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「あなたは、私たちに訊いてくれなかった」

作者: 1009
掲載日:2026/07/19

 あの夜のことを、私は今も体の芯で覚えている。


 六月の終わりだった。梅雨の湿気がリビングの窓ガラスを白く曇らせ、エアコンの風が首筋をかすめるたび、二の腕にうっすらと鳥肌が立った。キッチンの向こうで食洗機が低く唸っている。その規則正しい振動が、床を伝って足の裏まで届いてくる。子供たちはとうに寝入って、二階からはときおり、寝返りのベッドの軋みが雨だれのように落ちてきた。穏やかな夜だと思っていた。こういう夜が、この先もいくつも続いていくのだと、疑いもしなかった。


 十年連れ添った夫だった。出会いは大学時代の友人の結婚式、その二次会だ。私がうっかりこぼしたビールを、彼が自分のハンカチで慌てて拭き取ってくれた。それが最初だった。不器用で、真面目で、娘が熱を出せば迷わず会社を早退したし、息子の運動会では、どの父親より大きな声を張り上げていた。私たちを知る友人は集まるたびに「理想の旦那さんじゃない」と口を揃えた。正直に言えば、私自身もずっとそう思ってきた。


 新婚の頃の彼は、料理などまるでできなかった。それでも私が風邪で寝込んだ夜、慣れない手つきで雑炊を作り、得意げに枕元まで運んできた。米には芯が残り、味付けもめちゃくちゃで――それでも、あんなにおいしいものを、私は後にも先にも食べたことがない。困っている人を放っておけない。その不器用な優しさばかりが、この人にはいつだってよく似合っていた。だからこそ、あの夜に彼が口にした言葉は、私の知る彼の輪郭から、あまりにかけ離れていた。そして皮肉なことに、そのお節介なほどの優しさこそが、いちばん肝心なところで、彼をたったひとりの決断へと追い立てることになる。


 思い返せば、綻びはその頃から始まっていた。同じ話を昨日もしたよ、と私が笑って指摘しても、彼はきょとんと首をかしげた。通い慣れた駅からの帰り道で、一度だけひどく遅くなった夜があった。翔太の授業参観をすっかり忘れ、手帳には彼自身の字でちゃんと書き込んであるのに、その文字を、見知らぬ他人が残していったもののように、ぽかんと見つめていたこともある。けれど働き盛りの四十代は、どこも疲れているのが当たり前だ。私はそのどれもを「働きすぎ」の一言で片づけて、深く考えようとしなかった。


 その夫が、無音のテレビの青白い光を横顔に受けながら、ゆっくりとこちらを向いた。


「離婚してほしい」


 声はいつになく低かった。子供たちを寝かしつけるときの、あの柔らかな響きではない。喉の奥を締めつけたような、乾いてかすれた音だった。


 私はコーヒーカップを口元まで運んだまま、思わず笑ってしまった。


「はいはい。何よ、急に」


「本気だよ。他に、好きな人ができたんだ」


 カップの中で、黒い水面が小さく波打った。それを見て、自分の手が震えていることに、ようやく気づいた。


「――なんで」


 喉の奥が張りついて、続きが出てこない。夫は静かに目を伏せた。長いまつ毛が頬に薄く影を落とす。十年も隣で眠ってきたのに、この人のまつ毛がこんなに長かったなんて。なぜ今さらそんなことに気づくのだろうと、私はどこか他人事のように考えていた。


「他に好きな人って……会社の人なの」


 やっとの思いで訊いた。彼は「……それは、言えない」とだけ絞り出し、あとは口を閉ざした。慰謝料は払う。家はそのまま渡す。親権はすべて私に、子供との面会も求めない。まるであらかじめ書類を整えてきたように、条件を淡々と並べていく。私がどれだけ問いを重ねても、彼は一度も目を合わせようとしなかった。


