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第三章:11 『お友だち――』

 問題です。

 恒星というものはどれほどの大きさなのでしょうか。

 制限時間がないのなら歩いて確かめるもよし。魔法を飛ばして測るもよし。しかし残念ながら今の状況はそうはいかないのでタイムアップ。終了のホイッスルが鳴り響いた(頭の中で)。


 答えは知らないです、すみません……。


「さぁ、現実を見ましょう」


 現実逃避はここまでにして、正面をご覧ください。

 詳しく言うなら、正面の空に浮かんだ巨大魚をご覧ください。


 間もなく、衝突しま~す❤


「あはは……で、どうするの?」

「逃げるのっ!!」


 あたしは思いっきりアスタの首根っこを引っ張って後ろへ倒した。その勢いのまま、あたしも一緒に倒れてしまう。しかしそれでもいいと思った。


 次の瞬間には、あたしたちが立っていた場所が水しぶきで(えぐ)られていたのだから。

 とんでもないものを釣り上げてくれたものだ。こんな化け物、一体どうしろっていうのさ。


 破壊力満点の巨大魚は、約5メートルほどの大きさだった。恒星級の巨躯は、力強く水を打った尾ひれによって空へ舞い上がった。美しさを放ちながら巨大魚は空で踊るように身体をしならせ、数秒の空中浮遊の後、雨の如く水を弾いて着水した。天気が変わったと思わせるほどに強い雨があたしたちを襲い、視界を遮った。


 冷たい雨の中には小さな魚も一緒にいて、わ~! これで魚釣る必要なくなったね! とはもちろんならなかった。事実、現在進行形で釣り竿にあの巨大魚が掛かっているようだった。よく折れないな、あの釣り竿……。


「どうすんのさ! あんなの、絶対に釣りあげられないよ!?」

「……それでも……釣る……!」

「だめだ、スイッチ入っちゃった……」


 あと、釣ったのは歌音でなく子どもたちのうちの誰か。今は近くにいたニボシががんばって竿を引いている状態だが、その均衡がいつ破れるかは分からなかった。もちろん、ニボシが負ける方向にで、だ。


「とにかく釣ろう! 行こ、アスタ!」

「え~……」

「いいから!」


 嫌そうな顔をしたアスタを引っ張って、ニボシの下へ行く。距離はそこまで離れていなかったのですぐにたどり着き、ニボシの持つ竿を握った。さっきの水しぶきで竿が濡れてしまっていたので滑らないように注意しないといけない。


 子どもたちは少し離れたところからこちらを見ている。不安げな表情を浮かべた女子軍と、羨望の眼差しを向けた男子軍。あたしもあそこに混ざりたーい! とか思っていると、アスタがあたしの肩を叩いた。


「ナルちゃん、危ないから下がってて」

「……」


 わー! なんて紳士!


 でも子ども扱いされてるような気がして少し不快。


「むぅ……」

「ふくれっ面は可愛いけど、それでも下がっててよ。あと、ナルちゃんにはナルちゃんでやってほしいことがあるんだ」


 アスタが笑いかけてくる。それだけで、何が言いたいのか、あたしが何をするべきなのかが分かった。


「ん……分かった。でも、怪我だけはしないで。ニボシも、アスタも……みんな怪我しないで」

「あはは。心配しすぎ。所詮は魚だよ。そんな心配は必要な――」


 瞬間、暴れた巨大魚の尾ひれの風圧で地面が砕けた。


「………うん。大丈夫」

「絶対だいじょばない!?」


 心配事は尽きなかったが、ここは二人に任せて、あたしは子どもたちと近くの森の中に身を潜めた。遠目でアスタとニボシが仲良く竿を握る姿を見て、あたしは今朝持ってきた巻物を取り出した。ついでにペンも。


 子どもたちが訝しげな視線を送ってくる中、落ち葉で形成された地面に巻物を広げた。そこにはすでに魔法陣が描かれていた。

 

 つまりは作りかけ。


「何やってるの? ぼさりん?」「決まってんだろ? 変形ロボ作るんだよ!!」「え!? ホントに!? すごーい!!」

「君たちはあたしに何を求めてるのさ!?」


 子どもたちは楽しそうに笑った。あぁ、その笑顔癒されるなぁ❤ でも今っ!?

