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#13-A(3/3) 鳳ユキの新たな一歩

 露子さんは私の昼食を待たずして寝てしまった。どうしてこんなだらしなく……。


 私が作家としてデビューしたての時は、この人はすごく仕事が出来て、私のフォローだってなんでもしてくれて、私が折れた時だってものすごく親身になってくれた。


「その反動か……?」


 もちろん完璧な人間なんてこの世にはいない。だからと言って、目の前で寝転がってグースカ寝ている酔っ払いはちょっと度が過ぎているような気がする。ここは露子さんの家じゃない。この前トイレで夜通し過ごしてたこともあったし、そういう境界線が曖昧な人なのか……?


「……うーん」


 次描く話にこんな酔っ払い出すか。ささやかな私の仕返し、露子さんへの反省の促しだ。


「でも疲れてるんですね」


 私が復帰することで、きっと仕事量も増えてしまったんだろう。担当作家も数人いる。彼女が疲れる理由はごまんとある。


 今回はそれに免じて、何も言わないでおこう。


 



 昼食を食べて、ネタ帳にアイデアやプロット案を書き込んで考えていると、スマホが鳴った。メッセージアプリの通知、ヒナちゃんからだった。自然と笑みがこぼれた。


「お疲れ様です。お気遣いうれしかったです」


 そんな礼儀正しいメッセージ。彼女は(わきま)えている人だ。


「体調はどう?」


 そうメッセージを飛ばすと、笑顔のキャラクタースタンプと、37.3℃と書かれた体温計の写真が送られてきた。37.3℃ってなんか微妙な所だ。微熱は微熱だけどもう少し下がってほしい。


「元気そうなら良かった」

「通話できます?」


 そんなメッセージが来て驚いた。大丈夫なのだろうか。


「無理はしないで」

「先生と話すのが一番薬になる」


 そんな嬉しいメッセージが飛んできて、私はためらうのをやめた。……床に寝転がっている酔っ払いは少し気になるけれど、もういいや。




 通話アプリでカメラ越しに会話を始めると、額に冷却シートを貼ったヒナちゃんが出た。顔色は病人とは分からないくらいにいい。


「お疲れ様ヒナちゃん。大変そうだね」

「そ、そんなことないです……」


 声が()れている。見た目よりキッチリ風邪を引いているみたいだ。


「布団被らないで寝た?」

「いや……ああいや、そういえばこの前姉貴と一緒に夜出歩いたな……」


 それじゃないかな……。


「でも、あたしが熱出したのって、姉貴に死ぬほど褒められたからなんですよ」

「褒められた? なにか良いことをしたの?」

「見せたんですよ、あたしの小説を」


 ――ほう。


「姉貴ってば、あたしの作品に甘々評価つけてたんですよ? いつもあたしに厳しい言葉を言ってきた姉貴が、初めてあたしを褒めちぎってくれたんですよ~」

「甘々って言ってる割に嬉しそうだね」

「いや~それほどでも~。褒められ過ぎて熱出ちゃうくらいの嬉しさですよ~」


 にへへと笑った顔、声音、どう見ても超嬉しいって書いてある。


「そっか。お姉さんにお披露目は大成功だったんだね」

「はい。ただまだ誤字とか多いみたいだから、まだまだ推敲中なんですけどね」


 そうかそうか。さらに楽しみになってきたな、ヒナちゃんの小説。お姉さんが褒めてくれたってことは、おそらく面白い……と思うけれど、ハードル上げ過ぎるのもよくない。


「私も読んでみたいな、ヒナちゃんのお話を」

「っ! ……今は、推敲中なので」

「まあ、そうだね。わかったよ」


 もう少し先になりそうだ。


「先生の方はどうですか?」

「題材をさがしてる……けれど、一応書く予定が立ったよ。私もプロだからね、選り好みしすぎても良くないんだ」

「なるほど……」

「きっと面白い物を書いて見せる」

「そうか……鳳先生の二作目が動き出したってことですね。楽しみだな」


 目の前のファンはさっきとは違う、嬉しそうな顔とともに、期待のまなざしも向けてきた。その期待に、全力で答えなくちゃ。私を立ち上がらせてくれた、その眼差しに。




「そう言えば先生、髪の色戻ってきましたね」

「ああ、本当だね」


 今朝見た鏡の中の私、黒髪がもう耳ぐらいまで来ていた。


「先生、実はあの金髪嫌だったでしょ?」

「……当時はあれでよかったの。今は、あの金髪にする気はないかな」

「黒髪が一番似合いますけど、もしかしてあの金色テキトーな奴だったんじゃないですか?」

「そうだね」


 ドラッグストアに売ってた奴。あまり調べずに買ったから派手だったのだろう。


「多分、美容院なんかで染めてもらったら、綺麗な金髪で、それまた似合うと思いますよ」

「べた褒めだね。今度試そうかな」

「黒髪でお願いします」


 そのつもりだ。作家・鳳ユキは清楚系で行くつもりだもの。


「ヒナちゃんは髪染めるとしたら、どんな色にしたい?」


 お返しに聞いてみた。学生だから、あまり派手に染めるのは難しいんじゃないだろうか。


「うーん、派手にピンクとかどうかな~って」

「あー、うーん」


 目の前のヒナちゃん、いつもカメラ越しに見るヒナちゃんにピンク色の髪をイメージしてみる。……若気の至りかもしれない。


「何事も挑戦だよ」

「ま、あたしは真面目な高校生だから、まだまだ先の話だと思いますけどね」


 そのころにはきっと髪色の希望は変わっているだろう。


「おーいヒナ」


 カメラの向こうから、ヒナちゃんの物じゃない女性の声が聞こえた。


「あ、姉貴だ……そろそろ切りますね」

「あ、待って。お姉さんでしょ。……少し、話してもいいかな」

「え?」


 話してみたくなったのだ。私の弟子の家族と。つい出来心だ。一体この子のお姉さんってどんな感じなんだろうって。


「わかりました」


 そう言って、ヒナちゃんはカメラをつけたまま、部屋のドアを開ける。そこに映り込む長身の女性。髪がボブくらいの金髪で、……ちょっと距離が遠いけれど、目元がキリっとしてて、ヒナちゃんとは結構印象が違う。本当に姉妹? と問いたくはなるけれど、上の子よりも下の子が甘えん坊になるっていうのはよくある話。


