中継ぎ当主になった騎士爵令嬢ですが、補佐役が有能すぎて困っています
「お父さまが亡くなった? しかも二週間も前に?」
私はフランシ騎士爵家の長女、フェリシアだ。
日課の素振りが終わって、水浴び場へ向かっていたときだ。
廊下ですれ違ったお母さまから、突然とんでもないことを聞かされた。
「ええ、フェリシア」
「お母さま! どうしてすぐ私に教えてくれなかったのですか!」
当主のお父さまは一月ほど前、寄り親のマッサーナ辺境伯家と共に、国境近くのいざこざを収めに出陣した。
ここ数年小競り合いが多く発生しており、その都度出陣をしていたのだが、いつも無事に帰ってきていた。
だから今回も大丈夫だろうと思っていたのに、まさかこんな事態になるとは……。
「色々と事情があったのよ。その前に貴女、汗臭いからさっさと水浴びしてらっしゃい」
「そんな状況ではありませんよ!!」
「既にやるべきことは、やり終えました。貴女は今後のことを知るべきです。汗を流したら、執務室へいらっしゃい」
そんな場合ではない、と怒鳴ってしまいそうになったが、お母さまは落ち着けと言わんばかりに手をふって、私を窘めてきた。
確かにここは廊下だ。話し合いをする場所ではないし、いきなりのことで私も混乱している。
冷たい水を浴びて、一旦冷静になろう。
そして水浴び場で、汗だくだった身体を冷やしていると、次第に頭が冷静になってきた。
すると思い浮かんでくるのは、お父さまとの懐かしい日々。
次々とその光景が思い浮かび、自然と涙が出てきた。
ひとしきり泣いた後、水で洗い流す。
そして次に考えたのが、この家の将来だ。
まず弟が当主になるだろう。
しかし弟は先日十歳になったばかりだ。いくら何でも、すぐ当主になれるはずがない。
少なくとも、成人として見なされる十五歳までは、他の誰かの助けが必要だ。
となると、誰が候補にあがるのか?
親族で後見人になれるような人物は、叔父しかいない。
祖父が生きていれば良かったが、騎士という家系の定めなのか、私が生まれたころには、すでに亡くなっている。
――叔父。
お父さまが家を継いだ後、平民となってどこかの騎士の従者になっていたはずだ。
あいにくと私は殆ど会ったこともないので、そこまで覚えていないが、かなり評判が悪いらしい。
古株の侍従や侍女が、今でも時折陰口を言っているのを見かけたことがある。
いったい我が家はどうなってしまうのだろう。
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「はあ!? 私が中継ぎとして当主になれ、ですか!?」
「ええ、そうよ」
心身共に冷えた私は、お母さまが待っている執務室へと入った。
そこで今日二度目のとんでもないことを、お母さまの口から聞かされた。
もう、どういうことよ!
「今のままだと、ロジェの後見人として、ジャコブが実質的に当主となる、ということくらい貴女もわかるでしょう?」
ロジェは弟の名前だ。そしてジャコブが叔父である。
さっき水浴び場で、私が考えていた内容そのものだ。
「で、でも! 私は女ですよ? いくら中継ぎとはいえ、そのようなことって可能なんですか?」
「ええ、ロジェが成人するまでの五年、貴女が中継ぎ当主となることについて、マッサーナ辺境伯閣下に了承していただきました」
「いつの間に……」
「二週間もあったのですよ? ジャコブに後見人などやらせてしまえば、乗っ取られる恐れがあります」
叔父ってそこまで評判悪いんだ。
でも、いくらなんでも私が中継ぎで当主なんて……。
当主の仕事は多岐に渡る。
当主教育を受けたことのない私が知っていることなど、ほんの僅かだ。到底、当主の仕事などできるはずがない。
もっと上の貴族であれば、当主の補佐をしてくれる家令や執事がいるだろうが、騎士爵家のうちにはそこまでの人材はいない。
「心配いりません。きちんと辺境伯閣下から、貴女の補佐をして頂ける人物を派遣してくださるそうです」
そう不安がっていると、お母さまが助けを寄越してくれた。
辺境伯家は寄り親貴族だ。子飼いの貴族が困っているのなら、手助けをする義務がある。
とくに今回、お父さまが戦死してしまったため、辺境伯家も人を派遣するくらいのことをしてくれるだろう。
辺境伯家は大きい。当主の補佐をする有能な人材も、多くいるに違いない。
そう考えると、少しは不安が消えていった。
そして数日後……。
「初めましてレディ。僕の名はエドモンです。よろしくね」
私より少し年上の……細身で飄々(ひょうひょう)とした、いかにも軽薄そうな、二十歳くらいの若い男性が当家を訪れた。
あれ?
