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コトサキク  作者: 真央
2/2

後編

「き、きこえない……」

 道路を隔てているんだからあたりまえだけれど。ひそめる必要もないのに僕は小声でささやく。

 

多分喬が彼女に声をかけたのだろう。立ち止まった彼女の視線が喬の顔へ動いたのがわかったから。

彼女の表情の変化までは、距離があってよくわからないけれど全身から戸惑っている空気が出ていた。

 

 二言、三言。喬がさらに何かを言った。

 彼女の戸惑いが表情に出た。まるで、水面に落ちたインクのようににじんでひろがっていく。

 そのとき。

 

 喬が前へ一歩出た。彼女との距離を縮めるように。


「あ」


 思わずというように実乃里が声をあげて、ぽろりと千歳飴を口から落とした。

「えええええええ?」

 僕も唖然としたあまり、これまでの緊張もあいまってか膝から地面に前のめりになって倒れそうになった。


 会話や状況などはまったく聞こえてはこないけれど、それでもわかるくらい喬は唐突な行動に出たのである。


 喬は彼女にキスをしたのだった。


「な、なにがどうなってるんだ」

 力なく呟く僕の靴の先に実乃里が落とした千歳飴が転がってきた。


「意外に行動派……」

「それですむのか? ほんとうに?」

 どこかズレた実乃里の感想に、僕は思わず追求してしまう。外野同士で何かを言ってもしょうがないのだが。


「どう、なるのかな」

 息を詰めて実乃里が言った。

「どうってそりゃあ……」

 完全に第三者の僕らだが、この顛末のオチはわざわざ言葉にして答えるまでもなかった。わかりきったことだった。


 はじめからひとつしか、結論はない。

 喬が一番それをわかっていて告白したのだから僕らはただ喬を待つだけだ。

 ひとり戻ってくるだろう喬を。


 彼女も魂が抜けかけたように口をぱくぱくさせている。

 そりゃあ驚くだろう。喬は毎朝彼女をみつめていたが、彼女は毎朝同じ場所にたたずんだ男子高校生の目的が自分だったとは思わなかったろうしそれ以前にそもそも目に止めていたかどうかも怪しい。


 いきなりなにするのかとひっぱたかれなかっただけでも幸い、だと親友でも正直思う。


 喬の頭がちょっとだけ動いて彼女の背後を見た。僕らも釣られてそちらに目をやる。市役所行きのバスが交差点に曲がりこんでくるところだった。


 喬に教えられたのだろう、彼女は何度も後ろを振り返るしぐさをした。バスとの距離を確かめるように。やっぱり動転しまくっているようだ。


 ゆっくりとバスが近づいてくる。喬が右腕をあげて運転手に合図をした。バスが止まる。


 白地にグリーンのラインの車体が二人を覆い隠して視界をふさぎ、僕たちには状況がなんにも見えなくなった。


 彼女一人が乗り込むだけにしては長めの間があったけれど、やがて窓から見える幾つもの人の頭の中にウエーブの髪が動いているのがわかった。


 僕は黙ってその人影を見ていた。実乃里も横で微動だにせず息をつめていた。


 バスはゆっくりとまた走り始めた。

 駅前大通に向かって遠ざかっていく彼女を乗せた車体を、僕と実乃里はなんとなく神妙な気分で見送った。


 その白いバスが小さくなって完全に視界から消えてゆくのを待ち、再度バス停へ視線を戻すとなんとも言いがたい晴れやかな笑みを浮かべた喬がこちらを見ていた。


 その笑顔を目にした、隣の実乃里から肩の力が抜けたのがわかった。

 さっきからずっとつかまれだままだったらしい僕の右腕が痛みをいまさら訴えてきて、実乃里の手がほどかれたことに気がついた。

 

 僕も握りしめていた掌を開いて、喬へ笑い返した。

 

 

 しばらく誰もが無言のまま学校へと歩いていた。ずっと張り詰めていた気持ちの余波でしばらくは何も話す気になれなかった。

 

