌音のように、感情はそこにない。
「結局、あなたは仇打ちのために魔法を学びたいのですか?」
「違うっ! 俺はみんなを守るために――」
「じゃあ、なぜそんなに悔しいのですか?」
「は?」
「結果として、あなたの妹は助かりましたよ。それ以上、何を守りたいというのですか? 仲間? 家族? あはは。そんなもの信じてもいない癖に、偉そうですね。気持ち悪い、気持ち悪い」
「――――……」
「所詮、あなた程度では何も守れないのですよ」
「そんなことはない! 俺は誰もを救いたいだけだ! ヒナが大切に思っていたもの、人……何でも守ってやる!」
「あはは……バカじゃないですか?」
「だから魔法を教えてもらえないんですよ、この弱虫」
「っ……あぁぁぁああぁぁああ!!」
気がつくと、セピアがメイドさんに飛びかかっていた。激昂したセピアの目には、何も見えていない。
メイドさんは向かってきたセピアを避けず、強く握られた拳を胸で受けた。10歳の拳は、小さいけれど重かった。
メイドさんはセピアを見下ろしている。まるで羽虫を見ているかのような無感情な瞳だった。そしてその瞳がさらにセピアの神経を逆なでた。
何回も何回も何回も………セピアの拳はメイドさんの胸を打った。
「俺は守りたいんだ! 守りたいんだ! 大人共がなんて言おうが、俺は俺の大切なものを守りたいんだ! ヒナが愛したもの……ヒナが大切だったもの、何もかも全部、俺は守りたいだけなんだよ! それのどこが悪いって言うんだっ!」
最後の一撃。
メイドさんはそれを手で受けて手首をつかんだ。それだけでセピアは動けなくなる。
過去のトラウマを呼び起こしたらしいセピアは目に涙を浮かべてその場に崩れ落ちた。涙は床に落ちてシミを作る。
「……やめて……苛めないで……解放し、て……た……助けて……」
「大丈夫です。君は救われますよ。しかし、君たちは救われる必要はないのかもしれませんね。なぜなら、君たち兄妹はいらない子供だから」
「っ!」
「あらら、反抗できないってことは、所詮その程度だったってことでしょう。その程度の思いで、よく妹を守るとか言いだせたものですね。まずはそのトラウマを直してから出直してこいという感じです。吐き気がします。さて、私は通常業務に戻りましょうか
と、その時。
歌音が動く。
「……どうしましたか、歌音さま」
歌音はメイドさんの胸倉をつかみ、鋭い目つきで睨みつけている。
背伸びをしてメイドさんの耳に口を近づけさせると、低い声で、
「……………………何も知らなくせに……っ!」
と、呟いてメイドさんを弾き飛ばした。メイドさんは地面に尻もちをつくと、すぐに立ちあがり、歌音が出ていくのを静かに見ていた。
珍しく怒った歌音を――いや、あそこまで感情を高ぶらせたのは初めてだ――見て、メイドさんは驚いて目を見張った。だが、すぐに元の無表情に戻ると「失礼します」と言って部屋から出て行ってしまった。
あとに残った重い空気……その中でセピアは地面に拳を叩きつけた。
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場所は変わり、王室。
ガスタウィルの正面に座ったあたしは、ガスタウィルの動向を見張っていた。彼の後ろにはニボシが控えている。ニボシの定位置だ。
「……なるほど。ついに決めてくださいましたか。【世界樹】を倒すかどうか」
そう。
あたしはそれをガスターウェルに伝えに来たのだ。
「ええ。これでも色々と悩んだんだよ? 全く、こっちの苦労を知って、少しくらい毎日紅茶の差し入れくらい出来ないものかしら」
「ナルティス様、それちょっとじゃないです」
「あはは、ニボシは黙って」
ニボシは苦笑いして口を閉ざした。
紅茶の差し入れ(毎日)を約束して――口約束だが、効果はあるだろう――あたしは言葉を続かせた。
「あたしは世界を……特に子どもたちを救いたい。だからあたしは【世界樹】を倒すよ。あ、あんたは救わないよ? 救われたいならほかの誰かに頼みなよ」
「はい。そうすることにいたしましょう」
ガスタウィルは苦笑交じりに答えたけれど、ニボシの目があたしを睨みつけていた。ひぃぃ……その目怖いよぅ……ま、ほとんど慣れちゃったけど。こ、怖くなんてないんだからね! ホントだからね!
