第二章:4 『でかい机と鏡の部屋と魔法』
静寂が鏡張りの部屋を埋める。
あたしたちの目の前には、色とりどりの料理が並んでいる。シチューやパン、サラダ、肉などなど……今までに見たことのない料理も、このデカい白机に置かれていた。
こんなにデカくて、掃除も大変だろうに。部屋が広ければいいってものじゃないよね。だって、手近に物があった方が面倒くさくないし……まあ、いいんだけど。
とか、どうでもいいことを考えながらあたしはパンを手に取り、話を始めようとする。
しかし、先に口を開いたのはガスタウィルだった。
「というわけで、あなたに【世界樹】を倒してもらいたいのですが……」
「というわけでって言うけど、結局、あなたの目的はあたしなの?」
するとガスタウィルは、逡巡し、
「……まぁ、本心を言えばそうなりますね。私はこれでも一国の王ですから」
「王様って……【世界樹】と関係ありげな言葉だと思うのだけれど」
「そうです。関係あります」
あたしは黙ってパンをかじる。その向かい側で、アスタが手を止め、ニヤニヤ笑いながらガスタウィルに話しかけた。
「それはそんなに重要なこと?」
「ちょっと、あなたたち……これでもガスタウィル様は一国の王であられるぞ。少しは敬語を……」
「いいんだ、ニボシ。少し下がっていなさい」
「……はい」
と、しょんぼりしつつ、ニボシは一礼し、廊下へ出て行った。
それを確認したガスタウィルは再び臭い口を開いた。
「ごほん。では、【世界樹】のことについて少々、話しましょうか」
「前置きはいいから。分かりやすく簡潔に」
「……そうですねぇ。【世界樹】はご存知の通り、1500年前から一度も傷つけられなかった木です。【世界樹】はそれほどに堅い表皮で囲まれ、今も成長を続けています。その上、毎日50メートルプール100杯分の水を吸収している」
「それが、【世界樹】が世界を滅ぼしかねない……ということね」
ガスタウィルは頷いて。
「はい。しかも、水同量の養分をその身に吸収し続けています。成長が進むに連れてさらに表皮が固くなり、とても人間には倒せないものになってしまった……。魔法も効かなければ物理攻撃も無効」
そして【世界樹】を倒そうとする人間は居なくなった、とガスタウィルは付け加える。
その上で、あたしに魔法を作らせようとしているのだ。人類最古最強の木に、挑ませようとしている。
そんなバカみたいな話を……。
「信じられないですか?」
ガスタウィルはあたしの心を読んだかのように声を出した。
「まあ、無理に信じてもらわなくてもいい。人生はまだこれからです。ゆっくり考えて行けばいい」
「それじゃあまるで、あたしが力を貸すって言っているようね」
あたしは鼻で笑う。
これではまるで喜劇だ。知らずの内にガスタウィルの手のひらで躍らされているだけ……やることは【鳥籠】と同じで、舞台が変わったに過ぎない。同じ苦しさを味わうくらいならやらないほうがマシだ。
「あたしが、そんなに簡単に力を貸すと思ったら大間違いよ?……仮に魔法を作っても、それが【世界樹】を倒せるとは思えない」
「はは。本当に口説くには難しそうだ。……でも」
一呼吸おき、
「それは……失敗が恐いから、力を貸さない、魔法を作らない……と言っているようなものですよ」
「……」
あたしは否定しない。
ただ、一言。
「メンドクサいだけよ」
と呟いて、お茶を飲む。てか、何で紅茶じゃないのよ、気が利かないわね……。
ああ、なんか、客には絶対に紅茶を出すっていう法律でもできないかな?
とか、どうでもいいことを考えている間にも、会話は続く。
「面倒……ですか。ま、それはあなたの意見として聞いておきましょう。しかし、あなたは一度、【世界樹】を倒すことに賛成したはずです」
「……!」
何で、こいつはあたしとアスタの会話を知っている?
というか、どこまであたしたちのことを知っているんだ?