 翌週、夫は段ボール箱三つ分の荷物だけを抱えて、玄関を出ていった。冷蔵庫には、翔太が学校で描いた父の日の似顔絵が、青いマグネットで留めてあった。夫はそれをちらりと見て、何か言いかけ、唇を噛み、そして静かにドアを閉めた。翔太は八歳、結衣は五歳になったばかりだった。


 子供たちは、夜になるときまって泣いた。結衣は私の腕の中でパジャマの袖を握りしめ、何度も同じ言葉を繰り返した。


「お父さん、なんでいなくなっちゃったの。結衣が、悪い子だったから?」


 私は何も答えてやれなかった。答えを持っていなかった。翔太は泣かなかった。その代わり貝のように黙り込み、あの父の日の似顔絵を自分の手で冷蔵庫から剥がすと、机の引き出しのいちばん奥へしまい込んだ。


 「他に女ができた」――そのたった一言が、冷たい石ころのように、私の手のひらに残された。あれほど家族を大切にした人が、結局は自分の欲望のために、十年かけて積み上げたものを、一夜の言葉で壊して出ていった。そう思うたび、怒りが胃の底からせり上がってくる。恨みというのは不思議なもので、最初は舌を灼くように熱いのに、時が経つほど骨の髄まで沁みて、やがて冷たい芯のように固まっていく。結婚指輪は離婚届を出した日に台所の引き出しへ放り込んだ。それでも、捨てることだけはできなかった。ときおり箸を探すふりをしては、指先でその冷たい輪に触れていた。


 そうやって、三年が過ぎた。


 その三年のあいだに、子供たちの中には、私の恨みとは別の傷が、静かに根を張っていった。結衣は事あるごとに「結衣、いい子にするから」と言うようになった。お父さんが出ていったのは自分のせいだ――五歳の頭でそう結論づけ、小さな胸に仕舞い込んでしまったのだ。何度そうじゃないと言い聞かせても、あの子の目の奥から、その怯えは消えなかった。翔太は翔太で、父親の話題になると、ぴたりと口を閉ざした。私は夫を憎むことに精一杯で、子供たちの中で膿み続ける傷に、手を当ててやることさえできずにいた。それどころか一度、結衣が「お父さんに会いたい」と泣いたとき、私はつい言ってしまった。「お父さんはもう、私たちのことなんて忘れちゃったのよ」と。突き放すように。


 ただの当てつけのつもりだった。けれどその言葉が、まさか本当になっていたと知った今、私はあの夜の自分をも、許すことができずにいる。夫だけではなかった。私もまた、恨みに急かされて、この子たちに小さな嘘と傷を重ねてきたのだ。


 十月に入り、風がにわかに冷たくなった頃だった。見知らぬ番号からの着信が、テーブルのスマホを震わせた。出てみると、夫の同僚だったという平岡さんの、ためらいがちな声が流れ込んできた。


「土屋さんのことで、どうしてもお伝えしたいことがありまして」


 てっきり再婚の報告だろうと身構えた私に、彼の声は、まるで別のことを告げた。


「あの人、若年性アルツハイマー型認知症を発症して、いまは専門の施設に入所しています」


「診断が下りたのが、ちょうど三年前だったそうです」


 言葉の意味が、しばらく頭に入ってこなかった。四十代の働き盛りで発症し、記憶と考える力が、少しずつ確実に失われていく病。慣れた道で迷い、昨日会った人の顔を忘れ、やがては家族の顔さえ分からなくなる。いつかテレビの特集で観た、あれが、あの人に起きていたというのか。膝から力がすとんと抜けて、私はキッチンの椅子に崩れ落ちた。


「土屋さん、誰にも言わなかったんです。家族にも、実家にも。ずっとひとりで抱えて、症状が出始めた頃に、自分から会社を辞めました」


「僕が気づいたのも、ほんの偶然でした。取引先で同じ書類を三度も出してきて、様子がおかしいと問い詰めて、やっと。あの人は最後まで、誰にも気づかれずに消えるつもりだったんだと思います」


