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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第二章 ガスタウィル皇国という国
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第二章:17 『歌音という少女』

――自分の落ち度を自覚していない人間というのは、時に恐ろしいものである。

 

 知らずの間に、誰かを傷つけることもある。

 自覚していないからこそ誰を問うまでもなく、誰でも傷つけてしまう。


 それは、今の歌音(かおん)のように。

 彼女が傷ついているのを、あたしは気づくことが出来なかった。いや、ちゃんと歌音は信号を発信していたのに、それにあたしが気づかなかっただけ……度外視して、見ようとしなかったせい。


「……可愛い子……さっき……怖かった……」


 あたしには、そう言われる覚えがなかった。


 まず、さっきとはいつのことだろう。

 さっき、というのは実に曖昧な表現である。一瞬前か、一分前か、数時間前か……選択肢が減らない代わりに増えてしまうのが、さっき、という単位なのだ。故に、さっきという単語は間違っている。

 話がずれました。さ、戻して。


「……」


 あたしは思い出す。

 歌音がしゃべらなくなった直前にあったことを思い出す。


 あたしたちは、三つ目に片手のは熊の手、もう一方には触手といった化け物に襲われた。そこで歌音とニボシは化け物たちを皆殺し。無力なあたしとアスタを守った。

 しかし、それと同時に、多くの命が奪われたことになる。

 そのことに(いきどお)りを覚えたあたしは、ニボシと言い争いのようなものになってしまった――。

 以上が先ほどあったことの概要である。


 そしてその時から歌音はしゃべらなくなってしまった。化け物に襲われたところから、たった一言すらも発しないまま、山を登っていた。

 今の今まで、そんな状態だった歌音が、なんで今になって話始めたのか……そして、歌音の第一声の意味は……?


「……可愛い子……ニボシと……喧嘩、し……てた……」

「……うん」


 何を言っているのか分からないという風を装っていたあたしを見かねてか、歌音は平坦な声で言った。

 本当に喧嘩になっていたかはともかくとして、確かにあたしはニボシに酷いことを言ったかもしれない。それも最後に『クズヤロー』と言うほどに。でもあたしは、間違ったことなんてたったの一つも言ってないもん。それには自信ある……でも、なんで? そんなことを、何で歌音が気にしているんだろう……。


 歌音の様子に疑問を持っていたのは、エルミニも同じだった。


「……歌音? その……あったこと全部言ってくれないかしら? ほら、いつも言っているでしょ? 悩みは話さないと分からないって」


 母親のように説いたエルミニ。彼女を一瞥すると、歌音は悲しそうに(うつむ)いた。表情が読めない……いつも無表情だし、それに俯いてしまえば、もちろんその顔を見ることはできない。エルミニが言ったように、歌音の場合は言ってくれないと何もできないのだ。だから……


「歌音。何でも言って? あたし……よっぽどのことじゃないと怒んないから」

 「……そう、じゃない……」

「? どういうこと?」

 「……これは、私の……こと……私が……バカだから……」

「いや、そう卑下(ひげ)にならなくても……」


 歌音は首を振った。


 「……違う……本当に……私が……バカだから……」


 歌音がこちらを見て。


 「……可愛い子……言ってること……分からなかった……」

「言ってることって……?」

 「……ニボシに……話したこと……」

 

 ニボシに言ったこと……それって、


「……化け物だったとしても、傷つけるのは間違っているって言ったあれ?」


 歌音は静かに(うなず)いた。

 でも、どういう意味か分からないって……何でだろう。誰かを傷つけることは、どう弁明しても間違っているんじゃないの? あたしが言ったことのどこが間違いだって言うの?

 歌音が目を伏せて話し始める。


 「……私……分からなかった……私、ばか……だから……分からなかった……可愛い子……の、気持ち……分からなかった……私……バカだから……ちゃんと……理解しなくちゃ……いけないこと……だったのに……分からなかった……バカだから……可愛い子……好きなのに……理解できなかった……私……バカだから……」


「……でも、あたしは間違っていない……」


 そこだけは譲るわけにはいかない。たとえ、歌音が理解しなくとも。


 「……分かってる……けど……分からないの……」

「……つまり、ナルティス様がニボシに言ったことを、歌音は分かっていない、理解できないってことでいいかしら?」

 「……うん」


 あたしには、理解されないことのほうが意味分かんないよ……どうして、分かってくれないの? だって、傷つけるのは間違いだよ。そんなこと、人種がどうであれ、大人だろうが子供だろうが、ましては動物であろうが植物であろうか、絶対に、間違ってるよ!

