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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第二章 ガスタウィル皇国という国
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第二章:20 『【ナツメグサ】の花言葉』

 コツ、コツ。


 一人歩く廊下は異様なほどに静かだった。

 空には星が瞬き、遠くの喧騒も聞こえない。動物の気配もないのでとても不気味だ。しかし、そんな城はもう慣れた。


「……」


 ガスタウィルにとっては、この王城こそが自分のいるべき場所だったからだ。

 彼がこのガスタウィル皇国を建国してから七年ほどだろうか。とある国から抜け出し、この土地を見つけ、そして国を立ち上げた。最初は人こそ少なかったが、いまはそれなりに増えている。他国との貿易の成果が向上したからだろうか。しかし、こんな国をよしとしない国ももちろんある。


「……さて、あの惨めな国が、いつここへ攻めてくるだろうか。いや、そんなことを考えても仕方ないのは目に見えてる」


 なぜなら、この国は完全に見離されたのだから。

 【世界樹】が見つかってからこの国に対する風当たりが強くなったような気がする。国間の連絡が途絶え、辺りの様子が全く分からないし、【世界樹】に関係する資料も開示されなくなった。現在進行形で信用が失われ、徐々に貿易も少なくなってきている。今は自給自足できるほどの土地があるから大丈夫だが、それもいつまでもつのか分からない。ああ、もどかしいもどかしい。


 それは気のせいだったかもしれないが、なにもかもうまくいかなくて、焦燥に駆られる毎日が続いていたのは事実だった。

 彼は嘆息し、真っ暗な廊下をまっすぐ進んだ。その先にある王室を目指して。


 頭の中で考えるは国民のことだ。

 国の指針がどうなったとしても、彼ら彼女らは守らなければならない。みんな、生きなければならない。こんなつまらない国同士の(いさか)いで、苦しむ人間が増えることだけは防がないといけなかった。今この瞬間にも、自分の知らないところでもがき苦しみ、死にゆく者がいると考えると、怖気と吐き気がして止まらなかった。誰か、この苦しみを吐き出して楽に出来る方法を知らないか?


 苦しみは自分だけのものであり、他人に共有、強要するものではないので、他人にそんなことを聞くこと自体が間違っていることは重々承知だった。でも、苦しいのだ。


 自分も。


 国民も。


 子供も。


 苦しみこそが生きている証拠だ、とか言う人間はいるが、苦しいには苦しい。それに、それが他人も同じだということが許せなかった。悔しかった。


 彼は”王”という肩書きこそあったが、しかしそれだけなんだ。どれだけ地位が向上しても、人間と言う事実は変わらない。苦しみが嫌いで、楽を(むさぼ)って生きようとする横着者。彼もその一人に違いなかった。王なんて地位が、一体何の権利がある?


 誰かを幸せにする力は、彼にはない。

 誰かを救う能力は、誰にもない。

 誰かの運命を助ける権利は、王にはない。


 さて、じゃあどうやって国民を苦しみから解放させられるだろうか。


 ガスタウィルはようやくたどり着いた部屋の扉の前で、黙考する。


 ヒントは【世界樹】。あれがあったせいで、この世界は、この国は滅茶苦茶になってしまった。誰も助けてくれないし、自分は傍観することしかできない。国を変えるのは王ではなく、国民のほうだと、彼は知っていたから。国民が何かを変えよう変えようとしてくれなければ、一生、この苦しい状況は変わらない。


 なのに、うまく働いてくれないゴミ共もいる。


 そんな奴らは、この世界に絶望したのだ。もう救われない未来があるから、諦めた。大体、【世界樹】なんてものは、あと数十年、数百年しなければ世界を滅ぼさないのだ。だから、今諦めても、来世には何とかなっているかもしれない。それを知っている者共が、諦めるのだ。


――【世界樹】なんて倒せない。


 それは、あのざんばら髪の魔法技術士(ウィザードリィ)の少女も知っていたことだった。

 【鳥籠】に閉じ込められていた過去を持っていたにもかかわらず、【世界樹】のことをしっかり理解していた……。


「あれ? なんだかそれも妙な話だな」


 しかし、彼は彼女――ナルティスの過ごしてきた過去を知らない。だからなんとも言えなかった。それも仕方ないことか。


 要は、彼女が【世界樹】を倒してくれるかどうかである。生きている間にあの悪魔の木が倒されれば、国民は助かるのだ。だから、彼女には一刻も早く決断してほしい。


 ……エゴだ。


 彼は首を振って思考を正した。

 そうじゃない。彼女に国の命運を託そうとして、自分は楽をしようとしているだけなのではないか? 国を救いたいあまりに、周りを見ていないのではないか?

