ドラゴンの宝物
千年生きるドラゴンはキラキラと輝く物が大好き。金銀宝石は時間が経っても腐らないし変化もしないからです。
二百年しか生きていないドラゴンのファニアも金銀宝石が大好きでした。少し目を離しても変わらないし、綺麗だし、見ているだけで嬉しくなります。
いつものように宝物でいっぱいの洞窟で過ごしていたら、友達のドラゴンが遊びにやってきました。そのドラゴンは、海のような青い体と空のような青い目をした綺麗な鳥を連れていました。
「その鳥はどこで手に入れたの?」
自分も綺麗な声で歌う鳥が欲しくなったので、ファニアは友達のドラゴンに問いかけました。
「この子は手に入れたんじゃない。仲良くなったんだ。友達なんだよ」
友達のドラゴンは笑って言いました。
ドラゴンと鳥が友達だなんて、変なことを言うとファニアは思いました。だって、鳥は小さいし、弱いし、すぐに死んでしまいます。強くて賢いドラゴンが鳥を友達にするなんて、変だと思いました。でも、綺麗な歌を歌う青い鳥のことは気に入りました。
ファニアは久しぶりに人間の国に行くことにしました。友達のドラゴンがそこで鳥と出会ったと教えてくれたからです。
ドラゴンのまま人間の国へ行くと大騒ぎになります。だからファニアは人間に変身しました。二十歳ぐらいの青年になったファニアは大きな街を歩いて周りました。
動物を売っている市場やお店へ行くといろんな動物がいました。人の言葉を真似る鳥や、色鮮やかな羽を持つ鳥、真っ白な毛並みの猫、面白い模様の犬、手の長い金色の猿。綺麗な動物も珍しい動物もたくさんいました。でも、どれも欲しいとは思えません。
他の国へ行ってみようかと思っていると、面白い話を聞きました。王様のいるお城にとても綺麗な金色の体と目をした猫がいると言うのです。
ファニアはお城の猫を見に行くことにしました。ファニアは商人のふりをしてお城に入りました。自分が持っている宝物を見ただけで人間がとても喜ぶのを知っていたからです。
ファニアの小さな宝物に王様は大喜びしてくれました。王様の隣に座っている王妃様の膝の上に金色の猫がいました。金色の毛並みは艶々と輝いていて、純金を溶かしたような目はまるでお日さまみたいです。今まで見た動物の中で一番綺麗でした。
けれど、ファニアは欲しいとは思えませんでした。
だって、金色の猫はとても偉そうにしていたのです。王妃様の膝の上でフンッと鼻を鳴らし、ファニアを馬鹿にしたような目で見てくるのです。
いくら綺麗でも、あんなに偉そうで生意気そうな動物は欲しくありません。
ファニアは自分の宝物が少し無くなったので、お城から宝物を盗って他の国に行こうと思いました。庭からお城を見上げながら、ドラゴンに戻ってお城を壊して探そうと考えていたら小さな黒い物が落ちてきました。
思わず受け止めたそれは小さな黒い猫でした。埃や怪我で汚れた仔猫です。ファニアは受け止めたことを後悔しました。こんな汚いものはどこかに捨ててしまおうと思いました。
けれど、仔猫があまりにも悲しそうに「いたいよ、いたいよ」と泣くので少しだけ可哀想になりました。
ファニアは汚れた仔猫を綺麗にしようとして、噴水の中に仔猫を入れて洗いました。綺麗にしたはずなのに、びっしょりと濡れた仔猫は汚く見えます。乾かせば綺麗になるかもしれないと、魔法で風をおこすと仔猫は空高く舞い上がってしまいました。慌てて捕まえた時には仔猫はぐったりとして、ますます元気がなくなっています。
ファニアは驚きました。こんなに弱い生き物をみたのは生まれて初めてです。せっかく汚れを落としたのに、すぐに死んでしまうのはなんだか腹立たしい気がしました。
汚れが落ちた仔猫の毛並みは深い穴の奥みたいに黒くて、ちょっとだけ綺麗に見えました。