 信号に引っかかって立ち止まったのを契機に、僕はおもむろに会話を切り出した。さすがにまだ喬の気持ちの整理がついたとは思わないけれど、直後よりマシだろう。

 

 あんまりぐずぐずしていると何も聞けないまま学校に着いてしまうし。卒業式の後にしたい話題でもない。


「なんつったんだ?」

「俺? 向こう?」

 喬の声はやっぱり普段通りで、長く秘めていた自分の思いを解放した後らしいそぶりのかけらもみせなかった。

「両方」


「俺はストレートにずっと好きでしたって」

「名乗ったわけ?」

「そりゃあもちろん。どこの誰かもわからないやつに告られても怖いだろ」

 けろっとそんなことまで言う。


「誰かわかってもこえーよ……」

「そうかな」

 喬はのんびりと首をかしげている。


「どうだったんだ?」

 まあどうなりようもないだろうことは、さっきまで実乃里とも話してたのでわかってはいるんだが。


「んー、びっくりしてたね」

 喬はやっぱり屈託なく笑っている。

 いい心臓を持っている。さすがこんな告白をしようと思いつくだけのことはあるヤツだ。


「そりゃあ……おどろくだろうな」

 僕が言うと当の喬もその向こうの実乃里も頷いている。

「単純に朝っぱらから年下の高校生に告白されても驚くだろうけど、ましてや『お前』に告白されたんだもんな」


「キスまでされて」

 ぼそりと実乃里が口をはさんだ。けれど喬はただ笑っている。

「ははは、やっぱそうかな」

「あたりまえだろ」

 僕は人差し指で喬の肩を突いた。


 断言してもいい。多分相手の女性はこの世の中でほかの誰でもなく、ただ一人喬にだけは告白されたくなかったに違いない。


 そして。


 多分喬だけは。世界中の他でもない喬だけは。あの人を好きになってはいけなかったんだと思う。


 なぜなら――彼女は、喬が一目惚れをしたというその相手は。喬自身の親父さんと特別なオトナのおつきあい的なことをしている人だったからだ。


 喬のお母さんは病気で年末に亡くなってしまったので、息子が誰を好きになってたかなんて知らなかっただろうし、この先も知るよしもないだろうけれど。


 喬は……自分の母親をとても大事にしていた。病気が発覚するよりもずっと前、小さい子供だった時からずっと。


 僕とは違って気分で親を傷つけるような、いや、傷つけるための台詞を口にするようなことなんて決してなかった。本当に大事にしていた。


(最後だし告白しようと思ってるんだけどさあ。やっぱだめかなあ。うまくいくとかいかないということじゃなくて倫理的に? 母ちゃん泣いちゃうかな)

 二月の日曜日。珍しく喬が僕と実乃里を自分の部屋に呼び出してそう言った。

 僕らは相変わらず始終一緒にいたけれど、その割に小さい頃のようにお互いの家を訪ね合うことは少なくなっていた。


 それは、家だと昔から知ってる仲なので親がしょっちゅう会話に参加してきて邪魔くさいとかそういう理由もあったけれど、それだけじゃなかった。


 それはもっと前、夏休み、冬休み、春休み、誰かの家でお泊まり会を開催していたのが、いつのまにかそれはできなくなった。

 僕たちは本当に仲がよくて、ずっと一緒にいたので、一人だけ仲間に入れない状況を作りたくなかったのだ。

 

 とにかく、おばさんの葬儀の日以来久々に遊びに行った喬の部屋で彼の三年に渡る恋心を打ち明けられて正直僕らは戸惑った。


 最近はたいてい駅の近くにあるファーストフード店にたむろしていたのだけれど、外でこの告白を聞かなくて良かったと心底思ったものだった。


 喬に好きな人ができたというのは、以前からなんとなくぼんやりと知っていた。多分実乃里もそうだろう。

 はっきりと教えてもらわなくても、、部活の朝練なんかが喬にあるわけでもないのに雨の日も晴れの日も毎朝一人早く家を出る様子から気がつかないわけがなかった。


 僕たちはこれまであまり真面目に恋バナをしたことがなかった。

 なので腹を割ってこっちから指摘するのは照れがあったりして、どこのどんな人なのかとかくわしい話を踏み込んで聞くことをせずにいた。

 

