第二章:14 『紅茶ライフ送りたーい!!』
家は潰れないように頑丈に作られ、人々を風雨や獣から守る。家族の団欒の場としても活躍し、人はそれに依存してきた。家のない生き物がいないように、人間も太古からそれに倣って生きてきた。
そしてそれは、ビルや店にも当てはまる。
生物の安全を守るために建てられるのが建物。
――しかし、目の前の建物は今まさに倒れようとしていた。
「ここ……人いるの?」
「ええ。いますが……それがなにか?」
何を言っているのか分からない風に、ニボシは首を傾げた。あたしはいや、と躊躇いがちに口を開いた。
「……ここに入るのって、すっごく抵抗感があるけど……」
「いやいや、こんな古い店ほど美味しいものだよ?」
にやにやとあざ笑うかのようにアスタが言ってくるので、あたしは額に手をあてた。
アスタの言ったことがこの世界の常識なら、いつか世界は汚い店だらけになってしまうでしょ。そんなわけない。汚い店ばっかあっても、その街の風景が汚くなって食欲が失せるだけだと思うんだけど……。
しかし、みんなはそうは思っていないらしい。廃れていく社会がここに体現しているようで、あたしはため息をついた。
でも、いつまでもこんなとこにいても仕方ないよね。それに、あたしにしては珍しく、この後予定が入っているのだ。
ニボシに言われた謎の人物に会うこと。そしてもう一つ、さっき街中を観察したときに発見した問題の検証をしなければならない。もし、あの違和感が本物なら……思ったよりも、この国は複雑に入り組んでることになる。あぁ、また面倒事が増えるような気がする。もう勘弁してぇ……。
いや、先の不安をしていても仕方ないよね。うん。せっかくあの城から解放されたんだ。今日だけでも前向きに考えて楽しもう! ……紅茶飲みたい。
って、さっそく不安要素が出てきたぞぉ……はたして、目の前の老舗感満載の店に紅茶があるのだろうか。あったとしても、アスタよりも美味くない紅茶は紅茶じゃない!
信用してるよ、老舗。
「ナルちゃん、行くよ?」
「あ、うん」
訝しげな視線を送ってくるアスタに適当な返事をすると、4人で店に入って行った。
無論、内装もボロボロ。レンガはひび割れているし、そこから雑草が生えたり、苔が繁茂したりしている。空気にはカビのような嫌なにおいが漂い、鼻を刺した。壁に掛けられた蝋燭には虫が集まる。そして火に焼けた死骸が床に落ちて群れをなしていた。それは【鳥籠】でも見たことがあってとても気持ち悪かったことを覚えている。とても昔を懐かしむような光景ではなく、ただただ食欲と意欲が奪われていった。
「あぅ……」
呻くが、この臭気もグロテスクな光景も、すぐに変わるわけもないし……なんだろ……この居場所のないもどかしさ。
そんな阿鼻叫喚とした店内に渋面を浮かべるあたしに構わず、マッチョ、猫、奇人が空いた席に座っていった。しかたなくあたしも腰を下ろすが、
ガッタァァァァン!!
イスの底が抜け、それごと倒れてしまった……。
「あはははははははは! 何やってんのナルちゃんあははははは!」
「殺す……後で絶対殺してやるっ!」
痛む尻を撫でながらアスタを睨み、ゆっくりと立ち上がる。すると、店内がシンと静まりかえっていることに気が付いた。その原因があたしにあると自覚すると、羞恥に顔を真っ赤に染めた。もはや顔を上げることも難しい。下を向いていると、どこかから笑い声が漏れた。
「あははは! 見ろよあいつ、イスでコケやがった! だっせー!!」
その声は少年の声だった。
そして、その声に驚いたのはあたしだけでなく、アスタも同じだった。
なぜなら、その声があるということは、さっき歩いてきた街中で感じた違和感が嘘だということになるからだ。
でも、いまはそんなことより……
「誰なのよ!? 今笑った奴ッ!」
「ナルティス様、放っておきましょう。あんな子どもに構っていてはきりがありませんよ?」
ニボシの声に訝しげな視線を送ったアスタに、誰も気がつかずあたしは怒声を上げた。
「ぐぬぅ……これは乙女の恥だわ……いいから出てきなさいよ! 今すぐにその顔を血で染め上げてやるからっ!」
「いや、こええよ! なんだあの姉ちゃ……いや、貧乳だからロリ?」
「ちっがぁぁぁぁぁぁぁああう!!」
大声を張り上げるあたしに周りからは邪魔ものを見るような視線が集まるが、それすらも気づかないほどにあたしは起こっていた。ゼッタイウッタエテヤル。
というか、子どもってこんなに正直者で他人を傷つけるような生物だったの!? それをあたしは助けようとしたのか……。みんなで貧乳貧乳っていじめてくるんだ……。
