#4-B コンタクト失敗
『はい、そうです』
たったそれだけの返事を返してみると、数分、向こうから返事は返ってこない。あたしが空けた20分で、鳳ユキ(自称)は離席したのだろうか。
やはり悪戯だったのではないだろうか。にしてはあたしの手紙の文面をよくご存じだった。もしかして、あたし送る際に宛先を間違えるっていう大チョンボをやらかしたか? そうだとしたら、それを受け取った悪い人が鳳ユキを騙っている……というわずかな可能性も、なくはない。
思慮を巡らせていると、焦らし足りたのか遅めのボールが飛んでくる。
『少し、お話しできませんか』
……お話? 何を? あたしみたいな一般人に?
困惑する気持ちもあった。だけど、悪いことをしているような高揚感も中にはあった。あたしは――スリルを求めた。
『いいですよ。その前に、手紙を読んだのなら、あたしの名前分かりますよね?』
本人確認はきちんと突き詰めたかった。スリルもあるけど、リスクもギリギリまで取り除こう。
『白鳥ヒナさんですね』
正解だ。バレているのなら、ここで嘘をつく必要もないかもしれない。
『正解です』
『こちらも本人確認と行きましょう』
数分すると、自撮り画像が送られてきた。そこに映っていたのは、見知らぬ金髪の女性が、あたしの出した手紙を持っている姿だった。
……いや? とその女性をよく見てみる。金髪の部分を隠して顔を見ると、それは確かに世間を賑わせたあの鳳ユキの顔だった。
「……いまこんな感じなんだ」
素直にあたしは驚いた。テレビで見た鳳ユキは、焦げ茶色の髪で、清楚さを具現化したような容姿だった。彼女が金髪に染めるとこんな感じなんだ、って驚きとともに『金髪に染めようって気があったんだ』とも思った。ぶっちゃけあんまり似合ってない。
『確認しました』
画像を注視するあまり思わず返信を忘れそうになった。
『では、おはなしの続きをしましょう』
鳳ユキ(確定)側の用件、まずはそれからだ。
『まず、私の小説を読んで物書きを始めたとのことですが……何か決め手になることがありましたか?』
いきなり本題に入られた気分だ。少し考えて、答えとは関係ない考えが巡った。
(これ……正直に伝えるのなんか恥ずかしくない?!)
そう思ってしまった。しかも相手は私を物書きの道へと誘った張本人。恥ずかしくないわけがない。
だけれど……だけれども、これは千載一遇のチャンスだっていうのも分かっている。あたしをこんな目に遭わせた本人に、思う存分気持ちを伝えることができるのだ。
そもそももうファンレターという形で気持ちは伝えている。今更恥ずかしがったってもう遅いのだ。
『あたし、鳳先生の……』
以下、あたしは包み隠さず、鳳先生および彼女の作品から受けた感銘などを伝えた。ファンレターに書いた内容と被っていた所もあったけれど、もう気にせず目一杯伝えた。気付けばスマホの画面いっぱいに文字が埋め尽くされていた。こんな長文、どこでも書いたことがない。もしかしなくても、鳳ユキへのファンレターより長い文章だ。
送信ボタンを押す。同時にちょっとした後悔も湧いてきた。あんな文章で良かっただろうか? などと。
流石に文字数が多かったからか、返信はなかなか返ってこない。そもそもこんなアホほど長い文章、向こうからしたらビックリしてしまわないだろうか? 会話のキャッチボールなのにいきなり160キロの剛速球が飛んで来たら、そりゃあうろたえもするか。
もしかしたら返事は後日になったりするかもしれない。そう思って、あたしは諦めてスマホを机に置いた。
目を覚ますと昼を過ぎていた。しまった。どうやらそのままベッドに横になって寝てしまっていたらしい。怠惰が極まりすぎている。スマホを見ると、DMの通知が来ていた。
差出人は鳳ユキ。ああ、ちゃんと読んでくれたんだ。メッセージの内容は、と。
『ありがとう。頑張ってください』
……妙にそっけない文面に、あたしの中に湧いていた奇妙な熱が急激に冷めていくのを感じた。
は? なんだったんだよ、さっきまでのあの威勢は!? あたしの気持ちは怒りに変わった。でもちょっと待て。あの長文DMに引いてしまったんじゃないだろうか? もしかしたら相手は想像以上に長ったらしい文章に困ってしまったのかもしれない。あたしが無難な回答をしていれば、もう少しマシな回答が返ってきたんじゃないだろうか?
「うーん……」
すぐ怒りも困惑に変わり、あたしは相手のDMを見ながらフリーズしてしまった。どうしようこれ、こっちもなんか、お別れの挨拶でもしたほうがいいのだろうか? 相手と同じような素っ気ない文章が浮かぶ。
『こちらこそありがとうございました』
……腑に落ちない。なんか、あたしとは何もかも合わない相手だったのかな。そう思うと、もう何もやる気が起きない。あたしは三度寝することにした。姉貴が叱りに来るかもしれないけれど、もう何でもいいや。冬休みは(だらっと)満喫すると決めているんだ。