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不老の薬

ジリリリリ…

 授業が終わりを告げるベルが鳴り響く。

「冬休みだな」

 前の席に座っているギーデットに話しかけた。

「あ、ああ冬休みだ」

「ご予定は?」

「あるわけねえだろ」

「なら…この本の工場に行こう」

「ミミル、お前まだその本読んでたのか…何か面白いこと書いてあったか?」

「何しろ昔の言葉で書いてあるから、まだ読みきれてはいないんだが…。昔むかしに、不老の薬ができていたらしいぞ。さすがに不死にはできなかったらしいが」

「で?そんなのよくある話だろ」

 ギーデットは冷めている。特に他にやることも無いだろうに。

「長い休みの暇つぶしにはいいだろ?その工場はずいぶん南にあるから、長旅になる」

「危なくないのか?南は悪魔だらけの場所だし…。人間は入ってはいけないところだ」

 ギーデットの言うとおり、子供のころから南には悪魔が住んでいて、人間は入ってはならないと教えられてきた。実際、人が何か化け物に襲われたという噂も年に2、3回は聞く。俺はオカルトの類だと考えているが。

「…冬だから、悪魔の数は少しはマシになっているさ」

「行ってみっか。…それにしてもなあ…」

 ギーデットは渋い表情をした。

「なんだ?」

「大学生ってもっとなあ…。それが男2人で工場見学かよ…」

 笑えるほど落ち込むギーデットは面白い。

「ははっ。…行こう」


 大学のある街から汽車に乗りこんだ。

「2週間は汽車の旅…そこからは徒歩の旅…。本のとおりだとしたら、何日かかるか…」

 うずうずする。

「…ミミル、武器持ってるか?」

「ん?ナイフ1本だけだな。国境でいろいろあると面倒だ。お前は?」

「素手だけ…」

 ギーデットは急に不安げになった。

 ふと思いついた。

「確かに変だよな…。悪魔は罪深き人間を罰するために現れた…。これはどの宗教でもだいたい同じだ。寒さに弱いってことは、もともと寒い地方に住んでいた人は悪さをしてなかったってことになる…」

「そう言ってえばっているやつらもいるしな…」

 ギーデットはまだ武器のことを心配しているようだ。

「…」

 窓から見える家々は日を追うごとにみすぼらしいものなっていき、さらに日が経つとまばらになり、ついにはなくなった。


「駅しかねえ…」

 2週間後、ようやく終着駅に着いた。長旅で疲れていたギーデットは、汽車を降りるときは元気を取り戻したが、駅から出るとまた落ち込んだ。

「とりあえず…宿探しと、食料を買わないとな」

「こっからは徒歩かよ…」

 ギーデットはうんざりしてきている。ここからがいいところだろうに。


 歩き始めて1時間。

「しっかし…何にも無いな…」

 ギーデットの言うとおり、何も無い。いくぶん南にいるためか雪がまばらで歩きやすい。

「この地面…本当にまっ平らだな」

 まっ平らな黒い道が見渡す限り続いている。黒い道はところどころヒビが割れたりしている箇所もあるが、基本的に平らだ。

「…ミミル、あれって車ってやつじゃないか?」

 道の脇に小さな黒い車があった。

「ん?ああ、動くかな」

 駆け寄って乗り込んでみる。

「動かし方分かるか?」

 そう言うギーデットは真っ先にハンドルの無い席に座って待っている。

「分かるわけないだろ?…でも動かせそうなものは少ないから、全部試せばいいか」

フイイイイイイ…

 何か分からないが動いている音がする。

「お……うまく行きそうだぞ、うわ!!」

「何だ!?」

 突然体がイスの背もたれに押し付けられ、景色は吹っ飛んでいく。つまり動いている。

「おお!!すげえ!!汽車なんかよりずっと早いぞ!!」

 ギーデットは窓から顔を出してみたり、正面、左右、後ろの窓を見比べたりしている。

「振動もない…。昔はこんなものが飛び交っていたのか…」

 俺も感動した。


 2日後。周りは建物の残骸と、無事な建物が混ざった状態になった。

「降りてみないか?」

「ああ」

 悪魔が怖いからと車からほとんど降りなかったギーデットが自分から提案して急いで降りた。

「古代の街だったんだな…ずいぶん壊れているが…」

 ギーデットの興奮は一瞬で冷めたようだ。周りは建物の残骸だらけ、無事な建物があってもこれだけ人気が無いと墓石のようで不気味さを強調するだけだ。更に進んで、街の中心部であったらしき場所に来た。と言っても残骸が巨大になっただけだが。

「寂しいな…」

 ギーデットがつぶやいた。

 巨大な残骸や建物は、迫力はあるが時間が止まっていて動かない。

「…当たり前だけど…誰もいないな…」

「でも、確かに人はいた」

「うえ…骨?」

 俺の見るほうを見てギーデットは震えた。人の骨があった。ギーデットが気づいていないだけで、前からところどころにあったが。

「大部分は逃げて…俺たちの先祖になったのだろうな…。逃げ遅れた人は食われて亡くなった…」

「悪魔のせいか?」

 ギーデットはさらに震えている。俺の言葉でさらにおびえたか。

「たぶんな?」

キュルルルルル…キュルルルル…

「?」

 無言でお互いを見て、周りを見る。ふと、空を見ると、黒い翼があった。それはどんどん大きくなる。赤い物があり、それと俺の目があった。遠くて分からないが、それは確かに笑った。

