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#13-A(1/3) 鳳ユキの休日

 昨夜、ヒナちゃんから「風邪ひきました」と元気そうな絵文字付きで来た。お大事に、と返事はしたけれど、久々の連絡に嬉しくもあった。……だからこそ、彼女の体調を悪化させまいと最低限の連絡にとどめたのはちょっと辛かった。


「風邪、風邪かぁ」


 季節の変わり目、といえばそうかもしれない。いやまだ寒いか。二月も終わるこの時期。季節の変わり目でなくとも、風邪を引くときは引く。




 彼女の推敲は進んでいるだろうか? お姉さんには見せたのだろうか? そもそもどんな話なんだろうか? 気になる。気になって、私がやるべきことに手が付かない時がまれにある。それくらい、気になっている。


「……」


 まったく、私らしくもない。はっきりとそう思う。何かに執着することなんて今の今まで無かったのに。

 



 午後。外に出て、電車に乗って、お高くない服屋に寄って、シンプルな服を二、三枚購入して、穴場のカフェに寄ろうとして、見知った顔を見つける。


「吉乃さん?」


 遠くに吉乃さんの姿が見えた。ただどうやら一人じゃない。他に4人くらいの男女とつるんでいる。


「なんだ、ちゃんと大学生らしいところあるじゃ……ん?」


 ただ、私が見る限り、なんだかその集団の雰囲気が良くないように見えた。吉乃さんは笑顔を浮かべているけれど、どことなく、引きつっているように見えた。それに対して、グループの他の女性が大声で何か言っている。……あれはなんだろう。喧嘩? 言い争い? 距離はそこそこあるからどんなやりとりをしているのかは分からない。だけど、吉乃さんがその女性に対してなにかを必死に弁解しているような……雰囲気を受けた。


「……」


 私はそこに颯爽と現れるヒーローにはなれない。彼女の人間関係に介入するような勇気もないのだ。


「……」


 やがて集団は道を曲がって見えなくなった。そのころには言い争いもすこし落ち着いていたように見えた。……。




 なんか、嫌なものを見てしまったような気がした。これからいろいろ自分の時間を作って次の作品のネタでも探そうと思っていたけれど、どうも今の光景に関心が奪われている。まったく、私はダメ人間だ。




 その後、カフェには寄らずその近辺にあった本屋に寄った。街の本屋としては申し分ない大きさで、個人的にはこの前行った巨大な本屋よりも落ち着く。雰囲気やサイズ感が馴染みのある本屋っぽくって。


 雑誌、新刊、漫画。いろいろ見て回る。新刊は話題作、メディア化された注目作、大賞受賞作などが並んでいる。ミステリー、恋愛、サスペンス。題材は変わっても本という形式は変わらない。中にはライトノベルもある。


 その中で私はSFジャンルの新作を手に取って、購入した。




 今日の外出は終わり、そう思い本屋を出るとさっきも見た顔がそこにいた。


「? 吉乃さん?」

「……っ」


 見るとなんだか顔色が悪い。この前吉乃さんと遊んだ時、ここらへんで別れたから家が近いんじゃないだろうか。吉乃さんは一人、俯いて荒い息をしていた。


「吉乃さん、お疲れ様」

「……、鵺野、さん」

「大丈夫?」

「あ、大丈夫……、じゃな……」


 そう言うと、まるで最後の支えを失ったかのように、吉乃さんは倒れこんだ。


「えっ!? 吉乃さんどうしたの!?」

「……、ごめんなさい……」


 どうしよう、病院に行けばいいだろうか? 家が近いなら、家まで連れていくのがいいのか。


「おうち、どこ?」

「えっと……」


 弱々しく、吉乃さんが指をさす。その先は通りがみえて、アパートが見える。


「あのアパート?」

「はい……」


 ともかく彼女を見捨てるわけにもいかない。彼女を抱えて、そのアパートに連れていくことにした。




 部屋番号も弱々しく教えてくれたのでどうにか彼女の部屋に入ることができた。流石に人一人抱えながら階段を上るのは日頃運動不足な私には辛いイベントだった。


「大丈夫? 病院とか行かなくていい?」

「はい、……よく、あることなので……」


 よく? これは彼女にとってよくあることなのだろうか?