 あたしは叫びたい衝動に駆られたが、歌音を見た瞬間、なにもできなくなった。


「……え……」


 歌音の目に、涙が溜まっていた。無表情で、感情の起伏(きふく)があまりない歌音が、涙を流していた。顔は張り付いたような無表情だったが、それでも。


 「……私……分からない……だって……ずっと……殺してきたから……ガスタウィル様の……命令……絶対……だから……」


 国を襲う化け物。そんなものがいた時、もっとも効率的なのは殺してしまうことだろう。そうしてしまえば、増殖することがなくなる。どんどん減らしていけば、国も、世界も、争いは次第に無くなっていく。

 歌音が、ニボシが、その立場でずっと殺していたのなら、それはきっと習慣だ。


 歌音は泣きながら続けた。


 「……ずっと……殺し続けて……た……それが……間違い……なら……何が……正解……なの……? 私が……やってきた……こと……全部……間違いだった……?」

「歌音……」


 習慣を否定されることは、自分を否定することになる。

 化け物を殺すことこそが習慣だったなら、あたしが言ったことって、歌音とニボシを否定することになるんじゃないの。それは、二人を傷つけたことにならないかな?

 あたしは少し考え、歌音から視線をそらした。


「……歌音。もし、さ……誰かが死んだとして、でも、そのまま生きていたら苦しみ続けていたから、死んで正解だったとしよう」

 「……?」


 あたしが言おうとしていることが理解できず、歌音は首を傾げる。出来るだけ分かりやすくなるように、あたしは続ける。


「それで、死んでめでたしめでたし……それで終わるはずだった。

 それでも、ただ一人だけ、それを看過できず、蘇生術を施すの。死んだ人のことが好きだったから。愛していたから、生き返らそうとするの。そして見事、息を吹き返した……だけどそれは同時に、『苦しむ時間』が延びただけ。そしてその人は一週間後には今度こそ死んじゃった……。

 ……さあ、これは生き返らすことが正しかったのか、それとも放っておいて死なせてしまうことが正しかったのか……歌音はどう思う?」

 「……分からない……」

「……そう」


 あたしはエルミニを見据える。エルミニもまた、思案顔になっていたが、分からないというように首を振った。


「わたくしにも分からないわ。だってそれ、『生きてほしい』あまりに生き殺ししたようなものだもの。でも、そのまま見殺しにすることが正しいとは言えない……生きることが正しいのか、死なせることが正しいのか……そんなことを天秤にかけたくない。だって、生かすことも、殺すことも罪なんだもの」


「あたしもそう思うよ。愛ゆえに、愛してる人を苦しませるなんて……でも、生きてほしいって気持ちも、もちろんあるしね。だから、間違いも正解もあったもんじゃない。なら、歌音だってあたしだって、化け物を傷つけることは正解でも間違いでもないんじゃない?」

 「……矛盾……してる……」


 あたしは自嘲するように笑った。

 さっきまで、化け物を殺すことを確固として拒否していたあたしが、何を言っているのか分からなくなってくるが、でも本心はこうだ。


「してないよ? ただ……あたしは、化け物でも傷つけることは間違ってるって思ってるだけ。歌音はその逆」

 「……殺すこと……間違っていない……それが……私の……気持ち……」

「なら、それが歌音にとって正解なんだよ。それでも、あたしは傷つけるのを見ていたくなないけどね。……って、歌音?」


 歌音は力をなくしたように、その場に座り込んだ。相変わらず涙が零れていて、まるで子どものようだった。虚空を見つめながら涙を流していた。自分の気持ちが通らず、でも相手の気持ちも分からない不安感を抱いて……歌音は泣いていた。


 それがあたしには分からない。


 感受性なんて人それぞれなんだから、それは当たり前なんだけどね。……でも、何も思わない、何も感じないのなら、あたしはどんだけ淡白なんだって気持ちにもなる。それがあたしなんだって開き直ってしまえば、ずいぶんと楽になるだろうけどね。

 歌音は泣きながら言葉を紡ぐ。

 泣いても平坦な声で続ける。


 「……私……分かりたい……可愛い子の……気持ち……知りたい……だって……可愛い子……好きだから……みんな……好きだから……みんなの……気持ち……分かりたい! ……私……バカだけど……」


 純真な歌音。

 あたしが知っている人間で、これほどまで純粋な心を持った人間を見たことがない。

 大好きだからみんなの気持ちが知りたい……自分がバカだったとしても、理解したい。


 歌音……あたしも大好きだよ。


「……歌音、こっちにいらっしゃい」


 エルミニがベッドの上で言うと、歌音がエルミニにすがるように抱きついた。そして、エルミニは歌音の頭を撫で始めた。まるで、母と娘のような構図だな、と思っていると、エルミニが話し始めた。


「ナルティス様……」

「あたしはそんな大層な人間じゃないから、様付け禁止」

「じゃあ、ミーちゃんで」


 何で猫みたいになったんだ? もしかして、ナルティス・ミリン(、、、)だからか?


