洞窟の石像
「寒いなあ…」
氷の浮かぶ海を眺めて呟く。呟いた息も真っ白で地面も雪が積もっていて白いのに、まだ雪は降り足りないらしく大粒のものが次々と落ちてきている。見上げると、空は真っ黒くて見ているだけで気分が沈んでくる。
(あの海の向こうはどうなってるんだろう…。ずーっと氷なんだろうか…それとも、本で読んだみたいに森があったり砂漠があったり、街があったりするんだろうか…)
「今日は何か見えた?」
後ろから話しかけてきたのはメロン。小さな村で一人だけいる同い年の女の子で、村の中ではお金持ちの家の子。
「見えないよ。いつもどおり」
「帰ろ」
そっけない態度で、こっちの反応を待たずにスタスタ歩きだす。僕もついて行く。
(呆れられてるかな…最近毎日来ているから…)
「僕…いつか海を渡りたいな。海を渡って陸地を探してみたい」
「ソウデスカ、イケルトイイデスネ」
(棒読み…)
メロンは全く関心を示さなかった。
村に戻ると、ちょうど父さんが魚を村に運んできているところだった。
「おー、レオ。ちょっと手伝ってくれないかー?」
「うん…。それじゃ、メロン」
「ばいばい」
メロンと別れて、父さんと一緒に魚を運びに行く。
(また同じことの繰り返しか…)
「どうしたーレオ。浮かない顔して」
「ん…。海の向こうの街にさ、いつか行きたいと思ってね…」
「大人になったら行ってきな、もうあと5年じゃないか」
「うん…。そうだね」
(長いなあ…。退屈なんだよ…)
村を出れる年齢というのが決まっている。5年。それまでがとても長く感じる。この村であと5年。
手伝いが終わって自分の家に入り、2階の自分の部屋へ。ライトを点けようとするが点かなかった。蓋を開けてみると鉄の筒が2つ出てきて、手の中で転がす。
(…燃料が無くなったんだな…まだ重いのに)
大陸では、地面の中とか遺跡からちょくちょくこういう便利なものが出てくるらしい。開けて調べている人たちもいるらしいけど、まだまだ分からないことだらけだとか。
仕方がないのでランプを火を点けて本を取って読む気もないのにぱらぱらとページをめくる。
(明日は村長さん家で勉強か…)
ため息が出た。
次の日。村長さんの家に向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
村長さんはふさふさしたひげとぴかぴかした頭が特徴のおじいさんだ。父さんが子供のころからこの顔だったらしいけど、何歳なんだろう。
「おはよー」
メロンもいる。僕とメロンは村長さんの家で週4日ほど勉強している。
「さて、どのへんからだったかな…」
のんびりと本をめくり、読み上げ始める村長さん。この声が眠気を誘ういい音程なんだ。
「起きろ」
小声を出して肩をつついてくるメロン。
「まだ寝てない」
言い返す。
「今日はここで終わりにしよう」
村長さんは本をパタンと閉じた。
「え。今日は早いですね」
まだ午前中だ。
「…この家に伝わっている本を調べてみるとな、村の北に何やら遺跡があることが分かったんだ。2人で行って調べてみてくれないかな」
「はい!」
ちょっと日常とは違うことが起こった。それだけで気分が舞い上がる。
「はあ…」
メロンは面倒くさそう。
村長さんの家を出た。
「じゃ、私は帰るからレオよろしくー」
「なんで?」
「寒いし。こういうの好きでしょ?」
「一緒に行こうよ…2人で行けって言ってたし」
「めんどーくせー」
一旦解散して、昼ごはんを食べたあと、村のすぐ外で待ち合わせした。
「さ、とっとと行こう行こう。何も無いの確認するだけだろうし」
やる気無い声を出すメロン。
「行こう行こう」
僕は楽しみだ。
村長さんの手書きの地図を見ながら歩いていく。見ずらい。
「…」
「…」
「どうしたの?…上下逆だったの?裏は何も書いてないよ?村の場所も分かんなくなってる?ねえ、ねえ?」
「メロン、うるさい」
「はいはいー黙ってますよー。レオくんのだいぼうけんだもんねー」
「…」
「…」
「こっちでいいのかな…」
結局メロンに地図を渡した。
「ん?んー…ん?んー。……きっと、いいんじゃない?うん」
分からなかったみたい。でも、地図は手放さない。
「あれ、隣村だね。地図に書いてある?」
「ん?んー…」
やっぱり分からないみたい。さらに、上り道になった。人がめったに通らないところだから雪が多くて歩きにくい。
「ん?あれなんだろ」
メロンが立ち止まった。見ている先を見てみると、上り坂の先に長く分厚い板のような岩が倒れていた。近づいてみる。
「これ動かせば入り口なのかな」
「無理だ。帰ろ」
くるっと振り向くメロン。でも、そのまま止まって、足で地面を叩き始めた。
