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第26話 青銅の巨人を穿つ歯車と、熱を帯びる観測者たち


 ──ズシン、ズシンッ……!


 歯車が噛み合う機械仕掛けの神殿に、足がすくむような重低音が響き渡る。


 迫り来る青銅の巨獣、『クロックワーク・ジャイアント』の巨体は見る者を圧倒していた。

 全長は優に四メートルを超え、その全身を覆うのは錆びついた古青銅の重装甲板だ。

 右腕には幾重もの魔力層を圧縮した巨大なパイルシールドが一体化しており、左腕の巨大なパイルドライバーが不気味な気圧のうねりを伴って伸縮を繰り返している。


「来るわよっ!」


 シオンの鋭い声が、金属音のこだまする通路に響いた。


 彼女はためらうことなく踏み込み、鮮やかな緑色に染め上げられたチュニック状の革鎧の裾を翻しながら、巨人の足元へと一気に肉薄する。

 彼女が振るう『アストラ・クリスタル・ブレード』は、純白のマナの光を迸らせ、ゴーレムの右膝の関節部──そのわずかな駆動オイルの隙間を的確に狙い定めて一閃した。


 でも、さすがは推奨レベル18の中ボス。


 ガキィイイイインッ!! と、耳を劈くような高周波の金属音が走り、シオンの刃が青銅の装甲に弾き返される。

 衝撃のあまりシオンの身体がわずかに後方に押し戻されそうになるけれど、彼女は瞬時に体勢を立て直し、舌打ちひとつ漏らすことなく二撃目を放つ。


「硬い……! でも、手応えはあるわ! ユウ、隙を作るわよ!」


「おう、任せろ!」


 シオンが囮となって巨人の視線と攻撃を引きつけてくれている間に、俺は両手の掌を強く合わせ、〈錬金創成〉の魔力を限界まで高める。

 先ほどの戦闘で手に入れた『駆動用精密ギア』の微細な構造データと、『魔力伝導銅線』の特性を脳内で瞬時に組み上げ、一時的な超高圧の油膜剥がし兼回路ショート弾──名付けて『ブレイク・ギア・ボム』を構築する。


「ライム、ハッキングのタイミングは!?」


「今です、マスター!  巨人の胸部中央、メインゼンマイコアの出力循環がわずかに途切れる瞬間……!  今、そのロックを解除しました!」


 ライムが両手を突き出し、十指から放たれた無数の青いハッキング回路が、クロックワーク・ジャイアントの全身を蜘蛛の巣のように絡め取る。


 瞬間、巨人の巨体がわずかに硬直し、その胸部の合わせ目がパカリと微かに開き、内部で眩い黄金色のゼンマイコアが露わになった。


「そこだっ……!!」


 俺は照準を定め、高密度に圧縮した特製錬成弾を胸部のコアめがけて撃ち込む。

 弾丸は巨人の装甲をすり抜けるように隙間へと吸い込まれ、直後、内部で小さな爆発と凄まじい電磁パルスが巻き起こった。


「シャアアアァァァ――――ッ……!!!」


 青銅の巨人が、人間のものではない金属的な悲鳴のような駆動音を上げる。

 全身の関節から噴き出す白煙と青白い火花。硬直した巨人の巨体が、たまらずその場に片膝をついた。


「今だ、シオン!」


「逃がさないわ……っ! 星詠みの切っ先よ、我が剣に宿れ──〈流星剣・アストラ・ブレイク〉!!」


 シオンの叫びとともに、彼女の纏うマナの光が爆発的に膨れ上がる。

 彼女の身体が夜空の星屑のように美しく跳ね上がり、両手で掲げた『アストラ・クリスタル・ブレード』から放たれた一筋の純白の斬撃が、クロックワーク・ジャイアントの胸部コアを、そして巨大なパイルシールドの根元を一刀両断した。


 ──ドシャァァァンッ……!!!


 巨大な青銅の塊が崩れ落ち、周囲の歯車と石畳を大きく揺らして完全に沈黙する。

 静寂が戻った通路に、わずかに息を弾ませたシオンと、システム冷却の蒸気をまとったライム、そして満足げに頷く俺の姿があった。


【キタ━━━(゜∀゜)━━━!! 見事な連携撃破!!】


【シオンちゃんの今の必殺技、エフェクト美しすぎて鳥肌立ったわ……】


【主のクラフト弾のサポートが完璧すぎて、インディーゲームの戦術レベルを超えてる件】


【ライムちゃんのハッキング支援も含めて、この三人パーティーの完成度マジで高すぎだろ】


【安倍ノ家:今のクラフト弾、ただの物理演算の逆算にとどまらず、ゲーム内の未知の物理法則を意図的にハックしている。彼らの戦闘ログ、全て記録させてもらったぞ。実に興味深い】


【また安倍ノ家がガチ考察長文投下してて草。界隈の観測者の本気モード】


【ドロップアイテム早く見せてくれえええ!!】


 配信のコメント欄は、勝利の興奮と絶賛の弾幕に加え、伝説の検証ブロガーの参戦によってさらに爆発的な盛り上がりを見せていた。同時接続数は『9万5千人』を突破した。


> 【システム通知:中ボス『クロックワーク・ジャイアント』の討伐に成功しました】


【経験値を獲得し、パーティーメンバーのレベルが上昇しました!】


プレイヤー名:ユウ レベル:23(+2UP)

プレイヤー名:シオン レベル:23(+2 UP)

プレイヤー名:ライム レベル:22(+2 UP)