「このあいだ、少し頭がはっきりしていた時間に、頼まれたんです。『翔太と結衣の、今の写真が見たい』って。それだけを、何度も」


 電話を切ってからも、私はしばらく椅子から立てなかった。


 「他に好きな人ができた」――三年ものあいだ私を灼き続けたあの一言が、頭の中で揺れていた。もしあれが、はじめから嘘だったとしたら。もしあの人が、病を隠しとおすために、わざとあんな残酷な言葉を選んだのだとしたら。積み上げてきた三年分の恨みが、足元から音を立てて崩れていく。私はしばらく、自分が何を感じているのかさえ、分からなかった。


 その週末、私は子供たちを連れて電車に揺られた。もう十一歳になった翔太は、何も尋ねず、玄関で黙ってスニーカーの紐を結び直していた。結衣は「お父さんに絵を見せるの」と言って、丸めた画用紙を大事そうにリュックへ押し込んだ。真夏に描いた、ひまわりの絵だった。


 施設は、閑静な住宅街のいちばん奥にあった。自動ドアを抜けた瞬間、消毒液とリネンの入り混じった匂いが、つんと鼻を突く。廊下はしんと静まり返り、すれ違う入居者たちは、みな一様に、どこか遠いところを見つめていた。介護士さんに案内されて、私たちは三階の個室の前に立った。


 ドアを開けた。


 ベッドに横たわるその人が夫だと、私は最初、どうしても分からなかった。頬はげっそりとこけ、顎の骨の輪郭がくっきりと浮いている。布団に投げ出された腕は、かつて息子を軽々と肩車したあの太い腕ではなく、枯れ枝のように細かった。それでも、目だけは変わらなかった。黒く、深く、いつも少し困ったように笑う、あの目のまま。その目がゆっくりとこちらを向いて――そして、何の感情も宿さないまま、静かに通り過ぎていった。


「……どちらさん、ですか」


 その一言が、胸のいちばん柔らかいところを、深く貫いた。三年前まで同じ屋根の下で暮らした妻の顔も、あんなに可愛がった子供たちの顔も、もうそこには残っていなかった。


 結衣が、握っていた画用紙をぱさりと落とした。ひまわりが、白い床の上でくるりと転がる。その黄色をきっかけにするように、濁った瞳の奥に、ふっと灯がともった。彼の視線が絵から子供たちの顔へ移っていく。乾いた唇が、声にならない音を、何度も形づくった。


「……しょう、た」「……ゆ、い」


 呼吸が乱れ、頬を、透明な涙がひとすじ伝い落ちた。介護士さんが、そっと背に手を添える。彼は途切れ途切れに、けれど確かに、正気の残るこの一瞬にすべてを渡してしまおうとするように、言葉を紡いだ。


「きみを……まきこみたく、なかった」


「おれは、これから……じぶんが、じぶんで、なくなる」


「きみは、せきにんかんが……つよいから」


「おれの、びょうきを、しったら……さいごまで、そばに、いようとする」


「こどもたちの、じんせいを……おれの、かいごで……うばいたく、なかった」


「だから……うそを、ついた。きみに……おれを、うらませた」


「そのほうが……はやく、まえを、むけると……おもった」


 結衣が、動かない父の手を、両手でそっと包んだ。翔太は唇をきつく噛み、膝の上で拳を握ったまま、父の顔から目を離さない。その横顔に浮かんでいたものが、悲しみだけではなかったことに、私はそのとき、まだ気づいていなかった。秋の午後の光が窓から斜めに差し込み、白いシーツを淡い金色に染めている。彼は大きく息を継ぎ、最後の力を振り絞るように、もう一度まぶたを持ち上げた。


「さんにんの、かおを……もういちど……みられて」


「しあわせ、でした。……あいしてる」


 その瞬間、瞳から光がすうっと引いて、彼はまた、初めて会う人を見るような、穏やかで空っぽな表情に戻った。ほんの数分の、けれど三年分の想いのすべてが詰まった時間だった。私は彼のベッドに突っ伏し、声を殺すこともできずに泣いた。


