第4話 本当の居場所
直哉が教会で暮らし始めて、一週間が過ぎた。
朝は他の子どもたちと一緒に起き、
夜は同じように祈って眠る。
特別扱いはしない。
それが、この教会のやり方だった。
「先生、今日も病院?」
「うん。夕方には戻るよ」
直哉は「ふーん」とだけ言って、
それ以上、引き止めなかった。
その距離感が、
須之内桃には少しだけ怖かった。
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午後。
病院に一本の電話が入る。
「直哉くんの、実父が見つかりました」
児童相談所の職員の声は、事務的だった。
「面会を希望しています。
早ければ、今週中にも引き取りの話が――」
桃は、しばらく黙っていた。
「……わかりました」
電話を切ったあと、
診察室の椅子に深く腰を下ろす。
医師としては、喜ぶべき知らせだ。
子どもには、家庭がある方がいい。
――でも。
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その夜。
桃は、直哉に話をした。
「直哉くん。
お父さんが、見つかったって」
直哉は、驚かなかった。
「……来ると思ってた」
「会ってみる?」
少しの沈黙のあと、直哉は言った。
「先生は、どう思う?」
その問いは、ずるい。
答えを知りながら、聞いてくる。
「私は……医者だから」
そう前置きしてから、桃は続けた。
「あなたにとって、一番安全で、
一番ちゃんと眠れる場所がいいと思う」
直哉は、俯いた。
「ここじゃ、だめ?」
胸の奥が、きしりと音を立てる。
「……だめ、じゃない」
「じゃあ」
「でも、ここは“ずっと”の場所じゃない」
直哉は、唇を噛んだ。
「迎えに行くって言ったのに」
その言葉は、
刃物みたいに、静かに刺さった。
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面会の日。
父親は、思っていたより若かった。
「……すみません」
それが、最初の言葉だった。
仕事が安定せず、
育てる自信がなかったこと。
それでも、忘れた日はなかったこと。
説明は、どこか必死で、
どこか自己弁護にも聞こえた。
直哉は、黙って父親を見ていた。
「直哉」
父親が名前を呼ぶ。
「……一緒に、帰ろう」
直哉は、すぐには答えなかった。
視線が、桃に向く。
桃は、微笑んだ。
それは、医師の顔だった。
「直哉くん。
決めるのは、あなた」
長い沈黙のあと、
直哉は、小さくうなずいた。
「……帰る」
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別れ際。
直哉は、教会の門で立ち止まった。
「先生」
「なに?」
「迎えに行く側って、
ずっとなれる?」
桃は、少し考えてから答えた。
「……なれないこともある」
「そっか」
「でも」
桃は、直哉の目をまっすぐ見る。
「迎えに行こうとした人が、
ここにいたってことは、忘れないで」
直哉は、少しだけ笑った。
「うん」
車が走り去る。
桃は、しばらくその場を動けなかった。
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夜。
教会の長椅子に座り、
桃は一人、祈る。
迎えられない子がいる。
迎えてはいけない子もいる。
それでも、
迎えに行こうとする自分を、
もう否定しないと、決めた。




