表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第二章 ガスタウィル皇国という国
29/60

第二章:21 『星空に照らされた世界』

 星空瞬く森の中、クマさんにもくま〇ンにも出くわすわけでもなく、ただひたすら歩いていた。ひたこらさっさっさのさーっと歩くしかなかった。

 息も絶え絶え。いや、そうなっているのはあたしだけだった。元気だね。子どもって。みんな息一つ切らしてないんだもの。


「はぁ……はぁ……」

「あはは。テープレコーダーに録音しておきたい声だね☆」

「キモい」


 あたしよりも前に立つのはアスタ。その前にはニボシがエルミニを背負って歩いていた。背後は子ども、そのさらに後ろには歌音が歩いていた。この配置だと、国兵が民間人を囲っているという図になる。それどこのリンチ現場? もしくはカツあげ? まあどっちでもいいや。

 にしても疲れた。何度でも言ってやるぞ。疲れた。そして疲れた。さらにもう一声。


「つーかーれーたーッ!!」


「だらしねえぞ、ぼさぼさ」「このくらい疲れの範疇じゃないよ、ぼさりん」「ぼさりん、ぼさりん!!」


「ぼさりんって誰よ。って、そんなことどうでもいいの。それよりもまだ着かないの?」


 エルミニ宅を出発して一時間はたっただろう。それでも着いていないとなると、アスタはどこまで迷子に出かけたんだ。そしてそれをニボシはよく見つけたなぁ。

 と、そこで思い出す。


「………」


 そういえば、ニボシとは喧嘩のようなものをしている真っ最中だなぁ、と。


 歌音とは和解した。それは、誰かを傷つけることをよしとしないあたしのわがままだったが、それでも歌音は必死に考えてくれて、分かってくれて……そして、結論は出ずとも、なんとかこうして一緒に歩いているのだ。

 歌音は変に律義、というか真面目なところがある。

 でなければ、自分に分からないことを必死に考えて、泣いてしまうことなんてないだろう。いまどきの若者は考える前から諦めるというのに、大したものである。これじゃあ、あたしが年寄りみたいなんだけど!?


 歌音は人の気持ちが分からない。自分の感情すらも欠如しているから、当たり前と言ったら当り前かもね。自分がどう考えて、どんな気持ちになるか分からない……それでも考えることを止めなかった。

 自分が当たり前のことをしていても、相手にとってはそれが当り前ではないのかもしれない。暇つぶしに人殺しするやつが、『人間ならそれが当たり前』と言っているようなものだ。それを強要されるこっちの身にもなってほしいよね。まずそんな人間いないけど。


 でも、そんなことが歌音の中で起こっていたのなら。

 歌音にとっては『害悪なもの』……つまり化け物を殺すことは当たり前だった。しかし、あたしにとっては、誰も傷つかないを作りたかったんだ。だから歌音のしたことは、あたしの道理から外れてしまう。

 あたしだって同じことが言える。世界を救うだとか、そんなことが当たり前という人間なんて、じゃあお前は世界救うために何かしているのか、とか聞かれる運命なんだ。あたしはなんもしてないけど。


 故に、人間の概念は他人に強要できるものではない。


 そしてあたしは、それをニボシに対してしてしまったのだ。


 化け物でも、傷つけ、殺すのは間違いだ、と。

 そんなことを強要出来るわけがない。事実、歌音はその考えに囚われて悩んでいたのだ。歌音の脳では、それをきちんと理解することが出来ない。それをあたしは分かってやれなかった。きちんと考えておけば、こうならずにすんだはずなのに、あたしは考えるのを止めていた。それ以上のことを考えなかった。


 だれが何と思うかなんて関係ない。そんなの独裁者じゃん!!


 考えはみんな違う。 

 自分が大切だと思っていることも、自分にとっての感動も、何もかも違う。それが当たり前なんだ。だから、ニボシに謝らないといけない。

 そして、時間だけがすぎるのだ。

 あとで言いにくくなるのは目に見えているのに。ここで何も言わず、ただのろのろと歩き続けることは悪だろうか……?


