#16-B(終) グリフォンの空飛ぶ夢
鳳先生達が来た後、あたしは気持ちが吹っ切れて、次の日からちゃんとした生活を送れるようになった。学校にも行けるようになった。進級早々長々休んでしまったのは、あたしの人生一番のやらかしかもしれない。しょうがなかったけれど。
クラスのみんなは、知らない子たちばかりになった。その中で、数少ない見知った顔の山城がいる。かほちゃん、山下さんは別のクラスになってしまった。
でもあたしが休んでいた時だって、その三人は来てくれていた。全然応対できなかったけれど。学校に来始めて、まずはその三人に感謝を伝えに行った。山城はらしくもなく「心配させるなよな」と本気のトーンで心配してくれた。さすがに茶化せなかった。ありがとう。
かほちゃんは別れたクラスでも、きっちり無言のキャラを貫いているらしい。怪訝に思う生徒もいるみたいだけれど、それも時間の問題だろう。もしそれでいじめられてたら、あたしがぶっ飛ばしてやる。そんな彼女にも感謝を伝えると、……泣いていた。ビックリした。かほちゃんが泣くところなんて見たことなかったからだ。そのとき、嗚咽する声が少し聞こえて、思ってたとおり、可愛い声だったのを覚えている。かほちゃんありがとう、優しいあんたが大好きだ。
山下さんは性格が幸いして、別のクラスでも賑やかに、友達もたくさん作ってエンジョイしているらしい。でもあたしが会いに行くと、一対一で話す場を作ってくれた。前に山下さんを励ました屋上で。……本当は立ち入り禁止だけど。彼女も喜んでくれた。あたしも学校で彼女と晴れ晴れとした気持ちで話せて、うれしかった。創作という共通の趣味を持つ仲間として……きっと彼女に話せることもあるだろう。ありがとう、これからもよろしく。
進級からのスタートダッシュで躓いたけれど、どうにか立て直してそこそこ雰囲気にも慣れてきて、5月。あるニュースが話題になった。
「大ヒット作家・鳳ユキ 活動再開」
そのニュースがテレビにも、新聞にも、ネットニュースにもたくさん流れた。流れるほどの人物だったのだ。
そのニュースでは、インタビューを受けたであろう鳳先生の写真が映っていた。ああ、やっぱり、あたしがスマホ越しで話して、あの時会った彼女そのものだった。気のせいかキメ顔に見える。
「あーあ……」
どこか、遠くの、手の届かない星にまたなってしまったような気がする。そもそもあたしなんかが関われたのが本当に不思議だったんだけれど。
ニュースによると、5月のうちに新作を出すらしい。あんなこと言ってたけど、かなり周到に書いていたんだな。さすがだ先生。
あの日、直接会ってからというものの、あたしは学校が忙しい……という理由(正確には遅れを取り戻したり、進級後のクラスの皆とつるんだり)で鳳先生とのやりとりは出来ていなかった。先生も忙しいだろう、というためらいもあった。
その結果、テレビに映っている大ヒット作家は、もう遠くの人に感じてしまっていた。
夢、だったのかもしれない。あたしが鳳ユキ先生と繋がって、話して、会って、互いに勇気を貰えて。そんな絵空事の夢を見ていたと言われたら、きっと信じてしまう。
「鳳先生、復帰したな」
学校から帰ってきたあたしに、姉貴がテレビを見ながら声をかけてきた。
「うん。よかったよ」
「なんか連絡あったか?」
「ないんだよね~」
「お前……」
なにかあたしが悪いことをしたかのような、そんな語調。あ、これは説教モードだ。
「おめでとうぐらい言っておけ」
「あ……確かに!」
これはあたしが百パーセント悪い。鳳先生の一番弟子として、祝っておかなくちゃいけない。
とりあえず、文章として、メッセージアプリに書き綴る。ちょっと長めの、お祝いメッセージ。あたしは日和ったのか、通話という手段を避けた。
すぐに既読と返事は来た。
「ありがとう。本が出たら、その時お祝いの通話でもしよう」
そんな返事が来た。……うーん、やっぱり、この鳳ユキというアカウントは本物だな。テレビに大々的に特集されるような人が友達、っていうのもなんだか変な感じがする。なんかこう、むずがゆいというか……なんか変な感じ!
