ミミルとギーデット
夜明けが近い。まだギーデットは固まっている。
「あ、あのままにしておくのか?」
立ち去ろうとすると腕をつかまれた。トリングを指差している。
「…処理している間に、あいつらが出てくると面倒だ。…街を離れてまたの機会を待とう。聖女はどうせ塔に向かう」
(言い訳だ。片付けたほうがいい。片付けて話をしたほうがいい。でも、またトリングのようになるかもしれない…)
歩き出す。
「ミミル!!」
「何だよ」
「何だよって…お前!何したか分かってるのかよ!!」
面倒になってきた。
「分かっている…」
「おま」
「俺たちがやることは!…聖女を止めることだろう!塔に行った人を助けることだろう!償いならあとでもできる」
しばらく互いに黙ってにらみ合っていた。振り向いて歩き出そうと足を動かす直前、
「俺は抜けていいか…?」
ギーデットはもう疲れきった表情をしている。
「ああ…分かった」
(そのほうが互いのためだ)
「じゃあな…」
背中を見えなくなってからもしばらく見ていた。気がつくと夜が明けてきていた。
(トリングに、この血まみれの服に、今は隠れたほうがいいな…)
夜が明ける前に、少し離れた家に入って適当に置いてあった服に着替えた。明るくなるにしたがって自分の服装に気がついてきた。
(こんな状態じゃギーデットも逃げたくなるだろうな…。う)
ボタンをかけようとしたとき、自分の手にべったり固まった血がついていることに気がついた。
(…う…なんだ!?)
体が震え出し、毛布をひっぱり出してかぶってうずくまる。
(どうしたんだ?俺は)
毛布を投げ捨てて、立ち上がって周囲を見渡す。当然誰もいない。
「フー!!」
一気に息を吐き出し、飛び出るように外に出る。
(!)
紫の髪の女性がトリングを一生懸命運んでいるのに気付いて、あわてて建物の影に隠れた。
(…危ねえ…)
音がしなくなった後もしばらくは息を潜めて待っていた。
ガヤガヤ
(またか…。出て説得するべきか…)
今度は4人全員出てきた。会話の内容は分からないが、ショートヘアの女の子がなにやら駄々をこねている。そのうち全員が移動し始めた。
(着いていくか…)
宝石店のショーウインドウにショートヘアの子が張り付いている。またしても会話の内容は分からない。盗もうとしているのを周りが止めているのか。
(…気楽そうじゃないか)
そのうち諦めたのか全員去っていった。いなくなった隙に宝石店を除いてみた。
(…!)
本に書いてあったペンダントのイラストにそっくりだった。
(…ただ欲しくて盗もうとしてたわけじゃないのかもな…)
今は動くのがおっくうだった。
(待つか…状況は変わるかもしれない)
そのうち4人は街を出て行ったので、追っていくことにした。近い街は分かっていたので、追跡は楽だった。
街に着いてから、4人が泊まった宿の近くの宿に泊まった。ベットに横なって天井を見つめる。
(…夜に何かすることがあるのはいい…。どうせ眠れない)
夜。窓から外を眺める。予想通り、それぞれの家から人が出て行く。男女、年齢、職業問わず多くの人が歩いている。どの人もうつろな目をしていて、それでも足は速かった。
(薄気味悪い…)
外に出て、4人が泊まった宿を眺める。他の客はもう出て行ってしまったらしい。
(…外に出なくてもペンダントの効果はあるんだろうし、本来は出て来なくてもいい…でも、ペンダントによく似たものを買っていた…。何があるか分からない)
予感に身を任せて待ってみる。数分後、そろそろと1人女の子が出てきた。本物のペンダントを提げていた子だ。そして、周りを見渡した。感情を込めない表情でふらふらと歩いていく人を確認する。そしてもう1度ペンダントを眺める。表情は少しだけ曇ったように見えた。
(ペンダント、全然光ってなかったな…。ひょっとして、さっきのショートヘアの子が実は何も知らなくて、何かに感づいてすり替えたとか...)
宿に戻ってしまう前に話に行く。
「…なんでみんなと一緒に行かないんだい?」
女の子は話しかけると驚いて振り向いてきた。
「………分かんない。あなたは誰?」
「俺はミミル。遺跡で偶然本を見つけて、ペンダントのこととか、救済の塔に導く人がいることを知ったんだ。君が聖女様なんだよね?」
「…ごめんなさい。何いってるのか分かんない…」
(警戒しているのか、自覚がないのか…。いや、考えるのはよそう)
「ペンダントが光らなかったろう。取り替えられて」
「知ってる」
寂しそうな顔になった。
(根拠のない予想をぶつけてみたが、外れていなかったのか?)
「俺は君の味方だ。3人は真実を知らないから、警戒してしまう。知っても人々を救済しようとはしない…生きてきた時代が違う。塔は君を待っている…俺と一緒に行こう」
「…ペンダントがない」
「大丈夫。君は知らないが塔はすべてを解決してくれる…残りの人たちもみんな救われる」
(信じてる振りして話をするのは面倒だな)
「……どうした?」
女の子がキョロキョロしているのに気付いた。
「誰か来る…」
「たぶん僕の客だ…では、また明日同じ時間に、公園があったろ?そこに来てほしい」
こくりとうなずいたあと、去っていった。姿が見えなくなってから後ろを向く。
「…何のようだ?」
「どうする気なんだ…?真実を伝えないまま連れて行くのか?」
ギーデットがふらふらと現れた。
「塔に向かった人たちを助けるのが最優先だ。いちいち説明するのは面倒くさい。それに、もうお前に口出しされたくない」
「もう…やめないか?」
ギーデットはずいぶんやつれていた。
「今さら何を言っているんだ?ここでやめて何になる?塔に向かった人は焼かれるんだぞ?」
「知ってるさ…でも、お前が本を手に入れなかったら同じことが起こったはずだ…。いいじゃないか…自然な流れになるんだ…それに、人を死なせてしまったことを誰にも知られないで終われる」
ギーデットは抑揚をつけず淡々と話した。
「…結局それか…罪が知られなければ満足か?」
「罪!?お前がやったことだろうが!!俺は説得しようとしたんだ!!」
淡々と話していたギーデットが急に大声を上げた。
「分かってる、俺のせいだ」
(ミスしてしまったな。ギーデットのせいにするような、おかしなこと言うべきではなかった…)
後悔は遅かった。
「次はあの子も刺す気なんだろう!?」
(くそ…もう正気じゃない…そんなわけないじゃないか)
「それはしない。あの子は塔の鍵を開けるのに必要だ。塔に入らなければ装置は止められないからな」
とりあえず、冷静に伝える。
「もうやめるんだ!!…俺は…あの子も含めてあの4人に全部話す。俺たちが何をやってきたかも含めて…あとはその人たちに判断してもらおう…。ミミルについて行くかどうかも」
うわずった声とどこを見ているか分からない目。正直気持ち悪い。
「トリングのことを言って、分かってくれるわけないだろ…」
「俺は行く…」
ギーデットはよろよろ歩き出した。
(もう面倒だ…後戻りは、ないんだ...)
ナイフを取り出し、後ろから近づいた。
(…一緒にいるところを見られてないからな。ここに置いておいても大丈夫だろう)
気分は軽い。
(明日か…)