「出てきなさいよ!! 真っ赤なお花あげるから!」
しかし今度は、あたしの怒声に応えたのは少女の声だった。
「え? 本当? やったー!」
「騙されるなヒナ! そのお花はおまえの顔に咲くんだよ!!」
「うん? お顔にお花が咲くの? それすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっね!」
「だから! お前の顔が血で染まるってことだよ!」
「……何なの、あの茶番……どこから声がするのか分かんないけど」
「私が注意してきましょう」
そう言ってニボシが立ちあがり、カウンターのほうへ消えていった。
「……あ! やっべ……陛下の側近だ! ヒナ、逃げるぞ!」
「え? あ、うん」
それきり、声はぱたりとやみ、ニボシがあたしたちの下へ帰ってきた。そして子どもたちの声がなかったかのように、店内がにぎわいを取り戻す。
子どもたちは逃げたようだが、その様子が妙でアスタと顔を見合わせた。どうやらアスタも同じ意見だったらしい。あんなガキィ……今度会ったらただじゃ済まさないんだから。あれ? これは乙女の言うことではありませんね。おほほ。
「……可愛い子……顔、怖……い……」
「why? 何言ってんのかよく分っかんないなぁ? ね、アスタ」
「俺に振らないで❤」
アスタはあたしから顔をそらしてそっぽをむいた。むぅ……なんだか寂しい。
「と……とにかく、食事をしながら話でもしませんか?」
ニボシの提案に異論を唱える者はいない。当然だ。何も食べずして何のためにここに来た? 本当は嫌だったけど!
食欲は確かに失せたが、ここで何かを食べないのなら、それこそ意味が無くなってしまう。何のためのこんな店に入ったんだ、と怒鳴り散らして暴れたいが、それを押さえてやってんだぞ?
ニボシは手早く店員に料理を注文すると、イスの調達をし、あたしのほうを見た。ちなみに料理は全てニボシに任せた。そしてニボシの隣に座る歌音は寝てしまった。むにゃぁ、と猫っぽく鳴いて可愛い。けど、そのあどけなさが今だけだ、ということを文字通り身にしみて理解している。
あたしはアスタの隣にイスを構えて座ると、ニボシを見返した。
「……で、今日誰かと会うのはなんでか教えてくれるの?」
「……いえ。それはこんな市民のいるようなところでお話しするわけにはいかないのです。すみません」
「それって、かなりヤバいこと? ナルちゃんに会わすのがそんなに危ない人なら、俺は今すぐにでもナルちゃんを連れていくけど?」
ニボシは鋭い視線をアスタに送ると、
「いえ。危険人物ではないのです。しかし、本来はいてはならない存在……だからここでは言えないのです」
「何であたしのほう見て言うのか分かんないけど……そんな人を、あたしに合わせて何がしたいわけ?」
「その方のご意向です。私はそれに従ったまでなので、詳しくは知りませんが……ナルティス様、あなたにとってとても重要な案件なのかもしれません。なので、私は彼女の下まであなたを連れていきます」
「……そ」
あたしは素っ気なく対応し、アスタの顔を見た。アスタはニヤニヤ笑いながらニボシを見ている。さて、その如何にも怒ってるポーカーフェイスがいつまで続くのやら。
「ま、安全ならあたしはいいよ。アスタもいるし……ね?」
「そうだね。この巨人(笑)さんに俺が劣るわけもないし、ナルちゃんを守ることなんて容易いしね」
「信頼してる」
「ありがと」
お互いに笑いながら会話をすると、ちょうど料理が運ばれてきた。
コッペパン、あんぱん、メロンパン、サンドイッチ……などなどのパンパレードが机上で開催された。
「パンしかないのかこの国はっ!?」
「いえいえ、ここにちゃんとパンじゃないものがありますよ? ほら、ラスク」
「パンじゃん! 固くて甘いパンじゃん!!」
まぁ、文句ばっかり言っても仕方ないから食べるけど……あぁ、紅茶飲みたい。ラスクはあるのに……。
そんなこんなで、思いっきり異論はあるが、昼食を食べ始めた。この国に来てからずっとパンしか食べていないような気がするけれど……それももう仕方ないこととして、あたしはメロンパンを飲み下した。
少しして、ニボシが手を止めて話し出す。
「ナルティス様、部屋にあった魔導書、読みましたか?」
突然、そんなことを言われたので驚いた。あたしはええと、と唸り、ここ最近を思い出す。
一昨日はこの国に来たばかりでそれどころじゃなかったし、昨日はアスタの看病が忙しくて、やはりそれどころではなかった。だから読んでいるわけない。
