第四話 少年、登山する
一面に広がる雲の海。その上に築き上げられた巨大都市『天神界』。神々の住まう地である。
地上とは全くの別世界であり、普通の人間が辿り着くことは、まず無い。
至る所にそびえ立つ建造物はどれも芸術と呼ぶに相応しいものばかり。その全てが建てられた頃の輝きを失っておらず、傷んでいる部分など見られない。
何千何万という時が流れようとも、彼等の力が効力を持ち続けている限り、その輝きが失われること決して無い。
彼等、すなわち『神々』は『自然』そのものであり、大いなる自然の力を持ったもの達だ。そのため、地上世界は神々の誕生と共に広がっていったと伝えられている。
─────『神戦記』序章────
牛が自由に草をほおばり、雲はゆったりと流れている。
「平和だな~。」
いつものように学校への道をのんびり歩くトーヤ。
「それにしても…。」一週間前にアサヒと行った模擬決闘の記憶が、はっきりとしない。覚えているのは、棍棒で吹っ飛ばされたことくらい。
その傷も、目が覚めると消えていた。
あの時いったい…。
「おっはよ!」
聞き慣れた威勢の良い声がまだ眠い頭に響き渡る。
「ちょっと、アカン…。もう少し静かに…。」
「なんか言った~?その口、切り取ってほしいって聞こえた気がしたけど?」
思わず唾を飲み込むトーヤ。アカンなら本当にやりかねない。
「まあ、いいや。それより明日、北のフヌベ山に行かないか?面白いもん見つけたんだよ!もちろん行くよな?」
また始まった…。トーヤの嫌な予感指数がグングン上昇する。
そんなことよりも、体は目先の安全が大事なようで、小さくトーヤを頷かせる。
「よし!じゃあ明日の朝、ふもとの石段に集合な!」
「う、うん…。」
「じゃあ、先に行ってるからな!」
アカンが駆け出し、次第にその姿が小さくなる。
「…きっと、何も起こらない…よね?」
誰に言うでもなく呟くトーヤ。
その身に運命の針が刻一刻と近づいているとは知らずに……
「遅いなぁ、アカン。」
夜の闇が昇ってくる朝日に追いやられる様に去ってゆく。
初夏ではあるが、早朝の空気は、ひんやりと寝起きの身体に染みる。
「おう!トーヤ!」
気分はいつでも真夏だと言わんばかりの声が背後から聞こえる。
いつ後ろに来たのか、全く分からなかった。むしろ、突然ワープして来たかのような…。
「お、おはよ。」
「ん?どーした?まさかフヌベ山に登んのが怖くなったのか?」
嘲るように聞くアカン。
「そんなことないよ…。」
「じゃあ、早速行ってみよー!」
今からでも逃げられる!…そんなことしたら、間違いなく半殺しになるが…。
結局アカンの後について行く以外の選択肢は無くなった。
道はそれ程急ではなく、登山道?のような小綺麗な獣道もあったので、足の負担も少なく登ることができた。
太陽は完全に昇っていたが、山の空気は依然として冷たかった。
三〇分程登ったところで、突然アカンが止まった。
「あれだ…。」
アカンの表情が何故か引き締まって見えた。
「あれは…何?」
アカンの背後から顔を出して覗くと苔の生えた石で造られた小さな祠のような物が見えた。
「…………。」
「ア、アカン?」
何かを唱えるように呟くアカン。
「ちょ、ちょっとどうしたって言うの?」
「…………。」
アカンは唱え続けている。
「…ん!?」
辺りが次第に暗くなる。空気が重たい。
「ねえ、アカン。アカンってば!!!」
「…………!!!」
アカンが唱えるのを止めた。と、同時に祠の前で漆黒の闇が三つの塊となっていく。
闇が人の形に近づく。
この光景…どこかで…?トーヤの脳が検索を開始する。
そうだ…!あの時の!
脳内検索が終わった瞬間、祠の前に漆黒の鎧を纏った三体の剣士が現れた。
「…久々の地上か…。さて、我々を呼び出したのは…お前だな?小娘。」
「胸くそ悪いとこから、ようこそいらっしゃいました。『冥界』の堕天領の皆様。早速ですがぶっ殺されて下さいませ!」
「…随分と威勢が良いじゃないか、小娘よ。ならば貴様が屍となれ!」
「出番だ、トーヤ。お前の力を見せてくれ。」
「……え?」
「行けっ!」
襟首を掴まれて、無理矢理引っ張り出されるトーヤ。そのまま黒鎧の冥界人?の所に吹っ飛ばされる。
「あ、わ、うぅわああああぁぁぁ!!!」
三本の剣がトーヤ目掛けて振り下ろされる。
鈍い音が闇の中に響く。
トーヤの視界に入ってきたのは、周りを赤く染め上げながら崩れ落ちる下半身と、同じく回転しながら落下してくる片腕。
自分を見てみると、背中から腹にかけて、鋭く尖った剣が血を垂らしながら突き刺さっていた。
「ァ…アガッ、ガッ…ヴグワ!」
激しく痙攣するトーヤ。
「クックック…。可哀想な糞餓鬼だ。恨むなら、あの小娘を恨むんだな。」
薄れゆく意識の中、アカンが血で霞む目に映る。
何やらその口元が動いている。
トーヤは、すがる想いでそれを口に出す。
「し…ん…も…ん…か…い…?」
視界が一瞬にして光に満たされる。
「な、なんだ!?…お前、まさか…!?」
黒鎧達が慌てふためく。突然、ぶった切ったはずの身体が強烈な光を放ったのだ。
そのまま浮遊を開始し、バラバラになった身体が集まってゆく。
「ハハッ!これだ!この光だよ!やっと…やっとだ!」
高らかに笑い声をあげるアカン。
バラバラの身体は一つになり、地上へと舞い戻る。その身に光のオーラを纏って。
「…ん?あれ?ど、どーなってるの!?」
混乱するトーヤ。脳内は最早オーバーヒート寸前だ。
「くっ!貴様が運命の子だと言うのか!ふ、ふざけるな!また、叩き切ってやる!!」
運命の子?ふざけているのはどっちだ!こっちが聞きたいくらいだ!
叫ぼうとしたが、上手く声が出ない。
突然頭の中に直接、声が響く。女の声だ。
「右手を前に出して、こう言うの。『光神波!』やってみなさい。」
言われた通りにして叫ぶ。
「光神波ァァ!!!」
右手から勢い良く光が飛び出す。
「うぅわああああぁぁぁ!!!」
黒鎧達が吹っ飛ばされる。
そのまま、跡形も無く消え去った。
「今…僕がやったの…?」
全く状況が飲み込めないトーヤ。
突然現れた黒鎧達に殺されたかと思ったら、いつの間にか身体は元に戻り、変な光に包まれて、知らない女の声が聞こえたと思ったら、自分の手から光が発射されて、黒鎧達が消し飛んだ。
ありえない…。
ありえないことだらけだ!
何で自分は生きている?そもそも、さっきの黒鎧は一体何だ!?訳が分からない。
そんな中、最大の疑問が目の前に満面の笑みで現れる。
「アカン…君はいったい…。」