第二章:3 『恩着せがましい王さま』
王様、と聞いて皆様はどんな印象を抱くだろうか。
傲慢?汚職?誠実?健全?……さて、まあこれ以外にもたくさんの考えを抱くことができるだろう。それは人それぞれで、少なくともあたしには……
「……」
この青年を信用してもいいのどうか、分からないという考えを持っていた。
そして、その決断を下すのは今ではないことも確か。
長身に、男にしては長めの金髪。優しげに輝く緑の目に、スッと通った鼻が特徴の青年だ。その身を包む長めのローブだけは、王様のような威厳が感じられた。
そして、もっとも特徴的なのはその耳だ。
先に尖った耳……それは神の使いとも謳われるエルフの証だった。
ちなみに、エルフはその耳の美しさで、その権威が現れるのだという。そして、目の前の青年の耳はとても美しく尖っていた。
――つまり、相当の権力を持っていることになる。
あたしは息を呑んだ。
彼は本当に王様なのかもしれない。現に、彼の後ろには一人のメイド姿の少女が控えていた。彼女は肩で切りそろえられた金髪で、目は閉じていた。なので彼女からは感情を読み取ることができなかった。そして、その少女もエルフだった。
「……って、本当に状況が分かんなくなってきたなぁ」
そう愚痴ってみるが、返事はない。
アスタはその青年をにやにやと見ているだけだし、扉の前に立つ大男は無言を貫いているし……。
沈黙で仕切られた重い空気を吐き出すように、あたしは嘆息した。そして青年のほうに視線を向けると,
青年が口を開いた。
「怪我の具合はどうですか?二人とも、生きているのが不思議なほどの怪我をしていましたから」
「……助けてくれたのはあんた?」
ふてぶてしくそう言うアスタに、大男が何かを言おうとした。しかし青年に手で制され、なにも言えず立ち尽くす羽目になった。
「はい、そうです。アスタ様」
「……あなたは一体――」
怪訝そうにあたしが聞くと、青年は柔らかく笑い。
「そんなに警戒しなくてもいいのですよ?ナルティス様。別に、私は怪しい者ではありませんので」
「それをはい、そうですかって鵜呑みしろとでも?」
もちろん、そんなことができるわけがない。初対面の上に、相手だけがこちらの情報を得ている以上、あたしたちは警戒を怠るべきではない。それどころか、あたしの素性を知っている可能性がある。
あたしは魔法技術士。
洗脳魔法でも掛けられて、兵器を作る道具と化せば、【鳥籠】の時に逆戻りだ。
そんなの嫌だ。
冷や汗が垂れる。
これから起こるであろう、最悪の事態を想定すると……恐ろしくてたまらなかった。
そして、この場面でアスタを巻き込んでいることにも気が引けた。
アスタはあたしと違ってただの人間……その上、あの集落の大人共とは違って、あたしとずっといてくれた人間なのだ。
そんなアスタを、あたしは失いたくない。
あたしは青年を睨みつける。
すると青年は笑いながら、
「そんなに睨みつけられても困るなぁ……」
「そんなこと言う前に、早く名乗りなさいよ。あなただけこちらの名前を知っているこの状況……すごく不信なんだけど……」
「まぁ、そうだろうね。実際、私たちはあなた方のことを知っている。でもあなたたちは知らない。なら、名乗る必要があるでしょうね」
まるで人付き合いのマニュアルでも呼んでいるかのように、機械的に話始める。
青年は、自分の胸に手をあて、軽く会釈しながら自己紹介をした。
「私は、ルルーベント・ガスタウィル と申します。この国、『ガスタウィル皇国』初代王でもあります」
本当に王様でした……。
しかし、その国名は聞いたことがなかった。
まぁ、あたしはそもそも地理に詳しくないのだ。魔法の依頼では住所が書いてあったが、その全てを覚えているわけもないし。
アスタに視線を向けると、分からない というように首を振った。
それに、青年――ガスタウィルは自分のことを『初代王』と言った。
つまり、建国してから間もない国ということになる。もちろん、そんな国に権力はあまりないはず。
なら、どうやってあたしたちを助けた?
【鳥籠】に掛けられた魔法は、相当強力なものだった。
つまり、集落の大人共には、それなりに強い魔法技術士がバックに付いているということになる。そんな奴を相手に、こんな新米の王がどうこうできるのであろうか?
答えは、否。
新米の王にできたことならば、あたしがやっている。
そんな状況で、あたしたちをどうやって助けた……?
「……」
そもそも、なんであたしたちを助けた?
「……まぁ、警戒する気持ちは分かります。しかし、あなたたちを助けたのは紛れもなく、私です。そして、あなたたちを助けたのは、少し天下の天才魔法技術士のナルティス様に……」
「あたしを、天才と呼ぶな」
声を低くして、
「ぶっ殺すぞ……?」
あたしは、天才、という言葉が嫌いだ。
無責任で、強情で……こんなダサい異名、ただの汚点にすぎない。
期待され、自由が奪われ……その結果が【鳥籠】だ……そこに幸せなんてない。
だから。
「あたしは、天才なんかじゃない。なる気もない。大それた魔法技術士でもなければ、ただの平凡な魔法技術士でもない」
「しかし、世界最少年……確か7歳、でしたっけ? そんな歳で魔法技術士になったことは事じ……」
「黙れ」
そして。
「次にあたしを天才呼ばわりしてみろ……その時には、あんたの首をもぐ」
静寂。
やっちゃったなぁ、あはは。
せっかくの命の恩人(一応)に仇で返しちゃった❤
てへぺろー☆べろべろぉ
でも、あたしは反省しない。
嫌いな言葉を投げかけられれば、これは至極当然のことだと思う。このぐらい、許してくれるよね?ね?