「いや……読む暇がなかったから読んでないけれど……それがどうかしたの?」
「ええと……出来れば、あそこにある魔導書は全て読んでおいてください」
「何で?」
「あそこにあるものは、この国でも重宝される魔導書ばかり。なので魔法を作るのにとても役立つと思うのです。先人達が積み重ねてきた魔法の歴史、【世界樹】に挑んだ魔法技術士の作った魔法の数々……そしてこの国の建国にまつわる話もあります。そう言ったものを読んで頂けると、この先でも役立つかと」
「……そうね。また部屋に戻ったら読むよ」
それに、この国の建国にもちょっと興味あるし、と付け加えてパンを貪る。
この国の建国について知ることが出来たら、この国の真意が垣間見れるかもしれない。ガスタウィルの考えていることが分かれば、【世界樹】を倒す目的が分かるはずだ。なら、それを見ないといけないし、それに【世界樹】に挑むのなら、どちらにしろ、そういった魔導書も見たほうがいい。その上で【世界樹】を倒す魔法が作れたならば、それがいい。この国のためではいけれど、あれは倒したいもの。
「……で、その建国時の物語って、どんな話?」
「それが……まるで暗号みたいなのですよ。あれを解けるのはガスタウィル様ぐらい。私には到底理解できませんね」
「っということは、ニボシも読んだの? その魔導書」
「いえ……あの話は国民のほとんどが知っている話ですから。しかし、よく分からない話なのですよ」
じゃあ、童話のように短い話なのか? ん? 童話って短いのか?
ニボシは続ける。
「その話で登場するのは月の女神、7番目の少女、吊るされた男……あとは……えっと、よく思い出せませんが、そんなとこです。
月の女神は7番目の少女を連れ。
吊るされた男は【世界樹】に。
吊るされた男は7番目の少女を預かり。
月の女神は天上へ召される。
……といった感じですね。本当はもう少し長いのですが、記憶が曖昧なので、魔導書を読んでみてください」
ニボシの話に、あたしはふぅむと唸って考え込む。
「……月の女神……7番目の少女? それに吊るされた男ってアルカナ……? だとしたら月の女神もアルカナ……でもそんなのないはずだし……それに、そんなのがあるなら『王』もありそうだけど……ああ、やっぱ分かんない」
アルカナで考えると混乱してしまうから関係ないのかもしれないし……。
本当にそれは暗号のようなものなのだろう。キーワードはあるが、その解き方は不明。面倒だけど、こりゃ読んでみないと分かんないなぁ……。
「まあ、読むのはいいけど、めんどそうだから紅茶も用意しといてね」
当然です、と答えて、4人(一人は寝ているが)の食事が再開した。
月の女神……
七番目の少女……
吊るされた男……
さて、それが意味するものはなんだろね。
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食事を終えた一行は、山道を歩いていた。
ニボシが言うには、この山の中腹に『会ってもらいたい人』の家があるのだという。
面倒くささが足を前に進ませなくさせるが、歩き続けるしかない。歌音は起きたから、彼女に抱っこされて一気に行くことも考えたが、あまりにも危険すぎる。こんな山で変な所に連れて行かれれば、きっと変態行為に手を染めるだろうこの猫は、目をこすりながらとぼとぼと歩いている。眠そうなのがまた可愛い。それに、こんな眠そうな歌音に無理な運動をさせたくなかった。
だから歩き続けるしかなく、この辛い斜面を重力に逆らって進むのはとても苦だが、我慢するしかない。大丈夫。きっとこの先には紅茶を淹れて待ってくれる賢者のような人がいるに違いない。そうじゃないと、この斜面を登る意味がない。……それじゃあ紅茶を飲むために行くみたいじゃん。どんだけ食いしん坊なんだ、あたし。
「あぁぁぁぁぁ……早く城に戻ってゆっくりのんびりまったりしていたーい!」
仕事をしない若者の気持ちがよく分かります。ま、あたしも若者だけど。あたしは14歳だよ! 年齢的には中学生だよ!
「って、きっと中学生はこんなとこで山歩いてない、というかこの世界に学校なんてない……」
それでも仕事がニヤニヤと笑っておいでおいでと手を振っている現実は、どこの世界でも同じなはずだ。うぅ、王様にでもなれば、政治ほっぽいてのんびり紅茶ライフを送れるのに……。
あたしたちは、自然豊かな山道を、文句をぶつぶつ言いながら歩いて行った。
……いや、確かに文句を言ってるのはあたしだけだけどね?




