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第5話 隠れ家の晩餐と、星降る夜の誓い


「──って、あれ? ユウ、ちょっと待って!」


 さらなるジャングルの奥へ歩き出そうとしたシオンが、先ほど霧散していったロック・ボアの消え残りの足元をふと見つめてピタリと足を止めた。

 彼女は翡翠色の瞳をぱちくりと瞬かせ、何かを見つけたのか、驚いたようにしゃがみ込む。


「どうした、シオン。何かまだアイテムが落ちてたか?」


 俺が振り返って尋ねると、シオンは興奮を隠しきれない様子で両手で何かをそっと持ち上げながら、満面の笑みでこちらを振り返った。


「見てこれ! さっきのロック・ボアのドロップアイテムの中に、すごく上質そうな肉の塊が混じってるわよ!」


 彼女が両手で掲げているのは、モンスターの残骸からドロップしたとは思えないほど、血抜きが完璧になされた鮮やかなピンク色の赤身に、美しい霜降りの脂が網目のように細かく入った、いかにも高級そうな巨大な肉塊だった。


 空中に浮かんだアイテムウィンドウには、きらびやかな金色の文字でこう記されている。


 名称:ロック・ボアの極上霜降り肉

 属性:無

 特徴:硬質な外殻の内に隠されていた、極めてジューシーで旨味の詰まった希少肉。調理次第で驚異的なステータスバフを付与する。


「おお……なんだこれ。モンスターのドロップ品って言うより、まるで高級精肉店のブロック肉だな」


 俺が感心したように呟くと、シオンはぐっと両のこぶしを力強く握りしめ、目を星のように輝かせた。


「すごいじゃない、ユウ! これ、絶対めちゃくちゃ美味しいやつよ! ねえ、今日の夜はこれで野営ディナーにしましょうよ! 昨日食べたスタージュレも美味しかったけど、やっぱりガッツリお肉も食べたいじゃない!」


 先ほどまでの戦闘の緊張感はどこへやら、シオンの頭の中はすっかり今日の晩御飯のことでいっぱいらしい。

 その無邪気にはしゃぐ姿を見ていると、こちらも自然と口元が緩んでしまう。


「はは、分かったよ。これだけの良質な素材なら、ただ焼くだけじゃもったいないな。俺の錬金術と調味料のスキルを総動員して、最高の一皿に仕上げてやろう」


「やったぁ! さすが私の相棒、話が早いんだから! じゃあ、他に必要な食材やスパイスになりそうなものがないか、もう少し周辺を探してみましょうよ!」


 それから数時間、私たちはアストライア島北西部の探索範囲を少し広げ、海岸近くの岩塩が自然結晶化している場所から純度の高い『クリスタル・ソルト』を採取し、さらにジャングルの巨木の樹液から甘辛いコクを生み出す『ワイルド・ハニー』を手に入れた。


 太陽が西の空へと傾き、ジャングルの木々の隙間から黄金色の夕陽が斜めに差し込む頃、私たちは再び北西の安全な隠れ家へと戻ってきた。


「ふう、今日もよく歩いたわね!」


 シオンは隠れ家の奥に荷物を下ろすと、パタンと両手を合わせて満足げに息をついた。

 洞窟の入り口付近からは、オレンジ色に燃えるように染まる外海と、白波が穏やかに打ち寄せる砂浜が見渡せる。戦闘の疲れを忘れさせてくれるような絶景のロケーションだ。


「よし、それじゃあ早速、さっきのロック・ボアから取れた『極上しもふり肉』の調理に取りかかるとするか」


 俺がアイテムボックスからずっしりと重みのある大きな肉塊を取り出すと、シオンは待ちきれないといった様子でピタッと隣に寄り添ってきた。その細い鼻先が、かすかにくんくんと動いている。


「ねえ、ユウ、どうやって調理するの? この島には直火のコンロとか、気の利いたフライパンなんかないよね?」


「そこはアルケミストの出番よ。普通の調理器具がなくても、俺の魔力制御と熱量調整でいくらでも理想的な焼き加減を作れるさ」


 俺は右手で錬金杖を構え、その先端から微量の熱エネルギーを帯びた青白い魔力をふわりと放出した。

 まずは『極上しもふり肉』を一口大の厚切りステーキサイズへと均等に手際よくカットし、そこに先ほど海岸で採取した「クリスタル・ソルト」と、隠し味の「ワイルド・ハニー」、そしてジャングルで摘んだ香草の葉を細かく砕いて丁寧にすり込んでいく。