やがて。
「あはは、面白いね。私の首を撥ねる……国王の私にか?」
「ははっ。偉そうにしないでよ。あんたがあたしのことをそう呼ばなきゃいい話でしょ?それとも、そうまでもして、殺されたい?それすらもできないとか?猿以下の知能指数ね」
ガスタウィルは何も言わず、ただ柔らかく笑っているだけだった。
そして、一度瞑目してから話し出す。
「……まるで、借りてきた猫だ」
「はぁ?」
「まぁまぁ、そんな邪険にしないで。別に君らを取って食おうってわけじゃない。ただ、少し手伝って欲しいだけなのですから」
「あはは。それって、恩は着せたからさっさと返せってこと?」
アスタの言葉に、ガスタウィルは残念そうに顔を歪めた。しかし、アスタの言葉にも一理あると見たのか、一つ頷くと、
「……まぁ、多少恩着せがましいところもありますね。ええ、そうです。恩は着せました。だから、私に魔法を作って、返してほしい」
「素直に作るとでも?」
「それすらも信頼されていないのですか?はは、これは口説くのは難しそうだ」
そう言って、ガスタウィルは王座に座った。
そしてこちらに手を差し出すと。
「さぁ、どうぞ座ってください。話は食事をしながらでもしましょう」
そういえば、目覚めてから……いや、今朝から何も食べていないので、お腹が空いていた。
あたしがアスタの正面に座ると、ガスタウィルは横に控えていたメイドに何かを伝えると、こちらを向いた。
……にしてもこいつ、口臭いな……。
「ええと、なにから話せばいいのかな……じゃぁ、まずはこの国について話しましょう」
あたしは面倒くさそうだなぁ、と思いつつ、肩肘をついて耳を傾けた。
「この国は、先ほども申しました通り、建国されたばかりの国です。人口もさほど多くありません。まぁ、領土だけは割とありますけれど。この大陸には国が7つしかありませんから、その余った領土を掠め取った、といってもいいでしょう」
「そんな面倒なのはどうでもいいから、早く核心を話して」
面倒そうにそう言うと、ガスタウィルは頷き、
「そうですね。では核心から」
「……」
唾を飲み込んだ。
緊張感が部屋を包み、その空気が重くのしかかっているような錯覚を覚えた。
そして、そんな空気を切るように、ガスタウィルが話し始めた。
「――あなたに、【世界樹】を倒してほしい」
――……
シンキングたーいむ!
問、王様は何と言いましたか?
答、【世界樹】を倒してほしい。
なぁルほどぉ。そういうことですかぁ……
要するに、
「何でッ!?」
問、【世界樹】を倒してほしい。
答、『何でッ!?』
完璧な答えでしょ?
惚れてもいいのよ?
……さて、冗談で混乱を吹き飛ばしたところで、
「【世界樹】を倒すなら、ほかにも魔法技術士がいるはずでしょ?しかも、あなたの国にも一人はいるはずじゃ……」
現在、魔法はこの世界に定着している(というより、あたしが【鳥籠】に閉じ込められる以前までは)。
故に、魔法はなくてはならない存在なので、一か国に一人以上は魔法技術士がいるはずなのだ。たとえそれが、新しくできた国だったとしても、建国するまでに魔法が使われることだってある。
なのに、わざわざこんな田舎のへんちくりんな魔法技術士如きになぜ――?
あたしよりも、もっと優秀な魔法技術士なら、ほかにもたくさんいるはずなのに……。
ガスタウィルは、手を顎にあてると、
「う~ん……確かにいましたよ?」
「いた……?」
アスタ共々、首を傾げる。
ガスタウィルの言葉は過去形だ。
すなわち……。
「……今は、いないってこと?」
「はい、そうなりますね」
「……」
そんなことがあっていいのか?だって、魔法は人々の生活に定着しているはずで、魔法が無くなってしまえば、なにもできない人だっているはずだ。
それなのに、『今は、いない』……そんなバカな話、あってたまるか。
頭の中でいろいろと考えていると、アスタが口を開いた。
「つまり、魔法技術士がいなくなって、僕ちん何もできないよぉ、ってこと?あはは」
アスタはバカにしたように笑い、
「だから集落を襲った?襲って……そして【鳥籠】を落としてまんまと自分の手を汚さず魔法技術士を手に入れたってこと?」
アスタの言っている言葉が分からず、あたしは首を傾げた。
「あはは。そして、ナルちゃんをこの国の専属魔法技術士にしてめでたしめでたしって先鋒かな?」
「……」
ガスタウィルは何も言わない。笑うだけで否定も肯定もしない。
というより、アスタは何を知っているのだろうか。
集落を襲っただとか、【鳥籠】を落としただとか……意味不明すぎる。
だって、あの時……【鳥籠】が落とされたときに、アスタはあたしと一緒にいたはずで、集落のことなんて知っているはずがなかったのだ。
不信の矛先がアスタに向かう。
しかし、アスタはそれを気にせず、へらへら笑っているだけだった。
……ま、いつものことだが。
やがて、
「冗談っ!」
「何がしたいのよ……」
と、あたしは呆れてため息をついた。
そして、その小さな脳みそで考える。
――集落
――【鳥籠】
――ガスタウィル皇国
「―――もう、あたしは誰を信じればいいの……?」
と、痛む頭を押さえながら息を吐くのだった。




