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その道を進むと、今度は、四車線の道路とT字型にぶつかるのであり、その大通りが本当に風通しが良すぎて、風が吹き荒んでいて寒かった。私は足を引き摺りながらオレステスというギリシア悲劇を思い出していた。彼は足を引きずる漂白の男である。いや、それはオイデプス王だった。
ギリシア悲劇を読んだものであるが、ついつい忘れてしまう。前者は、母殺しであり、後者は、父殺しであった。心理学というものは、親と関係している。そういう意味ではどちらも心理学の良いサンプルなのであろう。しかも、トロイア戦争と関わっている。これもまた文学の深みを感じさせる。
何かそういうものと自分を重ね合わせるに、照れを感じるものであるが、人は、自分自身の中に、ある種のそういうものを抱えているものであって、昔、どう見てもそんなに可愛くない女の子が「私はマリリン・モンローなの」と言っていたのを記憶している。私はそういうのを聞きながら「あるある」とは思っていたのだった。
たとえば、ナポレオンなんかもそうだし、日本だと、太宰治とか、そうではないだろうか。日本の文学者は何かあると、太宰治になりたがっている。あの役所広司という俳優も、何か、太宰治っぽい。私は、オイデプス王か。それもまたある種のコスプレみたいなものだろう。そうそう、演技ということである。
私は、ぼんやりそんなことを考えていたが、実は、歩きながら、メチャクチャ足が痛いのであった。どうして足を痛めたかというと、暗い中、少し高い段差からジャンプして着地したのであるが、その際に、足が曲がってしまい、足首から横に、曲がったまま地面についたのである。
それから二日目であったが、本当に痛い痛みは引いたものの、まだ痛みは続いているのであって、医者にでも行けば良かったのであるが、あえて、その方法を取らないことにしたのだった。何故かはわからないが、医者に行ったら、殺されるとでも思ったのだろうか。
医者に行っても、ギプスとか嵌めらされるだけであろう。それが助かるのであろうが、なら、なくても行けそうな直感がしたのであった。それが合っていたのか、合っていないのかはわからないが、そもそもそんなに走りもしないので、良いかなとは思っている。いくら何でも一生痛み続けるということはないだろう。実際それはそうだった。開けない夜はないみたいな。そんな感じなのであったが、今はまだびっこを引いている。




