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第三章:5 『国民と建国』

「んー………ぐぬぬ。よし、分かんない」


 あたしは悩んだ末に、手に持った魔導書を閉じた。古い本だったので、埃が舞ってしまう。それが鼻に入り、くしゃみを数度すると、鼻水を服の袖で拭った。


 あたしはエルミニと子どもたちと別れたのち、すぐに城に帰ってきた。そして自室(?)に戻り、本棚の魔導書を漁っていた。そのころは夕方だったので、もうそろそろ夕食だろう。うぅ、お腹すいた。


 いつか、エルミニと子どもたちと一緒に、あの湖でお弁当広げて食べられたらなぁ、と思ったりもする。そんなことを考えている自分が恥ずかしかったけれど、その光景を想像して、ついニヤニヤしてしまう。いつの日か、それが日常になる日が来るのだろうか……。


 絶対に、そんな世界にしてやろう。


 だからこそ、あたしは魔導書を読んでいた。

 過去、【世界樹】に挑んだ魔法技術士(ウィザードリィ)たちがどんな魔法を作ったのか。そして、その結果どうなったのか……。幸い、資料だけはそろっている。この魔導書を読んで、【世界樹】を倒せる魔法を作ってやるのだ。ま、本当にそれが叶うのなら、それ以上に幸福なことはない。いや、紅茶を飲むという幸福が……あ! 紅茶飲みたい!


 手に持っていた魔導書を本棚に戻すと振り返り、巨大な扉のほうへ向かって歩いた。

 アスタは、あたしがここに戻ってきてもいなかった。だから、紅茶を淹れられるのは――あの笑うメイドさんか……。


「あはは……なんか行くのめんどくなってきたなぁ」


 今すぐに紅茶を飲みたいけれど、あのメイドさんに会うとなると、気が滅入る。ならばアスタが帰ってきてから淹れてもらったほうがいいのかもしれない(もちろん、アスタにパシらせ……仕事をさせる)。


 そうと決まったら、すぐにでも寝よう!


 思えば、朝から色々なことがあって、もう脳内のキャパシティがピンチなのだ。眠ることでリセットしなければ、次の行動に支障をきたす。


 あたしは綿の少なくなった固いベッドに倒れ込むように身を投げて、目を瞑った。


 眠気に呑まれて、意識が深淵へと落ちて行った。


==========================


「なるちゃん、寝てるのかぁ……」

「んん? ……にゃぁ、起きてるよぉ?」

「あぁ、起しちゃった。ごめんね」


 眠気眼を擦りながら、あたしは半身を起した。視線の先……というか、眼前にアスタの目があった。わー、アスタの目って綺麗ー!


「……ひゃぁぁぁ!?」


 あたしはすぐさまアスタから身体を離した。


「? どうかした?」

「いや……ど、どうかしたじゃないでしょ!? 顔近すぎだって……」


 いつものことながら、アスタの行動の意味が分からない。あ、あんなに顔が近かったら、キ……キス、しちゃうじゃん……。別にアスタを意識してるとか、そんなんじゃないけどね!!


 ま、こんな奇人変態男のことなんて考えるだけ無駄か。

 あたしは跳ね上がった鼓動を押さえるようにため息をついた。

 ……と、いうか。


「……今日、アスタって何してたの?」


 朝、アスタがいなかったので、もしかしたらあの路地裏へ先に行ったのではないか、と思っていたのだが、その予想は外れた。第一、こんな奴の行動を予想しようって言うのが間違いだったのかもしれない。だって奇人だもん。常に何を考えているのか分からない頭をしているのだ。今もにやにや笑っていて、とても気味が悪い……。


 そんなやつと同じ部屋にいられるあたしを褒めてほしい。アスタががんばれば、胃に穴が空いてもおかしくない。それは万人問わず。なんて恐ろしい子!?


 さすが奇人である。無意識下で人にストレスを与えることで攻撃をしてくる。何その超能力……超迷惑。


――って、そんなことどうでもいいって。


「……何してたの?」疑うような視線を向ける。


 アスタは笑いながら頭をかいた。


「いや……ちょっと街までね」


 あぁ、そっか、と、あたしは納得した。というのも、街に行くのは、アスタにはして欲しかった仕事の一つだったからだ。


 その目的は、【世界樹】のことについて調べること。

 国民が、どれほど【世界樹】について知っているのかを知っておきたかった。それを調べることで、ガスタウィルがどれほどの情報を国民に提供しているかが分かると思った。そして、国民がそれを知って【世界樹】についてどれほどの危機感を持っているのかを知りたかった。


