第58話 閃光の剣聖と青き銃弾の軌跡
闘技場を包み込む熱気は、先ほどまでの興奮をさらに塗り替えるかのように、異様なほどの緊張感へと変化していた。
観客席のあちこちから、これから始まる対戦の行方を案じるざわめきが波のように押し寄せている。
実況席のアリーが、いつも以上に張り詰めた声でマイクに向かった。
「さぁ、皆さま! お待たせいたしました!いよいよ決勝トーナメント一回戦第四試合が始まります!」
隣でマヤが腕を組み、鋭い眼光をリングへと向けながら解説を挟む。
「片や、全プレイヤーの頂点に君臨し、絶対的な強さを誇るナンバーワンプレイヤー・レオンハルト選手。そして片や、予測不能な機動力と圧倒的な火力で勝ち上がってきた新進気鋭のガンナー、セラ選手。ユニークスキル『光』を持つ剣聖に対し、セラ選手がどう立ち回るのか、一瞬たりとも見逃せないわね」
リングの中央。
そこには、静かに対峙して立つ二人の姿があった。
レオンハルトは、純白の魔導コートを纏い、その身に一切の隙を見せない。彼が手にする細身の長剣は、まるでそれ自体が意志を持っているかのように、微かに神聖な光を帯びて震えている。彼の周囲の空間だけ、光の屈折率が狂っているかのような錯覚さえ覚えるほどの威圧感だ。
対するセラは、新調したばかりの特製ジャケットの襟を正し、両手に二丁の魔導拳銃をしっかりと握り締めていた。その背中には、彼女のトレードマークである星型の刺繍が刻まれており、今はまだ静かに、しかし確かな予備光を湛えている。
「君がここまで勝ち上がってきた実力は認めよう、セラ。だが、私を越えることはできない。光の速さに追いつける者など、この世界には存在しないのだから」
レオンハルトの声音はどこまでも静穏で、そして絶対的な自信に満ち溢れていた。侮蔑ではなく、強者ゆえの圧倒的な余裕。それがかえってセラの闘志に火を付ける。
「うるさいね、ナンバーワン気取ってさ! ボクの二丁銃の本当の怖さを、今から骨の髄まで教えてあげるんだから!」
セラはフンと鼻を鳴らし、挑発的な笑みを浮かべる。
その瞳の奥は氷のように冷徹に、レオンハルトのわずかな重心の傾きや呼吸のタイミングを捉えようと研ぎ澄まされていた。
『カウントダウン、開始! 10、9、8──』
アナウンスの響きとともに、空間の密度がさらに高まる。
『3、2、1、スタート!』
【安倍ノ家:レオンハルトの持つユニークスキル『光』は、単なる身体強化の域を超えている。周囲の光子を屈折させ、質量を持った残像と超光速の斬撃を同時に生み出す反則級の能力だ。対するセラは新調した特製ジャケットの機動性と『エーテル・スナイプ』による曲弾道でどこまで翻弄できるかが見ものだな。まともに正面からやり合っては勝機はない。初動の立体機動が勝敗を分ける鍵になる】
試合開始の合図が響いた瞬間、レオンハルトの姿がかき消えた。
「速い……っ!?」
セラの動体視力が辛うじて捉えたのは、純白の残像だけだ。
ユニークスキル『光』による、自身の肉体速度と反射神経を光の領域へと引き上げる、反則じみた超越能力。
一瞬にしてセラの目の前に肉薄したレオンハルトが、無造作に剣を閃かせる。
──キィィンッ!!
