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異国の一匙

作者: 猫治
掲載日:2025/12/12

山間にそびえる碧嶺城は、国一番の大名・暁焔さまの居城として知られていた。


十五歳の料理見習い 蒼太 は、その城の台所で働いていた。

もともとは村の湯治場で雑用をしていた少年だが、味噌汁を作らせれば村一番だった。


その腕前が噂になり、城に引き抜かれたのだ。


だが碧嶺城の厨房は、想像の何倍も厳しかった。


「蒼太!その味噌、火が強い!焦がしたら今日で終わりだ!」


怒鳴られながらも、蒼太はひたすら鍋と向き合った。



---ある日、城へ「南海の商人」が訪れた。

彼らは遠い海の向こうから来た者で、見たことのない香辛料を持っていた。


城中がにわかに騒がしくなる中、台所に使者が現れた。


「暁焔さまが料理を所望だ。蒼太、来い。」


心臓が跳ねる。

自分の料理を殿さまに?そんな話、聞いたことがない。


通された部屋には、色鮮やかな衣装をまとった南海の商人たちと、

黒羽の装束に身を包んだ暁焔さまがいた。


「この香り、面白い。蒼太とやら、これで一品作ってみせよ。」


差し出されたのは、黒い粒の香辛料と深紅の油。

蒼太は戸惑ったが、逃げ出すわけにはいかない。


南海の言葉を身ぶりで理解しながら、蒼太は見たこともない料理を必死に作り上げた。


完成したのは、香り高い“辛味の鍋”。


暁焔さまが一口すすると、部屋が静まり返った。


そして、わずかに口元がゆるむ。


「……良い。気に入った。」


蒼太はその場で膝から崩れ落ちそうになった。


「明日の旅の前にも、汝の味を食したくなった。明朝、わしの膳を整えよ。」


明日の旅?

不思議に思いながらも、蒼太は深く頭を下げた。



---翌朝。

蒼太は早くから殿さまのために味噌汁を用意した。


具材は山の芋と若芽。

蒼太が一番自信のある、素朴だが心にしみる味。


だが城の外が妙に騒がしい。

兵たちが慌ただしく駆け回っている。


「蒼太、急げ!暁焔さまは今すぐ北の都へ向かわれる!」


出発が予定より早まったのだ。


蒼太は器を抱えて走り、馬にまたがろうとする暁焔さまへと差し出した。


「殿さま……せめて、これだけでも!」


暁焔さまは手綱を緩め、器を受け取った。

温かな湯気が朝日に溶ける。


「……うむ。良い香りだ。

蒼太、覚えておけ。新しきを恐れるな。

それは人を強くする。」


言い終えると、暁焔さまは馬を走らせ、隊列は北へと消えていった。


それが、蒼太にとっての“最後の別れ”となった。



---後日、北の都が突然の襲撃にあったという知らせが城に届いた。

暁焔さまは戻ることなく、国の行方は大きく揺れた。


蒼太はしばらく何も作れなかった。

香辛料の匂いをかぐだけで、胸がぎゅっと締めつけられた。


だが、暁焔さまの言葉が、蒼太を再び前へ進ませた。


――新しきを恐れるな。


いつしか蒼太は旅に出ていた。

村から村へ、街から街へ。

南海の香辛料と山の恵みを合わせた、新しい料理を作るために。


彼はどの宿場でも、最後に決まって一椀の味噌汁を作った。

素朴で、どこか懐かしい味。

それは、暁焔さまが旅路に飲み干した、あの一椀を思い起こさせるからだ。


蒼太は湯気の向こうに、静かに語りかける。


「殿さま……俺はいまも、新しい味を追っていますよ。」


その言葉に応えるように、どこからか柔らかな風が吹いてきた。


――終――

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