「本当はそっちで呼ばれたくないけれど……なに?」


 エルミニは歌音の頭を撫でながら微笑んだ。


「歌音と仲良くしてくださいね。歌音は……その……色々と抱えていることがありますから。こうして感情表現が下手なのも、きっとそのせい。あ、その内容は追々(おいおい)、歌音から聞いてくださいね」

「……うん」


 エルミニは歌音を撫で続ける。しばらくすると、すぅと寝息を立てて眠ってしまった。その子どもらしい可愛らしさに、あたしとエルミニは互いを見て笑った。


「あたしも撫でていい?」

「どうぞ」


 エルミニがベッドに座るよう促した。あたしはベッドに端に座って、歌音の頭を撫で始めた。さらさらした髪と、もふもふの耳を堪能しながら、エルミニと話す。


「歌音があんなこと思ってたなんて知らなかった」

「……まあ、この子も抱え込んでしまうタイプですからね。誰かに相談したり、誰かと話すことが極端に苦手なのです」

「それゆえの変態行動だって聞いたけど?」


 エルミニは笑う。


「ふふっ。確かにそうね。歌音は話すこと自体は嫌いじゃないの。でも、うまく話せないから、スキンシップを取ろうとしているだけなの。本当は純粋で、いつまでも子どものようなものなの」

「エルミニ……様は……」

「ミーちゃん、わたくしのことも呼び捨てで構いませんわ。むしろ、あだ名で呼んでいただけると嬉しいですわ」


 あたしはにこやかに笑って、


「エルミニは歌音のことよく知っているんだね」

「華麗にスルーされましたわね。まあ、いいですけれど。うん。そうね。歌音のことはよく知っています。子どものころからずっといい子だった」


 過去を思い出すように、懐かしむように。エルミニは天井を見上げた。


「わたくしと歌音が知り合ってから、ずっとこの子はうまくコミュニケーションをとることが出来なかった。いまはまだマシになったほうですよ?」


 マシになってこれって、どういう教育されてきたんだ?


「歌音はいい子だから、ガスタウィル様の言うことも嫌とは絶対に言わない。無表情でそれをこなすだけ。でも、この子はこの子でしっかり考えているのですよ。だから、ミーちゃんの一言を理解しようとして、空回りしちゃった。ふふっ、本当に可愛い」


 あたしは頷いて、歌音を撫でた。

 歌音の純粋さは分かりきっていた。誰かを理解しよう理解しよう、とするあまり、から回って混乱して……けれど誰にも話すことができないから、信号を送っていた。それをちゃんと理解できるかどうかなんだ。感情を表したりするのが苦手なんだったら、あたしたちがそれに気付いてやらないといけないんだ。


 大丈夫。次からはちゃんと分かってあげるからね。


 しばらくは静寂が続いていた。


 壁に空いた穴から風が入ってきて、部屋に生えたキノコから胞子をまき散らした。

 それをみて、あたしはあることをしようとしたのだが、エルミニの言葉が先だった。


「ミーちゃん……歌音のことばかり知られるのはなんだか(しゃく)に障るから、わたくしのことも話しますね」


 エルミニは一旦、歌音を撫でるのをやめて、自分の足を指した。


「わたくし、ずっとベッドに上で、一度も足を動かさなかったのに、気付いてましたか?」

「……うん」


 あたしは頷いて、エルミニの足のあるほうを見る。布団がかかっていて見えないが、そこに足があるはずだ。でも、一度も動かさなかったのは……?

 エルミニはほほ笑んで、あたしの眼を正面から見た。



「……実はわたくし、足が動かない(、、、、、、)んです」


「え……?」


 あたしは驚愕に目を見開く。

 だって、足が動かないんじゃあ……本当にここは牢獄じゃないか!

 壁に穴があいて、身体の自由はあるが、ただ一つ、足だけは動かせない。それを知ってのこの部屋なら、それって……悪意の塊じゃん! 軟禁じゃん! 

 その上、外には化け物がいるのだ。外に出られるわけもない。それどころか、襲われたらひとたまりもないし……。


 あたしはエルミニの足を見つめる。

 すると、エルミニが少し困ったように笑った。


「そんなに見つめないでください。こう見えてここに閉じ込められていること、すごく屈辱的なのですよ」

「あ……ごめんなさい」


 エルミニは楽しそうに笑う。無邪気に、笑う。


「まぁ、別に足なんてなくてもいいと思っていますしね。こんなものがあるからこそ、此処にいるわけですから」


 そう言ったエルミニの顔は、どこか悲しげだった。



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