学者の本
「ミミル…お前最近になって信心深くなったのか?」
午後、大学の図書館で本を読んでいるとギーデットが話しかけてきた。
「まさか…。こんな古臭い本は好きにならないさ…でも、南に化け物がいて人は寒いところにしか住めないっていうのは事実だ。どこが本当で、どこが嘘なんだろうと思ってさ…」
「昔はやっただけのやつだろそれ?それに、南の化け物は突然変異したコウモリらしいぞ?」
ギーデットはにやついている。バカにしているようだ。
「でもね……うそ臭いけど、リアルに感じられるところもあるんだこれ…」
「読んでたらそう思うもんだよ。それに、お前なあ、せっかく大学生なんだぞ?もっとこう…ないのか?何か?」
「お前もな…。俺に話しかけてないで、女でもさそったらどうだ?」
「…それができてれば、お前に話しかけねえって」
ギーデットは笑った。
「何も予定がないなら…遺跡を見にいかないか?」
「見に行ってどうするんだ?」
「…警備員の目を盗んで中に入るんだ…。この聖典さまによると、聖女のペンダントを作った人間がいたらしい」
大学の図書館から歩いて15分ほどのところに小さな石の塊がある。上は崩れているが地下があってそこの壁画と聖堂は見学することができる。壁画には宝石を掲げた女性、左右にはずらっと人が描かれていた。
「読んだ聖典さまによると…『ペンダントを持った聖女が現れて、人々を救済の塔へと導いてくれるのでした。めでたしめでたし』っていうことだったな」
古い言葉で書かれた読みにくい聖典を確認する。
「…これを見に来たのか?」
ギーデットはいつもどおりやる気がない。
「いいや…あの警備員がいる先が見たい」
聖堂の先には剣を持った警備員が立っていて先に進めない。
「で?どうするんだ?」
ギーデットはなんだか楽しそうだ。
「…どうせ雇われ警備員だろ?教会の人間じゃない…」
「おい、正面から行くのかよ…」
小声の忠告が聞こえてきた。俺は警備員に話しかける。
「すいませんが、中を見たいんですよ。大学の課題にちょっと変わったことを書きたくて…」
「申し訳ありませんが…」
警備員は面倒くさそうに至って事務的な態度をとった。
手を開けて札を1枚見せてみる。
「5分だけ」
「内緒ですよ…?」
扉を開けてくれた。扉の先には長い廊下があった。これまでと違ってランプも何もなく、俺達のつけたライターだけが明かりだった。
「いくら払ったんだ?」
距離を置いてからギーデットが聞いてきた。
「全然。安い時給なんだろうな、かわいそ」
廊下の先には1つ狭い部屋があった。
「何も無いな、これだけかよ」
ギーデットはもうがっかりしたようだ。
「昼飯代くらいで何かが起こるとは思ってないさ。この部屋に何かあっても教会が撤去しているだろうしな…」
壁を叩いてみる。
「回転ドアでも探しているのか?」
「そうだよ」
「…」
「…」
「…回転したか?」
「…いいや…」
「ふん!ふん!ふん!」
全力で壁を押してみる。
「…気が済むようにすればいいさ…」
ギーデットは床に座り込んだ。
「ふんぎぎぎ…」
もっと力を込めて壁を押してみる。
こーんこーん
ギーデットは欠けた石を投げ始めた。石は床を転がり、欠けた床の一部にぴったりとはまった。
ゴウウウン…
「お?」
壁の一部が持ち上がり、小さな隙間ができた。手を突っ込んでみる。
「何かあったか?」
ギーデットは興奮している。
「…!」
手に当たったものをつかんで連れてくる。
「…本だな」
「俺の手柄だな…ははは」
ギーデットは陽気に笑った。
「ハハッ」
遺跡からの帰り道。手に入った本を読みながら歩いている。
「…いつの間にそんな文字読めるようになったんだ?」
ギーデットが感心しているのか、呆れているような声で聞いてきた。
「聖典を元の言葉で読みたくて学んでいたからね…」
「で?何か面白いこと書いてあったか?」
「『…400年が経つと聖女の石化が解ける。石化が解けた聖女は街をめぐり、ペンダント型の装置によって人々を救済の塔へと導いていく』だそうだ。で、今年がちょうど400年目。で、『聖女が持つペンダントとは、人を惑わす装置である。ペンダントは夜に光を放ち、その光は周囲の人々を惑わし、救済の塔へと歩ませる』そして、『……救済の塔は太陽の光を集め、数時間に一度周囲を焼き払う…』聖女について行った人たちはかわいそうに焼き払われるわけだ」
「で?何も起こってないじゃないか…こういうのは、ずっと前には騒がれて、いざそのときが近づいてくるとなんにも起こらないし、覚えている人もいないものなんだよ」
ギーデットはやる気ないモードに戻ってしまった。
「暇つぶしにはいいだろ?」