「…何やってんの?」
いらいらしているのだろうか。
「氷の下に何か見えるからさ…」
そばによって見てみる。ひび割れた氷の下に何か黒いものが見える。
「えい!」
僕も踏んでみる。
がつっ、ばらばらばら…
ひび割れていた氷はあっさりと壊れた。
「レオ!先に進めるよ!!」
「ほんとだ…」
割れた場所を覗くと、下には広い空間があった。
「よっこらせっ」
メロンがお年寄りみたいな声を出して飛び降り、僕も続く。
(いつの間にか先頭切って進んでる…)
「寒いー…」
ぶるぶるっと体を震わせるメロン。ところどころ黒い板が見えるほかは氷で覆われていて、保存庫に入れられた魚になったみたいな気分だ。
「わ…ドア?」
「…メロン?」
メロンの視線の先には、氷の壁と天井と床の中で黒いドアが埋まっていた。
「誰かの家ってことはないよね?」
急に不安がるメロン。
「家ってことは…ないと思うよ?誰も出迎えてこなかったし…」
「…」
「…」
「開けてみなよ…」
「メロンがどうぞ…」
ふーっと息を吐いてメロンはドアノブをひねる。
「開いたよ…行こう」
「うん…」
「…怖くなった?」
こっちに振り向いてきた。
「うん…怖い。でも、わくわくもする…」
「私も。久しぶりに楽しい」
メロンは口元を笑わせて目は輝いて、手は少し震えていた。僕も同じなんだろう。僕達はドアの先に進んだ。床には石が敷き詰められていて、壁と天井は草木などの彫刻が施された石でドーム型になっていた。
「…像?レオ…あれ…」
前方には小さな像。女神像なのか?が立っていた。
「凄い…こんなところに聖堂みたいなものがあったんだ…」
天井が高い。
「どこの女神様だろう…これ。幼い感じだけど…。ん…ひび入ってるね」
像に興味津々のメロン。
メリメリメリ…
「何の音かな?」
メロンも首を振った。分からないらしい。
「気のせいかな…ひびが大きくなってるような気がするんだけど…。ちょっと見て…」
像の頭にできたひびを指をさして説明しようとすると。
パン!!
「きゃ」
「うわあ!!」
乾いた音がして、突然あたりを強い光が包んだ。
「…ふう…おさまった…レオ?」
「…大丈夫」
頭を振ってみる。
「ん?誰?あれ…」
前に誰かいる。
「レオ?」
僕の向いた場所を見てみるメロン。その先の、像があった場所には女の子が座っていた。赤色の長い髪と大きな目、人形が着るようなきらきらした服。
「か…かわいい」
メロンは子猫を見ているような顔だった。
「だね…。って像の中にいたの?あの光は?」
「…ん?うーん…」
メロンも考え込んで固まる。
「…」
「…」
しばらく2人で顔を見合わせて黙っていた。
「だ…れ…?」
か細い声が聞こえてはっとなった。
「!ええ…っと、私はメロン」
「ぼ、僕はレオ…き、君は?」
「…ミイナ…」
「どうして、ここに?」
「…分かんない…」
涙目で小刻みに震えていた。弱々しさがまた、こう思うのは不謹慎かもしれないが、かわいらしい。
「あの」
さらに話そうとした僕をメロンが目で止めた。詳しく聞くのは無理ということだろう。
「どこか、行く場所はあるの?」
「…ない…」
「私達と一緒に村に行こうか?」
ミイナはしばらく黙ってから、
「……うん」
目を僕達に目を合わさずに答えた。
メロンがミイナの手を引いて村に戻った。
「手を引いてるわけじゃないんだけど…」
ちょっと照れてるメロン。
「なつかれてるのかな」
ミイナはずっとメロンの腕をつかんでいる。不安なのだろうか。
「疲れたー…」
結構歩いた。
「すっかり日も暮れちゃったねー」
ようやく村の入り口にたどりついたら、網に入った魚を運んでいる父さんがいた。
「ん?お前らどこ行ってたん…」
どうやって説明すればいいんだろう。
「どうした?その子、お前らの子か?」
笑いながら冗談を言う。
「村の外でうろうろしてたんですよ。迷子になってるのかも…」
メロンが説明してくれた。
「隣村の子にいたかな…うーん」
父さんは腕組みして悩んでる。でも僕達は知ってる。思い出そうとしてもいるはずがない。
「どこから来たの?」
父さんが直接ミイナに聞いた。
「洞窟から…」
「洞窟?どこのかな?」
「…」
メロンの手をぎゅっとにぎる。
「…じゃあ、お父さんお母さんの名前は?」
「…」
泣きそうな顔。
「…うーん。やっぱりお前らの」
顔を上げて僕達を交互に見る。
「それは違う」
軽く流すメロン。
「とりあえず、明日隣の村に連れて行ようかな…」
とりあえず、その場を取り繕っておこう。
「今日のところは私の家にでも…それでいい?」
「うん」
ミイナはちょっと嬉しそうにメロンを見上げて返事した。