それから先生の新作が出るまでは、思ったよりも短かく感じた。前作の淡い空色の表紙の本とは対照的に、赤色が目立つ本。本屋に寄ったら、特集コーナー、ポップ、山積みされた先生の本、それを取っていく多くの人達が見えた。ああ、すごいな、あの人は。スターだったんだ。もちろんあたしも買って読んだ。
その評価は、賛否が別れた。あたしも同意見だった。
前作が透明感のある作風で、読んで心が洗われるような感覚がしたんだ。だけれど、今回は……。
「……こんな話書けるんだ」
ビックリした。メッセージ性が強いというか、前作の清涼感・透明感はどこへやら、読んだ人を悩ませるような。前作は恋愛ものだったのだけれど、今回は少年漫画みたいな、熱が籠ってる作品だった。その作中で、卑劣な奴に屈せずに、最後まであがいてあがいて、ささやかなハッピーエンドを迎えるという、なんだか別の作家が書いたかのような、そんな作品だった。
通販サイトのレビューは、前作が星4.7だったのに対して、今作が3.8となんだか評価に迷ったんであろう数字になっていた。真剣に批判するレビュー、逆にその作風が刺さったレビュー、どっちも見かけた。
ある夜、先生と通話したのだ。
「先生、今度の本、すごい賛否両論みたいですね」
「だろうね」
平然と先生は言い切った。
「……どうして、あんな作品を? 先生の持ち味って、感じはしないですけど」
「書きたかったから、かな」
先生が書きたかったのなら、まあ、何も文句は言えないけれど。
「ヒナちゃん、どうだった? ファン一号の声が聞きたい」
「そうですねぇ」
言葉を整理して、先生に伝える。
「ビックリしました。前作みたいな優しい話かと思ったら、とことん人の罪と罰を描いたような、作風の違いに。別の人が書いたのかと思いましたよ」
「それはね……私の中で、はっきりさせたかったんだ。匿名の悪意を、私は許さないって。そういうメッセージも込めた」
へぇ……さすがプロ作家。言いたいことを物語に昇華させられるなんて。
「面白かった?」
「……」
難しい。本の感想ってこんなに言い表すの難しかったっけ? そう思うくらいには。
「スカッとはしない。だけど……つまらなくはない。……でも、先生の言いたいことは伝わりました。……ごめんなさい、難しいです」
「そっか」
先生は笑顔で答えた。今の答えに満足してくれたんだろうか?
「私はこの作家って仕事を続けていくよ。私も、気持ちの折り合いがついたんだ」
「先生……」
先生、最初話した時より、だいぶやる気というか、闘志に満ちているような気がした。先生は見つけたんだろう、悪い奴らとの戦い方を。
「ありがとう、ヒナちゃん。ヒナちゃんと会ってなかったら、私は立ち上がれなかった」
「……照れますよ。私じゃなくっても、先生を奮い立たせる人は、きっといたと思いますよ?」
「その第一号っていうだけで、ヒナちゃんは特別だ」
……べた褒めされすぎて、なんか、気持ち悪い。顔から火が出そう。頭が混乱している。
「ヒナちゃん、今の私、どうかな?」
その答えは一つだ。
「最高にカッコいいです。この上なく」
あたしの憧れる人物の欄に、鳳ユキの名前は一生書くことになるだろう。
この後、あたしは本気で作家を目指して、書いて書いて書きまくって、パッとしない作品たちを描いていく人生を歩むことになるのは、また別の話だ。
グリフォン、怪鳥。飛ぶことを一度捨てた彼女が、再び心のままに飛び立つ姿。その姿は、あたしの心にずっと焼き付いている。
おわり




