第二章:18 『魔法を作ろう!~人間平和(笑)編~』
人を傷つけつことはとても簡単で。
むしろ守るほうが難しい。
とても勇気のいることだし、見返りを求められるのではないか、と信用されないこともある。そんなことを考えてしまうと、人は親切でも動けなくなる。って、それは人間不信の考え方なのかもしれにけれど。
要するに、あたしには彼女を救えない。
「……この足、生まれつきですけれど、動かないの」
「……それを知ってて、ここに閉じ込められているの?」
エルミニは頷いた。
やっぱり、意図的に閉じ込められたんだ。エルミニが逃げられないことを知っていて、それで閉じ込めているんだ。それをしているのは……。
「……ガスタウィルめ」
「? ミーちゃん?」
「いや、何でもないよ?」
偽物の笑顔を浮かべると、あたしの呻きに気づいていない様子のエルミニは笑った。あぁ、眩しい。まるであたしの淀んだ心を浄化してくれるようだ……悪かったわね、淀んでて!
エルミニは歌音を見ながら続ける。
「昔はこんなところに住んでいなかったのですけれどね。どうも、足が不自由な人間が王族にいるということでは、体裁が保てないとか何とか……そんな理由で、わたくしは王城を追い出されました。もちろん、最初は嫌で嫌で仕方なかったのですけれど……もう慣れました」
「エルミニ……」
エルミニは疲れたように、無理やりに笑っていた。
それはまるで数日前の自分を見ているようで、とても嫌だった。
「……」
「あ、そんな心配しなくても、わたくしは大丈夫ですよ? ……いえ、やっぱりもう無理かもしれないですね」
「そうよ。無理して自分を偽ることなんてない。あたしだって同じようなものだったもの」
あたしは数日前まで続いていた悪夢を思い出し、吐きそうになる気持ち悪さに、唇をかんだ。それでもこの気持ち悪さは払拭できない。それもそうか。だって、
悪夢は、つい最近終わったにすぎないのだから。
「ミーちゃんも……閉じ込められていたことがあるのですか?」
「え……エルミニは知らないの?」
てっきり知っているとばかり思っていた。あたしがこの国に来ていることを知っていたから、【鳥籠】での出来事も知っているのかと思っていたけど……。
もしくは、伝えられなかった……いや、それはない。あたしたちが来ていることを知っていたなら、そこで伝えることだってできたはずだ。もしかすると、あたしが魔法技術士だということも知らないかもしれない。
ま、それならそれでいいんだ。知らなくていい過去と、知ってほしい過去は、なにも紙一重というわけではないんだ。
――だから。
「ミーちゃんのこと、知りたいです」
――どうしよう、と思った……。
「ええと……聞いてもきっとつまらないと思うよ?」
「それでもいいんです。いえ。せっかく同じ境遇の人に出会ったんですもの。なら、聞いておくべきです。そして、みんなを救うんです」
エルミニが言ったことは、偶然にもあたしの目標と似ていた。
要するに、『同じ境遇の人々を救う』。
エゴでしかないけれど、それがあたしやエルミニの気持ち。それが偽りなのか真実なのかは分からないけれど、それでも自分以外の人間が無意味に無闇に不幸になるのだけは嫌なんだ。
「エゴでも……いいんだよね」
「いいんですよ。自分に嘘を吐いてばかりだと、本当の自分を見失いますから。周りからはどう思われてもいいんです。自分の意思を確立させて、正直に生きるのです」
そうして夢は叶えられる、とエルミニ。
あたしは頷いた。
「そうだね。嘘をついても意味ないし、生きるのがつまらなくなるだけだしね。とか言って、嘘を吐くのが下手なだけなんだけどね」
自嘲するように笑う。事実、あたしは嘘が苦手だ。だから。
「だからこそ、エゴでもいいから助けるんだ」
自分を再確認するように天井を見上げた。
そして話し始める――過去……。
「……あたし、でっかい【鳥籠】に閉じ込められてたの」
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「……というわけで、あたしは今ここにいるの。どう? つまらなかったでしょ?」
「いえ。……なんだか絶句です」
「それ、どういう意味……?」
エルミニの言い回しが可笑しくて、あたしたちは笑いあった。
過去のことなんて、どうでもいい。あんな暗いもの、どうだっていい。語るにはあまりにも妙だし、こんなことを誇張したくもない。誇らしくもないしね。
でも、あんなつまらない過去があったからこそ、今の自分がある。誰かを救うために、【鳥籠】から逃げ出した、あたしがある。だから、一概に『いらないもの』として認定することはできない。きっと、どんな暗くて辛い過去だって、後々には大切なものになってくるだろうから。
あたしにはあの過去が必要だった。
そして、エルミニにも、現在が必要なんだ。
「……なら、ミーちゃんは、わたくしをここから連れ出してくれるのかしら?」
あたしは思案する。
足が動かないから、王城を追われた少女。
今更、王城に戻すわけにもいかないし……解決の糸口は、一つもな――
「……あ、あったわ」
でも、そんなことはほぼ確実に不可能。だから、無理だと言おうとした。
しかし、エルミニは目を輝かせていた。ま、眩しすぎる!
