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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第二章 ガスタウィル皇国という国
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第二章:16 『人間貯金箱と紅茶偏執狂』

 あはは❤ やっちゃった、テへっ☆


 なにせ、山道はまだ続いているので、ものすごく空気が悪い。ちょ、あたしが悪いみたいじゃん! あたしは正直な感想を言っただけよ! ホスピタリティの欠片もないけどね!

 だって、本当にあたしが目指す世界に、争いなんてないんだから。そんなのあって、どうして世界を救えるだとか思えるのか理解に苦しむ。世界は一つ。だとしたら救うべき世界も一つなのだから、みんなでワイワイ協力しないと世界は救えないんだよ。

 うん。あたしは悪くない。悪くない……悪くないけど……


――空気は悪い!!


 あたしの空気ブレイカーは世界一ぃぃっ! とかできるわけないじゃん!? もうやだ、この空気……。

 アスタはニヤニヤ笑うだけだから放っておくとしても、ニボシは先に立っての無言……さっきはあたしが先に出たのだが、よく考えると道が分からなかったので、ニボシに任せたのだけど。


……あれ?


「……歌音?」

「…………………………」


 歌音は無言で、あたしやアスタから数メートル後ろを歩いている。どこか元気がなさそうだ。しっぽはゆらゆらと楽しそうに揺れていたが、その表情はどこか悲しげ……まぁ、もとから無表情なので分からなかったが、それでも今だけは悲しそうに見えた。


 変態な歌音は、三つ目の化け物との戦闘まではあたしの匂いを嗅いだりして、変態行為を続けていたのに……ここにきて急に元気が無くなってしまうと、心配する気持ちにもなる。そりゃあ、べたべたされるのは嫌だったけれど……。


「……どうしたんだろ?」


 あたしは誰に問うわけもなく、呟いた。しばらく歌音を見て……いや、その時間は本当はほんの数秒だったかもしれないが……やがてニボシの背中を見た。

 その背中はとても大きい。アスタじゃ到底かなわないほどに。しかし今は、その背中が小さく見えた。それは、あたしがさっきニボシに言った一言がそうしたのかもしれない。


――クズヤロー……


 いや、確かにあれは言いすぎたと思うよ? でもそんな一言で、ニボシがそんなに傷つくとは思わなかったし……って、そんなこと言っちゃダメだよね。そんなのただの言い訳だもん。でも、あたしがあの一言を言わなければ……って、あぁ! もう! なんであたしが自分を責めなきゃいけないの!? あたしは悪いこと言ってないって! 


 むしろ……


「悪いことをしたのは……あんたたちよ」


 視線を横に向ける。


 木々が生い茂る山の中。

 歩くほどに、どんどんと木が迫ってくるように多くなってきた。そして、道も悪くなる。先頭をニボシが行っているので、落ち葉で埋め尽くされた地面が固まり、多少は歩きやすくはなるのだが、それでも、枯れ葉が(こす)れあって、足を滑りやすくしていた。虫も生物の気配もない……本当に奇妙なところに来てしまったものだ。頭上には翡翠(ひすい)の太陽。もう日が傾いてしまっているので、その陽光の恩恵を授かることはほとんどない。

 その後もしばらく無言で歩いていると、


「……あ」


 ニボシが突然止まり、危うくぶつかりそうになった。そして、


「あっ! ……ぐふっ!?」


 足を滑らして後頭部を激突。


「くぅ……なんなのよ、もう」


 苦悶に涙を浮かべ、後頭部をさすりながら起き上がると、ニボシの視線の先を見た。

 その先には、ぽっかりとクレータでも出来たかのように、木がなかった。その代わりに、あたしの背丈よりも少し高めの細い草が生い茂っている。あたしの身長は大体140センチなので、大体150センチだろうか。本当に細長い。そこから顔をのぞかせられるアスタは「ほぉ……」と一人感心していた。


「ちょ……見えないんだけど!?」

「大丈夫、大丈夫! ナルちゃんはその身長の低さが可愛いんだから☆」

「………………」

「ほぉ、睨まれるとまた別の感情が湧いてくるねぇ」

「はぁ……本当に変態が増殖しちゃったよ」


 額に手を当てながら、横目で歌音を見る。

 歌音は(うつむ)いたまま歩いていて、前がよく見えていなかったのだろう。アスタにぶつかって足を滑らせた。そして、後頭部をうちつける……直前でバッと()ね上がり、少し離れたところに着地した。ちょっと予想外で残念……。あのまま痛みに耐える可愛い歌音を見てみたかったものだが……ま、そんなひどいこと、強要は出来まい。

 しかし、体勢を立て直した後も、歌音は俯いたまま……。

 あたしは小さくため息をついてニボシを見た。ニボシはあたしたちに背中を向けたまま、


「……この先です」


 そう言うと、高い草をかき分けて姿を消した。これは……あたしへの挑戦状か?