当主の補佐をするような人材だから、もっと年上のダンディーな有能おじさん執事とかを想像していたんだけど、全然違った。
えっと、これって、本当に大丈夫?
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辺境伯家から派遣されてきたエドモンは、見た目とは裏腹に有能だった。
そうだよね。辺境伯家が、無能な人材を送ってはこないよね。
「いやぁ、侍女をナンパしてたら、ここへ飛ばされちゃってね」
「……貴方、何してるのよ」
仕事は有能だが、行動はだめだめだ。うちでも、若い女中に声をかけまくってたし。
よくこれで、クビになってないよね。
きっと彼の実家が、辺境伯家の寄り子内でも実力者なのだろう。
溜息をつきたくなってきた。
でも彼がいるおかげで、当主の仕事は滞りなくスムーズに流れている。
むしろ、お父さまがいたころよりも早いんじゃないかな。
「当主のコツですか? 正直いって辺境伯領の大きさに比べれば、騎士爵領なんて端数ですよ」
「実に忌憚のない意見ね」
「だから、端数くらいなら私でも管理できる、とまず思うこと。自分ができると思えなきゃ、頑張れないですよね。辺境伯領だってそう、王家に比べれば端数だから自分だってそれくらいはできる、と考えるんです」
上が不安がっていたら、民も不安がる。
逆もまた真なりってことね。
「さあ、レディもこれをさっさと処理してしまいましょう」
「……税金の計算と承認ね」
「はい、当主としての一番のお仕事です。お金や農作物を民たちから貰って、辺境伯家に半分を渡す。残りは当家に貯めておく」
「民たちへの還元は?」
「安全、ですよ。冬の寒さ、外敵からの守りとか、死ぬことのない暮らしやすい生活を与えるのです」
もちろん当主のお仕事は、税の徴収だけじゃない。
村人同士の争いの仲介やら、治安維持、近隣領主とのやり取り、公共事業の計画実施など、たくさんある。
まだ私は騎士爵という最下位の貴族で、しかも中継ぎだから許されているけど、高位の貴族になればこれらに加えて儀礼やら外交、さらに国からの要望対処などもあるらしい。
辺境伯家では、こういったものを対処する役人が、何十人といるんだって。
確かに人数が必要だわ、これ。
はぁ……難しい。剣を振っているほうが楽だわ。
「おや、面白いことを言っている人がいますね」
「誰が?」
エドモンが、一枚の紙を手に取って、私へと差し出してきた。
その中身をみると……。
「近隣の騎士爵領で、叔父が活動をしている?」
「本来なら自分が当主になるはずだったのに、なれなかった。しかも女が当主だなんてあり得ない、と騒いでいるようですね」
基本的に当主となるのは男だ。やはりそういったことを言ってくる人もいるんだね。
ただ、絶対女が当主になれない、というわけではない。
実際、私も中継ぎとはいえ当主になっているし、過去にも事例はあった。
「どうすればいいと思う?」
「うーん、実害がなければ放置ですね。虚言妄想の類と処理しましょう」
裏を返せば、実害があれば実力行使を行うということね。
何となくわかってきたかもしれない。
そもそも私の当主は、寄り親である辺境伯家から許可を得たものだ。
それを否定するということは、辺境伯家にも喧嘩を売ってることに等しい。
「さあ、世迷言よりもお仕事を済ませましょう」
「そうね、それが健全ね」
そのあと、貴方はナンパしにいくんでしょう?
