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圧倒的ポークビッツ。咽せ返るピラニア。この二語をもってして私の人生の描写は完結する。もし、私の墓碑銘を頼むとしたら書家にこれを記してもらえれば、私の研究家は納得するだろう。それほどの統合失調っぷりつまりスキゾっぷりを見せている僕は、この、圧倒的ポークビッツ。肉の沢山ある無量大数っぷりに歯をめり込ませて、そして、口の中に運んで、モギュモギュと食べてゆくのであるが、それでいながら、咽せ返るピラニアがいるのだ。そいつは人間の全てを喰らい尽くそうとしている。実は、私にとってのポークビッツというのは、大豆のことかもしれない。今日も、玉子と納豆を混ぜて、ご飯を炊いて食べる予定だからである。全くもって貧相な食卓でありながら、私は咽せ返りながらも、せわしなくそれを食べるだろう。まるで、絵本で見たことのある、ドラえもんのび太の友達Aみたいな存在である。あいつは今どこにもいない。新しいドラえもんにも出てこない。映画にも出てこない。あの時の絵本でしか出てこない。私の存在もそういうような、ウォーリーを探せ、みたいな存在感なのだ。秘仏と言っても良いだろう。これは、私のことを言っているのではなくて、私と会う存在のことを言っているのであり、勿論、存在そのもののことではなくて、現存在ということであり、勘違いしてもらっては困るのであるが、私の人生訓を盗もうとしたってそれは無理である。峰不二子のバディを誰も盗めるものではないだろう。私の圧倒的ポークビッツはもはやそれほどまでに豊穣でありつつも、やはりそこは咽せ返るピラニアなのだ。ピラニア軍団として、私は軍団員と爆発する道路の中を装甲車で進んでも良いだろう。八代亜紀の歌に「ダンチョネ」という部分があるのだが、私はそれを西部警察の「団長ね」と解釈していた。確か渡哲也だったか。いや、石原裕次郎か。どっちでも良いのであるが、サングラスをかけた渋い男達の世界だと勝手に思っていたら、全然違っていて驚いたものであるが、しかし、演歌というものは、どんなに擬態しても、所詮は圧倒的なマッチョの世界ではないか。1980年代とは実はマッチョな男達の世界なのだ。根底は、そういうものである。シルベスタ・スタローン。アーノルド・シュワルツネッガーがどうしてあんなに受けたのか。いや、日本にはアントニオ猪木、ジャイアント馬場がいる。それが失脚して、バブルが崩壊する。しかし、そんな社会思潮とは関係なしに、俺は、圧倒的ポークビッツ。咽せ返るピラニアなのだろう。それだけは論を待たない。