――よし。受けて立とう。


「アスタ」

「アラホラサッサー」


 アスタは楽しそうに返事をして、あたしの前へ出た。草をかき分け、アーチのようなものを形成していく。あたしはその中を進んだ。

 草は割と多くて手間取ったが、それでも何とか目的地へとたどり着いた。

 そしてあたしは絶句することになる。


「……え? ……うそ……でしょ?」


 目の前には完全な廃墟。いや、廃居。瓦屋根の家は今にも押しつぶされそうなほどに変形し、腐った壁にウジが湧いていた。壁には当たり前のように穴があいて、ところどころから穴が見える。さっきまで歩いてきたときに虫がいなかったのは、全部がここに集まっていたのではないか、と言うほどにたくさんの虫が巣を作っていた。クモの巣なんて当たり前。窓もないし、それどころかツタやキノコが辺りを囲む始末……これは、本当に。


「人、住んでるの?」


 そんな問いも当たり前に出てくるだろう。

 完全に、神様からも王様からも見放されたような家。とても人が住むような所ではない。

 あたしが呟くように言った一言を、少し怒ったかのように咳払いをしたニボシが答える。


「ええ。住んでいますよ。……いや、むしろ監獄(かんごく)に入れられた、といったほうが妥当なのかもしれません」

「監獄? こんなんじゃあ、すぐに逃げられるよ? バカなの?」


 あたしの代わりにアスタが質問をする。ほんと、こいつって……。


「……私が監獄と言ったのは、彼女に会えばすぐに分かりますよ。さぁ、入りましょう。一応、あなたたちを呼んだのは彼女の意向だったので、待ちかねていると思いますよ」

 そう言ってニボシはボロボロの引き戸に手をかけた。それを引いてしまえばすぐにでも家が崩れてしまうのではないか、と思ったが杞憂だったようだ。立てつけの悪い引き戸はギィ、ギギィという嫌な音を立てながらも無事開いた。


 中も外見同様、あれだった。


 腐った木のにおいや、毒々しいきのこの胞子がふわふわ飛んでいたりする。こんな部屋を見ると、どれだけ【鳥籠】がマシだったか分かった。

 中を見渡してみる……が、そこに住人がいるようには見えなかった。


 リビングのようなところには、キノコの生えたソファーが。

 入口右手の部屋には、中身の入っていない布団が。

 壁に光源は一切ない。


 夜になると、きっとここはとんでもない寒さに襲われるだろう。真っ暗な闇の中、一人凍えるのは、とてもじゃないが耐えられるものではない。そして、暗闇の中でもし、あの化け物が現れたりしたら……。


「……いや、やめよう」


 あたしは首を振って、ニボシの背中を追った。

 ニボシは、住人がどこにいるか分かっているかのようにリビングを見渡し、だれもいないことを確認すると、右の部屋に入って行った。あ、ちなみにその部屋にはドアがなかったから、プライバシーとか、そんなもの一切ないよ? 本当に大丈夫か、この家……。

 そんな心配いざ知らず、ニボシはベッドの前に立った。

 あたしもニボシの隣に立ち、ベッドに横たわる少女を見て息を呑んだ。


 美しい。歌音の白い美しさとはまた違う、金色の美しさがそこに横たわっていた。金色の髪は鮮やかに、太陽のような星のような輝きを宿していた。二重の瞳は閉じられていたが、まつ毛は長く、閉じていたとしてもその美しさが窺えた。瑞々(みずみず)しい肌はきめ細かく、丸みを帯びた顔には桃色の唇。そして、何より特徴的なのが耳だった。


 まるで、人の気を引き寄せ手繰り寄せるように、綺麗な三角形をしている。それはガスタウィルと同じように……いや、同じエルフの証だった。しかし、ガスタウィルの耳とは比べ物にならないほどに美しい。


 もう一度言うが、エルフはその耳の美しさに権力が反映されるのだという。


 つまり、彼女は相当の権力を持っている――持っていた(・・)ことになる。


 少女は、眠り姫のように、お姫様のように、静かに美しく眠っていた。その美しさに息を呑んだのは、あたしだけではないだろう。この少女に出会った全ての人が振り向き、その美しさに息を吐き、嘆息、嫉妬(しっと)するだろう。


――驚異的な、破壊的な、壊滅的な美しさは、時に毒となり、刃となる。


 そのことをあたしは知っていたが、彼女はまさにそれを体現しているかのようで……。


「……なんだろ……この胸の違和感」

「あはは。ナルちゃんに胸なんかあったんだ」

「~~~~~っ!」


 反論できないから悔しいっ! でも、これだけは言える!


