第二章:8 『愛について――』
君は愛されている――
そんな台詞が、頭の中を循環していた。
そのせいでなかなか寝付けず、暗闇で輝く月を見上げていた。
あたしにはそんな自覚はもちろんなく、逆に誰かを愛していることもない。
例えば、あたしの近くにはアスタがいる。
それは集落の大人共からあたしの世話役として遣わされたからだ。
アスタは7年間、あたしのためにいろいろとしてくれた。あたしの身の回りの世話もすべてアスタがしてくれたものだし、魔法を作り続けることができたのも、アスタのサポートあってのこと……。
でも、あたしはアスタのことをよく知らないんだよね。
アスタが集落でどんな扱いを受けて今に至るかよく知らない。それを知ったところで、あたしには何もできないし、そもそも、集落との関係線はすでに断たれている。だけれど、そこで受けた悲しみ、苦しみは永遠の傷として心に残るものよね。
だからアスタはいつも笑っているのかな?
アスタは笑うことで否定され続けていた自己を成立させようとしているのかもしれない。
辛いときも、悲しいときも、寂しいときも、いつも笑って笑って……そこに自己を見出しているのではないだろうか。ま、そんなことを考えておらず、ただ人生を楽しんでいるだけなのかもしれない。
実際、どんな時も、アスタは笑っているのだから。
だからこそ、アスタの悲鳴を聞くことができず、内側から腐って堕ちていく。
アスタの笑顔こそが悲鳴なのかもしれない。
この柵から解放してくれ! と、叫んでいるのかもしれない。
しかし誰もそれには気付かない。あたしも気づけない。
鳴き方を知らない蝉は、狭くて暗い地面から解放されてもすぐに死んでしまう。解放されても、煩い! と、社会から認められない。
だから解放されないまま、地面に蹲ることを選ぶのだ。
地の底から、悲鳴を上げず、ただ笑い続けることを選ぶ。
そこにあるのは諦めか――
それとも、自分を守るための『愛』故の決意か――
もしくは、あたしはガスタウィルのことを知らない。
いや、もちろん会ったばかりだから知る余地もないのだけれど……でも、そうやって諦めるのは少し酷じゃない?
事実、ガスタウィルは【世界樹】を倒してほしいと言っていた。けれど、あたしはその言葉を信じられずにいる。
あたしは孤独で、周りの大人共を信じられずにいたから、と、諦めてしまうのは早いけれど、それで終わるのは人間としてどうかと思ったりもしないではない。
ガスタウィルだって悲鳴を上げているのかもしれないんだ。
国民を愛するが故に、【鳥籠】を落とした(アスタ曰く)……それしか道がなかったのかもしれない。道がそれしかないのなら、わざわざ獣道を行くわけにもいかない、と。
思いが強くて、強行に至るしかなかったのかもしれない。
その思いを無碍にして、うやむやのうちにガスタウィルのことをさらに傷つけてしまうことは、あたしにはできない。だって、あたしだって、思いがあってここにいるんだから。
確かに、ガスタウィルに連れてこられたのだから、思いがあってここにいる、というのは少々おかしいだろう。でも、ここから逃げようとしないのは、【世界樹】があるから、それによって悲鳴を上げている人々を放ってはおけないからなんだ。
子どもたちを助けて、そしていつか無責任で傲慢な大人共に『お前らにできなかったことをしてやったぞ! ざまぁみろ!』って大声で言ってやりたいんだ!
けれど、ガスタウィルはそうじゃない。
ガスタウィルは本気で国民たちを想い、救いたいと思っている。たぶん。
それは傲慢にも似た、一途な想い故か――
それとも国民を慮る『愛』ゆえか――
なら、あたしはどうなんだろう……。
アスタのように、いつも笑う強さなんて持っていない。
ガスタウィルのように、他人を慮る優しさを持っていない。
想いは人それぞれ、持っているものじゃないのかな?
