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中継ぎ当主になった騎士爵令嬢ですが、補佐役が有能すぎて困っています

作者: にしはじめ
掲載日:2026/02/16


「お父さまが亡くなった? しかも二週間も前に?」


 私はフランシ騎士爵家の長女、フェリシアだ。

 日課の素振りが終わって、水浴び場へ向かっていたときだ。

 廊下ですれ違ったお母さまから、突然とんでもないことを聞かされた。


「ええ、フェリシア」

「お母さま! どうしてすぐ私に教えてくれなかったのですか!」


 当主のお父さまは一月ほど前、寄り親のマッサーナ辺境伯家と共に、国境近くのいざこざを収めに出陣した。

 ここ数年小競り合いが多く発生しており、その都度出陣をしていたのだが、いつも無事に帰ってきていた。

 だから今回も大丈夫だろうと思っていたのに、まさかこんな事態になるとは……。


「色々と事情があったのよ。その前に貴女、汗臭いからさっさと水浴びしてらっしゃい」

「そんな状況ではありませんよ!!」

「既にやるべきことは、やり終えました。貴女は今後のことを知るべきです。汗を流したら、執務室へいらっしゃい」


 そんな場合ではない、と怒鳴ってしまいそうになったが、お母さまは落ち着けと言わんばかりに手をふって、私を窘めてきた。


 確かにここは廊下だ。話し合いをする場所ではないし、いきなりのことで私も混乱している。

 冷たい水を浴びて、一旦冷静になろう。


 そして水浴び場で、汗だくだった身体を冷やしていると、次第に頭が冷静になってきた。

 すると思い浮かんでくるのは、お父さまとの懐かしい日々。

 次々とその光景が思い浮かび、自然と涙が出てきた。



 ひとしきり泣いた後、水で洗い流す。

 そして次に考えたのが、この家の将来だ。


 まず弟が当主になるだろう。

 しかし弟は先日十歳になったばかりだ。いくら何でも、すぐ当主になれるはずがない。

 少なくとも、成人として見なされる十五歳までは、他の誰かの助けが必要だ。


 となると、誰が候補にあがるのか?


 親族で後見人になれるような人物は、叔父しかいない。

 祖父が生きていれば良かったが、騎士という家系の定めなのか、私が生まれたころには、すでに亡くなっている。


 ――叔父。

 お父さまが家を継いだ後、平民となってどこかの騎士の従者になっていたはずだ。

 あいにくと私は殆ど会ったこともないので、そこまで覚えていないが、かなり評判が悪いらしい。

 古株の侍従や侍女が、今でも時折陰口を言っているのを見かけたことがある。


 いったい我が家はどうなってしまうのだろう。


====


「はあ!? 私が中継ぎとして当主になれ、ですか!?」

「ええ、そうよ」


 心身共に冷えた私は、お母さまが待っている執務室へと入った。

 そこで今日二度目のとんでもないことを、お母さまの口から聞かされた。


 もう、どういうことよ!


