#12-B(2/2) 熱暴走
お昼時ということで通話を終えてあたしも昼を食べる。師匠への報告が終わったのなら、今度は愛読者へのお披露目だ。推敲をするというのは期間を空けたほうがいいらしいから、姉貴に読ませた後でもいいと考えを少し改めた。
「姉貴、できたよ」
「おお、ついにか」
姉貴はにやりと笑う。そんなに楽しみだったのか、あたしの書いた小説。
「意外と早かったな。これ、書き始めてどれくらいだ?」
「三か月くらいかな」
「三か月で小説が書けるなんて、将来はヒットメーカーか?」
「やめてよほめ過ぎ」
姉貴から褒められるの、本当に慣れてないから変な気持ちになる。
姉貴を部屋に迎え入れる。一応来客ということで部屋は少しだけ片付けた。それでも姉貴は「散らかってるな」って言ってしまったけど。
姉貴を椅子に座らせて、あたしはベッドに座る。……姉貴、何でも言ってくれ。
「じゃあ、読むぞ。ヒナは紅茶でも用意してくれ」
「え? 姉貴の分まで?」
「集中して読みたいんだ」
「へいへい」
リビングで市販のティーバッグにお湯を入れて、自室に戻る。あたしの手元には二つのマグカップ。
「……」
集中して姉貴はあたしの書いた散文たちを読んでいる。こんな集中力、うらやましい。これがあるから姉貴って勉強もできるんだ。邪魔しちゃいけないし、あたしもあたしで時間を潰そう。読み終わったら姉貴から合図してくれるはずだ。
それから2時間は経った。姉貴は相変わらずパソコンの画面に釘づけだ。座りっぱで腰とか痛くならないのだろうか? 目も痛くならない? と思わずにはいられなかった。あたしも暇つぶしの手がなくなりつつある。かといって姉貴を置いて外に行ったり、ゲームをしたりというのはちょっと気が引ける。
ふと鳳先生のことを思い出す。あの人、次が二作目か。……あたしも次書くとしたら二作目だ。……同じライン? いやいやそんなことない。あっちはプロ作家、それもテレビに出るくらい人気の出た作家さん。対してあたしはただ散文をテキストファイルに叩き込んだだけのただの素人だ。
入れてきた2杯目のコーヒー。その前に紅茶は3杯飲んでいる。お腹の中に海が出来てるのは必然の事だった。
「……」
本を読むにも目が疲れてしまったし、なんか眠くなってきてしまったし、少し昼寝と行こうとベッドに横になる。こんな場面を見たら姉貴は叱ってきそうなもんだけど、今の姉貴はだらしないあたしが眼中にない。真剣なのはうれしいけど、あたしの文章にそこまでする価値はあるかな、って思いつつ目を閉じるとすぐに睡魔があたしを引きずり込んだ。
「……ヒナ、ヒナ。読み終わったぞ」
そんな声とともに、身体を揺さぶられていることに気付く。時計に目をやると午後3時過ぎ。ちょっと寝すぎたか……という罪悪感も湧いた。
「姉貴……? ああ、読んだんだ」
「ああ。感想は後でもいいか?」
「うん」
あたしはまだ寝ぼけている。少しスッキリしてから感想は聞いたほうがいいだろう。
「ヒナ、コーヒー飲んでたのに寝れるなんて、昼寝の神にでも愛されてるのか?」
「なんだよその洒落た言い回し」
顔を洗って自室に戻ると、姉貴はもう感想を告げる気満々という姿勢だった。
「昼寝にコーヒーは関係ないのです」
「じゃあ、夜は大変だな」
「うっ」
確かに寝られないかもしれない。
「じゃあ感想を言っていくぞ」
「あ、うん」
いきなり本題に入った気もするけれど、このままずるずる遠回りするよりはだいぶマシだと思った。
ついにあたしの物語のレビューが聞ける。完ぺきではないんだろう、だけどそれでもなにか、変な動悸がしてくる。緊張?