 帰り道、私は自分がひどく安らかでいることに気づき、そのことに戸惑った。憎むべき裏切り者は、実は誰よりも深く私たちを愛していた。その物語は美しかった。三年間の苦しみに、まるごと意味を与えてくれるように思えた。夫は悪者ではなく、むしろ聖者だったのだ――そう信じてしまえば、すべては丸くおさまる。三年分の恨みは、そのまま三年分の切ない愛の証拠に、きれいに裏返るはずだった。


 けれど、その夜だった。


 眠れずに台所へ立った私のところへ、パジャマ姿の翔太が、足音もなく下りてきた。コップに水を注いでやろうとした私に、彼は背を向けたまま、低く言った。


「お父さんは、ずるいよ」


「ぜんぶ、自分ひとりで決めたんだ」


 私が手にしたコップを流しに置くと、こちらに背を向けた翔太の肩が、細かく震えていた。


「お父さんは、僕たちが弱いって決めつけた。話したら、きっと最後まで面倒を見ようとするって。青春を奪うって。――でも、それって、僕たちが自分で決めることじゃないの」


 泣いているのに、その声は奇妙なほど静かだった。この三年、心のどこかでこの言葉を練り上げ続けてきたかのように。


「面倒を見て、青春がなくなったとしても、それは僕が決めることだったんだ。お父さんが、僕の代わりに決めることじゃない。お父さんは、僕を守ったんじゃない。僕から、お父さんを助ける機会を、取り上げたんだ」


「僕は、そばにいたかった。病気だってことを、知りたかった。忘れられていくお父さんの手を、最後まで握っていたかった。それを、勝手に取り上げたんだ」


 言葉が、夫の告白とはまるで違う角度から、私の胸を刺した。翔太は振り返り、涙で腫れた目で、まっすぐに私を見た。


「三年だよ。僕は三年間、お父さんに捨てられたと思って生きてきた。結衣は、自分が悪い子だからお父さんが出ていったって、いまだにそう思ってる。それを、お父さんが選んだんだ。守るためって言いながら、僕たちを三年間傷つけ続けることを、お父さんのほうが、選んだんだよ」


 私は、何も言い返せなかった。翔太の言うことが、何ひとつ間違っていなかったからだ。夫の告白を聞いてからずっと、胸に小さな棘のように刺さっていて、けれど「愛」という言葉のまぶしさに目を眩まされて、私が見ないふりをしていたもの。それを、十一歳の息子が、まっすぐな言葉で掘り起こしてしまった。


 その夜、翔太を寝かしつけたあと、私はリビングのソファに長いあいだ座っていた。三年前、夫が「離婚してほしい」と告げたのと、同じ場所だ。あのとき私の目に映っていたのは、家族を裏切った男の冷たい横顔だけだった。けれど今そこに見えているのは、病に怯え、家族を深く愛し、その愛の名のもとに家族の人生を勝手に差配しようとした、ひとりの不完全な人間だった。どちらも同じ人だった。どちらもまぎれもなく、私の夫だった。


 夫が私たちを愛していたことは、たぶん本当だ。けれどその愛は、私たちに何ひとつ相談することなく、彼ひとりが下した決断だった。私たちがどれだけ苦しむか、結衣がどれだけ自分を責めるか、翔太が父という存在をどう失うか。そのすべてを自分の頭の中だけで計算し、勝手に「これが最善だ」と結論づけて、三年分の嘘と痛みを、こちらの同意も得ずに押しつけた。それは、守るという顔をした、まぎれもない支配でもあった。


 数日後、平岡さんが施設のロビーで、一冊の古びたノートを差し出した。夫が診断を受けた直後から、まだ字が書けたうちに、少しずつ綴っていたものだという。


 子供たちを寝かしつけてから、私は台所の灯りの下でそれを開いた。最初のほうの字は、まだしっかりしていた。あの人らしい几帳面な筆跡だ。けれどページをめくるにつれ、字は少しずつ乱れ、傾き、やがて判読するのも難しいほどに崩れていく。病が、彼の手から言葉を一文字ずつ奪っていった、その軌跡そのものだった。


