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期限付きの婚約者ですが、どうやら彼は本気だった様です

作者: 猫又ノ猫助

「三ヶ月だけ、婚約者のふりをしてほしいの」


 そう言った瞬間、向かいの椅子に座る幼なじみの騎士――レオンは、ぽかんと口を開けた。


「……はあ?」

「だから、三ヶ月。形式だけでいいの。私に言い寄ってくる連中から逃げるための、偽装婚約よ」

「おいリリア。俺はお前の護衛騎士であって、恋人役じゃないぞ」

「護衛騎士だからこそよ。父がね、『今年中に婚約者を紹介しなければ、こちらで相手を決める』なんて言い出したの」


 あの頑固な父の顔が頭に浮かぶ。決められた結婚なんて、まっぴらごめんだ。


 するとレオンは面倒くさそうに頭をかいた。


「……つまり俺は、貴族の縁談避けに使われるわけか」

「使うだなんて人聞きの悪い。頼むって言っているの」

「……はあ、しゃーねえな。三ヶ月だけだぞ」

「本当に!?」

「ただし――」


 彼は指を一本立て、いつになく悪い笑みを浮かべた。


「俺に惚れるなよ?」


 その瞬間、心臓が一瞬だけ跳ねた。

 馬鹿みたい。冗談に決まってる。そう思って笑い返す。


「惚れませんわ。絶対に」

「よし、じゃあ契約成立だな」


 彼が差し出した手を取ると、温もりが指先に広がった。たかが契約、ただの偽装婚約。――なのに。



 それから数日後、王都最大の舞踏会。

 社交界の面々が集まり、煌びやかな音楽と笑い声が溢れる中、私はレオンの腕に手を添えていた。


「見せつけるように歩け」

「そんな言い方しないで。……ほら、皆の視線、刺さってるわ」

「お前が綺麗すぎるんだよ」


 さらりと囁かれた言葉に、また鼓動が跳ねる。

 そういうの、冗談でも言わないでほしい。


 あの時、彼に頼んだのは“逃げるため”だったのに。

 今は――この腕を離したくない、なんて思っている。


「リリア嬢、まさか本当に婚約なさったとは!」

「しかもお相手は、あの騎士レオン殿とは……」


 周囲のざわめきの中、彼は微笑んだ。

 堂々としたその立ち姿に、私は一瞬だけ見惚れる。


「噂は本当ですよ。リリア嬢は、俺の婚約者です」

「レ、レオン!? そんなはっきり言わなくても――」

「偽装とは言え、礼儀は大事だからな」


 そう言って、彼は私の手の甲に軽く唇を触れさせた。

 歓声が上がり、顔が一気に熱くなる。


「な、なにを……!」

「婚約者の務めだろ?」


 心臓の音が止まらない。

 彼の目は真っ直ぐで、どこまでも優しくて。

 けれどその瞳の奥に、一瞬だけ“別の何か”が宿った気がした。


 この人の中に、私の知らない顔がある――。

 そう思った時、胸の奥が少しだけざわついた。



 夜が更け、馬車で屋敷に戻る途中。

 隣に座るレオンは、珍しく静かだった。


「……どうしたの? 疲れた?」

「いや、ちょっとな。お前が思ってる以上に、面倒な立場に足を突っ込んだ気がして」

「何それ、意味深ね」

「さあな。三ヶ月で終わるなら、それでいい」


 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。

 終わりが来る前提の関係。最初から分かっていたのに。

 私は平然を装って、窓の外を見つめた。


「……ええ。三ヶ月だけ、ね」


 馬車の揺れの中、静かな沈黙が落ちる。

 夜の街灯が彼の横顔を照らし、淡く光った。

 その横顔を見つめながら、私は小さく息を吐く。


(本当に、惚れたりなんて――しないわ)