「おい仔猫。ケガの手当てをしてやるからまだ死ぬなよ」
ファニアは知っています。人間は怪我をしたら薬を塗るのです。
人間も動物も同じ弱い生き物だから大丈夫だろうと、ファニアは薬屋へ行きました。
薬屋はファニアが仔猫の怪我の薬を欲しいと言ったので驚きました。薬屋は人間用の薬しか扱っていませんが、傷だらけの仔猫が可哀想だったので子供に使う薬を塗って包帯を巻いてあげました。
「この薬は一日一回塗ってあげてください。その都度包帯も綺麗なものに替えてくださいね」
薬屋から薬と包帯を買うと、ファニアは仔猫を摘み上げたので薬屋は悲鳴をあげました。
「怪我をした仔猫になんて扱いをするんだ」
怒られたファニアはムッとしました。ドラゴンを怒るなんて、なんて愚かな人間なんだろう。
けれど、子猫のために少しだけ我慢することにしました。
ドラゴンはとても強いので滅多に怪我なんてしません。軽い怪我もすぐに治ってしまうのです。だから、怪我の手当ても弱い動物の扱い方も知りません。薬屋に聞かないと仔猫をどうすればいいのか分からないのです。
「どうしたらいいんだ?」
「卵を割らないぐらい優しく丁寧にすること。怪我が治るまでは柔らかい布で包むようにして体を温めたためるといい」
薬屋は仔猫のお世話の仕方を教えてくれました。触る時は優しく、ご飯も最初は温めたミルクが良いなど色々と教えてくれました。
ファニアは薬と包帯を買って店を出ました。仔猫は柔らかな布に包まれ懐の中に収まってすやすやと寝ています。胸の辺りがほんのりと暖かくて、変な感じです。でも、それは不快なものではありませんでした。柔らかな木漏れ日の中でうたた寝をしているような気持ちです。
ファニアは仔猫を捨てようとしていたことなどすっかり忘れて、足取りも軽く宿屋へ向かいました。
ファニアは自分の巣に帰りたかったのですが、巣に帰るためには飛んで行かなければいけません。空の空気は冷たくて気持ちが良いのですが、仔猫には寒いかもしれません。弱っている仔猫は寒さで凍えるかもしれないし、風で飛んでいってしまうかもしれません。
「おい仔猫。この僕が世話をしてあげてるんだ。簡単に死ぬなよ」
仔猫は死にたくなかったので「はぁい」と答えました。
ファニアは満足そうに優しくそぅっと仔猫の頭を撫でました。頭の怪我を避けて仔猫の頭を撫でると仔猫は嬉しそうに喉を鳴らします。ゴロゴロと鳴る音は不思議で聞くたびに口の端が上がってしまいます。
「仔猫。僕の名前はファニアだ」
「あにあ?」
「ファニアだ」
「わぁにあだ」
「…………ニアって呼べ」
きちんと発音できない様子に、ファニアは諦めて短くて呼びやすい名前を教えました。仔猫は今度はきちんと「ニア」と呼べました。期待に満ちた目で見上げてくるので、ファニアはもう一度頭を撫でてあげました。またゴロゴロと喉を鳴らします。
「仔猫。仔猫はなんて名前だ?」
「なまえ……?」
「なんて呼ばれてたんだ」
「黒いの、とか、おい、とかいろいろ」
「ふぅん。なら、仔猫の名前はフィクスだ。覚えろよ」
「なまえっ!ふぃく……フィクっ」
仔猫は嬉しさで跳ねるように飛び上がりました。初めてもらった名前です。嬉しくて尻尾がピンッと立ち上がりました。
「フィクスだってば。……まぁいいや」
転がって喜んでいる仔猫を見て、ファニアは面白そうに笑いました
ファニアは日増しに元気になるフィクスを見るのが楽しくなりました。フィクスはファニアが話すどんなことも目を輝かせて聞いてくれるし、あれこれ質問してきたことに答えるだけですごいと褒めてくれるのです。
フィクスが元気になってくると、ファニアと一緒に出かけるようになりました。ファニアの胸の中か肩に乗って街並みやそこで暮らす人や動物たちを楽しそうに見ていました。けれど、決してファニアから離れることはありませんでした。