 子どもたちがあんな状況になったのは――


 国民の倫理観が足りなかったからでは――


「ナルちゃん、怖い顔しなーい」

「え……?」

「無意識だったんだろうけど、なんか最近、そんな表情多くなったよね? ちょっと休んでみたら?」

「……あんたが言ってること、よく分かんないけど嫌だよ。それに、あたしが休んで【世界樹】を倒すのが遅れるなんてゴメンだからね」


 あたしはベッドから跳び降りた。埃が舞って、それが気管に入ってくる。ごほっ、ごほっ、ゴッホ。


「それに、さっさとこの国からも出たいしね。と、いうわけでアスタ報告」


 急かすように、腰に手を当てて指をさす。あたしの態度を見て、「あ、いつものナルちゃんだ~」とアスタは言った。いつもあたしなのに、おかしな表現するなぁ。


「んじゃ、とりあえず報告かな。うん。俺は街に出て【世界樹】のことについて調べてきたんだ。どれだけの人数がそれについて知っているのか、そしてどれほどの倫理観が備わっているのか。あの路地裏の子どもたちを見る限り、大人共に倫理観なんてものないって思ったけど、まさにその通りだったよ」

「……ふぅん」


 ま、大方予想通りか。


 アスタは続ける。


「具体的に言うと、というか、簡単に言うと、表で商売してる大人共は【世界樹】で商売してたよ」

「商売?」

「うん。【世界樹】のことを知っていた上に、その【世界樹】を利用してた。あの木から落ちてきた葉は食料を包んだり、小さく切って野菜ジュースモドキにしてたよ。栄養あるのかな? あはは。……で、【世界樹】の実は良薬にもなるし、普通に食糧にもなる。むしろ、この国は【世界樹】があってこそ成り立っているのかもしれないね。あれが倒されたら困る人間が……って、その話はやめとこうか」

「……うん。ごめん」


 あたしには困ったように笑うことしかできなかった。

 にしても、【世界樹】は悪魔の木って呼ばれてる割に利用価値あるんだなぁ。もしかすると、【世界樹】に関してはこの国は先進国なのかもしれない。出来たばかりの国だというのに、なんて進歩だろう。


 感心するとともに、不安にもなる。


 そんなことでは、あの悪魔の木に危機感を持つことなんてできるわけがない。だからこその現状か。そこのところ、人間の浅はかな部分と言ったところだろうか。何かを考えているようで、何も考えていない。メリットだけを考えてデメリットは全く考えない。いや、それを考えても後回しにしているのだ。『どうせ、自分じゃなくても誰かが解決してくれるだろう』……さて、それが解決できるのは何年後だろうか。一人の判断が、全てを狂わせる。全く、人間というものはどこまでバカなのだろうか。


 バカだからこそ、あたしも【世界樹】に挑むんだけどね。


「ま、人間の浅はかさを考察してても仕方ないし、ね」

「ん?」

「いや、何でもないよ。それよりも、ほかに国民についてない? 子どもたちのこと、とか」

「……いや、それはないかな。ただ……」

「?」


「この国は、おかしい」


「……そんなこと、分かりきってることじゃ……」

「いや、変人が多いとか、国王がトチってるとか、そんなんじゃないよ」

「言い方があんまりすぎるよ……」


 あたしだって国王をトチってるとか言ってないよ。せめて人間的に終了を迎えた欠陥製品だよ。うん。こっちのほうが酷くなったね。反省はんせーい。これ、絶対反省してない。


 それにしたって、この国がおかしい、それは十分に理解しているつもりだ。

 何というか……雰囲気が。


 何か、どこか、あたしが見えていないところで妙なものが色々と動いたりしているような気がする。一番近くのものが、本当は宿敵だったとか……そんな気味の悪さがある。味方にさえ、背中を任せておけないような、そんな不気味な感じがある。だからこの国に一日でも早く出なければならない。


 でないと、何かに巻き込まれてしまう。


 それが何なのかは分かんないけど、ね。


「……おかしい、か」

「うん。特に何かがおかしいってわけじゃないけど、何かある。国民だって、あの悪魔の木と共存できてる。そんなの普通にありえないことだよ。俺ならさっさと倒してほしい。それが子どものためになるのなら、もっともだね」


