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第一章:1 『紅茶大好き♥』

 時を(さかのぼ)り、一ヶ月前……。


「これは……どういうことかなぁ……」


「あははぁ、何の事だか、わっかんないなぁ」


「そう? ……そっかぁ」


 あたしは机に座り、目の前の床に正座している少年を見下ろした。しかし少年は、怒られているにもかかわらず、にやにやと気味悪く笑っている。


 あたしは怒っていた。ええ、怒っていますとも……

 理由は……


「何で紅茶の茶葉切らしたの!!」


 と、紅茶という安定剤を飲まなければ生きていけないあたし――ナルティス・ミリンにとって、それは火山も火を噴きだすような大惨事クラスの重要案件だった。早く紅茶を飲まなければ発狂するかもしれない……あぁ、間違えて世界滅亡を導く何かを作ってしまうかもしれないなぁ……あははは、はは……はぁ。


「うぅ……紅茶飲まないと、力でないぃ……」


 あたしは(うずくま)るようにして唸った。紅茶がなければ、本当に力がでない。


 というか、昨日の時点で紅茶の茶葉が切れていることに気付くべきだった。紅茶から食事まで……そういった類はすべて目の前の少年――アスタ・マルウェアに任せっきりだったが、あたしだって自分で紅茶を淹れるときだってある(不味いけど)。なぜ、昨日そうしなかった。後悔は先に立たないけれど、それを分かっていても、後悔はする。


 恨めしさを瞳に宿し、あたしはアスタを睨みつけた。 

 金色の目に鈍色の髪。背丈は普通、身体的な特徴もなし。普通を普通でかけて、さらに普通で二乗するほどの普通な少年だが、しかし彼は狂ったようにいつも笑っている。時、場所、場合など気にしないかのように、笑うのみだった。笑顔以外の表情を見たことがないので、いまいち感情の分かりづらい奴でもある。


 そんなアスタは、にこにこ笑いながら、


「あはは。ナルちゃん、そんなに怒っていると可愛い可愛い顔が台無しだよ。それに、君のきれいな青い髪もくすんで、潤しい群青の瞳も濁っちゃう。小さくて小動物みたいで可愛いんだから、ほら、笑ってよ笑って?」


「反省の色なしッ!?」


こんな奴……万年笑顔狂人症の気味の悪いこいつのせいで……あたしは死ぬのか? ぅう……嫌だよ! こんな感情も分からない奇怪男のせいでご臨終だなんて!

そんな絶望を味わっていると、アスタが口を開いた。


「まあ、ちょっとぐらい我慢してよ。ここ、山奥なんだから、街までなかなか買いに行けないんだよ」

と、言いながらアスタが外を指さすので、あたしもそちらを見た。

そこには黄色が広がっていた。銀杏の木が犇めく森だ。


「……ここに閉じこめられて、七年かぁ……」


あたしは七年間、巨大な【鳥籠】に閉じこめられていた。

無駄に豪華な金格子。そこに薔薇(ばら)やら鳥やら……まぁ、とにかく様々な彫刻が施されていた。天井もまた金で出来ており、金格子と同じような彫刻が彫ってあった。その彫刻に込められているのは魔法。閉じ込めて、逃げ出せないような殺意を孕んだ魔法が付与されていた。


完全な牢獄。


もちろん自由などない。人が何十人も入れるほどに【鳥籠】は巨大で、生活に苦難こそないが、それは問題じゃなかった。【鳥籠】の中でやれることなんて、死を待つことしかないのだから。

 アスタは、そんな閉じ込められた狭い世界で唯一、あたしと話してくれる人だ。【鳥籠】を作り、管理する集落からの使者でもある。アスタはあたしの世話役兼、監視役だった。

アスタは、あたしが生活に困らないように、食事を作ってくれたり、選択をしてくれたりする。家事はすべて、アスタ任せだった。嫌な顔一つせずに、彼は毎日笑って、あたしのそばにいてくれる。


 集落の大人どもが、アスタをあたしの世話役にしたらしい。どうやらあたしと接触することが嫌らしく、アスタにすべてを放り投げたみたい。アスタはそのことを話したがらないし、たしも、自分が閉じ込められている七年より前の記憶がないので、確証はない。

まあ、世話係がいるくらいだから、集落の大人どもは、どうやらあたしを殺すつもりはないらしい。アスタに全てを押し付けて、あたし(・・・)が稼いだお金で優雅に酒を煽っているのだ。しかし、あたしたちは、それを咎めることをできない。そういう世界だから。それをあたしは知っている。


あたしを生かす理由も、知っている。


だから嫌になる……こんな世界。


 しかしまぁ、嫌なことには慣れてしまったので、あたしにとっての重要なのはそこではない。少なくとも今は。


「あ……あたしの動力源……」


 紅茶がないことのほうが、重要だった……。


あれが無くしてどう生きろと……?

 身体の構造の約半分以上が、紅茶成分で出来ているあたしは、紅茶を摂取し続けなければ生きていけない。そんなわけないけど、そのぐらいに紅茶は大事なものなんだ!

しかし、アスタは何とでもないというように。


「あははははっ!」


笑いやがった。

 こいつのせいなのに!