> 【レア・ドロップアイテムを獲得しました】


『古青銅の重装甲板』 × 2

『高出力魔力ゼンマイ』 × 1

『守護者のパイルシールド(設計図付き)』 × 1


「やった……!  やったわね、ユウ、ライム!」


 シオンがくるりと振り返り、汗を拭いながら満面の笑みを浮かべる。

 ゲーム内のアバターでありながら、その表情には現実の彼女と同じ、眩しいほどの達成感と熱量がしっかりと宿っていた。


「はい、シオンさん!  私たちの完璧なコンビネーションの勝利です!」


 ライムもぴょんっと飛び跳ねてシオンの隣に駆け寄り、二人でハイタッチを交わす。


 現実の放課後、同じ部室の古い机を囲んで語り合っていた時間と、この広大な仮想世界の最深部で勝利を分かち合う瞬間が、不思議なほどシームレスに重なり合っていく。


「お疲れ様、二人とも。最高の連携だったよ。……にしても、このドロップはヤバいな。『古青銅の重装甲板』に『高出力魔力ゼンマイ』、おまけに『守護者のパイルシールドの設計図』まで手に入っちまった」


 俺がインベントリから取り出した設計図のホログラムを広げると、そこには重厚な金属の質感を持つ大盾の3Dモデルが浮かび上がり、詳細なクラフトスペックが表示された。


「これがあれば、次からの探索で私の防御力をさらに底上げできるわね。前衛の壁役として、もっと安定した立ち回りができるようになるわ」

「はい!  マスターのラボの作業台でこれをクラフトすれば、私たちのパーティーはさらに鉄壁になります!」


 ライムが嬉しそうにパチパチと手を叩く。


 その時、倒れたクロックワーク・ジャイアントの巨体が光の粒子となって霧散し、その背後に隠されていた『天球観測の間』へと続く巨大な両開きの扉が、重々しい音を立てながらゆっくりと内側へと押し開かれていった。


 そこから漏れ出してきたのは、息を呑むほどに美しく、どこか切なさを帯びた青白い星の光だった。


「……開いたわね。ここが、『星詠みの地下迷宮』の本当の最深部……」


 シオンが息を整え、ゆっくりと扉の向こうへと歩みを進める。


 俺とライムもそれに続き、巨大な石造りのアーチをくぐり抜けた。


 目の前に広がった光景に、俺たちは思わず言葉を失った。


 そこはドーム状の巨大な地下空間であり、天井の代わりに何重もの巨大な天体儀と黄金のリングが、途方もない精密さで絶えず回転し、無数の星図を空間に投影している。

 中央には、かつてこの施設を管理していたのであろう『星詠みの民』の遺した巨大なコンソールと、中心で静かに脈打つ蒼く巨大な結晶体──『星の核心(コア・クリスタル)』が鎮座していた。

 コンソールの周囲には、淡く光る古代文字のログがいくつも宙に浮遊し、まるで訪れる者を待っていたかのように優しく揺らいでいる。


「ここが……星詠みの民の、最後の場所……」


 シオンが足音を忍ばせながらコンソールに近づき、その表面にそっと手を触れる。


 瞬間、コンソールが反応し、空間全体に穏やかな鈴の音のような共鳴音が響き渡った。


> 【システム警告/アナウンス:『星詠みの地下迷宮』の全エリア制覇を確認しました】


> 【エリア主権の解放:プレイヤー『ユウ』『シオン』『ライム』を、本迷宮の正規観測者として登録します】


 頭上に心地よいシステムアナウンスが流れ、私たちのステータスウィンドウに『星詠みの加護(全ステータス微増&天体観測スキルの解放)』のアイコンが追加された。


【うおおおおお!! 迷宮踏破、おめでとううううう!!】


【マジですげえ感動的なエンディング演出だな……インディーの部活配信のクオリティじゃないって】


【主たちの頑張りを最初から見てたから、なんか泣きそうになるわ】


【シオンちゃんとライムちゃんのビジュアルも相まって、神回すぎた】


【安倍ノ家:正規観測者としての登録データ、完全に世界の基盤プログラムと同期している……彼らは一体、何者なのだ。実に興味深い】


 配信のコメント欄は祝福の拍手とスパチャの嵐で埋め尽くされ、同時接続数はついに『10万8千人』の大台に到達していた。


「みんな、応援ありがとう! 無事に、『星詠みの地下迷宮』の最深部、完全攻略完了だぜ!」


 俺がカメラに向かって大きくガッツポーズを作ると、シオンも満足そうな笑みを浮かべてカメラに手を振った。


「ふふ、みんなの応援があったからこそ、ここまでたどり着けたわ。ねぇ、ユウ。この場所、なんだかずっとここにいたくなるような、不思議な温かさがあるわね」


 シオンが天井を巡る無数の星図を見上げながら、ふと呟く。

 その横顔は、ゲーム内の気高いエルフの戦士でありながら、現実の放課後の部室で同じ夕日を浴びていた詩丘天音そのものの柔らかな表情を浮かべていた。


「そうだな……現実の部室も、この仮想世界の迷宮も、不思議と地続きで繋がっているような気がするよ。今日の夜からは、ここで手に入れた素材を使って、ラボで新しい装備のクラフトだ」


「はい、マスター! 次の探索エリアの候補地選定と、新装備の設計図の整理は、このライムにすべてお任せください!」


 ライムが胸を張って元気に敬礼する。


 画面の向こうの何万人ものリスナーたちが見守る中、電脳遊戯部の三人は、『星詠みの観測の間』の柔らかな星光に包まれながら、三日目の生配信のエンディングへと穏やかに歩みを進めていったのだった。




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