「……はぁ」


 紅茶が飲みたい。

 その時間は確かな休息を感じることが出来たんだ。それなのに、こんなにも堅苦しいことを延々と考えている。これはエコじゃない。あたしは楽が好きなのに、そうなれずにいるんだ。

 これも、あたしの悪い癖だなぁ。

 難しい話はやめだ。さて、前に進もうか。

 あたしは大きめの石を飛び越えた。

 空の月は雲に覆われていて、辺りはとても暗かった。



 数分後、歩いていた道幅が次第に狭くなっていった。


「……もうすぐだね」


 迷ってたくせに道は覚えてるんだなぁ。じゃあなんで迷ったのよ。

 疑問は浮かぶけれど、それを聞こうとは思わない。だってめんどいもんね。

 とか何とか思っている間にも、一行は狭い道から広い空間へと出た。辺りは暗くて何も見えないが、木の気配はなかった。足元には雑草が生い茂っていた。


「……ここは?」


 ニボシに背負われたまま、エルミニが言った。あたしは同意するように一つ頷く。


「ありゃぁ、暗くなって何も見えないわ。あはは」

「いや、あははじゃなくて……あ!」


 視界の先にぼうっとした光が見えた気がした。気のせいかと思ったが、みんなもそれに気がついたらしく、息を漏らした。

 その光が少しずつ数を増やして目の前を明るく照らす。

 小さな明かりが集まって紡いだ光の天幕は、その下に広がった湖を照らしていた。透明な湖に、魚が泳いでいるのが見受けられた。自由に泳ぐ彼らの鱗が光で煌めいていた。


 その時、雲に覆われた月が顔を出した。


 ワインレッドと黄金色の月で、湖全体がスポットライトに当てられたかのように輝いた。


「うはぁ……」


 湖は相当大きい。視界の限り続く湖の周りは木が無くなり、代わりに粒子状の白砂が海岸のように辺りを埋め尽くしていた。水面には月が映り、魚が作った波紋で揺れ動く。細かな光が魅惑的な雰囲気を醸し出す中、負けじと月の光が森を、湖を照らし続けている様は幻想的だ。自然の美しさを凝縮したような空間が、目の前に横たわっていた。


 こんな風景を見たことがない。


 蠱惑的で誘惑的な光のダンスが、胸の中で幸福感を湧き起こしてくれるような気がした。美しいの一言ではあまりにも物足りないほどの美しさ。きっと、天国というものはこんなところだろう。


