第61話 光速の閃光と神代の風、激突の果てに
闘技場を包み込む熱気は、先ほどの試合の余韻をさらに塗り替えるかのように、異様なほどの緊張感と期待感へと変化していた。観客席のあちこちから、これから始まる準決勝第二試合の行方を案じるざわめきが波のように押し寄せている。
実況席のアリーが、いつも以上に張り詰めた、興奮を隠しきれない声でマイクに向かった。
「さぁ皆さん! お待たせいたしました! 一方は今大会中にユニークスキルに開眼し、風を纏う戦姫として勝ち上がってきたシオン選手! 対するは、すべてのプレイヤーの頂点に君臨し、絶対王者の呼び声高い『光』のユニークスキルを持つレオンハルト選手! 『風』か『光』か。頂点への切符を掴むのは果たしてどちらだぁっ!」
アリーのハイテンションなアナウンスに呼応するように、観客席から地鳴りのような歓声が巻き起こる。
隣でマヤが腕を組み、鋭い眼光をリングへと向けながらマイクを引き継いだ。
「シオン選手は、遠距離での的確な魔法攻撃と、洗練された魔力剣による近接戦を高い次元でこなす万能型のファイター。対するレオンハルト選手もまた、攻防ともに死角のない絶対的な実力者。この二人のぶつかり合いは、今大会の最高傑作と言っても過言ではないわね」
割れんばかりの拍手と歓声の中、リングの中央へと歩み寄る二人の姿があった。
【安倍ノ家:ついに来たか、レオンハルトとシオンの準決勝。レオンハルトのユニークスキル『光』は、単なる身体強化ではなく、空間の光子や屈折率を操作する最上位の能力だ。対するシオンはアーク・エルフの覚醒スキル。光と風、神代のマナにおける最高峰同士の属性相性と出力の激突になる。どちらが先に主導権を握るかが勝負の分かれ目だな】
【灰かぶりうさぎ:うおおおおおシオンちゃんだあああああ!!!!! 相手がいくら絶対王者のレオンハルト様でも、今のシオンちゃんなら絶対にやってくれるはず……!! でもちょっと待って、レオンハルト様めちゃくちゃカッコいいし強そうだしで緊張でお腹痛いんだけど!! ああ、でもここでシオンちゃんが勝ったら、ユウくんとシオンちゃんの夫婦決勝が現実のものに……!! 神様仏様ユウシオン様、どうかシオンちゃんに勝利を恵んでくださああああい!!!!】
リングの中央。純白の魔導コートを翻すレオンハルトと、気高い闘志を宿した青い瞳を輝かせるシオンが、わずか数メートルの距離で対峙していた。
二人の周囲だけ、魔力の衝突によるものか、空気の密度が変わり、微かに光の粒子が散っている。
「君がここまで勝ち上がってきた実力、そして前の試合で見せた覚醒の風……素晴らしいものだったよ、シオン」
レオンハルトは静穏な笑みを浮かべ、剣の柄に手をかけたまま語りかける。その声音には侮蔑の色はなく、同等の実力を持つ者への純粋な敬意が込められていた。
「……あなたもね、レオンハルト。噂通りの強さだわ。だけど、ここで足を止めるわけにはいかないの。私には、負けられない理由があるから」
シオンは愛剣をしっかりと握り締め、左腕に装着された『青銅魔導の円盾』を構えた。
その脳裏には、一緒にこの盾を磨き上げ、共に歩んできたユウの姿が鮮烈に思い浮かぶ。負けられない、という言葉には、彼女自身のプライドだけでなく、大切な人との絆の証を背負う強い決意が込められていた。
「いいだろう。その覚悟、私の剣ですべて受け止めてあげよう」
「始まるぞ、準決勝第二試合! カウントダウン開始ぃっ!」
アリーの絶叫に合わせ、上空の巨大ホログラムモニターが眩い光を放ちながら数字を刻み始める。
『10、9、8──』
観客席の息を呑む気配が一つにまとまり、緊張感が最高潮に達する。
『3、2、1、スタート!』
試合開始の合図が響き渡った瞬間、絶対王者レオンハルトの姿がかき消えた。
「――速い……っ!?」
シオンの研ぎ澄まされた動体視力が辛うじて捉えたのは、純白の残像だけだ。
ユニークスキル『光』。それは自身の肉体速度と反射神経を光の領域へと引き上げる、反則じみた超越能力。一瞬にしてシオンの懐へと肉薄したレオンハルトが、空間を引き裂くような神速の斬撃を放つ。
──キィィンッ!!