はぁ……こっちの迷惑も考えてよ。
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――なぜだ!
邪魔な兄貴が亡くなって、ようやく俺に当主の座がくると思っていた。
親父も死んでるし、甥のロジェはまだガキだ。後見人となってゆくゆくは俺が乗っ取る。
そう考えていたのに……まさか姪のフェリシアが当主になるなんて!
こうなっては仕方ない。
俺はこう見えても、剣に関しては兄貴よりも上だった。そのおかげで近隣の騎士爵家とは、それなりに仲が良かったのだ。
その縁で平民となった今でも、騎士は無理だが従者という立場で雇ってもらっている。
もし俺が当主になれば、近隣の領主にとっても都合がいいはずだ。
それに最悪、近隣の騎士爵家の武力を借りればいい。
兄貴もいなく、いるのは従者だった数人だ。数十人で攻めれば問題なく落ちるはずだ。
辺境伯家だって、これは後継者争い、つまりは家の事情だから手だしもできない。
では、まず味方を増やそう。いくらなんでも俺一人じゃ無理だからな。
女が当主に不満を持つものも、必ずいるだろう。
ふふふ、これは運が向いてきたぞ。
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「え? 叔父が捕まった?」
「はい、先ほど辺境伯家から連絡がありました」
「どういうこと??」
「レディが当主になったのが不満のようでして。レディの叔父がいた騎士爵家の当主が、謀反の知らせを持ってきたようですね」
詳しく聞くと、叔父は近隣の騎士爵家にここへ攻め入るよう要請したらしい。
近隣の騎士爵家は、全て辺境伯家の寄り子だ。
しかも辺境伯家が許可した当主の領地へ攻め入るって、立派な謀反じゃない。
バカじゃないの?
「それで、その叔父はどうなったの?」
「謀反の罪は斬首です」
「まあ、そうでしょうね」
叔父は剣の腕は良かったがそれ以外が壊滅的で、いくら何でも当主を任せられないと、当時、祖父が追放まがいの処分をして追い出したそうだ。
それを知っていたお母さまが心配して、私に中継ぎをやれと言ってくるくらい、だめだめだったらしい。
いくら何でも考えなしすぎでしょ。
「それよりも、そろそろレディもお役目の終わりですね」
「ええ、エドモンも五年間おつかれさまでした。おかげですごく助かったわ」
十五でいきなり中継ぎ当主をやらされ、様々なことをやらされた。
今となってはいい思い出話だが、当時は辛かった。
そして私はこれからのことを考えなければならない。
誰かと結婚するのか、それともロジェを助けるために、ここへ残るのか。
私ももう二十歳だ。
高位貴族であれば、近隣の領主なり子飼いの貴族と結婚することも可能だろうが、あいにくとうちは騎士爵家だ。
縁を結ぶ必要のある家が、殆どない。
唯一あり得るのは、叔父の知らせを持ってきた騎士爵家だが、ここは既に当主はご結婚されていて、その子どもはまだまだ幼い。
となると、やはり民の中から有能な人を婿に貰って、ロジェを補佐していくのがいいだろう。
ロジェも成人したとはいえ、まだ十五歳。
仮にも五年間当主をしてきた私がいれば、おそらく問題はないと思う。
「いえいえ、レディの……いや、フェリシア騎士爵どのの成果ですよ。僕の役目は当主の補佐ですからね。五年間本当に頑張りました。これは辺境伯閣下にもちゃんと伝えます」
エドモンとは上司部下ではなく、苦労を分かち合う仲間だった。
もっとも、苦労したのは私だけで、エドモンは軽々と処理していったが……。
ほんとこいつ有能なんだよね。
辺境伯閣下に、今後ロジェの補佐をしてくれるようお願いしてみようかしら。
などと考えている間に、私の役目は終わった。
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当主の仕事を終え、ロジェに代替わりをしてから半年後、そろそろ自分の結婚に向けて何かやろうと思っていたときだ。
「フェリシア、貴女に婚約話がきております。貴女の意思は関係なく、断れないものです。ごめんなさいね」
「は? いつの間に決まったの!?」
これでお母さまに驚かされるのは三回目だ。
隣りに座っている現当主のロジェも、見事に企みが成功したようで、にこにこ笑っている。
でも貴族なら仕方がない。
私とて当主を五年勤めてきたのだ。断れない事情があることくらい、知っている。
そして今は確かに当主はロジェだ。ロジェの許可があれば、私の婚約も通る。
でもね、私だって前当主なのよ?