 いつまでもデレデレしているわけにもいかないので、ペンを持ち直した。巻物を見て。ペンを走らせる。


 ここの空気はいい。


 自然が豊かで、ここだけが平穏を感じさせるようだった。自分は独りなんかじゃないと、そう思えるような雰囲気をした森の中で、あたしは魔法を作るのだ。


 魔法陣を描き――というか描いてある――。

 魔力種を練成――触媒はツル――。

 魔法式を計算――長すぎず短すぎず――。


 今はニボシとアスタが頑張ってくれている。いつの間にか、歌音までもがそこに加わっていた。一生懸命引いているが、さすがあの大きさなだけあって、まるでびくともしない。現場は拮抗していた。


「うわっ!!」


 水しぶきが弾丸と化し、アスタたちに襲いかかった。


 早く描かないと――。

 早く作れ――早く!!


 ひたすらペンを走らせ、やっと出来上がった魔法を持ち、三人に近づいた。その時、暴れた巨大魚が空中に舞い、竿が見事に折れた。その瞬間をねらって、魔法を発動させた。


 巻物から飛び出た草や木が、巨大魚を包み込んだ。重そうな巨躯はそのまま空中に浮かびあがり、風船のように草や木を引っ張ればこちら側にやってきた。


 陸に上げるようにして巨大魚を解放すると、ドスンっ! と、地響きを起こして着地した。


 少しはないは逸れるが、魚はエラから水を吸い込み、中にある器官で酸素を取りこむらしい。そのため、ほとんどの魚は地上では息を出来ない。空気中の酸素を取り込む器官がないからだ。


 しかし、中には陸上を移動するために、空気中の酸素を取り込む種もいる。


 ――この巨大魚は、まさにそうだった。


 陸に上げれば呼吸が出来ないと思っていたが、しかし巨大魚はその巨躯に不相応な小さな瞳でこちらを見ていた。えらの部分が横に大きく突きだし、中から赤い肺のようなものが飛び出てきた。それが空気中の酸素を取り込む器官なのだろう。


「ぐっ」


 あたしたちは歯ぎしりして身構えた。陸に上がった魚とはいえ、あの元気の良さからすると油断できない。暴れれば地面を穿って地割れを起こすだろうし、目を離せばすぐにでも湖に戻って行きそうだった。竿が折れてしまっているので、逃がせば最後。次はないだろう。


 最初に動いたのは歌音だった。その手には中華包丁がいつの間にか握られていた。彼女は一体何を作ろうとしているのか。


「……やぁ……」


 攻撃するときも抑揚のない声だったが、その威力は絶大だった。一閃するだけで、巨大魚の背びれが解体された。巨大魚は叫ばない、というか叫べない。ただ、尾ひれを大きく動かして、歌音を弾こうとするのが見えた。


 それを逃れた歌音はバックステップで距離を取った。その逆に、ニボシとアスタが前へ出た。


 それぞれ素手だったが、あの二人なら問題ないように感じた。その二人が、巨大魚を挟むようにして左右からそれぞれの拳を振り上げた。


「「るぁあっ!!」」


 声が重なり、次の瞬間には両脇から殴られた巨大魚が上へ跳ねた。それが向かう先には湖。

 もう一度、急いで魔法を発動させた。草や木が巨大魚を捕えた瞬間、高く跳躍した歌音のかかと落としが決まった。メキャメキャと、何かが折れた音とともに地面へと落下した。


 それを最後にして、巨大魚は動かなくなった。


==========================


 気づけば夕刻。

 空が黒というよりも墨の混ざった青みたいな色に変わるころ。


「「「いただきまーすっ!」」」


 木の枝に刺さった巨大魚 (だったもの)を頬張った。塩焼き。うん、美味い。

 解体された巨大魚の塩焼きが、それぞれの口へ運ばれていた。みんな幸せそうに笑うので、頬が緩んだ。


 巨大魚は解体されていた。

 巨大魚を倒した後、少しのあいだ魚釣りを興じていた。みんながお腹が空くころ、火を起こして巨大魚を解体して塩焼きにしていた。


 大きさからして到底食べきれる距離ではなかったけれど、久々のパン食以外のものだったので、正直うれしかった。久々の魚の触感に舌鼓を打ちつつ、歌音を見た。彼女は眠気眼で魚をがっついていた。