 しっかり見れば見えてくる答えも、今は見えていなかったのかもしれない。でも、あれだけは倒して欲しいのだ。たとえ、この身が地に帰ろうとも。この身が、消えてしまっても。


 過去に犯した『罪』だって、報いていないのだ。だからせめて……彼女(、、)の思いだけは完遂しなければならないのだ。


 ここで言う『彼女』は、もちろんナルティスのことではない。その話はまた今度することとして。


 彼は一度考えることを中断させると、目の前の大きな扉を開いた。

 重々しい、雷鳴のような音を立てて開いた先には、あちこちが金箔で貼られた豪華な空間だった。ソファーや机、ベッドも金箔。天井には大きなシャンデリアがさげられ、蝋燭が煌々と灯っていた。外は暗いが、この部屋は金箔に反射した蝋燭(ろうそく)の光でとても明るい。広さはあまりないが、彼はどちらかと言うと狭いほうが好きだったので、この部屋が居心地がいいのである。


 彼はイスに腰掛けた。よく映画や漫画で見られる、肘置きの着いた金と赤のイスだ。というか王座だ。

 彼は一つ嘆息すると、天井を見上げて再び思考を戻した。


 彼には必要だった。

 『ナルティス・ミリン』という天才の力が。彼女ならきっと、【世界樹】を倒せると見込んだ。だから、多少強引な手を使ってでも彼女をここまで連れてくる必要があった。国民のために払わなければならない犠牲もあるのだ。

 そして、彼女はこの国に来た。しかし、それだけじゃ意味がない。魔法を作ってもらわなければ、魔法技術士(ウィザードリィ)なんて意味がない。寿司にネタがないも同然なのである。


 今彼女は、ニボシと歌音と、彼女の世話役のアスタと一緒に街へ出ているはずだ。一応、護衛として就かせた二人だが、一体この時間まで何をしているのであろうか。また歌音がいらないことをしたのではないか、という心配もなくはないけれど、彼女の心配をするほど、暇ではない。


 彼は机に広がったさまざまな資料を漁った。王としての仕事はまだ始まったばかりだった。


 ナルティス・ミリン。

 【世界樹】

 国民たち。

 王。

 『罪』

 

そして―――


「……伝説」


 それはニボシが言っていたこと。

  月の女神は7番目の少女を連れ。

  吊るされた男は【世界樹】に。

  吊るされた男は7番目の少女を預かり。

  月の女神は天上へ召される。

                            』

「俺たちが作った、勝手な物語」


 そして真実の物語でもあった。

 それを描き残したかった。そして、それは消そうとも消えない物語へと変貌して、化け物になって彼の心を喰らった。

 彼は縛られてしまった。王と言う肩書きにも、国民という重荷にも。


 だから、突如響いた声は幻聴かと思った。


「やはりルルーベント・ガスタウィル卿にはまだ早かったようですね」

「!?」


 彼はゆっくりと扉へ振り返った。

 しかし、そこには暗闇があるだけで、誰もいなかった。というより、この部屋には彼以外の人間は誰もいなかった。辺りを見渡しても、なんの気配もない。


 しかし、声は続く。

 その声は少年の声だ。


「残念ですが、あなたが知るには早すぎた。【世界樹】のことも、そして伝説のことも」

「誰だ!? この部屋が、王室だと知っての狼藉か!!」


 しかし、少年は笑った。


「はは。何を言っているんだ、ルルーベント・ガスタウィル卿。意味の分からない奇声を発する前に、自身の危機を理解したほうがいい。いや、君は傀儡(かいらい)だったかな? だから安全?」

「五月蠅い! 貴様がこの国のなにを知っている!?」


 語気を荒げ、脅すように言うも、少年に反省の色は見られない。

 むしろ楽しそうだ。


「まあまあ、そんなに慌てなくともいいよ。傀儡だろうが何だろうが、決まった運命の軌道には乗るのが定石だぞ?」

「俺は傀儡の王なんかじゃない。列記(れっき)とした……このガスタウィル皇国の王だ!!」


 事実、この国の名前は『ガスタウィル皇国』なのだ。彼が王でなければ、誰が王だというのだ。

 しかし、少年は考えるように呟いていた。


「ふむ……これがルルーベント・ガスタウィル卿か。やはりベンド卿とは違うのだな」

「? 何を言っている。第一、『ベンド』って誰だ!?」


 全く分からない話の展開についていけない。少年なのに、自分よりもいろんなことを知っているようで……とても気持ちが悪い。気持ち悪い。気持ち……悪い。


 この国を作ったのは間違いなく自分なのに、それ以上にこの国のことを知られている……それどころか、自分の気持ちも、思いも願いも過去も罪も何もかも……この少年に知られているのではないか……?