「あたしは大器晩成型なの! これから成長するの!」

「貧乳はみんなそう言うよ❤」

「ぐぬぬ……」

「あの、そういう茶番は用事を済ませてからにしてもらえませんか?」


 ニボシが呆れたようにこちらを見る。いや、やったのはアスタだから! あたしを巻き込んだのはアスタだから! そんなあたしに原因があったかのような視線を向けないで! 

 アスタははーい、と軽く答えて、少女の顔をのぞいた。その瞬間、うわぁ、と感動したような声を発したのでとりあえず(すね)を蹴っておいた。うん。あたしえらい!


「あはは。痛いよぉ~」

「……でも、これって……起きるの?」


 何気にさっきからこうして騒いではいるが、一向に目覚める気配はない。こういうのもなんだが、もうすでに息を引き取っているのではないか……と思ってしまった。

 しかし、そんなあたしの思考を察したのか、ニボシは大丈夫ですと言って、ポケットを探りだした。


 ニボシは彼女とも付き合いは長いのだろう。だから、彼女の起こし方も知っているのではないだろうか。あのカビ〇ンに起こし方があったように、彼女にも起こし方があるのかもしれない。眠り姫だって、王子様のキスで発情して起きたぐらいなのだ。この少女にもそういったものがあるのだろう。


 さあ、ニボシが出すのは笛か……それともオカリナか。あ、オカリナを吹くニボシの姿、なんだか見てみたい。すっごく愉快そう。風になびく中、海に向かってオカリナを吹く……おお、なかなか絵になるじゃないか。

 しかし、ニボシが取りだしたのは、一枚の紙だった。


 ……というより、紙幣だった。


「…………ふざけてる?」


 ニボシはあたしの呟きを無視して、少女の鼻にそれを近づけた。

 少女は鼻が可愛らしくひくつき、カッと目を見開いた。



「――――金っ!!!!!!!」



 と、さっきまで眠っていたとは思えないほどに素早い動きで金にかぶりついた。


「ええぇぇ!?」


 ニボシは再びポケットから紙幣を取り出して、ベッドの上に散ばせる。そのすべてを、少女はオオカミの如く動きで食べていく。しかも、全てベッド上で、一度も立たずに……人間じゃないね、これ。

 あたしはそれを心の中にしまい、瞑目した。


―――うん。大丈夫。あたしは正常。異常なのはこの少女……お金を胃にため込む人間貯金箱少女ね。これ、ゼッタイ。そう信じないと、ニンゲン、シンジラレナイ。


 ふぅ、これでここにいる全員のあだ名……というより忌み名? が決まったね。


 アスタ――万年笑顔狂人。

 ニボシ――真面目な巨人。

 歌音――変態猫。

 少女――人間貯金箱。


「まともな人間が……いないっ!?」

「あはは。それならナルちゃんはさしずめ、紅茶偏執(へんしつ)狂系ヒロイン、だね」

「新しいヒロインの形が出来上がっちゃってるじゃない。てか、あたしの心を読むなっ!」


 ちなみにガス……ガス……ガスタンクさんの忌み名はない。呼ぶ必要がないから。


「(もしゃもしゃ)……あれ? ニボシ、この方たちは……?」


 あたしは、その風邪のように透き通った声に、反応できなかった。こんなに美しい声の少女が、人間貯金箱だとは思えなかったからだ。

 少女は、小首を傾げ、半眼でこちらを見ている。やはり寝起きだからだろうか。とても眠そうにあくびをしたり、目をこすったりしている。その姿はまるで歌音のようだった。


「この方たちは、エルミニ様がお会いしたかったとおっしゃっていた方々です」

「へー、そう……」

 エルミニと呼ばれた少女は、あたしを品定めするようにじろじろと見てきた。視線がぶつかって胸がときめきそうだ。もちろん、そんな嗜好(しこう)はないので大丈夫だが。

 あたしを舐めまわすように見たエルミニは、一つ頷くと、


「うん! あ、そうですね……うん……そっかぁ」


 何やら独り言に走り始めた。ぶつぶつと、口元に手を当てて考える姿は、どこかの令嬢を思い起こさせた。

 まあ、エルミニの耳の美しさからして、それなりの地位に身を置いているのは確かだし、令嬢と言えば令嬢なのだろう。もしかすると、本当に王族なのかもしれない。そうだとしたら、あたしはほんの数日でお偉い様にスゴクい確率で会っていることになる。何だこの無駄VIP感……。

