大座敷の人魚姫
「うーん、よく寝たー」
「ごめんな、真菜子。こんなにくたびれさせて」
座敷の布団に寝転がる若い男女。
なんと、わたし真菜子とその恋人(!)友則君である。
高校生の身で恋人と二人きり、夕方の薄暗いお部屋にいるなんて、何ていけないんでしょう。
と、思うでしょ?
それが全く、いけなくないんです。
ええ、残念ですけど。
なんて思っている間に、バタバタと複数の足音が近づいてきた。
開けっ放しの襖から大声で呼ばれる。
「トモ兄ちゃん、マナ姉ちゃん、ご飯できたって~」
「ご飯~」
「おなかすいたよ~」
廊下から覗くのは三つの顔。
友則君のお姉さんのお子さんたちである。
わたしの将来の甥っ子と姪っ子だ。
今日、本来の予定は神社の夏祭りへの参加だった。
まずは去年と同じく事前準備で祭りの手伝いを終え、本番では冷たいペットボトルを休憩中の彼氏に差し入れる……はずだったのだが。
昨日の夜、友則君から電話があった。
「明日一日、俺に時間をくれないか?」
「はい、喜んで!」
「真菜子ならそう言ってくれると思ってた。
詳しい予定はメールする」
で、送られてきたメールを確認すると案の定、デートのお誘いではない。
そりゃそうだ、期待してなかった。
大農家の惣領息子が地元の祭りを放り出してまでやるべきことって、絶対デートじゃないよね。
それがデートだったらもう勘当レベルである。
わたしの友則君は、そんな人じゃないもん。
文面によれば、明日のミッションは道の駅で行われるイベントの手伝いに変更。
別の茄子農家が引き受けていた茄子の試食&販売イベントだったのだが、仕切るはずだった一家のお祖父さんが体調を崩し、それどころではなくなってしまったのだ。
すぐに代わりとして現場に入れる人を探したところ、数年前に仕切ったことのある友則君一家が候補に挙がり、ミッション変更と相成った。
昨年夏休み明けの、友則君からの申し出で付き合い始めた私たち。
お互い好き合っていることは周り中が知っていて、温かく見守られていたらしい。
一番状況をわかっていなかったのはわたしだけど、彼は『そんなとこも可愛い』なんて言ってくれた。きゃっ!
結納などはしていないが、もはや町中公認の婚約者同士と言っても過言ではない。
特別な予定がない日に、友則君の家のイベントを手伝って欲しいと頼まれたら飛んで行くのである。
急遽抜けることになってしまった神社のお祭り関係各所へは、友則君のお父さんがお詫びを入れておいてくれるというのでお任せした。
で、本日。
暗いうちから組合の作業場で下ごしらえを手伝って、その後、道の駅に移動して、特設テントで茄子のはさみ揚げを作って作って作りまくった。
今日はトゲに触る作業には参加してない。怪我などしている暇はないのだ。
試食希望の行列は途切れることなく、熱々の茄子は揚げたそばから消えていく。
そして、隣で販売している茄子も次々に売れていく。
生け花のイベントには何度も参加しているが、こんなふうに目の前でどんどん結果が出るようなものは初めてなので新鮮だった。
午後早くにはイベントも終わり、後片付けを終えてから友則君の家でお風呂をもらい着替えて大座敷で雑魚寝の昼寝。
同じ部屋で寝ていたちびっ子たちは一足先に起きて、部屋を出て行ったらしい。
「あかり付けていいか?」
「うん」
こんなふうに気を使ってくれる彼が優しい。
寝起きを照らされたくない時だって、きっとあるもんね。
「お布団たたむ?」
「いや、広げておこう。
掛け物だけたたんでサーキュレーター回しておく」
自分が寝ていた布団を見れば、カバーのしわがひどい。
「わたし、暴れてた?」
「暴れてたというより、泳いでた?」
それは相当な寝相だったに違いない。
「子供らに比べれば、どうってことない」
友則君は笑った。じゃあ、いいか。
子供たちのぶんも二人で片付けて、さあ、ご飯をもらいにというところで彼が言った。
「あれ? 床の間の生け花、真菜子作?」
「うん、よかった、気付いてもらえた」
「布団出したときはなかったから、風呂上りに活けたのか? 早業だな」
「うふふふふ」
今朝、父にこの家まで送ってもらったので、用意した一式を置かせてもらっていたのだ。
お花だけは長いことやってるから、時間配分にも自信がある。
「なんかちょっと、水の中みたいなイメージが浮かぶ」
「大正解! 夏休み中に水族館に行くのは無理そうだから」
前に、夏休み中に水族館に行けたらいいねと話したことがあった。
でも実際は家の手伝いもあるし、一応受験生だしで二人とも忙しい。
「そうだな。休みが明けてからでも、時間があるときに行こう」
「うん」
「真菜子って実はよくしゃべるのに、寡黙だと誤解してるやつが多い」
「黙っていれば美少女説」
わたしの象徴とも言える生け花は、教えるときはともかく活けるときは寡黙なせいもあって、誤解されやすい。
「俺たちは、これからもたくさん話をしような」
「うん!」
「こら~若い男女が二人きりでなにをやっとるか~」
そこへ、友則君のお姉さんが乱入してきた。
「なにもやっとらんわ!」
「あら、なにもやっとらんの?
なにしてんの、若い男女のくせに」
「姉貴、勧めたいのか阻みたいのか、どっちだ?」
「どっちでもないよ。
男と女はねえ、なるようにしかならんのよ。
あ、真菜子ちゃん、これ今日のバイト代ね。
お手伝いありがとう」
「え、いただいていいんですか?」
「家族間はごまかせるけど、美少女高校生を人前でタダ働きさせたとなると搾取で炎上しかねないからね」
「ありがとうございます」
「バイト代が出るのは当たり前だけど、道の駅の茄子イベントで炎上て……」
友則君が呆れる。
「昨今、油断ならないからね~」
「あ、じゃあ俺にもバイト代が出る?」
「月末の小遣いでご確認ください」
「鬼の経理係」
「査定に響く発言は控えたまえ」
「お母さん、お腹空いた~」
甥っ子ちゃんの声がする。
「はいはい。今行くよ~」
お姉さんは先に戻って行った。
「腹減った。俺たちも行こう」
「うん、お腹空いた」
家の中の、ほんのわずかな距離を歩くために差し出された友則君の手。
わたしはその手を取って、家族の食卓へと歩き出した。