 そう自分に言い聞かせながらも、

 心はもう、とっくに揺れはじめていた。



「リリア嬢、あなたの“婚約者”について、聞いたのですけれど――」


 昼下がりのティーサロン。

 笑顔の裏に毒を仕込むのが、貴族淑女たちの嗜みだ。

 私は微笑を崩さず、ゆっくりカップを置いた。


「まあ、どんな話かしら?」

「ご存じないの? “平民上がりの騎士を金で囲っている”って噂。すっかり社交界の話題になっているわよ?」


 涼しい顔を装っていても、内心では手が震えた。

 誰がそんなことを――。


 思い当たる顔が一つあった。

 伯爵家の息子、クライヴ。以前、私の婚約を断られた男。

 彼の取り巻きがレオンを見下すように笑っていたのを、思い出す。


「くだらない噂ですわ。根も葉もありません」

「でもお父上が、たいそうお怒りだとか……。『そんな男と婚約とは何事か』って」


 胸の奥が冷たく沈む。

 “父の怒り”――それは、噂よりも厄介だ。

 このままでは、レオンにまで火の粉が及ぶ。



「つまり、俺のせいでお前が非難されてるわけか」

「……そんな言い方しないで」


 その日の夜、屋敷の庭で。

 月光の下、私は彼に噂のことを打ち明けた。

 レオンは顔をしかめ、無言で拳を握る。


「誰が流したか、心当たりは?」

「恐らく、クライヴ伯爵家の方々。でも証拠はないわ」

「証拠なんて、俺が探して来てやる」

「待って!」


 思わず声を荒げていた。

 彼が怒るのは、私のため。けれど――。


「あなたが何かすれば、ますます騒ぎが大きくなる。父はもう婚約を破棄するよう言ってるのよ」

「……それでも、俺はお前を守る」

「やめて」


 言葉が震えた。

 “守る”と言われるほど、胸が痛くなる。

 だってこの関係は、たった三ヶ月の契約で――。


「もういいの、レオン。私たちの契約はここで終わり。あなたまで巻き込みたくないの」

「待て、リリア」

「最初から、これは偽装婚約だったでしょう? 本気になる理由なんて、どこにもないわ」


 そう言いながら、自分の声が掠れていた。

 彼の瞳に映る自分の顔が、泣きそうに歪んでいたから。


 私はそっと指輪を外し、彼の掌に乗せた。


「ありがとう、三ヶ月の間……本当に、楽しかった」


 レオンは何も言わず、ただ指輪を見つめていた。

 夜風が吹き、彼の前髪が揺れる。

 その沈黙が、なによりも辛かった。



 翌朝、父に婚約解消の報告をした。

 彼は満足げに頷き、代わりに新しい縁談の書類を差し出す。


「縁談相手はクライヴ伯爵家のご子息だ。今度こそふさわしい相手を見つけねばな」

「……承知しました」


 そのとき、胸の奥で何かがぽきりと折れる音がした。

 これでいい。そう思いたかった。

 けれど、夜になっても眠れなかった。


 枕元に、彼が残していった手袋が一つ。

 何度も触れた指先の跡が、そこにあった。


(レオン……あなたは、今どこで何を考えているの?)


 問いかけても、返るのは静寂だけ。

 “期限付きの婚約”は、こうして終わった。



 婚約の儀は、まるで公開処刑だった。

 貴族たちが円形に並び、中央の壇上に私と彼――いや、婚約者となる伯爵家の息子・エドワードが立っている。


「公爵令嬢リリア・セレスティーナ。貴様との婚約を結ぶにあたり、ハッキリさせたい事がある」


 堂々たる声が響き、会場にざわめきが走る。

 けれど、私はただ静かに息を吐いた。――知っていた。この男がそう言うことは。


「ハッキリさせたい事とはどの様な事でしょう?」


「貴様が平民騎士などという下賤な男と婚約していた事についてだ! 穢らわしい!」


 わざとらしい芝居口調。

 そして、貴族たちは一斉に同調するように口々に囁いた。


 ――“平民と婚約するなんて何を考えているのかしら”

 ――“恥を知れ”


 私の父もまた、冷ややかに言葉を重ねた。


「リリア、お前の軽率な行いがセレスティーナ家の名を汚した。謝罪しなさい」


 ……ああ、やはりあなたも。

 私は、もはや家族にも見捨てられたのだ。


「地を這い、許しをこうなら婚約してやるぞ。さぁ、謝罪してみせろ」


 エドワードがそう告げると、周りの人間も騒ぎ立て、私が地面に手を着こうとしたその瞬間――重々しい扉の音が、広間を震わせた。


「王命により、隣国アルバート王国の第一王子レオン・アルバート殿下が入場される!」


 場の空気が一変する。


 ざわめきが波のように押し寄せ、貴族たちが慌てて頭を垂れた。


 私は息を呑む。……その名を、私は知っている。

 けれど、まさか――。


 入場してきたのは、私が幼い頃から知っているその人だった。


 鋭く整った横顔、深い青の瞳。

 騎士服ではなく、王族の正装に身を包んで。


「な、何故……騎士団のレオンが、殿下だと……!?」


「レオン……アルバート? まさか、あの隣国アルバートの王族……!?」


 貴族たちのどよめきが渦を巻く。

 レオンはその中心で、静かに口を開いた。


「俺の婚約者を“穢らわしい”と呼んだのは、どこの愚か者だ?」


 その冷ややかな声に、エドワードが凍り付く。

 レオンの視線はまるで刃のようだった。


「彼女はアルバート王家の正式な婚約者だ」


「そ、そんな馬鹿な……!」


「侮辱した罪、軽くは済まないぞ」


 周囲の空気が凍りついた。

 父も伯爵も、顔面を蒼白にして膝を震わせている。

 そんな中、レオンはゆっくりと私の前に歩み寄り――跪いた。


「リリア・セレスティーナ」

「……はい」

「期限なんて、最初から破るつもりだった。俺はお前を、契約ではなく――心から、愛している」


 その言葉が胸の奥に届いた瞬間、涙がこぼれた。

 あの冷たい日々の裏で、彼は“任務”として私を守り続けてくれていた。

 それを知らず、私はただ「期限付きの恋」だと自分を納得させていたのだ。


 レオンは微笑んで、私の手の甲に唇を寄せた。

「ようやく言える。……お前は俺の、唯一の人だ」


 ――広間が静まり返る。

 エドワードの唇が震え、父は言葉を失っている。

 私はゆっくりとレオンを見下ろし、唇の端を上げた。


「惚れるな、と言ったのは……どちらでしたか?」


 レオンの瞳が、優しく細められた。

「撤回する。今さらでも、間に合うなら」

「ふふ……仕方のない方ですね」


 ざまあ、と思った。

 自分を見下した者たちが沈黙するこの瞬間ほど、心地よいものはない。


 だがその中心で跪く彼だけは、違う。

 彼だけは、私の“真実”を見てくれた。


 花の香りが漂い、陽光が差し込む。

 誰もが見守る中、私は彼の手を取り、言った。


「はい、殿下。……今度こそ、永遠の婚約を」


 歓声が上がり、祝福の鐘が鳴る。

 伯爵家の冷たい顔が遠ざかる。

 そして私はようやく、自由と幸福を手に入れたのだった。

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