「ぐっ……!」
シオンは反射的に愛剣をクロスさせてその一撃を受け止めたが、伝わってきた凄まじい衝撃に足元の石畳が放射状に粉砕される。
だが、彼女はただ押し込まれるままではなかった。
目覚めさせた固有の覚醒スキル〈天壌風霊〉を即座に全開へと導く。
「逃がさない……ッ!」
物理法則を完全に凌駕する神代の風がシオンの全身を包み込み、彼女の身体は重力を無視したような超機動でレオンハルトの斬撃を紙一重でかわしていく。
さらに、纏った風を鋭い気刃へと変え、カウンターの如くレオンハルトの脇腹へと浴びせかけた。
──キンッ!
レオンハルトは鮮やかな身のこなしで風の刃を弾き返したが、その表情に初めてわずかな驚愕の色が浮かぶ。
「ほう……今の私の光速の剣を、風の慣性制御でいなしたか」
「あなたの光の速さだって、私の風なら捉えられるわ!」
光と風。二つの圧倒的な超次元属性がぶつかり合い、リングのあちこちに激しいスパークを散らす。
「おおいっ!? 見えません! 何だこのスピードは! 剣戟の音だけが響いて、二人の姿が完全に残像と化しているぅ――っ!」
実況席のアリーが絶叫し、解説のマヤも息を呑むように身を乗り出した。
「信じられないわ……レオンハルトの光速の剣に、シオン選手が神代の風で完全に互角に渡り合っている。どちらか一瞬でも気を抜けば、一撃で勝負が決まるわね」
【安倍ノ家:見事な攻防だ。レオンハルトの『光』は絶対的な速度と手数を誇るが、シオンの『天壌風霊』は空間の摩擦をゼロ化し、風圧で相手のベクトルを強制的にねじ曲げている。属性の相性としては互角、あとはプレイヤーとしての持久力と魔力の総量勝負だな】
【灰かぶりうさぎ:シオンちゃんすごすぎるううううう!! あのレオンハルト様と互角にやり合ってるよ!? 風の衣を纏ったシオンちゃん、美しすぎて語彙力が文字通り蒸発したんだけど!! がんばれ、もっとやってやりなさいシオンちゃん!!】
一歩も譲らない一進一退の激しい攻防が続き、闘技場の空気は熱を帯びて沸騰していく。
互いに決定打を与えられないまま膠着状態が続いた中、レオンハルトはふっと軽やかに後ろへと大きく跳び退き、十分に間合いを取った。
「見事だ、シオン。だが、ここから先は少し世界の色を変えさせてもらうよ」
レオンハルトが手にした長剣を天高く掲げると、その刀身から太陽の如き黄金色の光が溢れ出し、空間そのものを切り裂くように魔力が収束していく。
「──我が剣閃にひれ伏せ。『光』の極致を見せてやろう。〈天覇・明星の光芒──アストレア・レイ〉!!」
放たれたのは、数え切れないほどの眩い光弾と、それを束ねる巨大な光の槍の雨。まるで星屑の奔流がそのまま落下してくるかのような、絶望的な物量の広範囲殲滅魔法だった。
無数の光弾が雨のようにシオンへと降り注ぐ。
しかし、シオンは一歩たりとも引かなかった。彼女の瞳に燃える闘志は、眩い光の中でもなお強く輝いている。
「私の風は、どんな光も切り裂いてみせる……!」
シオンはアーク・エルフの血脈に眠る上位神代マナをその身に全解放する。
彼女の纏う風の聖域が爆発的に膨れ上がり、さらに愛用の剣、そしてユウと一緒にクラフトした『青銅魔導の円盾』の魔力増幅機構が完全に同調した。円盾の古青銅の表面に刻まれた紋様が眩い翠緑の輝きを放ち、周辺のマナを限界まで吸い上げて増幅させる。
「──応えて、私の力に! 〈天翔・神風裂斬、ソアリング・ディヴァイン・エア・ブレイク〉!!」
シオンが放った全力の反撃──凝縮された神代の風と魔力増幅された円盾の突撃が、圧倒的な風の奔流となって降り注ぐ光の弾幕へと正面から激突した。
──ズガアアァァンッ!!