「……その顔は、自分たちがどれほど知られているか、心配しているようですね」
ガスタウィルの台詞に、あくまで平常心を保ちながらあたしは笑った。
「はは。それが交渉相手にする話なのかしらね。……何度も言うけど、あたしはあなたたちに手を貸すつもりは……」
「では、誰のために【世界樹】を倒すというのですか?」
「それは、あんたに関係ないでしょ?」
「いえいえ。私は単に興味を持っただけですよ」
「どうかしら」
「信用してください」
「……」
バカらしくなってため息をつく。
こんな不毛な会話を続けていても、好転はしないだろう。
ガスタウィルが嘘をついているとは思えない……が、それでも情報が圧倒的に少ない。対してガスタウィルは、こちらの弱みを握っている可能性すらある。
そんな状況で『信用してください』、なんて言われても、できるわけがない。
ガスタウィルが、こちらをどれだけ知っているかで信用性は変わってくるが、どうも、まだあたしたちの弱点を知っているような気がして……
ああ、考えるの面倒くなってきた……。
「はぁ。……まぁ、信用するかしないかは、あたしたちがそのうち決めることとして……あたしが聞きたいのは、何であたしに【世界樹】を倒してほしいか、だね」
「あはは。ナルちゃん、みんなのアイドルだから」
「……あたしたちを助けたのは、あたしに【世界樹】を倒してほしいから、だよね?」
「あれ?無視……?」
アスタを半眼で睨み、あたしは手に持ったパンを置いて話を続ける。
「わざわざ、あんな辺境の地にまで来て、ただ『たまたま助けたのが魔法技術士だったから』っていう理由で【世界樹】を倒してほしい、なんてバカな話はないでしょ? ……あんたは、最初からあたしたちを狙って、助けた。それも……恩を着せるために」
「……」
ガスタウィルが何も言わないのを視認し、続ける。
「と、いうことは、あなたはずっと前からあたしたちのことを知っていたことになるのだけれど……まぁ、あたしはいちいち依頼主を覚えているわけでもないから、もしかしたら魔法の依頼を受けたことがあるのかもしれないけど……とにかくあなたたちは、あたしたちにとってスゴく不信なの」
すると、ガスタウィルは困ったように笑って、
「いや……依頼をしたことは確かにありますが……助けたのはたまたまですよ」
「あはは、それを信じろって……バカな話?」
アスタが愉快そうに笑う。場の空気を読まないやつね……。
「実際、あの集落は狂っていた。俺が知らないところで、この国がつながっていたこともあり得る。だから……あんたがナルちゃんの現状も知っていたかもしれない。そんな中、信じろ、とか言われてもなぁ」
と、アスタはにやりと笑う。
「それは……私が怪しい、とでも?」
「うー……ん……そう、だね。少なくとも、信頼すべき相手ではないかな? そもそも、俺は大人を信じてないしね」
そう言って、自虐するかのようにに笑った。
「俺は……俺たちは、あの集落で育った。そして、大人の酷さ、傲慢さを常に肌で感じて生きていた。それを今更覆せ、と言われても……あはは、無理な話だよねぇ」
「うんうん。あたしも大人なんて全く信用にあたいしない、って思ってる。で、新米の王様は何歳なの?」
ちなみに、自分より年上は全員大人、という理念の下にあたしは成り立っている。
つまり、15歳以上はアウト。
ふはは!貴様はどう足掻いても、あたしのなかでは大人なのだ!
あたしは一切、こんなお偉いさんを信じない。年齢だって詐称される可能性だってある。だから注意しなければならない。
嘘をつかないか、あたしはガスタウィルをずっと見つめる。
さぁ、言ってみろ!自分は『15歳以上だ』って!!
ガスタウィルは下を向き、顎に手を添えて。
「私は……年齢なんて……(ぽっ)」
「男のくせに年齢で頬染めるなぁぁぁぁッ!!」
あたしは激高し、机を激しく叩いた。
「これは、あんたが信頼に値するかを決める話なの!!まぁ、今更何言おうが、あたしはあんたのことなんて信用しないけどね!!」
「ああ、やはりそうでしたか」
「……あ」
謀られた……。
くっ、すでにガスタウィルの手の上、ということか。
「まぁ、俺は信用してもよかったけどね」
「うっさいアスタ」
「あはは、失敗したナルちゃんも可愛い……」
「今はそんな話してる場合じゃないでしょ!」
アスタに向けて怒鳴ると、ガスタウィルは笑った。
「はは。あ、でも確かに今はそんな話をしている場合ではないのですよ」
「ん?」
ガスタウィルの言いようだと、まるで【世界樹】を倒すには期限がある……ていうことになるけれど。
いや、それも一理あるかもしれない。
【世界樹】ができて1500年。
その間、【世界樹】は大地を蝕んできた。
水を吸い、養分を吸い、太陽光を遮り、大地を荒廃させる……今の世界の状況は分からないが、それでも世界滅亡まであと少ししかないだろう。
なら、一国の王として、早く【世界樹】を倒したい、という焦りもあり得るか……。
あたしは国の機能とか、政治の方針だとか……そんな小難しいことは知らない。
それどころか、あたしは【鳥籠】に閉じ籠められて世界の状況に疎いのだ。
あたしはアスタを見る。
すると、アスタもこちらを見て頷いた。
「ふむ……じゃあ、まずはあんたが知っている【世界樹】の情報を全部教えてもらおうか、ガスタウィルさーまー」
嫌みたっぷりにアスタはそう言う。
いいぞ、もっとやれ!