 そう考えるだけで怖気がした。

 間違ったことは何もしてない。何もしてない。


 なのに……なぜだ?

 何かいけないことを、えぐられている気分だ。


 少年は笑う。

 あざけ笑う。


「あはははははははは!! その顔を見たかったんだ! てめぇのことを何もしらねぇクソガキが、偉そうにしてたくせに一気に叩き落とされる……その絶望と不安に満ちた顔を見たかったんだ! ああ、本当にここにきてよかったよ、リール(、、、)


「リール……誰だ?」


 しかし、少年は答えてくれない。


「リール……リール……ああ、愛しのリール……今すぐにでも君を助けたいけれど、もう少し待っていてくれよな」


 その声は酷く哀しげだった。

 しかし次のセリフは一変して、楽しそうだった。


「さて、本題と行こうか。と言っても、忠告だけどね」

「?」


 少年は声を低くした。


「【世界樹】に手を触れるな。てめぇが出来ることなんざ、何もねぇんだからよぉ。蹲ってピーピー喚いてろ、ガキが。そしたら世界は勝手に救われっから」


「………………」


 何も言い返せないほどに、威圧感があった。姿こそ見えないが、自分よりも下のはずなのに……こんな侮辱的なことを言われているのに、彼は何も言い返せなかった。

 彼はあまりにも無知すぎた。


 いや、

 絶対知っているという自負があるからこそ、自分の知らない部分があることに、恐怖していただけだ。

 小鹿のように、怯えているだけなんだ。


 でも……


「それは、あまりにも悔しすぎるよなぁ……」

「は?」


 虚空をにらむ。

 そこに少年がいるわけもないが、それでも。

 強く――

 強く――

 国民を思う気持ちは、俺のほうが上なんだ、と。

 彼は、

 俺は、


 〇〇を、睨みつけた。


「国民を思って、何が悪い。人を思って、何が悪い。みんなを救うためには【世界樹】を倒さなければならない……それは分かりきっていることだろうが」


 拳を強く、握る。


「俺は救いたい民を、救うだけだ。正体不明な意味分からんやつの言うことに、いちいち構っている暇はないんだよ!!」


 叫んだが、少年は笑う。


「はは。そんなとこが、世界を陥れるんだ。それすらも分かっていないとは、ね」

「分かってないなら、知るまでだ。さぁ、知っていることを洗いざらい話せ。そしたら許してやる」

「何を言っているんだ? お前、今の状況見えてるのか?」


 そんなの、言われなくとも分かってるよ。

 だからこうして笑うしかねえんだよ。

 

「ああ、確かに、俺が不利なんだろうな。お前の姿が見えないし、お前の正体も知らない。それに、お前以上に、何も知らない。俺は無知だ。何もできない役立たずだ。そんなのが王様やってても笑われるだけだろうが、それでも俺は王だ。もちろん、傀儡とか、そんな偽物なんかじゃない。列記とした王だ」


 王なら。

 王なら。


 国民を救うなんて、当たり前だろうがっ!!


「俺は救う。だから知っていることを全部よこせ! お前みたいなわけ分からねぇ奴とは違えんだよ、俺は」

「………………」


 少年は何も言わない。


「傍観者気取ってる神に俺の国民が傷つけられるなんて、看過できねえんだよ!」


 そして、少年は。


「……何だそれ、つまんね」


 と、呟いた。

 本当につまらなそうにして、部屋を立ち去る気配を見せた。姿が見えないので、本当に気配だけだったけれど、なんとなく分かる。


 その背中に、再度問いかける。


「待て。お前の名前だけでも教えろ。それが礼儀と言う奴じゃないのか?」


 少年は、だるそうにため息を吐いた。


「……フォリオス。フォリオス×テルグマスだ。……いや、こういったほうがピンと来るかな?」


 一呼吸置き、



「――――【ナツメグサ】」


「ッ!!?」


 最後に、少年はふっと笑って立ち去った。

 誰もいなくなった部屋で、彼は立ちつくす。


「……【ナツメグサ】」


 ナツメグサの花言葉をご存じだろうか。


 その花言葉は、『信頼、あなたを思って』

 

 そして……。


「……復讐」


 彼は(うずくま)るようにしゃがみこんだ。

 【ナツメグサ】という単語が頭から離れない。

 

 ぐるぐると回って回って回って回って回ッて回ってまわってマワッテ回っテ………まわってぐるぐると――


「くそっ……厄介な奴に目を付けられた……」


 後悔するように(うな)った。




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