光と風の衝突が凄まじい衝撃波を生み出し、闘技場の結界壁を激しく揺さぶる。
激しい閃光と砂塵の中、シオンの放った風の奔流は、レオンハルトの放った無数の光弾の雨を相殺し、すべてを微塵に粉砕してみせた。
【安倍ノ家:なんと……! レオンハルトの『アストレア・レイ』の物量弾幕を、アーク・エルフの上位神代マナと『青銅魔導の円盾』の増幅機構のシナジーで完全に相殺しきったぞ! ユウと作り上げた装備が、ここで最高の形で活きている! 素晴らしい連携だ!】
【灰かぶりうさぎ:ひゃあああああすごいいいいい!! シオンちゃんの全力がレオンハルト様の光を打ち破ったよ!? しかもユウ君と作った青銅魔導の円盾がめちゃくちゃ輝いてるの、もう本当に尊すぎて涙が出てきた……!! これぞ二人の愛の結晶の勝利でしょ、おめでとうシオンちゃん!!】
砂塵が晴れ、ステージの中央に立ったシオンは息を荒くしながらも、しっかりと剣を構えていた。
その対面で、レオンハルトは軽く自身の純白のコートの裾に付いた塵を払い、どこか満足げな、敬意に満ちた笑みをその口元に浮かべた。
「……素晴らしい。私の最大級の弾幕をここまで完璧に撃ち返したプレイヤーは、君が初めてだ。その健闘と覚悟に応えて、私も……本当の全力を見せてあげよう」
レオンハルトの声音が、わずかに熱を帯びる。
彼は手にした剣を収め、両手をゆっくりと広げた。その瞬間、彼の背中から、現実のものとは思えないほど美しく、そして圧倒的な輝きを放つ、まばゆい『光の翼』が顕現した。
夜空をも切り裂く勢いで空へと飛翔するレオンハルト。
彼の全身が太陽の如き眩い神代のマナに包まれ、闘技場全体の空気が恐怖に近いほどの重圧で激しく震え始める。
観客席の誰もが息を呑み、実況席のアリーすら言葉を失ってその光景を見上げていた。
解き放たれるのは、絶対王者としての真の切り札、そしてこの大会の最強の奥義。
「私のすべてをこの一撃に込める。往くぞ、シオン!」
時間をかけて収束させた光の力を解放するべく、レオンハルトが叫ぶ。
「っ……来る……!」
シオンは全身の全神経を研ぎ澄まし、残されたすべての魔力を盾と剣に集中させた。
「天翔ける一筋の光──〈アイ・アム・ルーキス〉!!」
レオンハルトの背中の光の翼から放たれた極光の超神速突撃は、もはや移動という概念を超越し、空間そのものを切り裂きながら一直線にシオンへと迫った。
それは光速のさらに先、絶対王者の到達した真の領域。
シオンの周囲に展開されていた風の聖域が、接触した瞬間に悲鳴を上げ、彼女の防護フィールドの最後の砦が音を立てて一瞬で完全に貫通された。
──ドオォォンッ!!
世界が真っ白な閃光に包まれ、凄まじい衝撃波が闘技場の隅々までを駆け抜けた。
やがて、眩い光がスーッと収まり、静寂が訪れたリングの中央。
そこに立っていたのは、光の翼を収めたレオンハルトと、防護フィールドが全損して膝をつきかけるシオンの姿だった。
静まり返った闘技場に、冷徹なシステム音声が響き渡る。
【勝者決定:レオンハルト選手、シオン選手を下し、決勝戦への進出を決定――っ!】
瞬間、時が止まっていたかのような静寂を破り、観客席から割れんばかりの、地鳴りのような惜しみない拍手と大歓声が沸き起こった。
敗れはしたものの、絶対王者レオンハルトを相手に一歩も引かず、極限の死闘を演じきったシオンの姿に、会場全体の観客が総立ちで称賛を送っていた。
【安倍ノ家:見事な幕引きだな。最後はレオンハルトのユニークスキル『光』の真骨頂、空間を穿つ極光の超神速突撃の前に敗北はしたが、シオンが見せた戦いぶりは王者をも本気にさせるに十分すぎるものだった。互いに全力を出し切った、歴史に残る名勝負だったと言える】
【灰かぶりうさぎ:シオンちゃん……本当によく頑張った……!! 最後の最後までカッコよくて美しくて、私の心は完全にシオンちゃんに持っていかれたわ……! レオンハルト様も強すぎたけど、シオンちゃんが流した汗も涙も全部尊い!! さあ、これで決勝はユウくん対レオンハルト様だね……! ユウくん、シオンちゃんの想いも背負って、あの絶対王者を絶対に倒してきてねええええええ!!!!!】
激闘の末、レオンハルトは倒れ込んだシオンの元へと歩み寄り、静かに手を差し伸べた。
シオンはその手を取り、悔しさを滲ませながらも、どこか誇らしげな笑みを浮かべて立ち上がる。
二人の健闘を称える拍手が鳴り響く中、舞台はいよいよ、すべての頂点を決めるファイナルステージへと向けて動き出していた。