 子どもたちが笑っていた。

 ニボシがそんな子どもたちを見ていた。

 エルミニが微笑んだ。

 アスタは……まあ、いつも通り。


 平和だった。

 たとえ偽りの、一時のものだったとしても、この瞬間だけは確かにあったのだ。

 それでも話さなければいけないことがあった。


「………ねえ、歌音」

「……何……?」


 歌音の声には抑揚がない。だからあたしは一層密やかな声で話さなければいけないことなのかもしれない。

 あたりの音が消えた。


 歌音の息が聞こえた。

 鼓動が聞こえた。

 行動が聞こえた。

 気持ちが聞こえなかった。


「……昨日、歌音が言おうとして、言えなかったこと、今言ってくれない?」


 歌音がえ? というような表情をした。それもそうだ。だって、あたしが歌音のことを聞いたのは、ガスタウィルのメイドさんから聞いたことだからだ。歌音と話をしたとき、彼女は言葉を濁して本当のことを言わなかった。


 歌音にとっては辛いことかもしれない。でも、歌音も救いたいんだ。

 そのためにも彼女のことを知りたい。


「……可愛い子……知ってる……?」

「うん。でも、あたしは歌音の口から聞きたい。確信したいの。歌音のことを一番知っているのは、もちろん自分しかいないから」

「……うん……」


 歌音は相変わらずの無表情だったが、どこか安心したような、どこが不安そうな顔だった。

 彼女は恐れているのだ。


 自分がそれを話して、結局救われないこと。

 見切られて、この先話さなくなること。

 人間を信頼できなくなった……というよりも彼女は、人間を恐怖しているような気がする。もちろん、あたしも含めて。だから抱えこんで抱え込んで、最後には押しつぶされる。それじゃあ我慢した意味がない。


 不安があるなら話してほしいし、悩みがあるなら相談してほしい。そうやって助けあうために、人間は話せるのではないだろうか。

 動物のコミュニケーションと、人間のコミュニケーションの違いはそこにあると思う。だから歌音……。


「あたしたちに、もっと話していいんだよ。悩むなら話して。苦しむなら救ってあげるから。悲しいなら慰めてあげるし、悔しいなら励ましてあげる……だって、あたしたちは……と、友だちでしょ? それとも歌音はそう思ってない?」


 歌音は首を振った。その瞳には薄く涙が滲んでいた。


「……分からない……でも……苦しかった……だれに、も……話せなかった……だって……友だち……いないし……私の……声……聞いて、くれ……るひと……ほとんど……いなかった……」

「うん。別にいいんだよ、そんなに悩まなくてさ」

「……」


 静かに首肯したのを見て、あたしは微笑んだ。にしても、よくこんな恥ずかしい台詞をどうどうと言ったものだ。こんなの、周りが聞いていないときにしか言うもんじゃないなぁ……あはは。


「ミーちゃん、わたくしも悩んだら相談しますわね?」

「聞かれてた!?」


 エルミニは笑っていた。それどころか、いつの間にか子どもたちも騒ぐのをやめて、こちらを見ていた。


「嫌です? それとも、わたくしたちは『お友だち』ではないですか?」

「……」


 エルミニも恥ずかしくないのか? いや、顔がほんのり赤い。やっぱり、その台詞を口に出すのは憚られるほどに恥ずかしいことなのだろう。


「……ま、友だちだからいいけどね」

「あはは。じゃあ俺は『家族』だから、もっと踏み込んでもいいよね。昨日は俺の胸の中で眠っていたナルちゃん?」

「「「ッ!?」」」

「なっ! ご、誤解しないで!?」

「私もぼさりんと寝たい!」「ぼさりー、ぼさりー! 私たちも友だち!」「友だち! 友だち!」

「やめて……輪唱しないで!!」

「でも、実際にはそうでしょう? ナルティス様」

「……まあ、うん」

 

