#3-A ひねくれた手紙から
それから次に露子さんとやりとりしたのは1週間後のことだった。露子さんとは月1くらいでメッセージをやり取りし、3ヶ月に一度直接会う。だからこんな短いスパンで連絡が来るのはイレギュラーなことだった。
「急だけど、明日出版社に来て欲しい」
なにか緊急事態なのか、露子さんは端的にそんなメッセージを飛ばしてきたのだ。露子さんは明るい人だけど、たちの悪い冗談は言わない人だ。とりあえず急用ということでバイトを休み、備えることにした。バイトのめんどくさい同僚は「珍しいっすね!」などと絡んできた。君には関係ない。
翌日、いつもの会議室へ露子さんに会いに行くと、彼女はいつもより真剣な面持ちで待っていた。そして彼女の前の机の上に、一通の手紙が置かれていた。……この雰囲気、嫌な予感がする。以前もこんなことはあった。
「露子さん、これは」
「まあ、まずは座って先生」
私の緊張感が伝わったのか、なだめるように露子さんは私に言い掛ける。椅子に座り、露子さんと同じ高さの目線、それを机の上に向ける。見慣れないシンプルな封筒には丁寧に名前、住所が書かれている。……これは以前のような危ない手紙ではない、か。
「……この手紙は?」
「ファンレターよ」
……ファンレター? わざわざそのためだけに私を呼びだしたのだろうか?
実は鳳ユキが引退した後も、ファンレターというのは少数ながら届いている。大体は辛抱強く期待してくれているファンからのメッセージ。引退して、表に出なくなったのなら人はどんどん忘れていくもの。鳳ユキが姿を消したところで、メディアには次のスターたちが光り輝いていく。
そんななかで、露子さんが呼びだすほどのファンレターとは、一体なんだろうか? まさか、年端もいかない子供からの手紙、とか? なんて。
「読んでみて」
促され、私は封筒を開ける。一応露子さんのチェックは入っていて、封は切ってある。取り出した便箋はこれまた飾り気のない、白紙に罫線の書かれただけの物だった。字はそれなりに癖があり、わずかに読みにくい。目を通していく。――。
「どう?」
「……露子さんがこれで私を呼ぼうと思ったことに驚きました」
「えっ」
少し焦ったような、なにか悪いことをしてしまったかのような露子さんの表情が見えた。いや違う、私は露子さんに感心したんだ。やはり私の編集は、やり手だ。
「その……鳳先生? 気を悪くしたのなら、謝るわ」
「違います。露子さんが呼んでくれて、嬉しかったです」
ファンレターの中身。そこには「差出人の自己紹介」「差出人と鳳ユキとの出会い」「鳳ユキの本の感想」というありきたりな内容と……「鳳ユキに対する恨み節」が書かれていた。
「恨み節」というのはいわゆる誹謗中傷のような物ではなく、私に読めたのは「アンタのせいで毎日苦しい」という、恋にも似た何かを感じさせる、ひねくれた言い回しだったのだ。
何か違う。
今までもらったファンレターは、全盛期を含めるとかなり多かった。だけれど、こんな文脈の手紙は初めてだ。テレビに出たときに、まるでアイドルに出すようなファンレターを貰ったことがあったけど、そういうのとも違う。
私の本を読み、感化され、そして苦しんでいる。
ファンはファンだけれど、どこか深い……なんだろう、言い表せない。
「先生?」
「……」
気付けば黙ってその手紙を熟読していた。自分でも驚くくらい、その文面に惹かれていた。
「……?」
「……ああ、露子さん、なにか言いました?」
ふと見ると、露子さんがすごく不安そうな顔をしていた。
「どう?」
「ちょっと変な手紙ですね」
「やっぱり?」
うん。変だ。ファンレターのような、アンチコメントのような、恋文のような……どこまでも変な手紙だ。
封筒の差出人の名前を見た。白鳥ヒナと書いてある。文中の自己紹介では16歳の女子高生とあった。あの文章からすると、嘘とは思えなかった。
「これを先生に見せるか迷ったんだけどね。ただのファンレターとして扱おうとも思ったんだけど」
「露子さんはやっぱり違いますね」
「褒めてるの、それ?」
何かが変わり始めた瞬間。それをまだ、私は自覚できていなかった。