 さすがの実乃里も詳細を聞かされたら、どうしていいのかわからなかったようで僕と喬をかわるがわるみつめていた。

 

 通学路の途中のバス停ですれ違うOLさんに一目惚れをした。ここまでなら僕らもごく普通に頑張れと言っただろう。

 

 僕も実乃里と喬をまじまじとみつめた。喬はただ笑っていた。

 けれど――僕らが悩む余地なんて最初からないのだ。

 割と早い段階で喬本人は、自分が好きになった相手の女性が自分の父親とそういう関係なのだと知ったという。

 

 いろんな意味でショックを受けたが僕らに相談するには家庭事情までからんでくるので、自分の父親のこともよく知っている僕らにはあんまりにも重いだろうと言えなかったのだと。


 水くさいことを、とも思うが喬の気持ちもわからないでもない。

 そうこうしている間に母親が病んでしまって、どうにもがんじがらめになって動けなかったらしい。


 しょうがないな、と僕はその時答えた。実乃里も僕の顔をじっと見ていたが、その言葉にこくりとうなずいた。


 父親と相手の人の関係だとか、母親のことだとか知ってからずっと今日までいろんな意味で悩んで悩んで悩みまくったことは、聞かなくてもわかる。

 それが僕らの知ってる喬だからだ。


 だから――。


 僕と実乃里は喬の友達なのだ。おじさんにも、おばさんにもめちゃくちゃ世話になったけれど何よりもまず、喬の友達なのだ。僕も、実乃里も。


 これまでも。これからも。ずっと。学校を卒業しても、喬がアメリカに行っても、そのうち実乃里が嫁に行ったとしても、だ。


 喬がどうしても彼女が好きで、彼女に気持ちを伝えたいというならば僕らは応援するしかないのだ。


 実乃里は並んで歩きながら白い息を吐き出している。

「もっとこう簡単にさあ、実乃里を好きになったとかじゃだめだったわけ」

 言ってもしょうがないことを僕はそれでも声にしてしまい、喬がげほげほとむせこみ実乃里がじろっと冷たい一瞥をくれた。

「えーと」

「それならたかちゃんとおーくんでもいいじゃない。応援するよ」

 言葉を探して逡巡する喬をさえぎって、恐ろしいことを実乃里が平然と言う。

「いや……ごめん。悪かった」

 僕は素直に謝った。


 まあそれくらい僕らの間に、長い付き合いながら混じりけなしの友情以外のものが全然存在しなかったということだろう。きっとそうに違いない。


 おさななじみが初恋の相手、なんて古今東西よくあるストーリーだというのにな。もしそうなっていたら僕らは何か違っていたのかな? 


 どうして喬の好きになった相手は、実乃里じゃないんだろう。

 どうして彼女は自分より二十歳も年上の、しかも子持ちの男なんかが良かったんだろう。

 どうして喬の父親は――――。


 もう、わからない。

「そういえば、実乃里は好きなやつとかいないの? これまで全然聞いたことがなかったけど」

 この際だからついでに尋ねておこうとでも思ったのか、喬がずばりと質問した。実乃里は嫌そうに顔をあげる。


 もののついでに女子に振るには、いささかデリカシーに欠ける話題な気もする。僕としては空気を読んで話を変えるべきなのだろうか。

 僕がちょっと迷っている間に、実乃里がとりつくしまもなく短く答えた。

「いない」

「そっか。もったいないなあ。実乃里かわいいのに」

 ぬけぬけと真顔で喬が言い切った。

「お前……」

 絶対さっきなんかのメーター振り切っただろう。僕が絶句するほど喬はにこやかに笑って実乃里の頭をぽんぽんと叩いている。


 僕を感傷的にさせ、喬は照れを振り切る、なんて恐ろしいんだ卒業式ってヤツは。


 実乃里は眉間にしわを寄せて喬をにらんだが、けれど文句は言わなかった。口に出したのは別の台詞だった。


「これまで男の子なんか好きになったことがない」

「それはもしかして」

「女の子も好きになったことないけどね」

 口を挟もうとした僕を叩き斬るように、冷ややかに先手を打たれた。

 いや、別に僕はそういう質問をしようとしたわけじゃなくて。僕らみたいなのがずっとそばにいたから、世の他の男にも幻想をもてなくなったのかとかそういうことなのか聞きたかっただけだ!