「なんか……すごい……」

「……さっき来ても、今こうして目の前にあるように、綺麗だったんだけどね。むしろ今のほうがいいかも」

「これが自然の脅威というものでしょうか」

「……すごい……」

「わぁ……こんなものが見られるなんて、思ってもみませんでしたわ」

「わー!!」「きれー!!」「ぼさりんよりもきれい!!」「ぼさりんよりもね!!」

「あははぁ……あたしよりもきれいなんだぁ」

「ナルちゃん、目が死んでるよ?」


 軽口を叩きつつ、美しい光景に浸っていた。

 自然と笑顔がこぼれてしまう。あたしの横で歌音が笑っているような気がして、安心した。このままいつもの調子に戻ってほしい。やっぱり、歌音は元気な姿じゃなきゃね。

 あたしは歌音に微笑みかけ、そしてニボシの隣に立った。その時、アスタが何か言おうとしていたが無視。


「……ニボシ」


 あたしは声を潜ませながら、ニボシを見つめた。身長差がかなりあるので、ニボシに見下げられる形になり、怖いけれど……あたしは我慢した。


 いつの日か、あたしはアスタに救われた。

 狭い世界から抜け出して、こんな広い世界に出られたのは彼のおかげ。


 いつからか、考えかたが変わった。

 あたしはわがままだけれど、結局は人を救いたかったのかもしれない。


 誰も彼も救って、身勝手な大人共を嘲笑してやろうって、思ったんだ。


「……ゴメンナサイ」


 そして、あたしは歌音と出会った。

 ニボシと出会った。

 エルミニと出会った。

 なんとか王にも出会った。


 運命線上で、決まったことなのかもしれない。でも、出会えたことを感謝するんだ。


 歌音のおかげで、あたしの考えがいつも正しいとは限らないことを知った。

 ニボシのおかげで、アスタの別の一面を見ることが出来た。

 エルミニのおかげで、子どもたちのことを知ることが出来た。


「あたしは……」


 だから、あの日から変わったあたしは、ニボシにはっきりと言うことが出来る。


「……あたしは、ニボシのことも、歌音のこともよく知らなかった」


「え……」


 ニボシの表情を、見ることが出来ない。けれど、きっと驚いているのだろう。


「誤解してた。ニボシも歌音も……化け物を殺すことがいいって思っているんだと思った。いや、実際、そうなんでしょ? 国を守るためなら仕方のないこと。歌音もニボシも、兵士だもんね」


 あたしは笑って、真剣な顔になって、頭を下げた。


「だからゴメンナサイ。酷いことを言ったと思ってる。もっとニボシと歌音の気持ちを分かってあげるべきだった」


 頭を上げた時、あたしはニボシを睨んでいた。

 でも、と続けた言葉……あたしの思い、考えはこれだ。


「でも、あたしは間違ったことを言ったとは思ってない」


「……そうですか」

「うん。だって、あたしが目指したい世界は、こんな争いのある世界じゃないんだもん。みんなを苦しみから解放したい……それがあたしの願いなの。だから、化け物でも殺すことは間違っていると思う。話し合いが出来ないなら、もっとほかに……例えば、睡眠の魔法を使うとか、あると思う」


「でもそれだと、化け物が多くなってしまいます」

「いいじゃん。それでも、あたしたち人間が減っていくなら、その分だけ彼らに生活させてあげましょ? 共存が無理って決めつけるのは、人間の悪い癖だよ。今こうして目の前に広がるものを、みんなで分け合ってみればいいじゃん。独り占めなんてさせない。みんなで笑いあったらいいじゃん」


 あたしは両手を広げて湖を示す。


 細かな光。

 月の光。

 魚の鱗。

 木の葉。

 波紋。


「みんな、違うけれど調和してる。これがあたしの目指す世界かな。こんなに雑多してるのに、綺麗に美しく、みんな輝いてる。この世界がこうなっても、きっとこんな綺麗になってくるはずだよ。だから……」


 瞑目。そして――


「あたしは争いたくない。こんなにも綺麗な世界になるんだったら、兵器も作らない」

「でも、現実には無理です。私欲で満たされればいいんですよ、みんな。争うことで学ぶこともあります。だか

ら私は間違っていないと思っております。争うことも、自分に害悪なものを排除することも」

「そう……」


 これがニボシの考えなんだ。受け入れがたいけれど、ニボシにとってはそれが正しいんだ。


「……ま、それも考えの一つなんでしょう」


 あたしはニボシの目を見た。

 いつの日か、あたしは彼のことをよく知らないと思っていた。でも、単純だった。

 ニボシ・カルシウムという大男は、その巨躯に似合わず真面目で、繊細。自分の考えを信じて、そして目上の人に忠実、真面目に接する。ニボシはとにかく図体とは似合わない性格をしているんだ。

 優しさが満ちているのかもしれない鋭い瞳を見て、あたしは続ける。


「でもあたしの考えは変わんないよ。みんな救いたいんだもん。だから、協力してくれないかな?」


 あたしは右手をニボシに差し伸べる。


「あたしはあなたの考えを否定しないけれど、あたしはあたしの考えが正しいと思って生きるよ。難しくても、絶対にみんなを救う……けれどね、あたし一人じゃ出来ないんだ。だから――」

「ナルティス様は、こんな私を信用してくれるのですか?」

「いいや。信用はしてないよ。でも、必要な人間だとは思ってる」


 賛成ばかりの会議では、何も進展しないのと同じように、あたしの考えを否定する人間が一人は必要なんだ。ニボシや歌音にはそれが出来る。あたしよりもこの世界のことを知ってる彼らなら、あたしの意見から真向に立ち向かってくれるはずだ。