「ナルティス様、言葉には注意してくださいね」
「は……はひっ」
ニボシの殺人的な瞳にやられそうになりながら、のけぞった姿勢を正した。
こほんと咳払いをすると、話を戻す。
「【世界樹】を倒すことは最初から目的だったし、それに今更やめるって言うわけにもいかないしね。……でも、あなたは何でそんなにあれを倒したいのか、それが気がかりなのだけど?」
「それはこの国を救うために……」
「それがあたしには信じられないのよ」
これは単に、あたしが人間不信だとか、そういうわけじゃなくて。
ガスタウィルを信用できる相手と見なしていない、といったほうが妥当なのだろう。
しかしガスタウィルは笑った。あたしのことを気にしてもいないというのか、この男。
「ふふ……まぁ、あなたに信用されないのは仕方のないことなのでしょう」
ガスタウィルは天井を仰いだ。おそらく、彼の頭の中ではあたしたちを誘拐したことが思い出されているのだろう。いまそれを後悔しても、もう遅いのだけども。
セピアは後悔しても妹を救うことが出来た。けれど、ガスタウィルの犯した罪はもう浄化できないのだろう。後悔先に立たず、後の祭り……どれも正解じゃないような気がして、あたしはため息をついた。
ま、誘拐されようがされまいが、あたしの目的は変わらなかっただろう。
【鳥籠】からでて――世界を、特に子供を救うために――【世界樹】を倒そうと決めたあの日から願いは変わらない。今も大人が嫌いなので、子どもを救おうと思っている。これも、ヒナがああなったから決意できたことだ。
あたしは無力だ。でも、あたしの作る魔法は世界を揺るがすものになるだろう。
今まで戦争が起きたように、世界に変革をもたらせられる。
なら、あたしはこの力を世界を救うために使おうって、そう決めた。
「大丈夫。どうせ、世界は自分が動かなくても誰かが救ってくれるからね。でも、そう言って何もしないやつが一番救われない……そんなこと知っているから。だからあたしが動くんだ」
あたしは腰を上げた。ガスタウィルが視線を戻してにぃ、と笑った。
「あたしは救うよ。無謀でも、何でも……だからあなたにも協力してほしい」
手を差し伸べると、ガスタウィルは立ちあがり、その手を握った。彼の手は冷たかった。
「はい。もちろんです。私に出来ることがあるならば、何でもいたしましょう」
「そう? ならあの魔法貸してくれない?」
「あの魔法?」
ガスタウィルが首を傾げた。まあこれだけで分かるはずもないか。
手を握ったままに、頷いて答えた。
「【世界樹】を見る魔法だよ」
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「……あぁ……やっちゃったなぁ……」
後悔して進む足取りは重い。
そこへ、王室から声が漏れてきた。
『……あたしは【世界樹】を倒すよ――』
ナルティスの声はとても温かいので好きだ。
髪も柔らかくて好きだ。
匂いも優しくて好きだ。
あの小さな体に、どれだけの野望を秘めているのか……それがとても恐ろしく感じてしまうけれど、それでも好きだ。だから頬ずりをいつまでもしていたい衝動にかられるのだ。
あぁ、一緒にお風呂入れた時、スゴく幸せだったなぁ……。
知らずの間に彼女は涙を流す。
これから自分が何をしていけばいいのか分からずに悩んでいる彼女は、その耳を垂れさせると、いつもの無表情で前を向く。
誰を守ればいいのか。
誰を信じればいいのか。
彼女はいつも独りだったからそれが分からなかった。そこへナルティスが来たものだから、彼女は壊れかけている。
いつもの自分が取り戻せずにいる彼女は、ため息をついた。
「……本当に……私たちの、気持ち……誰にも……分からない……」
だって、自分すらも自分のことを分かっていないのだもの。