しかしガスタウィルは嫌な顔一つせずに頷くだけだった。なんだ、つまんないなぁ……。
「ええ、もちろん。手伝ってもらうからには情報提供はいたしましょう」
「前置きはいいから」
あたしが急かすと、再び頷き。
「では、【世界樹】と、それを取り巻く現状について。
ええと、まず、世界全体を見て言えば、今のところは世界滅亡の危機はない。しかし、確実にそれはくる。それも、私たちが死んですぐにでも。まぁ、自分の寿命がいつ尽きるかなんて、分かったものじゃないですが……大体100年後ですね」
「それまでに【世界樹】を倒す必要がある?」
「そうです。だって、嫌ではありませんか?」
「?」
あたしは疑問符を浮かべる。
それを見て、ガスタウィルは苦笑し、
「つまり、自分たちが死んだあとの世界が、すぐに滅亡するなんて……私たちには止める術があったかもしれないのに諦めるなんて、できませんよ」
「……そっか」
あたしにはない考え方だった。
あたしはただ、子どもたちを……これからの未来を背負う人たちの幸せを守りたい、と思っただけで。
なのに……この王様はしっかりとみんなの未来のことを考えていて……。
「……あたしって、子どもだなぁ」
と、誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「……で、【世界樹】について情報は?」
アスタが聞くと、ガスタウィルは話を再開する。
「【世界樹】……それがある場所は知っています」
「「え!?」」
その情報は、聞くに値する話だった。
これで探す手間は省けるし、本当にあったなら魔法を作る時間も取れる。
ガスタウィルを信用するかどうか……それは一旦置いといて、その情報だけは手に入れる必要がある。
「……どこにあるの?」
「それは……まぁ、直接見たほうが早いでしょう」
と言って、ガスタウィルは立ちあがった。
そして、机の上に一つの巻物を広げた。それがどんな魔法なのか、それは分からないが、ガスタウィルは作業を続ける。
「……軌跡を描け、描風景!」
すると、
「なっ!?」
視界が光に覆われた。
あまりの眩しさに目を瞑る。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
腕を眼前に持ってきて閃光を遮る。
しかし、それだけで防ぎきれるわけもなく、あたしは叫んだ。
それから少しして、一気に暗くなった。しかし、前が見えないほどではない。
そして、自分がいた場所は――
「……荒野?」
赤い大地。
ひび割れた大地。
錆びた大地。
視界の限り、それが広がっていて……生物の気配一つしなかった。
それどころか、アスタの姿もガスタウィルの姿も見えない。
「……騙された、かな?」
まぁ、騙されたとしたら、あたしの命はないなぁ。でも、そんな実感は湧かないし、それにガスタウィル……あの口臭の酷いおーさまなら、あたしを必要にしていたみたいだから、まずそれはないかなぁ。
そんなことを思いつつ、あたしは辺りを見渡した。
暗闇。そこはどうやら夜のようで、月もなかった。
しかし、後ろを振り返った時、あたしは息をのんだ。
奴が現れた。
「はは……冗談でしょ……これ……」
奴の姿に、あたしは驚いて、一歩後ろへ下がった。でも、それだけでは意味がない。
怖い。
奴を見るのが、とんでもなく怖い。
逃げ出したい――どこへ!?
ただでさえ、ここがどこなのか 分かっていないっていうのに。
いや、だからこそそれがさらに恐怖を増加させてる―――というべきか……?
これが夢だったら、どれだけいいだろうと、思いながら、あたしは奴を見上げた――。
その樹を――
「―――これが【世界樹】!?」
巨木を見上げて、あたしは絶句した。