「〈魔力干渉〉、〈温熱制御〉──〈アルケミカル・ロースト〉!」


 俺の低く呟く声とともに、空中に浮かんだ肉の切り身が青い魔法の炎に包まれ、ジュワッと香ばしい最高潮の音を立てながら理想的な温度で均一に加熱されていく。

 余分な臭みや雑味が完璧に削ぎ落とされ、代わりにハニーの甘い香りと香草の爽やかなアロマ、そしてジューシーな肉の旨味が極限まで引き出されていく。


 温熱制御は、対象とする物質、空間、あるいは調合中の薬品に対し、魔力を介して任意の加熱および冷却を自由に行う技術だ。

 一瞬で超高温の焼き入れ状態を作り出したり、極限までの急速冷却を行ったりと、素材の性質や反応速度を自在にコントロールして最高精度の生産を可能にする。


 ほんの数十秒後、炎がスッと消えると、そこにはこんがりとした絶妙な焼き色がつき、見るからにたっぷりの肉汁をたたえた『極上ボアステーキ』が完成していた。


「わあ……っ! すごっ、いい匂い……!」


 シオンは両手を自分の頬に当て、うっとりとした表情でそのステーキを見つめている。

 俺は木製の即席の皿にそれを綺麗に盛り付け、彼女へと差し出した。


「ほら、出来立てだ。『アストライア風・特製ボアステーキ』ってところだな。冷めないうちに食えよ」


「いただきますっ!」


 シオンは待ちきれないとばかりにフォークを手に取り、一口サイズに切り分けた肉を迷わず口へと運んだ。

 瞬間、彼女の翡翠色の瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれ、全身がビクッと心地よそうに跳ねた。


「んっ……! んーーーっ! おいしーーっ!!」


 言葉にならない歓声を上げながら、シオンは両手で自分の頬を押さえて体を小刻みに震わせた。


「なにこれ、口に入れた瞬間に肉汁がじゅわっと溢れ出して、お肉がとろけちゃう! それに、クリスタル・ソルトのまろやかな塩気とハニーのほのかな甘みが絶妙に絡み合って……これ、本当にゲームの中の味なの!?」


「ああ。高度な感覚フィードバックと、俺のアルケミストスキルによる味覚・香りの成分増幅が噛み合った結果だな。口の中いっぱいに美味さが広がるだろ」


「最高よ、ユウ! こんな美味しいものが食べられるなら、この島でいくらでもサバイバルできちゃう気がするわ!」


 シオンは満面の笑みを浮かべ、夢中になって次々とステーキを口に運んでいく。

 一日中ジャングルを駆け回って疲れた身体に、極上の肉の旨味と魔力バフがじんわりと染み渡っていくのが、見ていてよく分かった。俺も自分の分のステーキを口に運ぶと、想像以上のクオリティの高さに思わず小さくうなずいた。


 美味しい夕食を綺麗に平らげ、心地よい満足感に浸りながら隠れ家の入口付近に並んで座る私たち。

 すっかり日が沈んだアストライア島の夜空は澄み切っており、息を呑むような満天の星空が広がっていた。

 街の明かりや人工の光が一切ないこの古代の孤島では、頭上の天の川がまるで手の届きそうなほど鮮やかに、青や紫の光を帯びてきらめいている。


「……綺麗ね」


 シオンが両膝を抱えながら、ぽつりと呟いた。

 その横顔に、満天の星明かりが柔らかく反射している。

 昼間の勝ち気で活発な探求者の顔とはまた違う、どこか穏やかで儚さすら感じさせる美しい表情だった。


「ああ、そうだな。こんな綺麗な星空を見るのは、リアルでも久しぶりだ」


「ねえ、ユウ」


「ん?」


 シオンはゆっくりと視線を俺に向け、少しだけ真面目な、しかし温かい微笑みを浮かべた。


「オープン初日から、わけも分からずこんな遠くの孤島に飛ばされて、最初は正直どうなることかと思ったけどさ……でも、ユウとこうしてパーティを組んで、一緒にモンスターを倒して、美味しいご飯を食べて……今、すごく楽しいの」


 彼女の言葉に、俺は少しだけ驚きながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「俺も同じだ。一人だったら、初日の夜の蜘蛛ですでにゲームオーバーになっていたかもしれないからな。君が相棒で本当に助かったよ」


「でしょ? だからさ、約束して。この島の秘密を全部暴いて、ここに隠された真実を解き明かして、絶対に二人でこの島を攻略し尽くすの」


 シオンはスッと右手を差し出し、小さな拳をこちらに向けてまっすぐに差し出した。

 その瞳には、揺るぎない決意と冒険者としての強い光が宿っている。


「ああ、約束しよう。星を紡ぐ俺と、運命を切り拓くエルフの相棒なら、どんな困難だって絶対に乗り越えられるさ」


 俺はその小さな拳に、自分の拳をしっかりと合わせる。

 カチリ、とシステム音が心地よく響き、空中に二人だけのパーティ固有の結束を示す小さなエフェクトが瞬いた。


 満天の星降る夜、アストライア島の小さな隠れ家で二人の強い絆が結ばれた。


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