 最初のページには、決意が力強く綴られていた。家族を巻き込むわけにはいかない。自分が自分でなくなる前に、憎まれ役を引き受けて、身を引く。その理屈には、いっそ清々しいほど、迷いがなかった。


 中ほどには、子供たちの名前ばかりが並んでいた。「翔太」「結衣」「翔太」「結衣」――忘れまいと必死に刻みつけるように、何十回も。漢字がもう思い出せなかったのだろう、ひらがなに直された箇所には、小さく「ごめん」と添えられている。乱れていく字の隙間から、「わすれたくない」の一語が、何度も何度も浮かび上がってきた。忘れたくないと書きながら、その同じ手で、彼は家族を手放そうとしていた。その矛盾の痛ましさに、私はページをめくる手を、何度も止めた。


 けれど、後半のあるページで、指が完全に止まった。すでにかなり乱れた字で、彼はこう書いていた。今日、面会に来た平岡に、翔太の写真を見せてもらった。あの子はもう、あんなに大きくなっていた――その次に続く数行を読んだとき、私は息が止まりそうになった。


「おれは、まちがえたのかもしれない」


「あの子の、この三年を、おれは、しらない」


「まもるって、いいながら、おれは、ただ、こわかっただけかもしれない」


「よわった、じぶんを、みられるのが」


「ほんとうは、そばに、いてほしかったのは、おれのほうだったのかもしれない」


 崩れた文字が、そこで力尽きるように途切れていた。夫自身も、気づいていたのだ。自分の選んだ「最後の愛」が、ただの独りよがりだったのかもしれないと。誰にも弱さを見せまいとした覚悟が、裏を返せば、家族を信じきれなかった臆病さの、別の名前だったのかもしれないと。消えていく意識の隅で、彼はたったひとり、その問いと向き合っていた。答えの出ないまま、誰に打ち明けることもできないまま。私はノートを胸に抱えて、長いあいだ泣いた。数時間前、夫を美しい物語の主人公に祭り上げて、安心してしまおうとした自分が、恥ずかしかった。


 数か月後、夫は静かに息を引き取った。


 木枯らしが街路樹を鳴らす朝だった。葬儀で、焼香を終えた平岡さんが、目を真っ赤にして私のそばへ来た。あいつはまだ話せた頃、口癖のように言っていた――「俺の人生でいちばんの幸せは、あの人と結婚できたことだ」と。私はうまく言葉を返せず、ただ深く頭を下げた。それならなおさら、なぜその幸せを、私たちと分け合おうとしてくれなかったのですか。もう届かない人に、胸の中でそう問いかけながら。


 夫のしたことを、私は今も、ひとことでは言い表せずにいる。


 それは確かに、愛だった。喉を掻きむしりたいほどの恐怖を飲み下しながら、彼は家族の未来を守ろうとした。その痛切さを疑うつもりはない。けれど同時にそれは、私たちの意思を素通りした、彼ひとりの決断だった。「守る」という言葉は美しい。けれどその言葉の下で、彼は私たちから、いちばん大切なものを奪っていた。病を知り、悩み、それでもそばにいる――あるいは、いない――と選ぶ、私たち自身の権利を。彼は私たちを、守るべき弱い存在として扱いこそすれ、共に重荷を背負う対等な相手としては、最後まで信じてくれなかった。


 もし三年前のあの夜、彼が本当のことを打ち明けていたら、私たちはどうなっていただろう。この家は病の影に覆われ、笑い声は減り、私は介護に追われ、子供たちは父の衰えていく姿を、毎日見つめることになったかもしれない。翔太の言うように、それでもそばにいたいと願ったか。それとも彼の恐れたとおり、私たちの人生は、彼の病とともに止まってしまったか。その答えは、もう永遠に確かめようがない。ただひとつ確かなのは、その未来を選ぶ機会そのものを、彼が私たちから取り上げたということだ。彼は私たちを、痛みから守った。けれどその代わりに、彼と共に痛む権利ごと、奪ってしまった。