「あはは」

 喬がおかしそうに笑っている。お前が元凶なのに、気楽なもんだな……。

「まあいろいろあるよね」

「喬、お前な。一言ではなんとも表しがたい空気を作っといて一言でまとめんなよ」


 抗議したが、喬は反省の色もなくやっぱり笑っている。


「男の子に、なりたかったなあ」

 ぽつりと実乃里が呟いた。

ふんわりとどこかからあたたかな風が吹いてきて、僕の鼻孔をくすぐる。くしゃみが出そうで出なくてすっきりしない。


 どういう意味なのかわからないような気がして、でもやっぱりわかるような気もして僕は何も言えない。


 ターコイズブルーのコートと制服のミニスカートの実乃里は、喬の台詞じゃないがどこから見ても可愛い女の子だった。

 口数が少なくて、女子の集団からはちょっと浮き気味で苦労はしてるんだろうけれどそれでもやっぱり女の子以外の何者でもなかった。


「でもさ」

 急いで言葉を探したけれど、どれもしっくり来ない。まとまらないまま僕は喋り出した。

「やっぱお前は女の子で良かったよ。うん」

 言ってからありきたりの台詞だなあ、と我ながら後悔した。そのままの君がスキってやつか。嘘じゃないけど、本心だけどもっとマシな言い方はできなかったんだろうか。


 ダメだなあ僕は。つまらんヤツだ。

「そうだね」

 喬はそんな僕の悩める胸中など全く意に介した風もなくあっさりと同意をして、そしてつけくわえた。


「まあでも、たとえ実乃里が男でも今と同じく俺ら三人で友達だったのは間違いないけどね」

 実乃里は少し目を上げて苦笑してみせた。僕は腕を伸ばしてさっき喬がしたように、実乃里の頭をそっと叩いた。


「央は――――」

 僕の方をちらりと見て、喬はそのまま語尾を笑いに溶かした。

「なんだよ」

 睨みつけて続きを強要した。

「央はいいヤツだ。うん」

「なんじゃそりゃ」

「褒めたんだよ」

「確かにおーくんはいい奴だ。そう思う」

 実乃里が真意をつかみ取りにくい声音で同意したが、ちっとも褒められたように思えない。


 ごまかされたとしか思えないからちっとも嬉しい気がしない。僕は憮然としながら肩の鞄のひもをかけ直す。  


 ふと気がつくとちらちらと小雪が舞い落ちはじめていた。寒いはずだ。

 けれど天を仰ぐとさっきまでびっちりと一面に敷き詰められていた厚い雲は、凍える風が流してくれていったのか、うっすらと日の光が差し込み始めている。


 雪に気がついたのだろう、喬が古い懐メロを鼻歌で口ずさんでいる。僕らの母親世代の曲だろうけれど、この季節の定番曲で耳になじみのある歌だった。


 この状況でこのシーンで、どうして喬からその曲が出てきたのか手に取るようにわかってしまって僕は小さく笑った。


(いま、はるがきてきみは)

 フレーズが耳の中で弾む。

 僕ら、去年よりなにか変わってるかな。


 足下の小石を、僕はローファーの爪先で蹴飛ばす。

 幼稚園の卒園式もやっぱりこうして3人で並んで園に行ったなあ。もう十二年も前のことになるのか。あの時は三人だけじゃなくてそれぞれの親も一緒だったけど。


 三月の終わり頃だっただろうか。頭上に開いた少し早い桜はたぶんソメイヨシノではなかったはずだ。

 僕は今よりまだ落ち着きのない子供で、通園カバンを振り回して実乃里に睨まれたり歩道をジグザグに歩いてうちの母親に叩かれたりしてたな。

 喬はぼんやり歩いていて、手を引いてたおばさんに注意されたりなんかしてた覚えがある。

 