なんで私の婚約に、私が知らないのよ。
「で、お相手は誰ですか?」
「辺境伯家のご嫡男、エドモン様よ」
「…………なんですって????」
その後、聞いた話によると、エドモンは次期辺境伯当主として教育を受けてきた。
そこへ中継ぎで十五歳の小娘が当主となった家がある。
これ幸いとばかりに、当主教育の一環としてエドモンがやってきた……らしい。
そして五年間、私の補佐をしていたエドモンは、辺境伯家に戻ったあと、私を婚約者にすると宣言したそうだ。
当然、辺境伯家と騎士爵家では家格が違いすぎる。
当初は辺境伯閣下も難を示していたが、最終的には私が五年当主を勤めた実績と、エドモンから見た私の仕事ぶりが評価され、許可を取ったらしい。
小競り合いが多く、当主も不在にすることが多いため、夫人となるものも当主の仕事をこなせる相手が望ましいようで。
お母さまはそれを全てご存じだったらしい……図ったな!!
「お姉さま、今までご苦労様でした。これからはお姉さまが幸せになる番です」
確かにエドモンは信頼できる仲間だと思っている。
きっと結婚したとしても、領主の仕事を今度は私が補佐をしていくことになるだろう。
しかも騎士爵領ではなく、もっと広い辺境伯領なのだ。大変さは桁違いだろう。
それって幸せなんだろうか?
「はい、幸せになると思いますよ。エドモン様とお姉さま、いつも楽しそうにしていましたからね」
そうかなぁ?
確かに、苦労もあったけど、楽しかったのも事実だ。
最初は軽薄そうなやつだな、と思ったが、実際ナンパされていた侍女から話しを聞くと、どうやらうちの内情を聞いていたらしい。
情報収集のためにナンパしていたのか、と当時は思ったものだ。
普通に聞けばいいのにね。
でも辺境伯家からの婚約話だ。断ることはできない。
心配なのはロジェだが、お母さまも五年の間、ロジェと一緒に領主教育を受けていたらしい。
ロジェが結婚して、一人前になるまで補佐を続けるそうだ。
お母さまには頭があがらないわ。
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「フェリシア嬢、今後ともよろしくね」
「……はい」
そしてとうとう結婚式当日、花嫁衣裳を着てエドモンの横に並んだ。
隣りには、あの時から変わらない顔で私を見ているエドモンがいる。
これから彼と一緒に辺境伯領を治めていくのだ。
そう考えると、緊張で身体が震えてくる。
そう思った瞬間、エドモンが私の手をぎゅっと強く握ってきた。
それで落ち着いてくる。
当主の仕事をしていたときも、同じように手を握ってきたことがあったね。
その時は反射的に殴っちゃったけど……ごめんね。
あ、そうだ。これだけは言っておかなきゃいけない。
彼のネクタイを軽く引っ張り、耳元でささやく。
「一言だけ言わせてね。ナンパは絶対ダメ。許さないからね」
頑張って恋愛ものを書こうとしたけど、難しいです。これが限界でした……。
全然恋愛じゃねぇよ、と自己ツッコミいれてます。