 だから信用なんていらない。

 信用は同志だから。

 同じ志を持っていても仕方ないからね。あたしだって彼らの考えを受け入れることなんてできないもん。だから同志にはなれない。

 ニボシは考えるように、(あご)に手をやった。


 すると、歌音が後ろから抱きついてきた。


「ぬわっ!」

「……私……可愛い子の……味方……」


 歌音の耳元で響く。歌音の白くて細い腕が首を抱いている。耳に当たる歌音の息か温かくてこそばゆい。


「……私……ニボシの……言うことも……可愛い子の……言うことも……よく、分かん……ないから……だから……可愛い子の……味方……ニボシの……味方……みんなの……味方……」


 ぎゅっと、大切なものを抱きしめるように、腕に力が入った。


「……歌音は、あれだね」


 歌音は敵ではなく、味方でもない。中間でみんなの調和を保つことが出来るんだ。

 歌音はあたしの気持ちが分からないと泣いた。もどかしい気持ちに駆られて、誰よりも純粋な彼女は、情けないほどに泣いていた。

 だからこそ、彼女は誰よりもその間に入っていられる。

 中和剤のように、相反するものを、歌音ならどちらも受け入れられるのだ。


「……歌音が、この中で一番優しいんだね」


 あたしが呟いた言葉に、ニボシは頷いた。


「ええ。……じゃあ、歌音が言うことならみんな正しいのでしょう」


 そう言って、あたしの手を取った。その手はとても大きくて、温かい。


「私も、あなたに協力しましょう。みんなが幸せになる世界……そんなこと無理だと思いますが」

「ふふっ。そう言っても、あたしがやることは変わんないよ」


 あたしは、ニボシの手を強く握って笑った。


 その時――


「あ! 流れ星だ!!」


 子どもの声がして、空を見上げた。

 星が瞬く暗闇に、一筋の光が落ちては消えていく。それが空全体で起こっていた。

 流星群だ。


「うはぁ……」


 一同が息を吐く。

 子どもたちが願い事をして、はしゃいでいる。

 なら、あたしも願うことにする。



「どうか―――争わない世界に……」




=========================


 帰り道。


 あたしはアスタと歌音、子どもたちと一緒に山を下りていた。

 ニボシとエルミニはあのボロ家に戻ることにしたので、彼らの姿はここにはない。


 やがて山道は終わり、平坦な道へと出た。

 辺りは家や街灯の光に照らされていた。店には誰もいない。昼間にあった喧騒も、今は風の音しか聞こえてこない。


 あたしよりも前に歩く子どもたち。

 子どもたちはいいものを見られた喜びから、笑顔ではしゃいでいた。けれど、中には大人しくしている子もいる。まぁ、こんな夜遅くなら仕方ないか。

 子どもたちを追いかけるように歩いていると、大通りに出る。そこを真っすぐ西に行けば城なのだが、子どもたちはどこへ行くのだろうか。

 とりあえず西に曲がって暫く歩くと、


「ぼさりん、ぼさりん!!」

「ぼさりんって呼ばないで。……なに?」


 子どもたちは急に静かになって、互いを見合わせている。なにか言おうとしていることを呑みこんでいるようでもあった。

 少しして、子どもたちは別れの言葉を告げた。

「僕たち、こっちだから」「ばいばい、ぼさりん……」「またね・・…」

 そう言って男の子が差したのは裏路地だ。今の時間帯からして危ないのでは……?

 そんな心配を気にせず、子どもたちは手を振って足早に裏路地を走り始めた。


「ちょっと! 待って!」


 あたしが呼び止めるが、子どもたちは足をゆるめるつもりはないらしい。あたしたちは子どもたちを追うように、走り始めた。

 そして見つけてしまった。


「……え」


 裏路地の先。

 何もない、ゴミで埋めつくされた空間に。


「……」



 子どもたちは生活していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