「う…笑って…る」

 ギーデットも同じ感じを受けたらしい。

「!!車に戻るぞ!!」

「ひいいい!!」


 走って走って車に戻り、すぐに発進させる。

「帰ろうぜ!!もう人が入ってはいけないところなんだ!!俺は食われたくない!!」

 ギーデットは取り乱していた。

「本が正しいならもう少しで黄色い工場が見えてくるはずだ…それを確認できたら、聖典の嘘が分かる...信じられるか?この本こそが真実だってことだ!」

「俺達は…罪を犯しているんだ…」

 ギーデットの耳に言葉が届いていないようだ。

「ギーデット…罪は俺の罪だ。お前は着いてきただけだ!…!おい!あれじゃないか?」

 遠くには巨大な黄色い建物が見えた。

「降りるのか?」

 車を止めて降りようとする俺を止めようとする。

「…ああ、確認しないとな。ここで待っていても」

「行くさ…一人のほうが怖い…」

 2人で敷地に入る。建物がたくさんあって、この工場の敷地だけで街のようだ。本を取り出し、地図が乗っているページを探す。

「一番大きい建物の、地下3階だ…そこに不老の薬があると書いてあった。本当なら俺はこの本を信じる」

 地図どおりの建物に入り、地下に降りる階段を探す。

「暗い…人のいない建物って気持ち悪いよなあ…」

 ギーデットはすっかり怖気づいている。

「…肝試しを思い出すよな」

 階段を見つけて下りて、地下3階に着いた。ずっと暗い廊下が続き、突き当たりに黒く大きなドアを見つけた。

「暗くて息が詰まりそうだ…。ところで、これって開けれるのか?」

 ギーデットの言うとおり、ドアに開ける取っ手はない。

「本には…数字が書いてある。これか?」

 ドアのノブがある位置に数字が並んでいる四角い箱がくっついていた。

ピピ……ウイイン…

 数字を押すと、ドアはゆっくりと開いた。

「開いたな…入ろう」

「お前は元気だな…俺は逃げ出したいよ」

 ギーデットを無視してドアを開けた。さらに地下に向かって伸びている白い塔のようなものの周りに階段がらせん状についていて、ドアを開けて続いている通路と繋がっていた。

「…何をやっているんだろうなあ…」

 ギーデットはどこまで地下に続いているか分からない塔を見下げながら、ぼんやりとした声で呟いた。本を取り出して記述を探す。

「ずーっと奥に倉庫がある…。そこに…黄色い薬品があって、それが不老の薬だ…」

 塔を横目に見ながら通路を歩いて、塔を挟んでドアと反対側にさらに進む通路があった。全く分からない管だらけの装置や書類の山、瓶だらけの棚などを横目に見ながら奥へ奥へと進んでいく。突き当たりにはまたドア、それをまた数字を押して開ける。そこには巨大な棚があり、透明な瓶に入った黄色い薬が並んでいた。

「あった…」

 俺は走って棚を開け、カバンに入るだけ瓶を詰めた。

「それ…飲んで不老になるのか?」

 ギーデットは俺に少し引いたようだった。

「いや、飲まないな…。こういうのは自分だけ使っても不幸になるもんだ」

 もう一度本を開いて確認する。

「どうした?早く戻ろうぜ」

 ギーデットは落ち着かない様子だ。

「…まだ何かあるみたいだ。この本の書き方の感じだと、こっちのほうがメインみたいだ…」

 並んだ棚の奥にまたドアがあった。

「これ終わったら帰ろうな?」

 ギーデットは帰りたがっている。

「ああ」

 ドアを開ける。灰色の部屋で天井は低く、さらに薄暗くて息が詰まりそうなところだった。

「いかにもって…感じの…開けるのか?」

 部屋の真ん中には、ギーデットの言うとおり弁当箱サイズの怪しい鉄の箱があった。

「……開けよう。まさか爆弾じゃ…ないだろう」

 蓋には鍵もなかったので、つかんで上に引き上げるだけ。

パン!!

「ぐっ!!」

 何かが破裂したような乾いた音がして、一瞬目の前がフラッシュした。しかし、それだけだった。

「…中には何もないのか…。ギーデット?」

 いつの間にかギーデットはドアの後ろまで下がって棚の影からこっちを見ていた。

「もう帰ろう…!!」

「…そうだな、帰ろう」


 車に戻った。

「うわあ!!」

 ギーデットが叫んだ。

「どうした?…さっき捕まえてきたねずみだ。この種類のねずみは3ヶ月くらいで寿命が来る…こいつにさっきの薬を飲ませる…どのくらい生きれるか調べないとな」


 1年が過ぎたある日、俺の部屋に来ていたギーデットが突然聞いてきた。

「そういえば、あのねずみはどうなった?」

「…覚えていたか、まだ生きてるよ」

 かごをギーデットの前に出す。

「う…」

「このねずみ、寿命は長くて3ヶ月だそうだ。捕まえたときの年齢は分からないが、生まれたてじゃあなかった。個体差があるだろうけど、さすがに4倍以上も生きないと思う…そんなに丁寧に育てたわけでもないしな」

「死なないのか?」

「歳を取らないだけ、と本に書いてあった…だから、潰せばたぶんお亡くなりになる。さてと、この本はでたらめではない…となるとこれも本当だ。『…400年が経つと聖女の石化が解ける。石化が解けた聖女は街をめぐり人々を救済の塔へと導いていく』」

「で?」

「今年がちょうど400年後だ」

「何も起こってないじゃないか…」

「……確かにな」

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