「お水……もらえませんか?」

「あ、うん」


 近くにあったコップに水道水を注いで、彼女に渡すと、彼女はうなだれたままそれをちびちびと飲み始めた。


「何があったの吉乃さん。身体が悪いの?」

「あの……大学生って、……変なノリの時、あるじゃないですか」

「あー……」

「お酒、とか……オール、とか……」


 あ……。なんとなく察しがついた。


「ちょっと……二日飲みオールって、駄目ですよね……」

「そんな人たちとは別れなさい」


 羽目を外しすぎている。ここは彼女よりも年長の人間として、ちゃんと言わなくちゃ。


「はぁ……ごめんなさい、すこし、寝ます……」

「うん、そうしよう」


 彼女はもう自分のベッドまで行く気力もないみたいだったので、また肩を貸して、ベッドまで運んだ。




 まさか吉乃さんがそんな破滅的な大学生活を送っているとは。……ん? 以前友達があんまりいないとか言ってなかったっけ? そりゃ詳細に自分の事情を話しているとは思わないけれど、少し認識がズレている。


 吉乃さんはすぐに寝息を立て始めた。午後六時。これは私は帰れないのではないだろうか? 帰ってもよさそうな気はするけれど、なんだか不安だ。





 部屋を見ると、なんだかコンビニで見る吉乃さんとは少しイメージの違う印象があった。まず目に入る壁に立てかけられたロードバイク。自転車が趣味なんだろうか? 綺麗だけど、ところどころ使用感がある。きちんと乗っている証拠だろう。


 棚。おそらく本棚なんだろうけれどスカスカだ。本がないのに本棚を買うというのはよくわからない。


 そもそもこの部屋、なんだか不自然なくらい物がない気がする。吉乃さんが最近引っ越してきたというのならまだしも、目立つものは自転車とちっちゃな衣装ケース二つくらい。クローゼットは閉まってるけれど人の家の押し入れを無断で開けるものじゃない。


 家電が冷蔵庫、電子レンジ、テレビ。それくらいしか物がない。彼女のような子なら、もう少し生活感のある部屋と思っていたけれど……。


「困ったな」


 いかにして時間を潰すか。ここで一夜過ごすか、吉乃さんは大丈夫と信じて帰るか。大丈夫な気はする。だけど……私の性根の悪いところで、ここで帰ったらなんだか見捨ててしまう罪悪感、なにかあったらという不安感が残るだろう。しょうがない。今日はここで彼女を見守ることにしよう。


 時間を潰す手段ならさっき用意した。本屋で買ってきた本を手に取る。だけどその前に少しお腹が空いた。


「吉乃さん、起きてる?」


 返事はない。近くで何か適当なものを買ってくることにした。




 コンビニ弁当。身体に悪い悪いと噂されるけれど、それならニュースなどで大々的に問題になっているはずだ、という考え。たぶんこれは私が歳を食ってからその悪さを実感することになるんだろう。


 弁当二つ、お茶二つ。ついでにスポーツドリンクを冷蔵庫に入れる。その気はなかったけれど、この部屋の冷蔵庫、だいぶ殺風景だ。




 弁当を平らげ、テレビもつけないで私は本を読む。こういう状況で音の出るものを流すのは良くないだろう。実際、吉乃さんは熟睡しているし。


 文庫本400ページあるうちの半分を読んだあたりで一息入れようと時計を見ると午後11時になっていた。


 吉乃さんはまだ起きない。このまま朝まで起きないような気がする。流石に私も眠くなってきた。徹夜する理由はない。床の上で横になって、寝ることにした。

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