でも、あたしはそこのところがよく分からずにいる。
自分の想いを、願いを持っていないし。
何よりも、誰を愛することを知らないし。
アスタのように、自分を愛することを知らないし。
ガスタウィルのように、他人を愛することを知らないし。
自分なんてどうでもいいわけじゃないけれど。
誰に対しても氷のように冷たいわけじゃないけれど。
何に対しても無感情なわけではない……はずなのに。
愛なんてよく分からない。
愛は無形で、曖昧で。
だから人間は、その曖昧とした感情を『愛』という名前を付けて呼んだんだ。
その感情が分からない。
その曖昧さが分からず、ただ胸にねっとりとした何かが蟠って気味が悪い。その蟠りをとる方法を知らないから、さらに気持ち悪くなる。
つまりあたしは、
人間が嫌いで。
大人が嫌いで。
愛という何かが嫌いで――
そうしてあたしは独りでまた『鳥籠』に閉じこもってしまうの。
せっかく自由に飛び立つ翼を得たのに。
エナジードリンクを飲んだわけではないけど、自由への翼が授けられたのに。
そもそも、あたしにはその翼の使い方を知らなかった。
鳥は生まれつき『飛ぶ』ことを知っているらしいが、
あたしはそれを知らない。
アスタでさえも、地面という柵から出て鳴くことを知っていながら拒んだ、のに。
ガスタウィルでさえも、己が行かんとするべき道が分かって進んだのに。
あたしだけ……この翼の使い方を知らなかったのかぁ……。
それは酷く……
酷く……寂しいことじゃない?
いくら無知蒙昧でも、本能というのはあるはず。なのに、あたしにはそれすらも奪われてしまっていたのかもしれない。
愛されなかった鳥が巣から落とされるように、あたしも『鳥籠』と落とされてしまったんだ。
よって、あたしは愛されてない。
愛されていたならば、この翼をもつ意味も、飛ぶこともできたはずなんだ。
でもあたしにはできなかった。
それは愛されてない故なのか、それに関してあたしは感化できない。だって、自分のことがよく分からないのだもの。
結局、あたしがリールに言えることはいくら考えても変わらない。
あたしは愛されていない、と。
そう決断を出して、あたしは目を瞑る。瞼の裏は真っ暗だ。
夜に鳥は前が見られない。
暗くてなにも見えない。
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ナルティスの声を、四肢を失った本物のリールは聞いて。
『いやいや、そうじゃないよ?
ナルティス・ミリンは、今こそ分からないかもしれないけれど、それでもいつか分かる時が来るよ。
自分は愛されているのだ、と。
もちろん、今はまだ君は『鳥籠』から出されたばかりの雛だしね。
雛のころは世界を知らない。
大人になると、人間に食べられることを知らないし。
そうでなくても、いつまでも狭い世界にいることを強いられることを知らない……。
飛び方が分かっても、ただそれだけなんだ。
飛んでも世界は狭いから、壁が立ちふさがる。
体力は有限だから、疲れ果てて落ちてしまう。
でも、そんなことは学べばいいんだ。
何をするにしても、学ぶ必要があるからね。
鳥だって、本当は空を飛ぶことを初めから知っているわけではないのかもしれないしね。
だって、初めから知っていたら何も面白くないじゃんか。
学ぶことは辛いよね。
でも、それが必要だから大人たちは口を酸っぱくして言うのだ。
彼らは世界が狭いことを知っているし。
彼らは飛んで疲れることを知っているし。
だから雛たちは親たちから色々なことを学ぶ必要があるんだ。
もちろん、彼らだった知らないことはあるよ?
例えば、彼らは壁の乗り越え方を知らない。
それは乗り越えたものしか知らないから、乗り越えることを諦めた大人は、乗り越えることを知らない。
でも、どうすれば乗り越えることができるかは知っているんだ。
いや、矛盾してないよ?
だって、彼らは努力しろっていうじゃん。
勉強しろって言うじゃん。
それは勉強することが大事だって知っているからじゃないかな?
まあ、よく知らないけど。
彼らが知らないのはその勉強の仕方だけ。
それは人それぞれだからね。
私は二つのタイプがいると思うんだ。
記憶するタイプと、身体で覚えるタイプ。
彼らはそれを知らない。だって、それを知っているのはその本人だけだからね。
でも面倒だよね、うん。それは分かるんだ。
ま、学ぶまでは子どものままでいいんだよ。
面倒でも、いいんだよ。
だって『愛』を知らなくても、いつか分かる時が来るんだ。
それならいいじゃん。
親たちがそのうち教えてくれるわけじゃないけど、でも、教えてくれるのはそこに『愛』があるからなんだ。
だから、雛たちはその愛をいつか知って大人になるんだ。いつまでもその愛に甘えているわけにもいかないしね。
だから、結婚するときに、親たちは泣く。もちろん、雛たちも泣く。
別れが寂しい、と思うのは確かに『愛』があったからなんだよ?