「今のままだと、ロジェの後見人として、ジャコブが実質的に当主となる、ということくらい貴女もわかるでしょう?」


 ロジェは弟の名前だ。そしてジャコブが叔父である。

 さっき水浴び場で、私が考えていた内容そのものだ。


「で、でも! 私は女ですよ? いくら中継ぎとはいえ、そのようなことって可能なんですか?」

「ええ、ロジェが成人するまでの五年、貴女が中継ぎ当主となることについて、マッサーナ辺境伯閣下に了承していただきました」

「いつの間に……」

「二週間もあったのですよ? ジャコブに後見人などやらせてしまえば、乗っ取られる恐れがあります」


 叔父ってそこまで評判悪いんだ。

 でも、いくらなんでも私が中継ぎで当主なんて……。


 当主の仕事は多岐に渡る。

 当主教育を受けたことのない私が知っていることなど、ほんの僅かだ。到底、当主の仕事などできるはずがない。

 もっと上の貴族であれば、当主の補佐をしてくれる家令や執事がいるだろうが、騎士爵家のうちにはそこまでの人材はいない。


「心配いりません。きちんと辺境伯閣下から、貴女の補佐をして頂ける人物を派遣してくださるそうです」


 そう不安がっていると、お母さまが助けを寄越してくれた。

 辺境伯家は寄り親貴族だ。子飼いの貴族が困っているのなら、手助けをする義務がある。

 とくに今回、お父さまが戦死してしまったため、辺境伯家も人を派遣するくらいのことをしてくれるだろう。


 辺境伯家は大きい。当主の補佐をする有能な人材も、多くいるに違いない。

 そう考えると、少しは不安が消えていった。


 そして数日後……。


「初めましてレディ。僕の名はエドモンです。よろしくね」


 私より少し年上の……細身で飄々(ひょうひょう)とした、いかにも軽薄そうな、二十歳くらいの若い男性が当家を訪れた。

 あれ?

 当主の補佐をするような人材だから、もっと年上のダンディーな有能おじさん執事とかを想像していたんだけど、全然違った。

 えっと、これって、本当に大丈夫?


====


 辺境伯家から派遣されてきたエドモンは、見た目とは裏腹に有能だった。

 そうだよね。辺境伯家が、無能な人材を送ってはこないよね。


「いやぁ、侍女をナンパしてたら、ここへ飛ばされちゃってね」

「……貴方、何してるのよ」


 仕事は有能だが、行動はだめだめだ。うちでも、若い女中に声をかけまくってたし。

 よくこれで、クビになってないよね。

 きっと彼の実家が、辺境伯家の寄り子内でも実力者なのだろう。


 溜息をつきたくなってきた。

 でも彼がいるおかげで、当主の仕事は滞りなくスムーズに流れている。

 むしろ、お父さまがいたころよりも早いんじゃないかな。


「当主のコツですか? 正直いって辺境伯領の大きさに比べれば、騎士爵領なんて端数ですよ」

「実に忌憚のない意見ね」

「だから、端数くらいなら私でも管理できる、とまず思うこと。自分ができると思えなきゃ、頑張れないですよね。辺境伯領だってそう、王家に比べれば端数だから自分だってそれくらいはできる、と考えるんです」


 上が不安がっていたら、民も不安がる。

 逆もまた真なりってことね。


「さあ、レディもこれをさっさと処理してしまいましょう」

「……税金の計算と承認ね」

「はい、当主としての一番のお仕事です。お金や農作物を民たちから貰って、辺境伯家に半分を渡す。残りは当家に貯めておく」

「民たちへの還元は?」

「安全、ですよ。冬の寒さ、外敵からの守りとか、死ぬことのない暮らしやすい生活を与えるのです」


 もちろん当主のお仕事は、税の徴収だけじゃない。

 村人同士の争いの仲介やら、治安維持、近隣領主とのやり取り、公共事業の計画実施など、たくさんある。

 まだ私は騎士爵という最下位の貴族で、しかも中継ぎだから許されているけど、高位の貴族になればこれらに加えて儀礼やら外交、さらに国からの要望対処などもあるらしい。


 辺境伯家では、こういったものを対処する役人が、何十人といるんだって。

 確かに人数が必要だわ、これ。


 はぁ……難しい。剣を振っているほうが楽だわ。


「おや、面白いことを言っている人がいますね」

「誰が?」


 エドモンが、一枚の紙を手に取って、私へと差し出してきた。

 その中身をみると……。


「近隣の騎士爵領で、叔父が活動をしている?」

「本来なら自分が当主になるはずだったのに、なれなかった。しかも女が当主だなんてあり得ない、と騒いでいるようですね」


 基本的に当主となるのは男だ。やはりそういったことを言ってくる人もいるんだね。

 ただ、絶対女が当主になれない、というわけではない。

 実際、私も中継ぎとはいえ当主になっているし、過去にも事例はあった。


「どうすればいいと思う?」

「うーん、実害がなければ放置ですね。虚言妄想の類と処理しましょう」


 裏を返せば、実害があれば実力行使を行うということね。

 何となくわかってきたかもしれない。


 そもそも私の当主は、寄り親である辺境伯家から許可を得たものだ。

 それを否定するということは、辺境伯家にも喧嘩を売ってることに等しい。


「さあ、世迷言よりもお仕事を済ませましょう」

「そうね、それが健全ね」


 そのあと、貴方はナンパしにいくんでしょう?

