第八話 少年、衝突される
「お父様、どうしてお母様に会えないの?お母様に会いたいのに…。」
目に悲しみの粒をこぼれるほど溜めて、拳をぎゅっと握り締めた少女が、窓ガラス越しに村を眺めている父に問い掛ける。その父の顔は窓から入る西日のせいで、はっきりとは見えない。
「お前の母は、遠くに出かけているんだ。…いつ帰って来るかは分からない。けれど、いつか…そう、いつか帰って来られる日がくる…父は、そうだと信じているよ。…そう、きっと…。」
父がしゃがんで、少女に返答する。西日が当たらなくなり父の表情が少女の瞳に映し出される。どこか淋しげだが、何かを悟っているような…むしろ、諦めなたような表情をしていた。
「…お父様?」
まるで、少女の知らない世界に飛んで行ってしまったような…少女は不思議な感覚を覚えていた。
小さな村の広場に火が灯り、盛大な酒宴が開かれている。思い思いに食べ、飲み、あちらこちらで踊り子が妖艶に舞を披露する。人々の顔は笑顔で溢れ、皆、歓喜していた。
「お二方、この度は誠にありがとうございました。あなた方がいらっしゃらなければ、今頃我々はこの場にいることすら出来なかったでしょう。いや、もう感謝してもしきれない程です。」
丁重に頭を下げる白髪の老人。この村の村長である。村人を救出したトーヤとアカンは、村人達に是非とも礼をさせてほしいと言われ、この酒宴に招かれていた。
「いえ、僕は何も…。」
「そんなことより、村長さん!あたし達、レイシン山に行きたいんだ。ただ、情報があまり無くて…何か知ってることがあれば教えてほしい。」
トーヤを押しのけて話し出すアカン。何するんだという視線をアカンに送るが、アカンの受信機能は全て村長に向けられていて、全く届かない。
「あのヒコウ山脈にあるレイシン山ですか。ふむ……。そういえば…!」
白い髭をさすりながら呟いている。
「何かあるのか?」
「ええ。実は、数年程前からそこに行く途中の村で妙な噂が流れておりまして…。」
「どんな?」
身を乗り出して聞き入るアカン。
「それが…死んだはずの人間が生き返るというんです!実際に何人か見たという者がいるようなのですが、この村ではそのようなことは起こっていないので、あくまで噂としか…。」
「ありがとう。参考になった。」
「少しでもお役に立てて光栄です。」
こうして話しているのを見ていると、トーヤにはアカンがとても大人びて見えた。小さい時からいつも一緒に過ごしてきたのだが、どこか自分との間に大きな壁があるように感じていた。
「ちなみに、どの村で起きているかは?」
「どうやら、ワタカ村のようです。」
「ワタカ村…ここからだと…だいたい六〇キロ先か。ちょうど中間地点ってところだな。おい、トーヤ。次の目的地が決まったぞ。」
空気のように扱われていたトーヤに突然話しかける。
「ふぇ?…ッ!ごほっ!ごほッ!」
「…、何のんきに飯食ってんだよ。全く。」
やれやれと両手を広げ、ため息をつくアカン。
さっきまで無視してたくせに!と、理不尽を非難するため、ご馳走を急いで飲み込み、くるりとアカンの方を振り向くと、
「ところで村長さん、この村の守りは見たとこ全部村人みたいだな。」
すでにトーヤのことなど眼中に無いといった様子だ…。恐ろしい程の切り替えの早さに、ただ呆気に取られる。
「えぇ、今までは大きな侵略なんてものもありませんでしたので、今後はどうしたものかと…。」
「それなら、あたし達の村と王都に繋がる緊急用連絡水晶を置いて行くよ。念のためにね。」
「あぁ、何から何まで…本当にありがとうございます…。」
思わず涙ぐむ村長。声をつまらせながら、何度も感謝の言葉を口にしている。
トーヤはというと、すっかりふてくされて、やけ酒を飲み、踊り子の舞を愛で、上機嫌になっていた。
「ヒッ!僕を~、ヒッ!誰だと思っ、ゥウィッ!てるんだ~!…ヒッ!」
「おっ!あんちゃん、良い飲みっぷりだね~!おじさん達と一緒に飲もうや!」
ほろ酔いの中年男が二人、トーヤの隣に座って馬鹿騒ぎを始める。
「今夜ふぁ、朝まで飲ーむずぉ~!」
「うぉー!」
青年と、中年達の宴は延々と続いた──
翌朝。
「うッ!…うぅ…」
がんがんと響く頭痛と、妙な吐き気に襲われて、最悪の目覚めを迎えるトーヤ。
「あれ~?僕、どうしてたんだっけ?」
周りを見回してみる…どうやら宿のようだ。
「あ!おじさん達とお酒飲んで、それから…?」
うまく思い出せない。とてもいい気分になった後、いつまで飲んでいたのか、どうやってここまで来たのかも分からなかった。
「やっとお目覚めか。って、まさか二日酔いか?おいおい、勘弁してくれよな。」
アカンの小言が二日酔いの頭に響く。
「ったく、これでも飲んどけよ。酔い覚ましの丸薬だ。」
そう言って、小瓶を放るアカン。中には苔のような緑の小さな粒が入っている。飲みたいとは全く思わなかったが、アカンがじっと見てくるので、仕方なく飲み込む。
「うぅ…苦い…、あれっ?」
さっきまでトーヤを襲っていた頭痛と吐き気が嘘のように無くなっていた。
「どうだ?効くだろ?ちょっと魔法も使ってるからな。」
「あ、ありがとう。」
トーヤは、便利なものもあるもんだと素直に感嘆していた。
「んじゃ、そろそろ出発するぞ。」
「えっ?もう?」
キッとしたアカンの鋭い視線が突き刺さる。
「は、はい…。」
トーヤがせっせと身支度を始める。
────冥界、堕天領。
「イーレン様、例の餓鬼共が移動を開始したとの連絡が入りました。」
「…そうか、下がってよいぞ。」
頭を下げ、摺り足で下がる面の男。
「兄上~、餓鬼んちょ共の話か~?」
「口には気をつけるんだ、アーレン。…まあ、そんなとこだ。恐らく次は…ワタカ村だろう。」
「兄上~、俺が出てもいい?じゃなくて、いいですか~?」
「…あぁ。だが、深追いは絶対するなよ。」
「分かってるって~。んじゃね~ん!」
全くもって、分かってるとは思えないが、まあ、そこまで馬鹿ではないだろうと思い、何も言わないことにした。
「ねぇ、アカン…ちょっと休もうよー。」
トーヤが息を切らしてアカンを呼ぶ。
「あと五キロもない!休みは村に着いてからだ!」
「…そんなぁ~…あれ?」
その時、ふと黒い影が木の後ろに見えた。
「今、女の子がいなかった?」
「何言ってんだよ!こんな何も無いとこにいるわけないだろ!」
アカンがトーヤを一蹴する。
「確かにいたと思うんだけどなぁ…。」
しばらくして、ワタカ村にたどり着いた。今度はちゃんと村人がいて、生活をしていた。
「とりあえず、この村の村長にでも会いに行くか。」
「危なーい!どいて!どいてーー!」
トーヤとアカンが振り返った瞬間、何かが二人を直撃した。
「ッ!いってーなー!なんなんだよ!」
「うぅ…」
二人が起き上がると、目の前に黄色くて丸い物体が、もごもごと動いていた。
「大丈夫ですかー!?」
遠くから少女が駆け寄って来る。
トーヤは、なんとなく、また面倒に絡まれた気がしていた。