って、そんなこと言っても分からないかぁ……。
でも、私は知っているんだ。
誰かを愛することも、誰かに愛されることも。
それを感じるたびに、私はあぁ、幸せだなぁ、って思うんだ。
雛は雛のままではいられないし、ナルティス・ミリンにもいつかそれが分かる時が来るよ。でないと、私は悲しいし、寂しいなぁ。
親鳥は、いつも雛たちのことを気に掛けるんだ。
それは人間もおんなじ。ただ、空を飛ぶか、階段を上るかの違いね。ここ重要(笑)。
だから、ナルティス・ミリンにもそれは分かってほしいな。
あはは。
そんなことを言っても、ナルティス・ミリンにはこの声は聞こえないっかぁ。
でも、いつか……分かってくれることを願っているよ。
愛すること。
愛されること。
だからいつか飛んでよ?』
リールは、腐っていく身体で、
『私の下まで』
そう願った。
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ぺロ……ぺロ……
ふにゅぅ……なんか五月蠅いなぁ……。
ぺロぺロ……ぺロ……
何この音……妖怪垢舐め? いや、それ風呂場にしかいないから。こんな風呂トイレなし20畳以上一間(こんな借家嫌だ!)にいるわけないじゃん……いないよね?
ぺロ……
や、こ……怖いわけじゃないんだよ? ほんとだからね! か、勘違いしないでよね!
……ぺロ……ぺロぺロ……
って、どんだけペロペロ言ってんの!? どんだけサッカー好きなのさ!
……ぺロ?
疑問形!?
た、確かに正しくは〇レだけどさ!
……ぺロ……ぺロぺーロ……
会話しようとしてんの? ちょっと間違えたらぺペロンチーノだよ!
………はぁ……
あたしが悪いこと言ったみたいにため息吐くなぁぁぁぁ! ちょっと傷つくでしょ!? 乙女の心を傷つけて何がしたいわけ!?
はぁ……はぁ……ぺロ……
新しい言語の発掘でもしてるの? 『はぁ』と『ぺロ』しか言ってないよ!
……クチャ……クチャ……
新しい言語発掘!
って、さっきからなんだか言語がスゴク卑猥……。
…………………
って、あたしが考えてるだけって言いたいの? あたしが変態だと?
……ぺロ……
頷くな!
……ぺペロンチーノ?
言ってない!?
……そう……ぺロ……
もうわけが分かんない……ていうか、
「あたし舐められてない!? ぐわっ!」
ガバッと起き上がった瞬間、何か固いものと頭突きしたみたいで、頭がぐわんぐわんする……。
「ひゅぅぅ……いったいなぁ……」
痛いし、何より顔全体がかぴかぴする。どうやら服も肌蹴ているみたいで、やたら冷たい。何かが乗っかっているかのように身体も重い。
寝ている間に服が肌蹴て風邪でも引いて鼻水が顔中に付いたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「……起き、て……」
「………………………誰?」
あたしの上に、一人の少女が乗っかっていた。
髪は汚れのない白。肌も透けるように白く、あたしみたく薄汚くはなかった。悪かったわね! 薄汚くて!
健康的な肌に、もっちりとした太もも。くびれるところがしっかりくびれていて、胸もある。そして、頭の上には猫のような耳、真っ白なもふもふの尻尾までもある。
何より、あたしが目を引いたのは、その服装だった。
「というか裸!?」
「……動き、やすい……から……」
「恥を知れぇぇ!」
少女は、裸であたしの上に乗っかっていた。
その美貌、容姿に目を奪われる。
しかし、少女の頬はほんのり紅が差し、さらに息が荒いので変態指数が上がっていた。だから目が奪われても心は奪われないのである!
「……はぁ……はぁ……可愛い……可愛い……」
「ひいっ!!」
目がもう犯罪者である。
誰か警察に通報してぇぇぇ!!
しかし、その声も出せないままに、あたしは少女になめられ続ける。
「可愛い……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかわいいかわいいくぁわいいカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワ……」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
Q、何……この子……?
A、変態です。