 頷くと、子どもたちは万円の笑みでとび跳ねた。本当に、この子たちは素直で無邪気で……正直者だ。


「ま、いっか」


 恥ずかしくても、口に出せばそれは相手に伝わるし、だからこそ悩まなくてもいいのだ。だって、あたしたちはみんな同じ世界に生きる仲間なんだから。


「じゃ、友だちだから歌音のことも知ろう」

「……え……あ……」

「歌音」


 エルミニが歌音に視線を向けた。


「これがみんなの気持ちなんです。みんな、あなたの知らないところでもみんな、あなたを支えたがっています。それでもあなたは一人で抱え込みますか?」


 首を振ったのを見て、微笑む。


「そうです。あなたは独りじゃない。ここにいるみんな……ミーちゃんにアスタ様、ニボシ、テラルト、シラルト、ピポル、イズ、カルタ……みんな、あなたの味方です。


――あなたは独りじゃない」


「くぅ―――~~!」


 その時、歌音の瞳から涙があふれた。しかし、その表情は……大切な感情を全て奪われたかのように『無』だった。それでも彼女は独りじゃないことに安心していた。


 ここから話すのは、歌音の過去。

 それがどんなものだったとしても、みんなは歌音を見切らない。

 いつの間にかあたしの周りには人が増えた。それが歌音も同じことなら、きっと大丈夫だ。だって、みんな友だちでしょ?


「みんな友だちで、支えあえば世界をも救える……」


 そう信じて。

 いつか【世界樹】を倒そう。

 道のりは長いぞ。でも長いからこそ、友だちと話しながら歩いていく。そうすれば、長い道のりなんて忘れてしまえるから。


 落ち着いた歌音は、ゆっくりと話し始めた。


「……話す……」


 覚悟した表情で、彼女は口を開いた。


「……私は……」


===========================


 彼女は親の顔を見たことがない。

 物心つく前から彼女は独りだった。孤独だった。

 やがて言葉が消え、表情までも消えた。

 それでも彼女は存在していた。


 辛くとも、悲しくとも……

 悔しくとも、憎くとも……


 それを彼女は顔に表せない。

 誰も助けてくれなかった。

 

 荒野に置き去り。


 始まりはそこから。


 じゃあ、その終わりはどこにあるのだろう?


 そんな自問自答の毎日だった。


 終わらない苦しみ。

 終わらない苦しみ。


 誰もいない世界で、彼女は生きていた。

 誰もいない世界は、生きられないのに。


 死んでいるような毎日だった。

 だって、誰も助けなんて来ないから。

 いつか感情を忘れてしまうのではないか?

 誰もいない――誰もいない。


『誰か……誰か!! 誰でもいいから……誰か……返事をしてよ!!』

『どこかにいてよ! 悲しいよ! 苦しいよ!!』

『誰かいませんか……誰か……誰か……』

『……もう、いいや……」

『……誰……も……いない……』


 見切られた――辛くない。

 誰もいない――辛くない。

 生きてない――だからッ!


       辛くないって……言ってるでしょっ!!


   分かってよ!!


     誰もいないなら――


  そんなの救われなくていいって!!


   分からないの!!


  人間って何さ……


    寂しいって何さ!!


      辛くない。


   だって私は!


 生きてないから

  

   生きたように死んでいるの


      あはは……

 

    もう、いいんじゃないかな


      こんな世界

      

        こんな世界


  分かられない


   分かりあえない


     虚無の


    孤独の


      世界……


  だから


   辛くナい


 だッテ


  ダって


        わタシに


  カンじょうナんて


  ナい


     ツラクない


   ツラくナい


       だカら


 ――ひトリで……イキる!!



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