「あはは……だからといって、仕事さぼろうとしているわけじゃないよね?」


「あう……」


 図星を突かれ、あたしは唸った。


 あたしは、【鳥籠】に閉じ込められて、仕事をさせられていた。自分を閉じ込め、自由を奪った集落に貢献するための、無銭労働。稼いだ金は全て集落に絞られ、あたしが生きて働くのに不自由しないお金だけが帰ってくる。

 私欲に飢えた大人共の集団(しゅうらく)が、あたしは大嫌いだ。逃げたいと思っても、どれだけ自由を望もうとも、あたしはこの小さな【鳥籠】(せかい)からは逃げられない。

 アスタが口を開く。次にくる言葉を、あたしは前から知っているかのように、容易に想像できた。実際、何度も行っているやり取りだ。


「ナルちゃん。魔法、作ってよね」


「……嫌よ」


魔法を作る仕事『魔法技術士(ウィザードリィ)』。

依頼を受け、その依頼に似合う魔法を作る……それが魔法技術士(ウィザードリィ)だ。


 魔法技術士(ウィザードリィ)になることができる人は少ない。いても一つの国に一人程度。 その中で、あたしは唯一の十代の魔法技術士(ウィザードリィ)……つまり、世界最少年の魔法技術士(ウィザードリィ)ということになる。

 魔法技術士(ウィザードリィ)によって依頼は様々だが、あたしに来る依頼は、戦争に使われる兵器としての魔法の依頼が多い。

誰も、幸せになることができない魔法。傷つけることしかできない、無能の魔法。無用の魔法。


「……」


 あたしは自分の手を見つめる。

 この手は、目に見えない血にまみれている。あたしのせいで……どれだけの命が奪われているのだろうか。

 奪いたくない命が、軽くみられる命が、誰にもある命が、毎日、毎日、どれだけ多くの命が奪われているのだろうか。


 しかし、どれだけ嫌でも、あたしはこの【鳥籠】で魔法を作り続けなければならない。あいつら大人は、あたしから永久的に金を貪る気なのだ。自分たちが楽をするために、あたしやアスタを働かせる。

働かなくなれば、きっと殺されるだろう。そのほうが管理費も浮く。そしてまた魔法技術士(ウィザードリィ)となりそうな人間を金で買って【鳥籠】に閉じ込め、自分たちは楽を貪る。他人を蹴落としてでも、自分たちだけは楽であろうとする。堂々巡りだ。


 結局、あたしが魔法を作ろうとも作らまいとも、結果は変わらない。ただ、自分の保身のために、あたしは魔法を作って生きていくしかないのだ。


 いつか、【鳥籠】の外の世界を見てみたい……夢には見るけれど、集落に大人どもがいる限り、それはきっと叶わないだろう。


「あぁ……もう、いや。魔法なんて作りたくない。ここから出て行って、自由に飛んでいきたい」


「そんなこと言ってると、ホントに殺されちゃうよ?」


「むぐっ……」


 それが、嘘じゃないことは分かってる。アスタはヘラヘラ笑いながらも、あたしのことを心配して、そう言ってくれているんだ。


「……分かったから。魔法、作ってあげるから……」


「その仏頂面、かわいい」 


「このっ」


 アスタの脛を思いっきり蹴る。こいつ、本当にあたしを心配しているのか? 

 アスタは「痛い痛い」と言いながらも、笑っている。こいつは変態だ。いろんな意味で。呆れ交じりにため息を吐く。


「……はぁ、もういいわ。お腹空いたから、ごはん」


「分かったよ。料理も出来ない箱入り娘……もとい、【鳥籠】いり娘のニートのために、ご飯の支度を……」


「そんな……いちいち嫌味たっぷりに言わなくてもいいでしょ!?」


 ツッコむと、やはりアスタは笑いながら、【鳥籠】に備え付けてある台所へと向かった。

 あたしは嘆息すると、机に着いた。そして、【鳥籠】を見渡してみる。

 【鳥籠】の中にあるものは、簡易的なベッドと古びた机、本棚、薬品棚、トイレ、そして台所……と、本当に必要最低限のものしかない。


 仕事だけが詰まったような、息の詰まる空間。息抜きは毎日の紅茶のみだ。それ以外に遊ぶことなんてできないし、仕事に支障をきたすようなものだって一切置かれていない。本棚には多くの魔導書が置かれ、薬品棚には、いろいろなものが置かれている。薬品棚と本棚の数は、それぞれ6つ。それが【鳥籠】の半分を占めている。【鳥籠】の天井は、三メートルはあるけれど、薬品棚も本棚も、その天井と同じくらいの高さがある。


 ひとしきり見回して、改めて顔を正面に向ける。机上や床に広がる惨状を見ると、うんざりと肩を落とした。

 机には、かなり分厚い紙の束が、幾千と積んであったのだ。

 そして、机の周りにも、その空いた空間を埋め尽くそうといわんばかりに、紙が散乱していた。その紙は、どれも魔法の依頼書だ。それも、かなり身分の高い人たち……貴族や王族からの依頼が多い。儲かるのだ。身分が高いほど、その報酬が高くなる。


 もちろん、この依頼は全て、集落の大人共が決めていることだ。安価な報酬の依頼は綺麗に弾かれている。その依頼は、おそらく返事もなしに燃やされでもされているだろう。その魔法が、必要で必要で仕方ない人ばかりだろうが、集落の大人どもに、慈悲という感情があるわけもない。あるのは底なしの欲。


「本当に……なんであたしは、あんな奴らのために魔法なんて作らなきゃいけないのよ……」


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