 エルミニはしばし思考すると、こちらを正面から見据えて、美しい声で歌うように話し始めた。


「始めまして、ナルティス・ミリン様。わたくしは、ルルーベント・エルミニ と申します。以後、お見知りおきを」


 軽く会釈(えしゃく)するエルミニ。ベッド上だけでの対談でも、十分に礼節を感じる態度だ。好感が持てる。って、あたしは何様だよ。


 その時。


「……」


――アスタだけは睨むようにエルミニを見ていたことを、誰も知らない。


 ただ、あたしには一つだけ、引っかかることがあった。


「ルルーベント・エルミニ……あれ? あのなんとか王もルルーベント じゃなかったっけ?」


 そうだ。確か、あの王の名前はルルーベント・ほにゃららーだった。なんとか記憶を手繰(たぐ)り寄せて、それだけは思い出した。あと、口が臭かったのも思い出してしまった。うぇぇ……。

 と、いうことは、もしかして、もしかしなくても、その可能性は十分にあるので、あたしはエルミニを見る。すると、エルミニは頬笑んで頷いた。


「ええ。わたくしは、この国の王、ルルーベント・ガスタ……テン? の娘でございます」

「……ドンマイ」

「? なぜ同情されたのでしょう……」


 エルミニが訝しげな瞳を向けてくるが、分かってるよ。あたしだけは、エルミニの気持ち、分かってるから。肩を叩いて励ましたい気持ちを抑えて、今度はあたしが自己紹介をする。


「あたしはナルティス・ミリン。しがない田舎娘よ。で、こっちの変人はアスタ。近づいたら変態病に侵され……」

「あはは。ナルちゃん、面白いこと言うなぁ。ついいじめたくなる」


 ……ゴメンナサイ。目が……目がスゴク怖いです。


「……ま、こんな奴にはかかわらないことが一番かな? 王女様」


 すると、エルミニは苦笑交じりに笑った。


「ふふ。王女……ですか。しかし、わたくしにはもう、そんな権限はありませんよ。なので呼び捨てで構いません。どうぞエルミニとお呼びください」


 あたしは分かった、と言って頷いた。アスタも同じように頷いた……のだが、


「ま、エルミニ様を呼び捨てにしたならば、私がその口を永遠に閉じさせてあげますけどね」

「いやいや、怖い怖い……」

「こらっ! ニボシ、あまりお客様をいじめてはいけませんわよ?」


 ニボシはエルミニにはどうも弱いみたいで、すみません、と小さく謝ると、俯いた。しかし、今のエルミニの叱り方は、とても可愛かった。ボイスレコーダーに入れて毎晩聞きたいものだ。

 にしても、おかしなことに、エルミニは一度も立とうとはしない。ベッドの上で全てを執り行うさまは、王女と呼ぶにふさわしいだろう。偉そうに(おご)り高ぶっているわけではないので、不快感がない。むしろ、もっと……もっと罵ってください! とかつい言ってしまいそう。きっと笑われることだろう。

 あたしが自分の考えをそっと胸の内に秘めておくことを決めた時、アスタが口を開いた。


「あはは。怒られてやんの。あ、俺はナルちゃんに怒られたいなぁ」

「アスタ様はナルティス様のことが好きなのですか? ………ロリコンですか?」

「OK、分かった。表に出よう」

「ちょっと……喧嘩とかしないでよ?」


 大丈夫大丈夫、と言うと二人は外へ出て行ってしまった。

 そんな二人を見送りながら、あたしはエルミニと顔を見合わせて、笑った。


「ええと……なんだかゴメンナサイ。あいつ、変態だから……」

「いえ。こちらこそすみません。いくらなんでも、ニボシは真面目すぎるところがありますからね」

「あ、確かにそうですね。……むしろ怖い」


 怯えるように、肩を抱くと、エルミニは笑った。


「ふふ。まあ、彼にも色々とありますから。許してくださいね」

「あはは。許すも何も、アスタが喧嘩吹っ掛けちゃってるからなぁ……」


「……よかった……」


「え……?」


 突然の声に、あたしは反応できなかった。

 声の主は部屋の片隅で、こちらを静かに見つめてきている……歌音だった。

 あの化け物どもとの戦闘から一切話さなかった彼女が、ここにきて初めて発した言葉だった。拍子抜けするのも無理はない。だって、歌音が言った一言の真意を読み取れないんだもの。


「よかった……って、何が?」


 あたしが聞くと、歌音が視線をぶつけてきた。その瞳には、確かな意思を感じ取ることが出来た。


――喜びと恐怖の、意思……


「……可愛い子……笑顔……」

「?」


 あたしが疑問符を浮かべると、少し困ったように、怯えたように、言葉を(つむ)ぎ取った。

 そして、その台詞(せりふ)に、自分のことが怖くなった。



「……可愛い子………………怖かった……」




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