ミミルとトリング2
「ミミル…あの人は」
小声でギーデットが話し出そうとする。
「助けられるわけないだろ。それに、あいつさっきのやつらに気づいているみたいだし、あの中に聖女がいると思っているようだし」
「…」
ギーデットは残念そうにうつむいた。
(まだトリングを助けようと思っているのか)
「…俺たちはどうして塔に行かなくてすんだのかな」
少しだけ話をずらしたようだ。
「トリングは光を浴びたせいだって言ってたからな。俺たちも不老の薬があった工場で光を浴びた。そのせいかもな…」
「…そうか…なんだか重要そうな部屋だったしな…。…これから、どうする?でかい街だから塔に行かなくても気づかれないだろうけど」
「夜になったら…あの3人に話してみるか。のんびりした感じだったから、案外何も知らないのかもしれない」
それから、トリングにばったり出会わないように民家に入って夜を待った。
さて、夜になった。さっきの3人が入った宿に向かう。
「そのナイフ…どうするんだよ…」
ギーデットが鬼でも見るような目でこちらを見てきた。
「護身用だ…大丈夫だ。使わなくて済むさ」
とりあえず取り繕っておく。自分にも。
当然外は暗いが、普段知っている暗さとは全く違う。窓からもれる明かりが全く無く、光は民家にあったランプの明かりだけで、野良犬か飼い主がいなくなった犬のはっはっという息が気持ち悪い。そこに、
コツコツコツ…
足音が聞こえ、明かりが見えた。
「どこに行くんだ?」
やはり、またトリングだった。
「夜が明ける前に街を出るんです」
ギーデットが誰が見てもぎこちない笑顔で答えた。
(…まずいな)
「街の中心部に向かう道なのにか?」
(ほら)
「し、正直に言います!あの3人の、ペンダントを持った子に説明するんです」
やはり、正直に言ってしまった。
(!)
「この暗さで道に迷ったんですよ。向こうですね?」
ギーデットをにらんでから、とにかくこの場を離れようと取り繕う。
「何を説明するんだ!」
通用しなかった。トリングは鬼のような顔をしている。
「ですから…ペンダントを作った人の本を読んだんです。あなたが信じているような」
と、ギーデットは一生懸命説明している。でも、こっちも、トリングもイライラするだけだ。特にトリングはこの暗さでも、興奮した牛のように顔が赤くなっているのが分かる。
「ふざけるんじゃない!!」
怒鳴られた。
「あ、あの」
ギーデットは口ごもり、しばらく3人とも黙ってしまった。
「…街を出ます」
ギーデットを肩をつかんで促して、街の外に向かう。
(外に出たと安心させれば大丈夫だろ…)
「街の外まで送ろう。悪いがな」
トリングはいやみったらしい口調で言った。
街の外まで無言で進んだ。暗い中3人の足音しか聞こえないのは不気味だった。
「いいか、2度とこの街に入って来るんじゃないぞ!!」
トリングは最後に怒鳴ってから戻って行った。
「…こっそり戻れば大丈夫だよな?」
ギーデットがつぶやいた。
「ああ、お前はここに残ってくれ、1人のほうがばれないだろうしな」
「ああ」
ギーデットはさっきのやりとりを少し反省しているらしい。
しばらく間を置いて、俺1人、念のためしのび足でゆっくり戻る。そのせいで時間がかかった。
(くそ…朝になっちまうぞ)
「この野郎!」
ガツッ!
角材のようなもので頭を殴られ、地面が近くなった。ひざまずいたらしい。
(!)
地面に寝転がり、2撃目は回避できた。地面に手をつき、膝を折り曲げて地面を手と足で押してまずは2、3歩だけ走る。すぐに振り返り、腰に着いているフォルダからナイフを取り出す。
(不意打ちでなければ。こんなおっさんに負けるかよ!)
「やはり戻ってきたな!」
俺は答えない。ナイフを持ってぶつかるだけ。俺のナイフはあっさりと刺さり、トリングはあっさりと倒れ、動かなくなった。
(…)
逃げ出したいのに、その場から動けず、息だけが切れ、目の前のものから目が離せない。足をがたがたと震えさせながら一歩だけ動く。一歩だけ動いたら、後は自分でも信じられないスピードで走っていた。
は、は!
呼吸のタイミングが分からない。足を交互に動かすのもよく分からない。どこがゴールかも分からず、疲れたところで家の裏に倒れるように座った。
(足が痛え…)
全身がだるい。
(どうして…。どうしてナイフを取り出した…。いや、向こうだ。トリングが殴ってきたからだ。いや、トリングは最後に話そうとした。もしかしたら、話せたのか…)
体温は高いはず。でも全身が凍りに包まれているよう。
「ミミル?」
(!!)
全身が、こんどは電流が走ったみたいに震えた。
「ギ、ギーデットか…どうした?」
「どうしたって…」
起き上がる。
「どうした?」
ギーデットが震えているのに気づいた。
「お前…その、血、どうしたんだよ…」
「ん?」
自分の服装を見る。暗くてよく分からないが、あちこちに黒い大きなしみができていた。
「…これは…」
言い訳が思いつかないし、途中から考えるのが面倒になった。
「斬ったんだな…?トリングさん…。ミミル!!」
赤い顔をして、必死な表情、じっと見ていると滑稽で笑えてきそうだ。
「仕方がなかった…」
なんだか気分が軽くなった気がする。
「ミミル!!」
「…人が連れて行かれる異常事態だ。誰も気にも留めないさ…、あ、そもそも誰もいないしな」
「…」
ギーデットは固まっている。