 はぁ……こっちの迷惑も考えてよ。


====


 ――なぜだ!


 邪魔な兄貴が亡くなって、ようやく俺に当主の座がくると思っていた。

 親父も死んでるし、甥のロジェはまだガキだ。後見人となってゆくゆくは俺が乗っ取る。

 そう考えていたのに……まさか姪のフェリシアが当主になるなんて!

 

 こうなっては仕方ない。

 俺はこう見えても、剣に関しては兄貴よりも上だった。そのおかげで近隣の騎士爵家とは、それなりに仲が良かったのだ。

 その縁で平民となった今でも、騎士は無理だが従者という立場で雇ってもらっている。


 もし俺が当主になれば、近隣の領主にとっても都合がいいはずだ。

 それに最悪、近隣の騎士爵家の武力を借りればいい。

 兄貴もいなく、いるのは従者だった数人だ。数十人で攻めれば問題なく落ちるはずだ。

 辺境伯家だって、これは後継者争い、つまりは家の事情だから手だしもできない。


 では、まず味方を増やそう。いくらなんでも俺一人じゃ無理だからな。

 女が当主に不満を持つものも、必ずいるだろう。


 ふふふ、これは運が向いてきたぞ。


====


「え? 叔父が捕まった?」

「はい、先ほど辺境伯家から連絡がありました」

「どういうこと??」

「レディが当主になったのが不満のようでして。レディの叔父がいた騎士爵家の当主が、謀反の知らせを持ってきたようですね」


 詳しく聞くと、叔父は近隣の騎士爵家にここへ攻め入るよう要請したらしい。

 近隣の騎士爵家は、全て辺境伯家の寄り子だ。

 しかも辺境伯家が許可した当主の領地へ攻め入るって、立派な謀反じゃない。


 バカじゃないの?