 去年どころかその当時からなんにも変わってないような気もするし、かなり変わったような気もする。背が伸びたとか声変わりしたとか、そんなことじゃなくて。

 

 少なくとも、喬の母親はもうどこにもいなくなってしまった。

 あの頃と一番違うのは。やっぱり間違いなく違うのは。僕は足下に視線を落とす。

 

 今の僕たちはもう知っているんだ。

 昨日まであたりまえに続いてきた道が曲がり角に来てること。これまでは並んで歩いてきたけれど、寄り添いあってきた道だったけれど、これからはもう違ってきてしまうこと。

 

 ずっとずっと違っていってしまうことを。

 僕らは僕らの道を行くしかない。生まれてきた時と同じく、自分ひとりきりで。

 くるしくてもかなしくても。


 そしてその道のどっかでまた、誰かを好きになって、できればその相手から好きになってもらって。


 膨らみ続ける宇宙みたいに、僕らは世界に飲み込まれもみくちゃにされ放り出されて、そしてその全てを愛し続けるんだ。僕も、喬も、そして実乃里もだ。

 

 学校の正門が見えてきた。運動会のようなピンクの花飾りのついたアーチが、僕ら生徒を迎えるように待っていた。

 ちらほらと生徒たちが歩いている。在校生はめんどうくさそうに、卒業生もやっぱりめんどくさそうにしてる。

 

 まだ僕らは今日までは――書類上は今月末までは――この学校の生徒なのになぜか不思議ともう他人になりかかってるようなよそよそしさを感じた。


 今はまだ、手を伸ばせば届くところにいる僕の幼馴染みたちも。


 ほんとずいぶん感傷的になってるなあ。やっぱり卒業式って特別なのかなあ?

 僕がこの先どこへゆくのか。どうなっていくのか。まったくわからないのは十二年前と一緒だけれど。


 それでも、今の僕は知っている。だいじなことを。

 どこへ行っても、この先どうなっても……ありえないけど、たとえ今日を限りにこいつらに二度と会うことがなかったとしても、だ。


 (コト)(サキ)く。


 これは祈りに似ている。愛している君たちが、ただただ、この先もずっと幸せであるようにとそう願うように。

 でもどうそれを二人に伝えればいいのか、あらためて口に出そうとすると気恥ずかしくて面はゆくて僕はきっかけを探して迷う。

 実乃里も喬もそれぞれの考えに沈んでいるのかおとなしい。


 えーと。

 早く言わなくては、学校についてしまう。どうしようかなあ。どう言ってもなんだかクサくて、言葉にすると本当じゃなくなってしまう気がするんだけれど。


「おはよー」

 クラスメートが自転車で後ろから僕らの脇を軽快に通り越して行った。喬がその背中にひらひらと手を振っている。


 ああ、もう学校についてしまった。急がなくては。いや焦っていうようなことでもないのか?


 けど家に帰って、しきり直してこいつらを前にあらたまって話し出すのも変か。あ、そういや晩飯はうちの母ちゃんが焼肉するからお前らに来いってさ。

 焼肉食いながらでいいか?

 いや、待て。やっぱうちの母ちゃんに聞かれる可能性が高いな。そんなことになったら永遠に何を言われ続けるもんだかわかりゃしない。やっぱり今だ。


 僕は意を決して、花飾りのアーチと校門をくぐったところで立ち止まった。

「どうした?」

 喬が首をかしげ、実乃里がきょとんと目をみはっている。


 あー、もうしょうがないな!

 よーし、言うぞ。お前たちも笑いたければ笑うがいい。

 僕はめまぐるしく思考し言うべき言葉をまとめ、それからもったいぶるわけじゃないけれど重々しく口を開いた。


「はっくしゅん!」



 

 


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