「ど……どうするのですか!?」
「現王様、追放」
「ゴメンナサイ……。聞いたわたくしが悪かったですわ」
「うん。その台詞は十分失礼に値するけどね」
苦笑して、歌音を撫でる。幸せそうに眠る歌音を見ていると、世界は平和だなぁ、と思えてくる。いや、少なくともこの瞬間瞬間だけは幸せなんだ。
笑えば幸せ。
嬉しければ幸せ。
争わなければ幸せ。
眠る時間は誰にも訪れる幸福の刻。それを堪能できる怠惰な時間はとても幸せだ。
その時間を多く作るんだ。
争いなんて無くなってしまえば、みんな笑いあえるし、幸せになる時間だって増える。【世界樹】を倒すことが争わなくて済む方法なのだとしたら、あたしはなにがなんでも、どれだけ無理だ無駄だと言われようとも、あれを倒さなければならない。
「じゃ、その前のデモンストレーションってことで」
あたしは呟くように言って、立ちあがった。立って背筋を伸ばすと、今度はエルミニを見た。
「エルミニ、この部屋に紙と書くものない?」
「あ、そこの机の引き出しに……でも何で?」
怪訝そうにエルミニが指をさしたのは部屋の隅にある出っ張りだった。けれど、どこから机でどこから壁なのか分からないほどに、苔が生えていた。なので視認するのは難しい。
あたしは部屋の隅に移動して、机と思しきものに触れた。真緑に汚染された机は腐食は激しいものの、使えないほどでもなかった。苔を払って、机であることを確認する。
あたしはエルミニに言われた通り、引き出しを探って引いてみた。苔やらツタやらが絡まっていて、引きにくかったが、それでも思いっきり引いてみると、中に鉛筆とメモ帳のようなものが入っていた。どちらもボロボロに風化してしまっている。
それを手に持って、あたしはよしっ、と小さく言った。
「ちょっと、待っててね。すぐに作るから」
「え……何をです?」
「魔法」
一言で済ませて、ボロボロのイスに座った。メモ帳に魔法陣を描いていく。
円を五つほど重ねたような形の魔法陣。そこに言葉を書き連ねる。詠唱代わりの言葉。それをあたしは創作、演出していく。魔法陣を描くのは大体五分ほどで済んだ。
――風が、あたしを中心に舞った。
次は魔力種の生成。今回は太陽光が触媒になる。太陽光を魔力化して、それを実体化すると、光の球として三次元に現れた。黄色い光の球を、ひとまず置いて、次の工程へ。
――光が、あたしを照らした。
魔法式の計算。魔法陣と魔力種に与えられた数字を読み解き、それを計算する。複雑な計算なので、これが一番面倒で、そして、あたしはこの工程が一番好きだった。面倒なことが嫌いな割に、計算はどうも好きだった。公式を覚えれば出来るから、すっごく簡単だしね。あ、ここが楽なんだ。
――数字が、宙に浮かびあがった。
さて、次は全部を魔法陣に入れるのだけれど、ここが疲れる。
魔力種をもう一度、魔力化、数字化して、魔法陣に書き込む。
魔法式を、魔法陣の外に書き込む。それだけで紙の白い部分は無くなってしまう。
巻物なら、これを白い部分全部に書き込むのだが、何せメモ帳は小さいので、そうはいかない。だから、魔法式を少なくして、簡略化。
――全てが、魔法陣に吸い取られた……。
そうして、魔法は完成する。
「ふぃぃ……あぁ~、久しぶりだからつっかれたぁ」
あたしはだらしなく、身体を伸ばした。ぱきぱきと、心地よい音が鳴って、やがて倦怠感が訪れる。
魔法を作るのは本当に疲れる。
魔法陣一つにしても、魔法にあった形を創作して描かなければならないし。
魔力種を作るにしても、魔力化させるのは集中力がいる。
魔法式を計算するにしても、それなりにややこしいし。
全部を魔法陣に入れるにしても、相当の集中力と魔力コントロールを強いられる。
こんなものを、よく作ってきたな、と我ながら感心するほどに疲れた。もう、魂がサヨナラグッバーイってなってしまいそう。ああ、早く寝たい……。
「ミーちゃん……一体、何をしたの?」
「あー……」
おそらく、魔法を作っているところを見るのが初めてだったのだろう。驚きを隠せないでいるエルミニは、ちょっと怯えているようにも見えた。
魔法を作ることは慣れていたけれど、初めて見るとその反応はこんなものなのかなぁ。うん。新発見。
「……ちょっと、魔法をね」
「じゃあ、ミーちゃんは……魔法技術士なの!? すごい!」
「いやぁ、それほどでもぉ❤」
