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プロローグ 『滅亡の大地』

 最初に感じたのは冷たさだ。夜風に吹かれ、冷え切った体を温めるように、あたしは身手で体をさすった。しかし、それでも寒さはやわらげられない。


「ふぅ……」


 細く吐いた白い息が夜の冷たい空気と混ざって消えていく。暇ななので、それを見て楽しんでいた。しかしこれにも飽きてきたなぁ。

 だから辺りを見渡すことにした。辺りには黒の甲冑を身に纏った兵士たちが馬に跨り、規則的に並んで同じ方向へ向かっている。


 乾いた赤の大地に砂塵が舞う。しかしそれも束の間で、すぐに平坦な道に戻った。

 あたしは小さな馬車に揺られながら、それを見ていた。甲冑の兵士たちはその砂塵の中に、まっすぐ進んでいく。


 その先に、あたしもこれから行くのだと思うと、少し恐い。


 天を仰ぐと、二つのワインレッドと黄金色の月が、赤い地面を照らしていた。そんな月明かりの中、あたしたちはある一つの目的を完遂せんと移動を続けていた。


「……もうすぐ、着きます。ご準備を」


 一人の兵士が小さな馬車に近づいてきてそう言った。肯定の意を伝えるために頷くと、兵士は馬車から離れて行った。

 カタリ、カタリと、心地よく揺れる小さな馬車。そこには、馬主を含め、三人が乗っていた。


 ……平和な時間。


 けれど、それが束の間の休息にすぎないことを、あたしたちはよく知っている。だって、これから行く先に、希望などないのだから……。


 ――この世界に、本当の平和など無いのだから。


「……はぁ」


「……珍しい……可愛い、子……ため息……」


 つい、ため息を吐くと、向かいに座ったケットシーの少女がぼそぼそと言った。彼女の頭には、尖った猫の様な耳がピンと立っていた。柔らかそうな尻尾が左右にゆらりゆらりしているのを見ていると、もふもふしたくてたまらなくなるが、我慢する。それは帰ってからのお楽しみ、ということにしておく。


 尻尾というものは、もしくは耳というものは、感情によって動くらしい。犬や猫ならなおさらに。

 しかし、その表情は何も感じていないかのように、無表情。声も感情がないかのように淡々としていた。その割に尻尾や耳が動いているところを見ていると、なんだか妙である。


「この先に、希望なんて無いからだよ。こんな荒廃した世界で、何をどう足掻いたって無駄だって、みんな諦めてる」


「……可愛い子……は……?」


「え?」


 その問いの意味がわからず、あたしは間抜けな声を出してしまう。

 しかし、ケットシーの少女はそれを気にしないというように続ける。


「……可愛い、子……諦め、る……?」


「………………………」


 その言葉を無視して……いや、答えられず、あたしは自分の隣に置いたクリーム色の鞄から、ある物を取り出した。


 羽の付いたペン、花の装飾が施されたインク……

 ……そして、手のひらサイズの巻物。

 中を開く。

 そこには幾何学模様の、複雑な図形が描かれていた。その周りは数式が埋め尽くされ、中心には目のような模様が書かれている。


――魔法陣。


 それはいわゆる『魔法』というものだ。これから行く先で、この魔法を使うのだ。


「……いよいよ、か」


 小さく呟きながら、馬車の外を見る。

 果てしなく続く、何もない、赤い大地。ひび割れ、乾き、静かで淋しい大地。そこに馬の足跡がまっすぐ続いている。


 死んでいるような大地だ。


 ……いや、本当に死んでいるのだ。

 栄養もなく、水分もなく、種もなく……砂漠になるにも地面の固さが邪魔をして、ただの赤い大地と化していた。淋しいだとかそんなレベルではないくらいに、なにもない。


 こんな所に、草木が成るはずもない。

 こんな所に、生物が住むわけもない。

 こんな所に、人間が来るわけがない。


 そんな荒廃しきった大地を……世界を見て、再度呟く。


「さてさーて、こんなひどくつまらない世界を、絶望しかない世界を、あたしたちはどうやって救おっかなぁ?」


 誰に問うわけでもなく、呟く。


「神様にでも祈ってみる? あはは。そんなことで世界が救われるなら、とっくに救われてるっての。戦争なんて起きず、みんな笑って生きていられる。みんな幸せに生きられる。大人だって理不尽に子どもを操ったりしない。本当に――」


 ――バカらしい世界


「……やっぱり、この世界、嫌いだなぁ」


「……でも、救、う……?」


 ケットシーの少女が言う。それに答えるように――


「だって、あたし以外はみんな諦めたんだよ? あたしみたいな……不覚にも天才と呼ばれたあたしが、この世界を救ってやらないと……美味しい紅茶だって、ゆっくりと飲めやしない」


 言いながら、ケットシーの少女を見る。

 彼女も、あたしを見つめていた。


「……それでも、心、の中では……後悔してる……? …こんな……救う価値、も見出せない……ような、クズの……(せかい)を……救うことに……可愛い子……うんざりして、る……?」


「……いや」


 逡巡し、


「働きたくないな、て思って……」


「……え?」


ケットシーの少女が、不抜けたような顔をして、不抜けた声を出した。

そして無表情のままくすくすと笑いだす。


「……あはは……それじゃあ……可愛い子は……さし、づめ…『ニート』って……ことか、な? ……自宅……と、いう……檻、で……一生……を過ご、すんだ……」


「あ、それいいなぁ」


 すっごく魅力的な提案だね。ニート思考のあたしにとっては、そんな良い未来はない。あたしがそう言ったので、少女は無表情で、「……いや…いや……」と、笑った。うむぅ、なぜ笑われたのか分からないあたしは、きっと頭がおかしいのだろう。どうおかしいかは分かんないけど。


 それにしても、楽しそうに笑う少女だ。しかし、その表情は固まったかのように揺るがない、無表情なので、少し奇妙。

 声と表情とのギャップに、最初は戸惑ったが、一か月間ともに過ごしたとなれば、それには慣れること必至だろう。


 いや、麻痺した、というべきか?

 ただでさえ感覚が麻痺してるというのに、なんてことだ!! 

 一大事だ! 山火事だ! 地震雷火事バカ親父だ!!


「ははは……さて……もう、着く……ほら……見えて、きた……例の、木……」


 言いながら少女が、馬車の行く先を指差した。

 その先を、あたしは見る。


 そこにあったのは、一本の『樹』。しかし、その大きさはそこらの木とは比べ

物にならないほどに巨大……。


「……むわぁ……でかいなぁ……」


 一言で言うなら、『天を突き破った』だ。

 1キロ以上離れた場所からも、その姿がよく分かるほどに。

 そしてそれは、砂漠にひっそりと佇むオアシスのように。また、一つの『希望』のように、ぽっかりとそこにあった。


 ――しかし、その樹が意味することは、『希望』などではないことはよく知っている。


「……本当に、やるんだ」


「……うん……もう、すぐ……『絶望に、包まれた樹』……は、目の前……」


 一呼吸置き、楽しそうな口調で。


「……わ、くわく……するね……!」


「しないよ……だってあれは――」


――絶望に包まれた樹

――世界を滅ぼす樹 


「あれが【世界樹】だから――――」


 あたしたちは、世界を救う作業を開始する――。


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