「っ……重い……!」
セラは反射的に二丁の銃身をクロスさせ、レオンハルトの斬撃を受け止めた。
だが、その一撃から伝わってきた衝撃は凄まじく、彼女の足元の石畳が放射状にひび割れて粉骨する。耐えきれず、セラの体が後方へと大きく弾き飛ばされた。
「もう一つだ」
追撃の光速の突きが、セラの鼻先を掠める。
セラは空中での驚異的なボディコントロールを発揮し、背中から地面に叩きつけられる寸前で体をひねり、崩れた岩場へと飛び込んだ。
「ふぅ……っ、凄すぎ……あんなの目で追えるわけないじゃん……!」
冷や汗を拭うセラ。彼女のジャケットの背中の星型刺繍が、危機感を察知したかのように眩い青光を放ち始めた。
「今度はボクの番だよ! 〈エーテル・スナイプ・バースト〉!」
彼女が両手の魔導拳銃を構え、精密射撃を放つ。
放たれた蒼きエーテルの弾丸は、ただの直進ではない。空間の魔力流を計算し尽くし、まるで生き物のように軌道を曲げながらレオンハルトの死角を強襲した。
──けれど。
レオンハルトは振り返りもしない。
ただ一歩、右足を引いたその刹那、彼の纏う『光』のオーラが爆発的に膨れ上がった。
「無駄だ」
彼は手にした長剣を、目にも留まらぬ神速で薙ぎ払う。
──キンッ! キンッ! キンッ! キンッ……!!
凄まじい連撃が、一瞬の静寂を挟んで幾重にも重なる。
セラの放った蒼きエーテルの弾丸の群れは、レオンハルトの剣閃によって空中で次々と掻き消され、光の粒子となって霧散していった。銃撃の軌道すら完全に先読みされ、全てが彼の剣の錆と消えたのだ。
「なっ……嘘でしょ!? ボクの全力の狙撃が、全部……!」
「君の銃撃の軌道は美しく、戦術的センスも素晴らしい。だが、私の『光』の前では、弾丸の加速すらスローモーションに見えるよ」
レオンハルトは涼しい顔のまま、一歩、また一歩とセラとの距離を詰めていく。そのプレッシャーは、まるで巨大な重力波のようにセラの全身を押し潰そうとしていた。
攻防の主導権は完全にレオンハルトが握っていた。
彼の圧倒的な剣技とユニークスキルのコンビネーションの前に、セラは防戦一方に追い込まれる。
「どうした、終わりかい?」
レオンハルトの剣が、空間を引き裂くような軌跡を描いてセラの胸元を襲う。
セラは歯を食いしばり、二丁の銃の銃身で何とかその軌道を逸らすが、衝撃で彼女の体はさらに後方へと押し戻された。防護フィールドの残量を示す警告音が、セラの脳内で耳障りな赤色灯とともに点滅し始める。
(くそっ……! このままじゃ、いいところ無く完封負けさせられちゃう……! ボクがここまで勝ち上がってきたのは、ただの噛ませ犬になるためじゃないんだから……っ!)
セラの瞳に、負けず嫌いの炎が鋭く灯る。
「見せてあげるよ、ボクの隠し札を!」
レオンハルトが決定打となる最後の一撃を放とうと、剣を大きく振りかぶったその瞬間。
セラの背中の星型刺繍が、これまでにないほどの眩耀を放ち、彼女の周囲の魔力濃度が急激に跳ね上がった。
「っ……!?」
レオンハルトの動きが、ほんのコンマ数ミリ、微かに遅れた。
セラの特製ジャケットに組み込まれた隠し機能──〈エーテル・オーバー・ドライブ〉。それは一時的に自身の反射神経と魔力出力を限界突破させる、一発逆転の捨て身のブースト機能だった。
「これで終わりだなんて思わないでよね! 持っていきなよ、ボクの渾身の一撃をっ!!」
セラは体勢を崩したふりから一転、地面を蹴り上げて鋭く踏み込んだ。
彼女の両手の魔導拳銃が、最大出力の蒼き光を纏いながら、レオンハルトの至近距離でゼロ距離射撃の構えへと移行する。
「ほう……?」
レオンハルトの瞳に、わずかな驚愕の色が浮かぶ。
彼は瞬時に防御の姿勢へと剣を構え直そうとしたが、限界突破したセラのスピードは、その予測をわずかに上回った。
「〈ゼロ・ディスタンス・バースト〉!!」
セラの放った超近距離からの零距離砲撃が、圧縮された蒼きエーテルの暴風とともにレオンハルトの懐で炸裂した。
──ズガアアァァンッ!!