照れちゃうじゃん! そんなことを堂々と言われたらさ! ま、まあ、悪い気はしないからいいけどね! うふぇふぇのふぇ~。
「……じゃあ、早速見せちゃおうかな!」
そう言って、あたしは魔法を高く掲げ、
「光命よ! 太陽に負けるな!」
床に叩きつけた。
すると――。
「……うわぁ」
現れたのは光の球。
部屋中に舞っているキノコの胞子が、光を反射させて幻想的に輝く。薄暗かった部屋が、次第に光の幻想に包
まれているようでもあった。無数に散らばった光の球は、ダイヤの軌跡を描いて、消えてしまうが、それすらもどこか幻想的。
――そう、その光は……
「……外の……光……」
「そうだよ。さっき、街にいるときに解析して作ってみたの。ま、あれの本質とは全然違うけどね」
たとえ、本質が違っていても、思い出して欲しかったんだ。
多分、エルミニには、長年見られなかった街の風景を。
「すごい……すごいわミーちゃん! 街が……街が見える!」
興奮したように、部屋中に現れた無数の光の球を見渡す。
「もう、見えないと思ってた。みんなの笑顔が。ちょっとうるさいけれど、確かな幸せに囲まれた家族の姿が! 何かを売り歩く商人……国民の平和を守る兵士たち、その兵士たちの武器を作っているおじさん……みんな、汗を流して、必死に生きてる!
誰も一人じゃない……みんな幸せなの!
誰かのそばには、誰かが……知らない人でも、誰かがいて、笑顔で挨拶をする……泣いている子どもがいれば、周りの人たちが心配そうに声をかけてる……みんな、一人じゃない。みんな、平等に幸せに生きてる!
あぁ……なんて素晴らしいの!? こんなもの……もう見えないって思ってたのに」
「でも、今見てるよ。そして、きっといつか、本当の笑顔を見るの。エルミニがここから出て、それでみんなをみるの」
「……うん」
いつの間にか、涙声になっていた。震える声で、エルミニは続ける。
「……ありがとう、ミーちゃん……うれしい。うれしいよぉ……」
「あたしも、喜んでくれて、本当にうれしい」
……あぁ、そういうことだったのか。
「こういうことだったんだね。リール……」
人を幸せにする魔法を作れ……彼女が言っていたことは、こういうことだったんだ。
あたしは彼女の台詞を胸にしまい込んだ。リールのことを知っているのは、あたしだけだろうけれど、いや、あたししか知らないからこそ、彼女の言葉はあたしだけのものなんだ。
みんなを幸せにするのは、あたしの役割。
神様というものがいるのなら、あたしに与えた役割は、きっとそれなんだ。不覚にも天才と呼ばれたあたしに、誰をも幸せにする魔法を作るってことを与えたんだ。だから、あたしはそんな魔法を一つでも多く作るんだ。そのことを、リールが知っていたんだ。
もう、誰も悲しまない世界へ――
もう、誰も傷つかない世界へ――
夢物語だって? あはは、でも、夢を見るのはいいじゃん。それを叶えられたならばなおいい。
あたしにはその力があるんだ。みんなを幸せにする魔法を作ることができる力が……なら作ろう。【世界樹】もその一つなら、あたしはもう兵器なんて作らず、みんなの笑顔を作るんだ。
目を閉じる。
次に目を開けた時には、あたしの意思は固まっている。
風が、部屋の穴を通って髪を靡かせた。歌音はまだ起きない。
世界を救う……そんなことはずっと前から言っているけれど、でもそれは、自分の意思がまだそこにあるということ。それを確認するために、あたしは何度だって、世界救出を叫ぼう。
誰もが無理だと言った。
誰もが諦めてしまった。
誰もが自己を採点した。
そして気づくのだ。
己の無力さ、無謀さに。絶望的なまでの現実を知ってしまい、やがて諦めてしまう。それでもやり続けたやつこそが、夢をかなえられる。そう、あたしは信じてる。
だから、諦めず、魔法を作るんだ。
誰も彼をも幸せにして見せる……そう、あたしが覚悟して、目をあけると。
ゴォォォォォォォォォォンッ!!
落雷のような音が、真上で鳴った。
「何っ!?」
「さぁ……分からないですけれど、とても嫌な感じはします」
エルミニの意見に、賛成だった。けれど、今の状況では、動くことが出来ない。
歌音は眠っている。
エルミニは足が動かせない。
唯一動けるあたし一人では、二人のことを守ってやれない。
それよりも、今は状況調査が先だ。
あたしは一旦外に出るために駆けた。