 世間は、たぶんこの話を「泣ける美談」として消費するだろう。憎まれ役を引き受けた夫の献身を、最も深い愛だと讃え、涙を流し、通り過ぎていく。けれど私は、この人生を、そんなふうに簡単に畳んでしまいたくない。愛は、それが本物であるほど、相手を巻き込む勇気を必要とするのだと思う。弱さを見せ、助けを求め、共に泣く――その面倒くささのすべてを引き受けてこそ、はじめて人は、ひとりの相手を対等に愛したことになるのではないか。夫に足りなかったのは、健康でも、優しさでもなかった。私たちを信じて、差し出された手を掴む勇気だった。そして、その勇気を彼から引き出してやれなかった責任の何割かは、きっと私にもある。


 後になって知ったことだが、同じ病を持つ家族の集まりには、私と似た問いを抱えた人が、決して少なくないという。良かれと思って本人が真実を隠し、あるいは家族が本人に病名を伏せ、「守った」つもりのまま、いちばん分かち合うべきだった時間を、すれ違ったまま失ってしまう。愛と、その愛が生む断絶とは、どうやら地続きらしかった。夫の過ちは、彼だけの特別な弱さではない。人が人を深く想うとき、誰もがふと足を取られうる落とし穴なのかもしれない。そう思うと、私は彼を責めきることも、手放しで讃えることも、どちらもできなくなってしまう。


 子供たちには、時間をかけて、すべてを話した。美談としてではなく、いびつな形のままで。


「お父さんは、私たちを心から愛していた。それは本当のことよ」


「でもお父さんは、そのことを黙って、たったひとりで決めてしまった。それが正しかったのか、私にも分からない。たぶん、間違っていた部分も、あったんだと思う」


 翔太はしばらく、畳の一点を見つめていた。それから、目のふちを真っ赤にして、ぽつりと言った。


「お父さんは、ばかだ。ほんとうにばかだったよ」


「……でも、次に会えたら、ちゃんと言いたい。ひとりで抱えるなよって。僕たちは、そんなに弱くなかったよって」


 その言葉には、単純な感謝も、単純な赦しもなかった。愛と、怒りと、取り返しのつかない三年間への哀しみとが、分かちがたく混ざり合っていた。けれど、それでいいのだと思った。人ひとりの死を、綺麗な教訓にまとめてしまわないこと。それが、その人を本当に悼むということなのだ。


 結衣は、あの日リュックに詰めていったひまわりの絵を、真新しい仏壇の前に、そっと立てかけた。「結衣が悪い子だったから、じゃなかったんだね」と、確かめるように、小さな声でつぶやきながら。私はその背中を抱きしめ、そうだよ、あなたは何ひとつ悪くなかったのだと、何度も繰り返した。この三年分の誤解を、あの子の胸から溶かしてやるのに、これからいったいどれだけの時間がかかるのだろう。そう思いながら。


 それでも、この子たちにひとつだけ、確かに手渡せるものがあると思っている。お父さんのようにはならなくていい、という許しだ。つらいときは、ひとりで抱え込まなくていい。弱さを見せて、誰かの手を借りて、迷惑をかけて生きていっていい。それはずるいことでも、恥ずかしいことでもない。お父さんが最後まで掴めなかったその勇気を、あなたたちには持っていてほしい。そう伝えていくことだけが、あの人の遺した問いに私なりに返せる、たったひとつの答えのような気がしている。


 夫は、もういない。彼がひとりで下した決断の是非を、今さら問い質すこともできない。けれど私は、あの崩れた文字で書かれた最後の問いを――「おれは、まちがえたのかもしれない」というあの一行を――これから先も、ずっと胸に抱えて生きていくのだと思う。愛していたことは、疑いようがない。ひとりで決めてしまったことも、消しようがない。そのふたつは、どちらかがどちらかを打ち消すことなく、私の中で今も、静かに並んで息をしている。


 きっと、これから先もずっと。答えの出ないまま。


「あなたは、私たちに訊いてくれなかった」 了

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