凄まじい衝撃波と閃光がリング全体を飲み込み、観客席からどよめきの歓声が上がる。
レオンハルトの周囲に展開されていた絶対防御の光の障壁が、激しい亀裂を走らせて軋みを上げた。
煙が立ち込める中、セラの息が荒く乱れる。
「はぁ……はぁ……っ、どうだ……! これで少しはボクの凄さが分かったでしょ……!」
やがて、砂塵がスッと晴れていく。
そこに立っていたのは、純白のコートの裾を少しだけ焦がしたレオンハルトだった。彼は無言で自身の服の汚れを見下ろし、そして、静かに、しかしどこか満足げな笑みをその口元に浮かべた。
「見事だ、セラ。私の防御障壁に亀裂を入れたプレイヤーは、君が初めてだよ。……だがね」
レオンハルトが再び剣を構えると、その刀身は先ほどよりもさらに眩い、太陽のような黄金色の光を纏い始めた。
「その一撃のために、君の切り札はもう底をついたはずだ。ここからは、私の本当の実力の一端を見せてあげよう」
圧倒的な王者が見せるさらなる高み。
絶望的なまでの力の差の前に、セラの背筋に冷たいものが走る。
しかし、彼女はその唇をキッと噛み締め、決して逃げようとはしなかった。闘技場の熱気は、最高潮のクライマックスへと突入していく。
【灰かぶりうさぎ:うおおおおおセラちゃんかっこいいよおおおおおお!!!!!! あの圧倒的なレオンハルト相手に一矢報いて、防御障壁にヒビまで入れさせたとかマジで天才すぎでしょ!!!!! 星型刺繍のジャケットの隠し機能とか、ロマンの塊すぎて私の情緒が大変なことになってるんだけど!!!!! ちょっと待って、これシオンちゃんとも通じる熱い展開だし、セラちゃんのあきらめない根性めちゃくちゃ尊い……!! 健気で強気なガンナー少女、最高に推せるわ……! あああ、でもレオンハルト様がここからガチの本気出すのフラグすぎてハラハラが止まらない……! セラちゃん、負けないでえええええええ!!!!!】
「行くぞ、セラ。これが絶対王者の光景だ」
レオンハルトが静かに告げると同時に、彼の纏う黄金色の光がアリーナの天井を突き抜けるかのように膨れ上がった。
彼は軽やかに剣を振るう。その一閃ごとに、空間そのものが裂け、数え切れないほどの眩い光弾が生成される。
「〈天覇・明星の光芒──アストレア・レイ〉」
──バババババッ!! と、まるで無数の星屑が降り注ぐかのような光の弾幕が、一斉にセラへと襲い掛かった。
「嘘……でしょ……っ!?」
セラのオーバーロードの反動で鈍った身体では、その全方位からの光弾の雨を避けることは不可能だった。
彼女は二丁拳銃を盾にするようにクロスさせて耐えようとするが、次々と着弾する光弾が彼女の周囲の防護フィールドを容赦なく削り取っていく。
──ピリリリッ、と耳障りな警告音が鳴り響き、セラの防護フィールドの残量がみるみるゼロへと近づいていく。
「くっ……! まだ……まだやれる……っ!」
「終わりだ」
レオンハルトが最後の一撃を放つように、剣先を鋭く突き出す。
収束された巨大な光の槍が、セラの身体を正確に捉え、防護フィールドの最後の砦を完全に粉砕した。
──ドオォォンッ!!
まばゆい閃光が視界を埋め尽くし、セラの体がリングの端へと大きく吹き飛ばされる。
静寂の訪れた闘技場に、冷徹なシステム音声が響き渡った。
【勝者決定:レオンハルト選手、セラ選手を下し、決勝トーナメント二回戦準決勝へ進出ーーっ!】
【安倍ノ家:見事な幕切れだな。セラも捨て身のゼロ距離砲撃で王者の隙を突いてみせたが、最後はレオンハルトのユニークスキルの圧倒的な物量と魔力出力の差が勝敗を分けた。だが、この戦いで見せたセラの戦術眼は今後の攻略において非常に大きな収穫だ。トッププレイヤーの壁の厚さを証明する一戦だったと言える。実に興味深い】
煙が晴れ、膝をついたセラが悔しそうに拳を地面に叩きつける。しかし、その表情には全力を出し切った者特有の清々しさがわずかに宿っていた。
観客席からは、敗者となったセラに対しても、死闘を称える割れんばかりの拍手と喝采がいつまでも送り続けられていたのだった。