「それで、その叔父はどうなったの?」

「謀反の罪は斬首です」

「まあ、そうでしょうね」


 叔父は剣の腕は良かったがそれ以外が壊滅的で、いくら何でも当主を任せられないと、当時、祖父が追放まがいの処分をして追い出したそうだ。

 それを知っていたお母さまが心配して、私に中継ぎをやれと言ってくるくらい、だめだめだったらしい。


 いくら何でも考えなしすぎでしょ。


「それよりも、そろそろレディもお役目の終わりですね」

「ええ、エドモンも五年間おつかれさまでした。おかげですごく助かったわ」


 十五でいきなり中継ぎ当主をやらされ、様々なことをやらされた。

 今となってはいい思い出話だが、当時は辛かった。

 そして私はこれからのことを考えなければならない。


 誰かと結婚するのか、それともロジェを助けるために、ここへ残るのか。

 私ももう二十歳だ。

 高位貴族であれば、近隣の領主なり子飼いの貴族と結婚することも可能だろうが、あいにくとうちは騎士爵家だ。

 縁を結ぶ必要のある家が、殆どない。

 唯一あり得るのは、叔父の知らせを持ってきた騎士爵家だが、ここは既に当主はご結婚されていて、その子どもはまだまだ幼い。


 となると、やはり民の中から有能な人を婿に貰って、ロジェを補佐していくのがいいだろう。

 ロジェも成人したとはいえ、まだ十五歳。

 仮にも五年間当主をしてきた私がいれば、おそらく問題はないと思う。


「いえいえ、レディの……いや、フェリシア騎士爵どのの成果ですよ。僕の役目は当主の補佐ですからね。五年間本当に頑張りました。これは辺境伯閣下にもちゃんと伝えます」


 エドモンとは上司部下ではなく、苦労を分かち合う仲間だった。

 もっとも、苦労したのは私だけで、エドモンは軽々と処理していったが……。

 ほんとこいつ有能なんだよね。

 辺境伯閣下に、今後ロジェの補佐をしてくれるようお願いしてみようかしら。


 などと考えている間に、私の役目は終わった。


====


 当主の仕事を終え、ロジェに代替わりをしてから半年後、そろそろ自分の結婚に向けて何かやろうと思っていたときだ。


「フェリシア、貴女に婚約話がきております。貴女の意思は関係なく、断れないものです。ごめんなさいね」

「は? いつの間に決まったの!?」


 これでお母さまに驚かされるのは三回目だ。

 隣りに座っている現当主のロジェも、見事に企みが成功したようで、にこにこ笑っている。


 でも貴族なら仕方がない。

 私とて当主を五年勤めてきたのだ。断れない事情があることくらい、知っている。

 そして今は確かに当主はロジェだ。ロジェの許可があれば、私の婚約も通る。

 でもね、私だって前当主なのよ?

 なんで私の婚約に、私が知らないのよ。


「で、お相手は誰ですか?」

「辺境伯家のご嫡男、エドモン様よ」

「…………なんですって????」


 その後、聞いた話によると、エドモンは次期辺境伯当主として教育を受けてきた。

 そこへ中継ぎで十五歳の小娘が当主となった家がある。

 これ幸いとばかりに、当主教育の一環としてエドモンがやってきた……らしい。


 そして五年間、私の補佐をしていたエドモンは、辺境伯家に戻ったあと、私を婚約者にすると宣言したそうだ。

 当然、辺境伯家と騎士爵家では家格が違いすぎる。

 当初は辺境伯閣下も難を示していたが、最終的には私が五年当主を勤めた実績と、エドモンから見た私の仕事ぶりが評価され、許可を取ったらしい。

 小競り合いが多く、当主も不在にすることが多いため、夫人となるものも当主の仕事をこなせる相手が望ましいようで。


 お母さまはそれを全てご存じだったらしい……図ったな!!



「お姉さま、今までご苦労様でした。これからはお姉さまが幸せになる番です」


 確かにエドモンは信頼できる仲間だと思っている。

 きっと結婚したとしても、領主の仕事を今度は私が補佐をしていくことになるだろう。

 しかも騎士爵領ではなく、もっと広い辺境伯領なのだ。大変さは桁違いだろう。

 それって幸せなんだろうか?


「はい、幸せになると思いますよ。エドモン様とお姉さま、いつも楽しそうにしていましたからね」


 そうかなぁ?

 確かに、苦労もあったけど、楽しかったのも事実だ。

 最初は軽薄そうなやつだな、と思ったが、実際ナンパされていた侍女から話しを聞くと、どうやらうちの内情を聞いていたらしい。

 情報収集のためにナンパしていたのか、と当時は思ったものだ。


 普通に聞けばいいのにね。


 でも辺境伯家からの婚約話だ。断ることはできない。

 心配なのはロジェだが、お母さまも五年の間、ロジェと一緒に領主教育を受けていたらしい。

 ロジェが結婚して、一人前になるまで補佐を続けるそうだ。


 お母さまには頭があがらないわ。


====


「フェリシア嬢、今後ともよろしくね」

「……はい」


 そしてとうとう結婚式当日、花嫁衣裳を着てエドモンの横に並んだ。

 隣りには、あの時から変わらない顔で私を見ているエドモンがいる。


 これから彼と一緒に辺境伯領を治めていくのだ。

 そう考えると、緊張で身体が震えてくる。


 そう思った瞬間、エドモンが私の手をぎゅっと強く握ってきた。

 それで落ち着いてくる。

 当主の仕事をしていたときも、同じように手を握ってきたことがあったね。

 その時は反射的に殴っちゃったけど……ごめんね。


 あ、そうだ。これだけは言っておかなきゃいけない。

 彼のネクタイを軽く引っ張り、耳元でささやく。


「一言だけ言わせてね。ナンパは絶対ダメ。許さないからね」




頑張って恋愛ものを書こうとしたけど、難しいです。これが限界でした……。

全然恋愛じゃねぇよ、と自己ツッコミいれてます。



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