「今、鳳先生と話してたんだ」

「鳳先生と、か。風邪ひいてるんだぞお前」

「一番効く薬だよ。たぶん」

「熱は?」


 言葉遣いは少し荒めだけど、行動は保護者のようなふるまいだ。お姉さんがヒナちゃんの額に手を当てる。


「上がったんじゃないのか、熱」

「え? うそ……ちょっと計るね」

「ああ。栄養ゼリーと、スポドリと、買ってきたから」

「うん。あ、そうだ姉貴。鳳先生と話してみたくない?」

「私が?」


 ヒナちゃんがこちらを映しているカメラを指す。お姉さんはこっちを見た。


「……まじか」


 この通話アプリ、カメラに映った相手の顔が画面に出るのだ。きっとヒナちゃんの画面上に、私が映っている筈だ。


「……どうも、ヒナの姉の、白鳥灯です。」

「どうも、ヒナちゃんと親しくさせてもらってます、鳳ユキといいます」


 緊張して、ちょっと変な言葉遣いになってしまった。


「……金髪交じりでちょっと分かりにくいけど、確かにあの鳳ユキ先生……ですね」

「はい。知っててくれて嬉しいです」

「……」


 何を話せばいいかわからない、とお姉さんの顔に書いてある。


「あー、妹がお世話になってます。どうですか? 生意気でしょう?」

「いや、全然。話してて、私も楽しいですから」


 なんだか堅苦しい会話になりそうで、少し息が詰まる。


「そう、なんですね……ヒナ、鳳先生に迷惑かけてないだろうな」

「いやいやお姉さん、私もいっぱいヒナちゃんに迷惑かけたりしてますから」

「え?」


 そういうと、お姉さんはまたじっくり、私のほうを見る。


「友達、とかそういう関係ですか?」

「まあ、そうです」


 きっと私とヒナちゃんの関係は師弟でも、ファンと有名人でもなく、友達だ。


「ふーん……奇妙ですね。一体どんな接点で知り合ったのやら。まあいいけど。うちの妹をよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」


 そうやってお姉さんは簡潔に締めて部屋を出ていく。通話相手はヒナちゃんに代わった。


「すごい、真面目そうだねお姉さん」

「そうだよ。姉貴、本当に義理堅いし、頭いいし、あたしの街の一番の難関大学行ってるし」


 なんだかすごそうな人物だ。ヒナちゃんとは(失礼かもだけど)まるで結びつかない。


「ほんの最近まで、ロクに話したことも無かったんだ」

「え、そうなの? すごく仲良さそうに見えたけど」

「半年前まで姉貴の趣味とか全然知らなかったし。一緒にドライブに行ったこともなかった。……不思議なことに、鳳先生と話をするようになったのがきっかけで、姉貴と距離が縮まったんだよねぇ」

「? 私との通話が?」

「あたしの創作趣味がバレた結果、その対価として姉貴の趣味を暴いた。コスプレだって」

「……言っていいの、それ」

「……あたしの独り言ってことで」


 聞かなかったことにしよう。


「まー、不思議ですよね。一つの事がなんでかこうやって他のことに繋がっちゃうの」

「ヒナちゃんが書く趣味を続けてくれた結果だよ」

「ひひ、まあそういうことで」


 にやにや、得意げにヒナちゃんは微笑む。


「うん。まあ、これくらいかな。ヒナちゃん、お大事にね」

「あ……先生。あたしが寝るまで話さない?」


 ええ? なかなか大変な気がするけれど、まあ、ヒナちゃん風邪ひいてるし、安心させられるなら、全然やるとも。


「さっきは平気だったんだけど、……やっぱ体力戻ってないみたいで」

「そっか。何話す? 昨日食べたごはんの話?」

「あーいいかも。あんまり考えない感じの話で……」


 こんな調子で、私がまるで学生時代の友人ともやったことのないような、グダグダとした話を続けているうちに、ヒナちゃんの反応が遠のきつつある。


「ヒナちゃん、ヒナちゃんのおかげで、私もこうやって立ち直れたんだ」

「うん……うん……」

「いっぱいいっぱい、感謝を伝えたいな。……そうだ、私の作品で恩返しできればいいか。待っててね、ヒナちゃん。次回作頑張って書くからさ」

「うん……んん……」


 画面の向こうは目を閉じたヒナちゃんが一瞬映った後、スマホを持っていた手の力が抜けたのか、ベッドか何かがピンボケして映った。


「ぅ……すぅ……」

「……寝ちゃったか。おやすみ」


 通話の終了ボタンを押すと、それまで聞こえていたヒナちゃんの声と通話のノイズが無くなって、無音の空間が生まれた。


「……がんばらなくっちゃ」


 やる気も元気も出た。彼女に誓って、私は次回作をキッチリ書き上げることにした。

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