「もう元気になったな。そろそろ僕は巣に帰ろうと思うんだ」
ある日、ファニアにそう言われたフィクスは悲しくてたくさん泣きました。ファニアに捨てられると思ったのです。
「フィクも、フィクもいぐ。づいでぐから、おいでがないでぇ」
泣きながら頼み込むフィクスを見て、ファニアはカラカラと笑いながらフィクスを抱きあげました。
「もちろんだ。一緒に行こう」
「いぐぅぅ」
大泣きながら笑うフィクスが可愛くて抱きしめれば、小さな体で必死にしがみついてくる様がまた可愛くて、ファニアの胸の奥からぽかぽかと温かいものが広がっていきました。
金や宝石を眺めている時とも違う気持ちがどういうものなのかファニアは分かりませんでした。ただ、フィクスと一緒にいるのは楽しいことだけは確かでした。
ファニアはフィクスと一緒に街を出ました。本当は飛んですぐさま巣に帰ろうと思っていたのですが、フィクスにいろんな景色を見せたくなったのです。
ファニアはフィクスと一緒に、色んな場所を巡りました。森や野原や砂漠、山に海に湖、時にはドラゴンになって遠くの国へも行きました。
その間にフィクスは仔猫から大人になって、ファニアに生意気な口や態度をとったりもしました。たくさんケンカもしましたが、その度に仲直りをしてたくさん笑い合いました。
いろんな場所を旅して、ファニアの巣に帰るまで十五年以上かかりました。
ファニアにとっては瞬きのように短い時間でしたが、フィクスにとってはとても長い時間でした。
「フィー。ここが僕の巣だよ」
ファニアは枯れた葉を集めた上に柔らかな布を重ねてフィクスの寝床を作りました。その上にそっとフィクスを寝かせると、フィクスはヒゲと鼻を小さく動かして洞窟を感じとりました。
「ニアが言っていたとおりだ。大きくて広いね」
「奥に宝物があるんだ。あとで見せてあげるよ」
「……うん。ありがとう」
フィクスは高齢になっていたので、一日のほとんどを寝て過ごし、目も霞んでよく見えなくなっていました。それでも、ファニアの大切な宝物を見せてくれる気持ちが嬉しかったのです。
山のように積まれた金銀宝石はキラキラと輝いていてとても綺麗でした。
「すごいだろ?」
「すごい。きれい、だね」
フィクスを抱き上げるために人間の姿になったファニアは得意げに笑いました。そんなファニアを見上げながら、フィクスは眩しそうに目を細めます。フィクスは何度も見たドラゴンの姿が見えていました。キラキラと輝く青銀の鱗も、金色の目も、大きくて強い体も、綺麗で大好きでした。
「……ニア。ニアと一緒にいられて、とても、幸せだったよ」
フィクスはそう告げるとゆっくりと目を閉じました。
そして、長い長い眠りについたのです。
ある日、友達のドラゴンがやってきました。
友達のドラゴンは大きな鳥を連れていました。
「なに、その鳥」
「友達だよ」
「あの鳥は?」
「さあ?どこかに飛んでいっちゃった」
「友達だったんだろ?」
「友達だったよ」
「……ふぅん」
「雰囲気が変わったね」
友達のドラゴンはフィニアの巣を見て言いました。前は宝物以外は何もなかったのに、洞窟の入り口には花がたくさん咲いてます。
「友達が、いるんだ」
「へぇ。良かったじゃないか」
「あぁ」
色とりどりの花の中で遊ぶ黒い猫が見えた気がした。フィクスはいろんな景色を楽しんでいた。高い山を見ても、青い海を見ても、砂だらけの砂漠を見ても、黒い目をキラキラと輝かせていた。
「……出かけてくる」
「どこに行くんだい?」
「友達を探しに」
ファニアは羽を広げて空へ飛び上がった。
もう一度、フィクスと見た景色を見に行こう。
大切な黒い仔猫が目を輝かせていた世界を探しに。
おわり
お読みいただきありがとうございました。