 そうだ。

 おかしいと言えば、子どもたちに対しての態度だってそうだ。


「……なんでみんなして子どもたちを傷つけるようなことを……?」

「孤児が多い、って、そういうわけでもなさそうだね。あの子たちは孤児じゃない。ただ、親が責任を放棄しただけ。その結果としてあの路地裏ってとこかな」

「うーん……つまりは」


 ――掃きだめ。


 その言い方はあまりにも酷、かな。


「むぅ……頭痛くなってきたなぁ。とりあえず紅茶でも飲んで落ち着きたい気分」

「あはは、どの口が落ち着くって言ってんのかな?」

「うぅぅぅ……じゃ、さっさとこの話切り上げよっか。というわけで次はあたしの番ね」


 あたしは本棚から分厚い本を取り出してアスタに示した。その表紙には『ガスタウィル皇国~建国物語~』と書いてある。いかにも素人、といった感じの本だった。それにまだ新しい。全然全く皆無として味がない!! これじゃあ鑑定団に出してもそんな額にはならないだろう。なんでも鑑定してくれても、こんなものは鑑定されない(確信)。


 ま、こんな本いらないけど。いや、これからする話にはいるけどね。


「この本、ま、タイトルの通り建国について書かれてたの。その中に、暗号っぽいのが書かれてた」


 あたしは表紙をめくり、そこに書かれた神話の冒頭をアスタに見せた。


「 天上から授かりし七番目の少女

  月の女神、これを産み落とさん

  七番目の少女、地に立つころ

  月の女神は天上に召されたし

  七番目の少女、言葉を失うころ

  吊るされた男、運命を知る女と

  吊るされた男、雷鳴の巨人とともに、

  国を作り、

  神話をここに記す―――。        」

                     


 あたしは全文を読んでため息をついた。本当にこの文章意味分かんない。


「この本の内容も、なんか良く分かんないし。というか、この国特有の文字でもあるのかなっていうくらいに難読なの。ニボシが『暗号』って言ったわけが分かったわ」


 アスタの目が光ったような気がした。いや、きっと気のせいだ。気のせい。そんなんじゃあニボシの名前を出すのも憚られるじゃないか。落ちつけステイ……。

 しかしアスタは。


「あはは。それってナルちゃんがバカなだけで読めないってだけじゃない?」


 あくまで対抗するようだった。ほんと、男ってバカだね。


「はぁ……じゃあ読んでみれば? これ、書いた本人だったら読めるのかなぁ?」


 アスタに本を差し出すと、笑いながら受け取った。それをぱらぱらとめくり、アスタは冷や汗を垂らした。

 そう。

 絶対にアスタにだって読めない。それほどに。


 字が汚い(・  ・  ・  ・)、のだから。


「……ごめん」

「いいよ。そんな反応になるって大体予想できたから」

「あはは、これで以心伝心だ。もはや一心同体?」

「死ね❤」


 アスタは笑いながら本をこちらに寄こした。確かにこの本は『暗号』だ。最初の文が読めたのが奇跡なくらい。いや、待てよ……。


「この字……なんか明らかに違う。っていうか、この字、なんか見たことある」


 あたしは表紙をめくり、冒頭の部分を指でなぞってみる。

 それはいつの日のことだっただろうか。

 思い出せないけれど、この字は確かに見たことがある。


 でも、この世界に来て誰かの字を見た、ということはない。なら、【鳥籠】時代に魔法を作ったか……いや、それなら国名を覚えているはずだ。あたしがこの国に来た時、この国のことなんて全く知らなかった。だから一度も魔法を作ったことはない、ということになるはずなのだが。


 やっぱり引っかかる。


 ――この国はおかしい。


 何かがあるはずなのに、何もない。

 傀儡の平和がそこに横たわっているだけ。


「何なんだろうね、この気味の悪さ。歯がゆさ」


 蝋燭の火が揺れた。火に入る蛾が、鱗粉をまき散らしながら燃えた。


 悲鳴はない。だって話せないのだから。


 七番目の少女は言葉を失ったらしい。さて、それは一体何のことだろうか。その少女は蛾のように苦しんでも叫べないのだろうか。泣けないのだろうか。

 月の女神は天上に召されたらしい。それはどういうことなのだろうか。

 吊るされた男は、今も『吊るされ』続けているのだろうか。

 運命を知る女は、この国の行く末を理解していたのだろうか。

 雷鳴の巨人とは一体―――。


 さっぱり分からない神話の冒頭に、理解不可能な文字の羅列。

 これがこの国の全てなのだとしたら――

 

「……これじゃあ、みんな苦しいよ」


 苦しみの世界で生きていく。だから【世界樹】を倒す。

 悪魔の木を倒して、この国は本当の平和へと向かっていく。


 きっと。


 きっと、このことは突き詰めてはならないことなのだ。それを理解できたのは約1カ月後のことだった。


 その時。


「ナルちゃん!!」


「え……?」


 あたしは罠にはまった。


 具体的に言うなら、『吊るされ』た。



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