「まあまあだった」
「ま……まあまあ?」
「ああ。この作品において、書いたのが実の妹であり、私はこの話を金も払わず読めて、その作者の処女作……となれば、おのずと甘いレビューにもなろう」
……それは、最低評価じゃないと喜んでいいのだろうか? 甘すぎると落ち込めばいいのだろうか? 一瞬分からなかった。
「うーん、詳細を」
「まずは誤字だらけだ。そういう見直しの作業って作家さんやるんだっけ」
「あーそうみたい。ごめん、満たされすぎてまだ推敲出来てなかったわ」
「まあいい。肝心の内容は……分かりやすいな。捻りが無くて、極端にハラハラドキドキするような展開もあまりない。だけど一応物語としてきちんと成り立っている。最後に二人が別れるエンディングは……ちょっとキュッとなった」
「キュッと?」
あたしは鳳先生のような恋愛小説を意識していたんだろう。でもあの人の話はハッピーエンドだったけど……あたしの話はそうは行かなかった。
「最初はぎこちない話の動き方だったけど……終盤は少し引き込まれたよ。才能あるんじゃないか? もっとも、このまま出版されたところで、売れないだろうけど」
「~~~!!」
あたしの心臓が、脳みそが、火照って、ワケわからないことになってる。え? え? あの姉貴が、あたしのことを、手放しで褒めてる……?!
「ん? どうしたヒナ。顔赤いぞ?」
「あ、アッアッ、あの、ねぇ!?」
「? ……緊張してんのか?」
「へェっ!? あたしが姉貴にそんなわけ!!」
おかしな気分なのは分かっている。姉貴に褒められた、人から評価された、あたしの書いた物語は、蔑まれるものじゃなかった。その事実が、あたしの脳をぶっ壊した。
それからは記憶が途切れ、気付いたら夜、布団に入っていた。眼が冴えているのは昼コーヒーを飲んだからなのか、昼寝したからなのか、それとも……。
「夢……?」
なんだか熱に浮かされたような夢を見た気がする。夢にしては随分現実とリンクしている内容だった……。思い出すだけで変な動悸がするし、頭の中にヤバい物質が出てきそう。
「あ、あたし……。どうしたんだっけ……」
額に手を当てると、思っていたよりも熱い感触に驚く。あれ? あたしもしかして熱出してる?
「う、そぉ」
興奮しすぎて熱出したのあたし? そう自覚したとたん、なんだか視界の揺れが大きくなった気がする。気のせいか悪寒もしてきた。
「……えー……」
訳の分からない熱の出し方だ。テンション上がり過ぎて体調崩すなんて……。
そのとき、部屋のドアがノックされる。姉貴だ。
「ヒナ、目が覚めたのか?」
「あ、ああ姉貴」
喉もちょっと痛い。そう思ってると姉貴は部屋に入ってきた。
「大丈夫かヒナ。あのあとお前倒れちゃったんだぞ。明らかに熱があったし、起きる気配もなかったから病院に連れてこうと思ったんだぞ」
「聞くとヤバい症状だね」
「目が覚めたのなら良かった。体調悪かったのか?」
「いやそんなことは……」
姉貴はあたしの額に手を当てた。そしてうん、と頷いた。
「まだあるな。体温計で計ろうか」
姉貴がその手に持っていた体温計を挟んで1分。取り出した表示には38.2℃と書かれていた。
「完全に体調不良だな。まったく。私がほめ過ぎたから妹が風邪ひきましたなんて、どんなオカルトが起きてるんだってな」
「姉貴に褒められ過ぎて、なんかヤバい脳汁みたいなのが出てさ……そっからだよ」
「はぁ? 脳汁……? うれしすぎて熱が出たってか? 変な奴」
変な奴とはなんだ。姉貴が褒めたのが悪い……っていうのは違うか。うれしかったし。責めるようなことはやめよう。
「明日病院行こうか。とりあえず目が覚めてくれてよかった」
「姉貴が連れてくの? 大学は?」
「大丈夫さ、それにあんたに熱出させた責任ってものがあるだろ」
いや……姉貴に非はないでしょ、この場合。……でも、変なところ義理堅い姉貴はちょっと面白いから、お言葉に甘えよう。
「うん、じゃあ明日よろしくね」
「そうだな。ゆっくり休めよ」
姉貴はどこから出したかスポーツドリンク(2L)のペットボトルを置いて部屋を出た。しんと静かな部屋。時計は午後11時を指していた。
「……まあ学校休めるしいっか!」
ちょっと伸びた週末、あたしは少しだけ胸を躍らせた。




